帰りを待つ
宿で楓の帰りを待っている、テアラさん視点です。
「カエデさん、遅いなぁ」
空を眺める。雲一つない蒼空が眩しい。手を伸ばせば届くかな、そんな馬鹿な考えが頭をよぎった。
うちに泊まりに来てくれているお客様――カエデさんが迷宮に出掛けてから五日が経った。その間一度も帰らず、連絡もない。冒険者とは危険な仕事だ。迷宮の中で――死んでしまったんじゃないかと不安になる。
優しい笑顔を浮かべる人だった。冒険者には珍しい、優しく気弱な男の子。正直あまり強そうじゃなくて、大丈夫なのかと心配していた。
久しぶりのうちのお客。人懐っこく接してくれるカエデさんのおかげで、久しぶりに楽しい日々を送ることができた。本を読んでるカエデさんに驚いたり、一緒にご飯を食べたり、本を読んだり、見たことのない不思議な遊びを教えて貰ったり――宝石のようなキラキラとした日々だった。
私の宿は決して儲かってるわけではない。昔は繁盛していたようだが、今は他の大きな宿にほとんどお客を取られてしまった。もうそろそろ店を閉じなくては、そんなときに彼は来た。
最後のお客さん。精一杯おもてなしをしようと、慣れないことをしてまで頑張った。
……まあ、出会ったときの挨拶で噛んでしまっているんだけども。ついでに敬語も崩れているけど。
兎に角、カエデさんの存在は私の中で大きくて大事だという訳だ。
一緒にいて欲しいし、——
「あ、いやその好きとかそういう訳じゃなくてね!?」
あ、思わず口に出てしまった。
でも違う。
わ、私がカエデさんのことを、恋愛的な意味で、す、好きとかそういう訳じゃない――はず。
男の子と話すのが久しぶりで変な感じなだけだ、うん。そういうことだ!
「……はやく帰ってこないかな」
カエデさんに何故だか無性に会いたかった。お話したいし、一緒にご飯を食べたい。
大丈夫。彼はきっと生きている。私にできるのは待つことだけだ。
ちょっとの辛抱だ。今頃熱心に魔物と戦っているカエデさんを、応援するのが私の役目だ。
それでも。
「――こんなに寂しがってるんだから、早く帰ってきてくださいよ」
ちょっとくらい、こう想ってもいいと思う。
お待たせいたしました。来週からは二章に入れると思います(多分)。
楓は迷宮で何を得て、何を失うのか。そして『迷宮』の正体とは……。
楓の能力、その真価が発揮される。
成長の迷宮脱出編です。