(2)
部屋に帰り、スーパーの袋をがさっとテーブルの上に載せる。スーツを脱ぎ捨て、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
「ぷはっ」
今日の疲れを労ってくれるかのように、喉から全身がほぐれていく。
風呂の湯を沸かし、ソファにどかりと全身を預ける。
「ふう」
だらしなく身体を弛緩させ、ぼーっと宙を眺める。
――今日も会えるかな。
焦点を外し、意識を無防備にしていく。視界がぼやけていく。まだここだ。ここじゃない。
何も考えてはいけない。出来る限り自然体に。ただ肉体があるだけで、意識はここにないものにする。
ぼやけた世界が次第に閉じていく。慣れたものだ。だが少しでも感情が混ざるとうまくいかない。私は自分がどこにもいないように自分を漂わせる。
そしてそのまま、すうっと意識は闇に落ちた。
*
「……よし」
次に意識が開けた時、私は暗い遊園地の中に佇んでいた。
裏野ドリームランド。いつ来ても懐かしい場所だ。あの頃の輝きはなく、すっかり廃園と化しているが、自分にとっては思い出深くいつまでもなくならない場所だ。
私はもはや亡骸のように暗く沈んだ園内を歩いていく。ここは生きていない場所だ。だが私が向かっている場所だけは違う。場違いなほどに光を放っているその先に、私がここに来た理由がある。
幻想的な光に彩られながら回転を続けるメリーゴーランド。私はその前で足を止めた。
「あ」
ゆったりと周回を続ける馬達の中に、その姿を見つけた。
私は彼女に向かって手を振った。気付いた彼女が困ったような笑顔を浮かべながらもこちらに手を振り返してくれる。
やがて、メリーゴーランドは徐々に速度を緩め停止した。
「もう」
彼女がこちらに馬から降りこちらに向かってくる。
ああ、本当に変わらない。ずっとずっと。
「また来ちゃったんだ」
「ああ、お前に会いたくてな」
「この前も会ったばっかだよ」
「いくら会っても足りないんだよ」
「お父さんって恥ずかしい事平気で言うよね」
「恥ずかしいだなんて思ってないからな」
「もう余計恥ずかしくなるよ……」
昔のままの真由は、私に向かって変わらない笑顔を向けた。
消えてしまった笑顔。消えてしまった命。
でもそんな娘と、私は今向き合っている。
死んでしまった娘に、私は度々こうして会いに来ている。
それが私の生きる上での、大きな支えの一つだった。