終
光の溢れた世界で、私は長い時を過ごしてきた。
穏やかで優しい世界で、時間は永遠のようでもあったが、苦痛ではなかった。
ふいに目の前に、透明の扉が現れた。空間に扉の輪郭線だけが浮き上がり、そして開かれた。
「真由」
懐かしい声だ。そしてずっとずっと待っていた声だ。
「お母さん」
お母さんは優しく微笑んだ。
「ごめんね、思ったより遅くなった」
「謝ることじゃないよ」
そう。決して謝る事じゃない。思っていたより命が長くなったのは、絶対にお父さんのおかげだ。あの時ついた私の、私達の嘘があったからだ。
*
光の世界からふいにあの廃園に導かれる時、それは大抵お父さんが私に会いに来てくれる時だった。
何故ここなのだろうと思ったが、きっとここがお父さんにとって、私との一番思い出深い場所だったからなのだろう。
嬉しかった。死んだと気づいてしばらくの間は、心の中の悲しさや寂しさがどうしようもなく渦巻いて辛かった。そんな所に生きているはずのお父さんが会いに来てくれた。私からお父さんに会いに行く術は分からなかったから、お父さんが来てくれる事は本当に嬉しかった。
でも、お父さんの口からお母さんの容態を聞いてから、素直に喜びきれなくなった。
もっとお母さんの傍にいてあげてほしい。私なんかに時間を割かないで、もっとお母さんとの時間を大切にしてほしい。
そう思うと、お父さんがここに来てしまうという事実に責任を感じ始めた。
私のせいだ。私がお父さんとの時間を素直に喜んでしまうから、余計にお父さんをここに縛り付けてしまうんだ。
駄目だ。このままじゃ駄目だ。
お父さんをここに来させてはいけない。
でもどうやって。来ちゃダメ。来ないで。そう言っても、私の嘘はきっとバレる。
どうすれば。
そうやって悩んでいる時に、また私は廃園に呼ばれた。お父さんだ。
とにかく、ダメだって事を伝えなければ。意を決して私はお父さんに向き合おうとした。
しかし、そこにいたのはお父さんではなく、お母さんだった。
*
「ちょっとお父さんには刺激が強かったかもね」
あの嘘から長い長い時間が過ぎ、廃園ではなく光の世界で久しぶりに再会を果たした私とお母さんは、あの日の事を思い出していた。
あの日、会えた事への驚きと嬉しさでたくさん話をした後、私はお母さんにお父さんの事を相談した。そこでお母さんは私に、お父さんへの嘘を考えてくれた。
“私に会いに来るたび、お母さんの身体が悪くなる“
確かに刺激は強いし、物騒な嘘だなと思った。そんな事を言われて、お父さんは大丈夫かなと思った。
でも、それだけの言葉じゃなければお父さんには効き目がないのではないかとも思った。だから、私はこの嘘を使う事にした。しかし問題は、この嘘がバレないかという事だった。
結局不安は的中し、嘘はすぐにバレてしまった。
しかし、今にして思えばそれでも良かったのだ。それも含めてお母さんはこの嘘を私に教えてくれたのだ。
「嘘だとバレたとしても、お父さんは絶対に、真由の優しさを理解してくれる。だから、あの嘘はバレてもバレなくても良かったの」
「ちなみに、バレないと思ってた?」
「絶対にバレると思ってた」
「もう! お母さんひどい!」
「ごめんごめん。でもありがと」
「ん?」
「あなたには悪かったけど、おかげでお父さんと、本当にかけがえのない時間を過ごせたわ」
「……うん。良かった」
あの嘘がちゃんと役立ったのなら、それでいい。
「お父さん、一人で大丈夫かな」
「大丈夫よ」
「ほんとに?」
「ええ。ちゃんと言ってきてあるから」
「何を?」
「真由の時みたいに、私に会いに来ようとしちゃダメよって」
「お父さん、びっくりしてなかった?」
「すんごい顔してた」
私たちは大きく笑い合った。
お母さんは、あの日のようにまた嘘を使った。
本当は会いに来て欲しいくせに。
でも、それでいい。
私たちは死んでいて、お父さんは生きてるんだから。
「お父さんはまだまだ元気だから、ゆっくり待ちましょうね」
「うん」
お父さんがここに来た時は、皆でまた笑い合おう。
その時は、嘘なんてなしにして。