廃機龍は殺戮と共に死ぬ。
「ふざけるなよ、クソ共が……ッ!!」
彼の言葉など意に介さず、ゴォン、と重い音を立てて、天井の扉が閉まった。
廃棄ドームの中が闇に包まれる。
ドームに新たに廃棄された彼は、機竜と呼ばれる少年だった。
大して役にも立たない、戦場に在れば兵士の一つでしかない量産型の機竜……しかし彼には本来機竜に改造された者には残らない筈の意思が残っていた。
培養され、消耗品として融機生命体となる最下級人類の一人でしかなかった彼は。
今、機竜の証である紅い瞳を輝かせ、白い髪を己から放射される霊子力によってたなびかせながら、淡いブルーライトのみが照らす廃棄ドームの中で己の内心を吼え猛る。
何故俺が廃棄されなきゃならねェ。
何故俺が貴様らの道具として消耗されなきゃならねェ。
彼の両手と左足は、彼を廃棄した者たちの手で砕かれてワイヤーの如き人工筋肉が垂れ下がっている。
彼の腰から胸まで走った皮膚のひび割れの隙間から、心臓部に内蔵されたエネルギーコアの輝きが漏れていた。
何が失敗作だ。貴様らの勝手な言い分に従ってやる必要がどこにある。
誰が兵器だ。貴様らが勝手に定めた役割に殉じてやる必要がどこにある。
意志を保つ事の何がいけない。
操り人形にならなかった事の、何がいけない。
俺は俺だ。貴様らの道具なんかじゃねェ……!!
その彼の叫びは、ドームの外には決して届かない。
周囲にある、彼の叫び以外の音は。
定期的に廃棄物をスクラップ化するドーム自体……処理機械の待機音と、彼同様にドームに落とされて『処理』された機竜達の残骸が、足元で彼の叫びに呼応して崩れる音だけ。
虚しい咆哮を、彼は嗄れる事すら最早許されていない頑強な喉で、叫び続ける。
何が下級だ。お前らだって俺と同じように排泄物垂れ流して生きて死ぬだけのゴミだ。
俺とお前らの何が違う。生まれて育った場所が違うことが、そんなに偉いか。
俺は生きてやる。こんな所で、くたばってたまるか……!
何故俺が廃棄される。何故俺が生きる事すら貴様らに邪魔されなきゃならねェ。
何故。何故。何故何故何故何故何故ナゼナゼナゼ……ッ!
必ずここから出て貴様らを滅ぼし尽くしてやる。
空も見えないような地下に押し込めた事を後悔させてやる。
俺は、ゴミなんかじゃねェ―――。
俺は。
「俺は、グラム・ファーフニル……! 俺は、人間だッ! 決して貴様らの道具なんかじゃねェッ!」
それは、奇跡だったのか。
あるいは必然なのか。
世界で唯一、意志を持つ機竜グラム・ファーフニル。
彼の怒りに呼応して、同じく元は生体金属だった周囲の残骸が、彼の肉体を覆い始めた。
生体金属はたちまち彼の頭以外の全てを呑み込み、まるで磁石が砂鉄を引き付けるように、廃棄ドーム内の生体金属全てが、彼の為に蠢き始める。
彼の憎悪を祝福するかのように生体金属が融和し、彼の肉体に張り付いて修復し、武装化して彼に爪を翼を雷角を鱗のような外殻を与え。
さらに膨れ上がって彼を完全に呑み込むと、まるで神話の邪竜の如く彼を巨大な殺戮兵器に変える。
グルァォォオオオオオオオ……と、本当に竜の如き方向を上げながら、彼は立ち上がった。
彼を覆う廃棄物の中には、戦場から帰還して機能を停止した者たちが混じっている。
彼の、家族や、友人や、幼馴染が。青い空と、広い草原に囲まれた家屋で共に過ごした者達が……。
彼を、彼の大切な者達を機竜に変えた奴らは。
そこを『牧場』と呼んだ。
彼らはある日突然やって来た。
誰も彼もが拘束された。奪われた。一方的に連行された。
奴らはそれを『収穫』と呼んだ。
彼らは機竜と化した。意思を残したのは彼だけだった。
いくら呼びかけても虚ろな彼らを守ろうと、必死に戦った。
奴らはそんな彼を『優秀な道具』と呼んだ。
しかし一人一人倒れていく。機能を停止していく。
メンテナンスするより新たな機竜を作る方が早いと。
奴らは、大切な者達を『消耗品』と呼んだ。
許さない。
決して許しはしない。
滅ぼすのだ。
殺すのだ。
そして、あの青空を取り戻すのだ。
皆と共に。
彼の赤い瞳の前に、ふわりと白く小さな欠片が浮かぶ。
奴らが『レア』と呼んだ、それは彼の幼馴染の欠片だった。
ーーーアリエッタ。
彼の言葉に、意思を持たない筈の白く小さな欠片がぼんやりと明滅する。
彼が己の意思をもって奴らに牙を剥いたのは、彼女の死がキッカケだった。
ーーーアリエッタ。
意思が残っている事をひた隠しにしていた彼は、将来を誓った彼女が傷を負い機能停止する事だけは耐えられなかった。
だが奴らは必死に修復を願う彼を面白がるだけで……半分動けない彼女に、喜んでトドメを刺した。
ーーーアリエッタ……ッ!!
俺たちが何をした。
何をしたからこんな目に遭わなきゃならなかった!
青空を、平和を、家族を、最愛の人を、奪われる程の、俺たちが何をした……ッ!!
巨大な赤い瞳から、透明な涙を溢れさせて、彼は彼女の欠片をそっと手の中に握り込んだ。
スゥ、と掌に吸い込まれた欠片から、生体金属が変質していく。
真っ黒な体に、白銀の筋が走り始め、邪悪な機械の肉体が荘厳な色合いに彩られていく。
すべてを奪われ。全てを失い。それでもなお狂いきれずに、灼けつくような憎悪に身を委ねるしかなかった彼は。
「奴らの全てを滅ぼして、再び、皆と、あの青空の下へ……!」
彼は、処理機械そのものであるドームが駆動し始めるのに合わせて、今までとは桁違いのものとなった機竜の力を解放する。
『最悪の機竜暴走事故』と後に呼ばれる、タワー2098719の惨劇は、こうして始まった。
その機竜は駆除する事が出来ず。
結局暴れ続けて数十本に上るタワーを壊滅させた機竜が消息を断った場所へ調査に赴いた一団は。
収穫を終えた『牧場』の中に立つ無数の手作りの墓標と、稼働を停止して天を仰ぐ、巨大な機竜の姿を見たという。