運動部キラーの実力
平野さんと柳生さんは完全に戦闘モードに入った。しかし秋吉は構えようとしなかった、さっきまでの殺気も完全に鳴りを潜めている。
「なあ、お前って確か防衛委員会の平野先輩だろ?そっちの眼帯ちゃんは知らねえけどよ」
秋吉は平野さんの事を知っているようだ。知り合いなのだろうか。それにしては平野さんに反応はない。
「俺は運動部以外と戦う気はないんすよ、特に女なんて」
そう言って二人に背を向けた。
「舐めるな」
柳生さんが後ろから鋭い前蹴りを放つ。女だと見くびられたのが相当気に障ったようだ。吹き飛ばされる秋吉。
「うおっ、痛って」
秋吉は平然と立ち上がると、やはり二人を完全に無視して帰宅しようとする。秋吉は本当に戦意がないようだ。
「次は本気だ。死にたくなければかかってこい」
柳生さんが腰の刀を抜き、構えた。あの刀は実は模擬刀なのだが、絵的には完全に刀を持った殺人鬼にしか見えない。
「斬るぞ」
柳生さんの刀が振り下ろされる。まずい、頭に直撃したらシャレにならない。なんとか止めようと飛び出したその瞬間だった。
「なんかやったか?今」
秋吉は頭に模擬刀の一撃を受けたが、意にも介せずに歩き出す。
「馬鹿な」
俺は驚愕した。模擬刀とはいえ金属の塊が頭に直撃して無傷というのは人間離れしすぎている。もしかしたらこの防御力こそが奴の「能力」なのかもしれない。しかしそれだとさっきの岡村を倒した怪力はなんだったのだろうか。能力は基本的に一人一つだと、安野さんは以前言っていた。肉体の強靭さ全てが能力なのだろうか、だとしたら攻撃力、防御力ともに脅威というほかない。
「ねえ、私はあんまり戦いたくないんだけど。もし君が運動部を狙った闇討ちを止めてくれるんだったら、私たち戦わずにすむんだけどな」
平野さんの発言は最もだ。戦わずに話しあいで解決するのならそれに越したことはない。千春の友達ということもあって、話が通じそうではある。
「やだよ、趣味だし」
彼によると運動部の襲撃は趣味だという。強い奴と戦うことが生きがいらしい。不良の喧嘩に巻き込まれたくないと思いながらも、常に巻き込まれ続けてきた俺には理解できない感性だ。
「なら仕方ないなあ、とりあえず捕まえるか」
平野さんが大量の縄を放ち、秋吉を縛り上げる。あの野球部を大量捕縛した平野さんの必殺技の一つ「終身刑」だ。
「さっきのゴリラといいお前さんといい、この学校のやつは妙な技を使うな」
そう言って秋吉は軽々と縄を引きちぎる。縄とともに服まで引きちぎられ、中から筋骨隆々な肉体美が露わになる。
「しまった、服まで破れてしまったか」
秋吉の怪力の凄さにその場にいるもの全員が圧倒される。だが平野さんだけは秋吉が自分の服に意識を奪われた一瞬を見逃さなかった。素早く背後に回り込むと、秋吉の首に腕を回す。
「絞首刑」
岡村を絞め落とした必殺技が決まった。平野さんの能力は本人曰く「縛る」こと全般だ。常に持ち歩いてる縄を始め、鎖、植物のツタ、縄とびなど縛れるものならなんでも自在に操れる。しかし彼女の真骨頂は自らの「腕」を使って相手の首を後ろから縛り上げることなんだそうだ。この技が決まって逃れた相手はいないらしい。
「強いな、本当に女の力か」
そう言って秋吉は首を締め上げられた状態のまま、上体を持ち上げる。
「嘘でしょ」
平野さんの身体が宙に浮く。秋吉はそのまま身体を後ろから地面に叩きつける。平野さんは後頭部を打ち悶絶した。
「すまん、女子相手にここまでやるつもりはなかったんだが」
バツが悪そうに秋吉は倒れている平野さんを見下ろす。彼女の後頭部からは真っ赤な鮮血がドクドクと流れていた。
「貴様ァァァァァァァ」
怒りに任せて柳生さんが秋吉に斬りかかる。肩口にヒットするも、ビクともしない。
「お前はちょっと眠ってろ」
そう言うと秋吉は柳生さんの首に手刀を打ち付ける。柳生さんは悲鳴をあげる暇もなく気絶し、地面に倒れた。
「すまない、この娘たちを保健室に連れて行ってくれ。特に平野さんは止血が必要だ」
秋吉は俺にそう言い残すと、まるで何事もなかったように歩いて行った。