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「あなた、ちょっと痩せてきたわね」

「ん? そうかな」

「ダメよ。しっかり食べて、しっかり寝なきゃ」

「……ああ」

「あなた、どうかした?」

「え? あ、ああ、いや」

「疲れてるなら無理しないで休んで。私は大丈夫だから」

「ああいや、そういうわけじゃない。大丈夫だよ」

「そう。ならいいけど」


 いけない。紗雪の前で顔に出してはいけない。そう思っていたのに。目の前にするとどうしても真由の言葉を思い出してしまう。

 腫瘍に蝕まれている紗雪。死に向かっている紗雪。それが、私のせいだと真由は言った。


「大丈夫よ、私」

「え?」

「怖くないよ。死ぬの」


 私の表情から何かを汲み取ったのか、紗雪は突然そんな事を言い始めた。


「死んでもその先には、あの子が待ってくれてるんだもの」

「おい」

「分かってる。だからって死にたいわけじゃない。でも、私にとっての死は、決して絶望なんかじゃない」

「……紗雪」

「あなたとの今の人生も大事。生きている今ももちろん。だから今という時間も、私は大事にしてるつもり。でも、死んだら全部終わりってわけじゃないでしょ。私達があの子の事をずっと忘れないように」

「……」

「ダメか。それじゃ私が死んで残されたあなたへ、全部押し付けてるみたいね」


 そう言って紗雪は笑った。

 今も死んでからも大事。それは、考えたこともない事だった。


「いや、そんな事ないよ」

「ふふ。まだ死なないから、そんな顔しないで」


 まだ。そのまだはいつまでだろうか。


「死ぬなんて、嘘だったら一番いいけどね」


 そう言う紗雪の顔に、確かに絶望はなさそうだった。どこまでも穏やかで、全てを受け入れきったかのような。自分が同じ立場なら、こんなふうにいられるだろうか。

 彼女は優しいだけではなく、強くもある。これまでずっと、そんな彼女に幾度となく支えられてきた。


「嘘なんだよって、あの子みたいに言えたらいいのに」

「ん?」

「覚えてない? あの子、たまに嘘つく事あったでしょ?」

「ああ……」


 確かにそうだった。真由はたまに嘘をついた。人間なのだから嘘をつくことは当然ある。幼かったあの子にも何度か嘘をつかれた事がある。

 しかし記憶の中でその嘘は、決して人を傷つけたり、自分を良く見せたりするような愚かなものではなかった。多少不器用なゆえ、その嘘はすぐにバレていたが。


「分かりやすかったわね。嘘つく時、いっつもこうするから余計にね」


 そう言って紗雪は私にある動作を見せた。


 ――ん?


 なんだ。この感覚は。まるでデジャブのような――。


「そうだったか……?」

「気付いてなかったの? まあそうでもなくても分かるけど」

「うん……」


 私は頭の中で記憶を掘り起こした。

 

 ――やっぱりそうだ。


 記憶と紗雪の動作は一致する。だとしたら、その意味は何だ。


『もう、来ちゃダメだよ』


 真由の言葉を、私は頭の中で反芻した。


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