(6)
「あなた、ちょっと痩せてきたわね」
「ん? そうかな」
「ダメよ。しっかり食べて、しっかり寝なきゃ」
「……ああ」
「あなた、どうかした?」
「え? あ、ああ、いや」
「疲れてるなら無理しないで休んで。私は大丈夫だから」
「ああいや、そういうわけじゃない。大丈夫だよ」
「そう。ならいいけど」
いけない。紗雪の前で顔に出してはいけない。そう思っていたのに。目の前にするとどうしても真由の言葉を思い出してしまう。
腫瘍に蝕まれている紗雪。死に向かっている紗雪。それが、私のせいだと真由は言った。
「大丈夫よ、私」
「え?」
「怖くないよ。死ぬの」
私の表情から何かを汲み取ったのか、紗雪は突然そんな事を言い始めた。
「死んでもその先には、あの子が待ってくれてるんだもの」
「おい」
「分かってる。だからって死にたいわけじゃない。でも、私にとっての死は、決して絶望なんかじゃない」
「……紗雪」
「あなたとの今の人生も大事。生きている今ももちろん。だから今という時間も、私は大事にしてるつもり。でも、死んだら全部終わりってわけじゃないでしょ。私達があの子の事をずっと忘れないように」
「……」
「ダメか。それじゃ私が死んで残されたあなたへ、全部押し付けてるみたいね」
そう言って紗雪は笑った。
今も死んでからも大事。それは、考えたこともない事だった。
「いや、そんな事ないよ」
「ふふ。まだ死なないから、そんな顔しないで」
まだ。そのまだはいつまでだろうか。
「死ぬなんて、嘘だったら一番いいけどね」
そう言う紗雪の顔に、確かに絶望はなさそうだった。どこまでも穏やかで、全てを受け入れきったかのような。自分が同じ立場なら、こんなふうにいられるだろうか。
彼女は優しいだけではなく、強くもある。これまでずっと、そんな彼女に幾度となく支えられてきた。
「嘘なんだよって、あの子みたいに言えたらいいのに」
「ん?」
「覚えてない? あの子、たまに嘘つく事あったでしょ?」
「ああ……」
確かにそうだった。真由はたまに嘘をついた。人間なのだから嘘をつくことは当然ある。幼かったあの子にも何度か嘘をつかれた事がある。
しかし記憶の中でその嘘は、決して人を傷つけたり、自分を良く見せたりするような愚かなものではなかった。多少不器用なゆえ、その嘘はすぐにバレていたが。
「分かりやすかったわね。嘘つく時、いっつもこうするから余計にね」
そう言って紗雪は私にある動作を見せた。
――ん?
なんだ。この感覚は。まるでデジャブのような――。
「そうだったか……?」
「気付いてなかったの? まあそうでもなくても分かるけど」
「うん……」
私は頭の中で記憶を掘り起こした。
――やっぱりそうだ。
記憶と紗雪の動作は一致する。だとしたら、その意味は何だ。
『もう、来ちゃダメだよ』
真由の言葉を、私は頭の中で反芻した。