毛根の一生~細長くも儚いもの達の成長記録
僕は黄金に輝く大地に生まれた。
その大地は瑞々しく肥沃で、僕はすぐに僕らになった。
僕らの体は、未だ限りなく細く、向こうが透けて見える程に透明で頼りない。
まだ、僕らは赤ん坊だった。
◇◆◇
やがて、僕らは黄金の大地に根を張り、強く逞しく成長していった。
限りなく細かった体も、太くなっていき背も伸びた。
向こうが透けて見える程に透明だった体も、今はそうではなく、しっかりとした存在感を示している。
そして、最初は少しだった僕らの数は、今や見渡す限り僕らなのではないのかというくらいに増えた。
僕らの繁殖を遮るものは、この黄金の大地にはない。
ここは紛れもなく、僕らにとって《楽園》だった。
◇◆◇
繁殖を続ける僕ら。
そんな僕らの前には幾つもの困難が待ち受けていた。
黄金の大地では頻繁に大洪水が起こり、その度に僕らは大量の水の濁流に飲まれた。
その度に、僕らは大地を掴む足に力を入れ流されないように耐えなければならなかった。
またある時には、銀色のつむじ風が吹き荒れ、僕らの体を切り裂いていく事もあった。
しかし、僕らはそれら困難にめげる事はなかった。
数多の困難に晒されようとも、僕らは数を増やし続け、僕らは繁栄していった。
◇◆◇
そして月日が流れ、僕らが繁栄を謳歌していた頃。
未だに大洪水や銀色のつむじ風は止むことはない。
しかし、それらはもはや僕らの日常の中に組み込まれ、特別気にする者もいなくなっていた。
代わり映えのしない日常が続いていく中で、僕らが退屈し始めていた時だった。
ある日目が覚めると、僕らの体が金色になっていた。
体の色素が薄れ、光を浴びると煌びやかに光が弾ける。
最初は驚いたが、黄金の大地に金色の体。これも悪くないと皆で笑いあった。
しかし時間が経つにつれて足元から元の色に戻り始め、アンバランスな色合いになった。
しばらく僕らの間には微妙な雰囲気が流れる続けることになった。
◇◆◇
しばらくすると、妙な油の雨が降り続ける毎日になった。
その油を浴びると、立っている事が出来なくなり、強制的に寝かしつけられてしまう。
耐えられないわけではないが、正直つらい。体にも悪い影響がないのか心配だ。
短期的なものなのだろうか。そうであってほしいものだ。
そう願いながら、不思議な油の雨が降る毎日に耐え続ける日々が続いた。
◇◆◇
ある日、突然ミステリーサークルが現れた。
僕らが存在できない円形の空間が突然現れたのだ。
そこはまるで、ぽっかりとくりぬかれたように、円状に黄金の大地が露になっている。
宇宙からのメッセージか。はたまた黄金の大地によくない事が起こっているのか。
僕らにはわかりようもなかったが、とりあえず、みんなで体を横にして、そのミステリーサークルを隠すようにした。
◇◆◇
それから月日が流れ、平穏な日々が続いていたが、突如としてそれは破られた。
突然、ヒトデの怪獣が僕らを襲うようになったのだ。
それは、なんの前触れもなく空から飛来し「パパ、パパ」などと摩訶不思議な鳴き声を発しながら体全体を巧みに使うと僕らをまとめて掴んで引っ張るのだ。
すでに何人かは、そのヒトデに持っていかれた。
今の所、僕らに対抗する手段はない。
早く脅威が去ってくれるのを祈るのみだ。
◇◆◇
いったいどれだけの時間が経っただろう。
ある時、僕は僕らの数が少なくなっている事に気づいた。
それと時を同じくして、なぜか恵みの雨が降るようになった。
その雨を浴びると、とても活力が湧き、僕らは元気になるのだ。
多くの者達が、突然もたらされた恵みの雨に沸き、喜び合っていた。
もちろん、僕も一緒に喜び合った。
しかし、どこかわだかまりは消えなかった。
それにしても、どうして僕らは少なくなってしまったのだろう?
◇◆◇
それからしばらくして、僕らはすっかり白くなり、あれだけ居た仲間も、もはや最初の三割ぐらいしか残っていない。
仲間の一人が言った。
「この世界は、もうすぐ終わるらしい」
この世界が終わる。俄かには僕は信じたくはなかった。
しかし、かつては黄金に輝き瑞々しくも肥沃であった大地は、もはや枯れ果て見る影もない。
この世界は終わる。
受け入れざるを得なかった。
だが、僕らには世界が終わるその時まで、見届ける責務があるはずだ。
僕は必ず、世界が終わる所を見届けてやろう。
そして、その時には「ありがとう」と感謝の言葉をかけてやろう。
その時、突風が吹いた。
「あ……」
大地に根を張っていた僕の足は抜け、羽毛のようにふわりと僕の体が浮き上がった。
そして、そのまま風に乗って飛ばされてしまった。
だから、僕はその後の事を知らない。
◇◆◇
黄金の大地。
ああ、黄金の大地よ。
例え枯れ果ててしまったとしても、尊き我らが故郷よ。
僕はあなたに生まれて幸せでした。
ありがとう、ありがとう。
その言葉を繰り返しながら、僕は風に流れていった。