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クリスマスにまつわる三つの物語  作者: あふひ みわ
3/3

第三話『クリスマスはどこに?』

「…はあ、困った」

薄く白髪交じりの髪を指先で掻きながら、幾度も羊皮紙の上へ枯れ枝の様な指先をなぞらせる。小雪が舞い始めて更に冷え込みがきつくなっているにも関わらず、老師はフード付きの黒いローブのみをまとい、困惑顔で小高い丘から眼下に広がる街並みを眺めていた。

「確かにこの辺りであの方の気配を感じたのじゃが…わしもモウロクしたかの」

羊皮紙に描かれた古い地図の様な模様へ再度視線を落とした後、丘を歩き始めた。


同じ頃、銀の長い髪を背で束ね、漆黒のマントに身を包んだ長い影がある聖堂の前に降り立った。アーチ型の窓から中を伺えば、白い上着を着た聖歌隊達が賛美歌を歌っていた。美しく響くその歌声は外からでも聞こえる。一人の女性が窓外の美しい男性に気付くと一瞬頬を薄く染め、隣で歌う女性に何か示した。聖歌隊が歌い終わると同時、白い上着を羽織った女性達が一斉に扉を開き男を迎えた。

「外はお寒いでしょうからどうぞ中へ」

促される儘に男は中に通されて、背後の女性はマントを脱がせると上着掛けへ掛けた。

「どうぞお構いなく…美しい歌声につい足を止めてしまいました。ご無礼を…」

男は丁寧に長身の腰を折ると、牧師らしき初老の男性が笑顔を返した。

「ようこそいらっしゃいました。この聖堂は見ての通り小さいですし、街からも離れた丘の上にございますから滅多に訪ねて来られる方はおりません。本日はクリスマス…きっと神が貴方を此方へお導き下さったのでしょう」

狭い聖堂の片隅にある小さな応接セットで着座を勧められ、銀髪の男は差し出された熱い紅茶に一口つけた。

「神…ですか」

感情こもらぬ口調で答えると、周りに聞こえぬ程度のため息を突いた。

……本来であれば私など招かざる客だろうか……

「…神は神でも死神は忌み嫌われるのでしょうね?」

牧師は一瞬困惑顔を見せた。

「え?…ええ。クリスマスでなくとも死神は困りますな」

「あなたがたの求めておられるクリスマスとは、一体どの様なものなのです?」

「聖堂のクリスマスは神の御子のご聖誕を讃え、感謝の祈りを捧げるのです。それが我々信仰者が求めるクリスマスです」

「此方では、街で繰り広げられる様な大騒ぎは無いのでしょうね」

「ええ。クリスマスはお祝い事には違いありません。無信仰者達には感謝よりも祝い事、しいては単なるお祭り行事として今や定着しているようで…貴方はそんな無信仰者達のクリスマスに嫌気がさしておられる?…それで神は正しきクリスマスを教える為に此方へお導きになられた…違いますか?」

「ええ…確かに貴方のお言葉を借りれば『正しいクリスマス』を探しておりました。ですが…私の求めるクリスマスは此処にもなかった。牧師殿、私の求める聖夜は一体何処にあるのでしょうか?」

死神が言い終わると妙な空気が辺りを包み込んだ。聖歌隊の女性…最初に窓外の彼に気付いた女性…は少し困惑しながらも静かに答えた。

「貴方の求められているクリスマスは分かりませんが、少なくとも愛情を自分以外の者に分け与える日ではありませんか?家族、友人…恋人とか」

彼女は『恋人とか』という部分を特に声を高くして、銀紙の男へ視線を送ってみせた。

「あらエリス、それって彼へのお誘い?抜け駆けなんてずるいわよ」

「抜け駆けなんて馬鹿な事を言うなよ。リサには僕がいるだろう?」

抜け駆けはずるい、と言い出した女性を緩く睨みつけたのは聖歌隊の青年だった。するとまた別の男性が言う。

「どうせ顔がいいから誘ったんだろうさ。エリスは先月別れたばかりだからな」

「男は女がどれほどクリスマスを待ち望んでいるか、何も知らないのよ」

「その下心も知れている。高額な贈り物をもらう為に女は必死に恋人探し、高額な贈り物という餌を与えて一夜の体の関係を持つ為に男は必死に恋人を探す。あんたもそうなんだろう?ま、それ程までの美丈夫さんならほっといても女から寄ってくるだろうけど」

 いつの間にか聖堂は男女の意見が飛び交っていた。死神にとってはどの言葉も意見も聞きたくないものだった。ガタリ、と音を立て立ち上がると静寂が走った。

「失礼…そろそろ失礼を。紅茶、どうも御馳走様でした。よきクリスマスを…」

 最初に声を掛けてきたエリスと言う女性が、扉まで見送ったが振り向きもせず小雪が舞う丘を死神は歩き始めた。

 ――ここから見える全ての人達が幸せなクリスマスを送れますように…――

 ふと暖かな風と共に死神の耳奥で心地良い祈りの声が届いた。辺りの気配を探る。薄い、とても薄い気配…。

「君がさっきの祈りの主だね?」

 足元で横たわる灰色の猫の背を、死神は優しく撫でて抱きかかえた。

「貴方は…サンタさん?もしそうならボクのお願いを叶えてくれる?ボク…最初は人間になりたかったの。その次は白い猫になりたかったの…でも、今はそのどちらもいらないから、此処から見える全ての家の人が、幸せなクリスマスを過ごせる様に…してほしい…って…さっきサンタさんにお願い…し…て」

 猫は安心した様に死神の腕の中で瞼を閉じ、二度と開かれる事はなかった。

「私と共に黄泉へ下り、天上で人間として転生をさせてあげよう…」

 屈めていた腰を上げた時、背後から老師のしわがれた声がした。

「閣下。それはなりません。動物は黄泉ではなく天界へ招かれるのですぞ?彼の魂は主神様に委ねられるのです。ましてや転生に死神が手を掛けるなど…」

「だが…彼の願いは叶えてやりたい。私の求めているクリスマスは彼だ。私はどの様な処分になっても構わぬ。次の死神が私の座に就くだろう」

「なりませぬ!貴方は死を司る神なのですぞ!ご自身の責務を投げ出すというのですか。それこそ身勝手な行動だと思わないのですか」

「爺にも世話になったな。副官として長く仕えてもらった。感謝している…」

 死神が天を仰いだその時、眩い光に包まれた一人の御使いが表れた。

「これは御使い殿ではありませんか。クリスマスの様子でもご覧にいらしたのですか?」

 死神は御使いに声を掛けた。副官の老師は傍らで礼をとっている。

「貴方を…死神殿をお探し致しておりました。主神は、貴方が地上へ降り立つそのお心を崇高であり、クリスマスのお考えを改められ、今は天界にて天使達を集めて祈りをておられるのです。今のお話、しかと伺いました。主神も祈りながらご覧になられている事でしょう」

「主神殿が私を探しておられると?」

「どうでしょう?その猫を貴方と共に黄泉の国へ迎えて、猫にも人の姿にもなれる聖獣として貴方の御傍に仕えさせる、というのは?」

「それは…勿論、願ってもない良案だが…そんな事が許されるのでしょうか?」

 死神は腕の中で冷たくなった猫へ視線を向けた。

「ええ。その儘どうぞお連れ下さい。その猫にとっても、貴方にとっても求めておられるものになりましょう」

 御使いは言い終わると満足した様に天上へ戻っていった。

 

 ――ボクはサンタさんに合えたんだ。体が暖かい。ああ、懐かしい。昔、ボクと過ごしていた家のように暖かい。クリスマスの匂い…美味しそうなお料理と、甘いお菓子、プレゼントの甘い香り…ボクはまた夢を見ている。きっと目を開けたら――

「目が覚めたようだね?」

「貴方はさっきの…サンタさん」

「サンタではない。起きてまずは自分の姿を映してごらん?」

 死神はそっと細く小さな体を起こすと銀盤の前へ映してみせた。猫は息を呑みこんだ。

「これが…ボク?」

 鏡に映し出される姿は、銀の短い髪と白磁の肌に細い手足がシャツから伸びて、サファイアグリーンの瞳の細身の美少年だった。

「灰色のみっともない猫だったのに…こんなに綺麗な、それも人間になってるなんて」

「それだけではない。君は猫にもなれる。首を振って首元の鈴を鳴らしてごらん?」

 少年の細い首には鈴の付いたアクセサリーが下げられていた。少年が少し首を振ると小さな可愛い音が耳元を掠め、みるみる体は小さくなり銀色の猫になった。

「メリークリスマス…私が探していたクリスマスだ」

 死神は猫を抱き上げテーブルに着かせると、猫は首を振り再び鈴を鳴らした。少年が椅子に行儀よく着くと嬉しそうに死神へ微笑んで見せる。

「メリークリスマス。ボクの探していたクリスマス。誰かと一緒にいられる…本当はずっとずっとそう願っていたの」

 黄泉の国。そこは死を司る死神が漆黒の王宮に住み、日々死に人を審判する闇が包む国。闇が包む漆黒の王宮内では、暖かなクリスマスの時間が流れていた。

 

                             ―fin


 クリスマスに憧れる死神と、サンタに憧れる心優しい猫は願いが叶い、ずっとずっと幸せな時間を過ごしたとか…遠い遥かな天上界でのお話。


 メリークリスマス。

 あなたにも暖かな気持ちが届きます様に…。


                            ―fin


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