(3)
「おいしい。いつもありがと」
「本当に好きだな、コーヒー牛乳」
「なんだかこの、レトロだけど色褪せない味がいいのよね」
「そう言われると分からんでもないな」
「あなたも飲む?」
「いや、俺はコーヒーがあるから」
「牛乳入れたらもっとおいしいのに」
「ブラックの良さが台無しになるよ」
「ちぇ、残念」
白いベッドの上で寝そべる妻、紗雪の笑顔に今日も安心する。
半年程前から身体の不調を訴えだした紗雪を病院に連れて行った所、腫瘍が見つかりそのまま入院となった。手術で取り払えれば良かったが、腫瘍の箇所が動脈の近くで困難という事もあり、薬と放射治療で様子を見ていく事となった。
残念ながら思わしい状況ではなかった。平日は仕事の為、妻のもとを訪れるのは週末に限られた。そして会う度彼女の顔は、徐々にではあるが生気を失っていった。
それだけに彼女の笑顔は嬉しかった。生きている。まだ彼女は死から程遠い元気さを保っている。笑顔はその証明だった。
「あ、今度これ買ってきて」
病室を出る前、紗雪は私に小さなメモ紙を渡した。これもいつもの事だ。彼女が欲しい物のお使い。タイトルと作者が書かれている。どうやら今回も小説らしい。
「分かった。じゃあまたな」
「うん、またね。いつもありがと」
紗雪はいつも最後に必ずありがとうを口にした。真面目で律儀な彼女の性格が良く表れているなと毎度感じる。
――どうしてこんなにも素晴らしい女性が、死ななければならないんだ。
主治医からもある程度の病状は聞いている。妻もそれを把握している。
妻はおそらく、そこまで長くはない。
――娘の次は、妻まで奪うのか。
「……どうして」
運命を呪いたくなる。
あんまりじゃないか神様。
何も悪い事などしていない真っ直ぐに生きてきた妻が、何故こんな苦しみを背負わなければならないんだ。
何故、笑えばそれだけで周りを明るくし、人の気持ちをいつだって考える事の出来る優しい娘が、死ななければならなかったんだ。
会いたい。
さすがに頻度が多すぎるか。だが、別にそこにルールがあって罰則があるわけでもない。しかし、真由にとってそれが負担に感じられるのであれば、こちらも控えた方がいいんじゃないかとも思う。真由の困り顔を見ると、自分勝手で配慮のない行動をとっている自分が恥ずかしくなる。
だがそれでも、愛しい娘に会える手段を持っているのであれば、私はやはり会いたいと思う。
そして結局、数日ともたずに私はまた意識を真由のもとへと飛ばした。