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星になった君に  作者: キリシマアキラ
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9/16

打ちひしがれる君に


 夕生は次の週に今度はひとりで、写真を取られた場所へ向かう。今日の新しい風が気持ちよく頬に当たる。

 先日、朝臣の掲載の話しを尋ねると同時に次には自分が載りたいと働きかけたのである。すると、同じ場所に来てくれればいいよ。と軽く言われた。

 自分が載れば、篠井朝臣の気をもっと引いていられる気がした。夕生の思いついた目論見を早く表現するとしたらこうである。

 俺が三和美羽になればいい。

 才能の有無など知らないし、運の有無も知ったことか。

 どうせ叶わぬ恋に、打ちひしがれるのをやめたい。

 いつも俺を見ろ、かまえという態度なら、今度はそっちが俺を見るハメになるようにすればいいんだ。恋愛の外で、そうなるように仕向ければいいんだ。

 こう思いついた時、全てが上手くいくような気がした。そういう気分になった。


 その場所へ行くと、なかなかその人は現れなかった。もう、頓挫するのかと思った時、肩を叩かれた。

「君、樫木くん?」

「あ。はい! あの、お願いします。今日は二人じゃないんですね」

「うん。一人の時も良くあるもんだよ。カメラだって高性能だしさ。まあ、プロの方が当然上手いけど。そうだ。篠井くん。だっけ、編集部では評判良かったよ。君はあの子のこと好きなんだ?」

 雑誌社の男は、先日と同じく早口だった。会話の出だしと、最後の質問への繋がりがよく判らなかった。夕生は戸惑う。「えっ?」

「わかるよ。少し気をつけたほうがいいくらいだ。撮るよ」

 全てのテンポが早く、言い終わる前に適切な距離へ男は離れた。

「えっ?」

「撮りますよ」冷徹な声だった。

 出たがりの子供に対する大人はこうなのかも知れないと夕生は思う。何枚かの撮影が終わると夕生が聞く。「次とかもいいですか?」

「次も? そんなには無理だな。君は顔とかスタイルがいいから、今回だけ話を汲んだわけ。ちょっと顔が甘すぎるけど、あとは、評判による」

「じゃあ、なんで俺のことわかるとか言ったんですか。必要ないことでしょう」

 夕生はめげなかった。何か言質を取れるなら何でも良かった。

「わかるから、わかると言っただけ。何だい、食って掛かって印象付けようって腹なら相手が違うよ」

「じゃあ、相手を教えてください。俺の恋愛を勝手にいじくってからかうのは大人の傲慢だと思いますけど」

「……呆れたガキだなあ。へえ、まあ、落ち着いてよ。俺、年取ってるけど、そんな偉くねえから」

「そうですか。もういいです、ありがとうございました」

 夕生はもう去るような素振りを見せ、深々と頭を下げる。演技だった。

「まあ、ちょっと待ってよ。樫木くん」

「はい……」

――かかった。

 その男は谷津賢治やづけんじと言った。近くの薄暗いカフェに入ると、夕生をゲイだと見抜いたのは自身もそうだからだと話した。それを「お仲間」という一言で谷津は表し、夕生も悟った。

 それが自分でも思いの外安心してしまった。食い下がる理由を聞かれて、単に出たいことだけを強調するつもりが、朝臣との事柄から話してしまった。

 朝臣がやはり普通の男子であったことのショックから来た発想だ。我ながらうまく立ち直ったつもりだった。どこにも期待の余地なんて無かった筈なのに、いつも一緒に居てくっついていたから、思い上がりがあったのかも知れない。

「俺は夕生の隣じゃないと嫌だ」昨日も、昼休みにそんなことを言って甘えていた。その前の日は「さっさと素直に夕生に勉強教えて貰えば良かったな。俺、カッコつけるのやめたよ」なんて、まるで夕生の前では格好付けようとしていたかのようだ。ノートを広げる朝臣を見て、馬鹿な男だと思った。人の気も知らないで呑気に何を言っているのだろう。

 勝手に抱いた気持ちでありながら、恨みがましくも思って朝臣を見た。


「さんざん好きにさせといて、どうせそんなつもり無いんだって拒絶するに決まってる」


 これがいつも辿り着く結論だった。その結論を口にしてしまうと、泣くつもりなんて無かったのに泣けてきた。信頼関係なんてろくに築けてない相手に、こんなことまで話してしまうなんて、自分の思った以上に孤独を感じていたのかも知れない。

「なんかそれもう、憎しみまで達してるなそれ。ガキの話しとは思えねえな」

 谷津は少し茶化すような口調ではあったが、驚いた様子だった。憎しみと言われた夕生の方もそんな風に話しただろうかと思う。だけれど遠くはない。うつむいたまま言う。

「まさか。憎んでなんかいません」

「愛し過ぎてるだけってか」

 そう言いながら谷津はポケットティッシュを取り出して、拭けと言って渡してくる。

「……そうかもしれない」

 小さく会釈しながら、涙を拭った。そういう表現の方がいくぶん楽に思える。

「演歌の世界だな。いや、フォークかな。どちらにせよ、似合わねえなあ。一線も超えてないのに、そんな思いつめるかな。束縛って言ってたけど、まさか暴力とかあるの?」

 谷津は茶化していたのに、最後は神妙な面持ちになった。

「無いです。俺にだけは、めちゃくちゃ優しい」

 むしろ怖がっているふしすらあると夕生は思う。側に居るとたまに怯えが見える時がある。だから、本当は気が弱くて、強気なふりをしていないと生きていられない。朝臣が持つ磁力の正体はそこにあるのかも知れない。

「なんかただ時間の問題なだけじゃねえの。焦るな少年よ。生き急ぐことねえぞ。それか本当に諦めちまえよ、結構いい学校行ってんだし、普通に進路考えた方がいいぞ。高校生の男子なんて皆どうせアホだぞ」

「諦める代わりに何かないといやです。俺が朝臣を諦めればきっと朝臣は幸せになる。けど、それだと割りに合わない。俺の幸せはたぶん、そんな朝臣に自分の姿を見せること」

 見せつける。が感覚的には正しかった。自分の正気でない考えは、喋っているうちにわかってきた。

「あさおみあさおみあさおみって、少し離れろよ」

「それができれば、しています」

「……わかったよ。でも俺はダメダメの大人だから、同じようなダメダメな大人としか連んでないわけ。だからそいつ紹介する。一応映画監督、でも最低限のレッスンは受けることにはなるな」

 谷津は少し考えると言った。

「映画監督?」

 そんな方向の話になるとは思わなかった。どこに押し流されようとしているのだろう。ダメダメの大人という響きにも一抹の不安を覚える。

「モデルはこれから持ち帰って検討するから、ダメでも絶望すんなよ、オーディションは自分で調べて受けるなりするんだぞ。お前のツラならどっか拾うさ」


◆ 


「なあ、朝臣よお。夕生は今日も部活しないで家に帰ったのかよ?」

 園田が道着に袖を通すと聞く。それは朝臣にとって不穏な響きだった。理由は夕生から聞いている。あれから雑誌に何度か載って、その後に芸能事務所に所属したらしかった。それを全て誰の相談もせずに実行した。それが、もう親にバレて話し合いになっている。

「ああ、なんか親と揉めているから説得しないとならないんだって」

 夕生がそんな夢を見ているとは知らなかったが、最初に雑誌に声をかけられた時の雰囲気からすると、それほど驚きはしなかった。

「あいつさ。部活辞めるのかな」

 園田が言った。

「部活どころか、学校もどうかなと俺は思い始めてるけどさ」

「もったいねえ話しだよな。あいつ頭いいのに」

 それは朝臣もまず考えたことだった。夕生は勉強には苦労もしていない代わりに、目的も無かった。そこが自分との違いがあると朝臣は思っていた。だから、止めることに関しても強く出ることが出来なかった。そういう夢は許すしか無かった。

「まあ、まだわかんねえよ。根性あるから、転校もしないでやり遂げるかもしれないけど」

「まさかとは思うけど、あいつ三和美羽になろうとしてんのかな」

「何でイキナリ、そんな話しが出てくるんだよ。関係ねえだろ」

 朝臣は脈絡が無いと苦笑してしまう。三和美羽の話なんてあれから一度も出ていなかった。

「お前ももっと反対とかするのかと思ったのに」

 どこか失望したような園田の言い方に、朝臣は抵抗した。

「何でだよ。じゃあお前は反対していろよ」

「俺はもったいねえって言った。それ以上無いよ」 

 園田はそう言って、面の中に手ぬぐいと小手を入れる。そして竹刀を持ち、体育館へと出ていった。剣道大会が迫っている。もう少し夕生には剣道をやっていて欲しいとも思う。自分が強くなるのに必要だったこの武道を、夕生にも必要として欲しかった。

 朝臣は竹刀を強く握ると、冷たい床に足を進めた。


 次の日、夕生は遅刻ギリギリに学校へやって来た。少しふてくされた顔をしている。親との話はどうだったのだろうか。一時間目の授業が終わった後、朝臣が近づくと夕生が穏やかに笑った。

「朝臣。おはよう、遅刻するかと思って俺、まじ焦った」

「なんかふてくされた顔してたな」

 からかうように言うと、夕生の顔に少し赤味が差した。だが、言葉は淡々としている。

「そう? まさか、離婚してるのに父さんまで出てくるとは思わなくてさ」

「そうなんだ。大変だったな」

「子供の行動は、夫婦の間でどちらかのせいって、どっちも思ってる。ああ、元夫婦ね」

「きりがないな」

「そうなんだ。あの人達キリがないんだ。どちらかが死ぬまでそうなのかな。憂鬱」

「まあ、元気だせよ。これからなんだし」

 朝臣は夕生の肩をそっと叩く。

「ねえ。朝臣。今日はちゃんと部活やって帰るから、一緒に帰りたい。話したいこともあるし」

 何かを求めるように、夕生の視線がじっと自分を捉えるのが心地よかった。まだ自分は必要とされていることに安心を覚える。

「うん。わかった」

 二時間目の授業のチャイムが鳴る。

 くじ引きで決められた席は夕生とは少し離れている。朝臣は教科書を机の上に出した。前日の復習と予習の部分に集中し始める。ちゃんとやっておけば少しだが成果は感じている。少しの無理をして入った高校での生活は、かなりの努力をしないととてもついていけないと今更に痛感している。樫木夕生との差がまだまだ大きいと思う。何をしても余裕があるあいつは、違う世界に意識を向けている。

 朝臣は思う。安心こそしたが、自分は夕生の相談相手としてはもう、適切ではないような気がする。夕生に対して初めて、遠慮の気持ちが湧いてきた。


「疲れたけど、すっきりした。あとは朝臣とふたりで家に帰るだけ」

 部活は筋トレが中心だった。汗を拭きながら夕生がそう言った。ふたりでと言うのがどこか引っかかる。いつもはそう強調するようには夕生からは言わない。大勢で玄関へ行きそこから、それぞれの使う交通網に向かい、それで人数が減っていくものだった。

 朝臣は、これまで頻繁に夕生を待つことや、逆に待たせたことがあったのを忘れていた。何気なくて当たり前と思うことを、特別には記憶していないのである。

 だからと言って、夕生の宣言で波風が立つわけでは無かった。そういうことなら、と足並みをそろえるかのように自然と玄関で二人きりになった。

「園田も行っちゃったのか」

 ほどけていた靴紐を縛りながら朝臣はわざとらしく言った。それを待っている夕生は言う。

「うん。俺がふたりでって言っちゃったから、空気読んだのかも」

「ああ……そうだよな。じゃあいいか」

 気づいていた癖に、朝臣はとぼける。教室でも言って、更衣室でも言ったのだから聞こえればそうするだろう。立ち上がって、ふたりで歩き始めた。何故だか、気分が落ち着かない。何か話さなければ。

「きのう……」

 二人同時に声が重なった。もちろん、朝臣の話には中身などない。

「ああ、ごめん。昨日の話だよな」

「そう。昨日の話し。でも、あの……俺の気持ちの話し」

「気持ち?」

 なんだろうと朝臣は思う。

「あの、普通はこういうのって学期末とか、どっちかの誕生日とかバレンタインデーとかに話すことかも知れないけどさ、あ、朝臣の誕生日はクリスマスイブだし、なんかそれってちょっと印象が強くなりすぎると思って、なんかこうタイミングがわかんないのとか色々あったから、ちょっと言って整理しないと先に進めないかなとか思っての、今になるんだけど……」

「うん。いいよ」前置きが長いが、朝臣は夕生のタイミングに合わせることにした。その為に居る自分なのである。

「……あの、好きなんだよ!」

 夕生は怒ったように語気が強かった。

「何が?」

「俺が! 朝臣のこと好きなんだ! だから、その……」

「ふうん……あっ」

 つい、俺も夕生が好きだけどそれが何だと言いかけようとした。しかし、好きの意味が違うのでは?と直ぐに思い至った。さっきの長い前置きが無ければ気が付かなかった。

「……違うな。ふうん、じゃねえなそれ」

 思わず立ち止まると朝臣は慌てて、自分に言った。

「そうだよ。俺は男が恋愛の対象なの。で、そういう風に俺はお前のことが好きなんだ」

 夕生は硬い笑顔を、朝臣に向ける。

「……そうか」

「気づかなかった?」

「全くわかんなかった」

 朝臣は、呆然として答えていた。

「そうだよね。俺もなるべく、わかんないようにしていたつもりだからね」 

「……ごめん。わかんなくて。だったら随分振り回すようなこと俺は、言っていた気がする」

「うん……でもね。最初っから好きって思ってたから。別に朝臣の振る舞いのせい、とかでじゃないよ」

 夕生は朝臣をじっと見詰める。その熱量の多さを初めて意識した。今までの交わした視線、行動全てがそういう熱が込められていたことに気づいた。

「ごめん」

 朝臣は目を逸らした。情けなく、少し後ずさりした。男だからと言うより、夕生そのものに危険なものを孕んでいるように思えた。

 でもやはり男だからかもしれない。「ごめん……」勝手に何度も謝罪の言葉が口から零れ落ちていく。「ごめん」

「ごめん……」もう一度夕生を見た。正面切って言ってきた勇気を汲むなら、逸らしてばかりではいられない。

「やめて、ストップ! 謝るな!」

 朝臣はそこで謝り続けていたことにやっと気づいた。口をつぐむと夕生は言った。

「悪いのは俺だから」

「悪いわけじゃない。なんで今言おうと思ったんだ?」

 夕生はその質問に答えずに、その場から走り去ろうとした。直ぐに追いかける。普段、帰宅する方向ではない道に入ってしまう。本格的な逃亡だった。仮にこのまま取り逃がしたら、今後どうなるんだ。学校生活どころではなくなってしまうのではないか。

「待てよ!」

 叫ぶが、止まらなかった。そこまでして逃げられると、腹が立ってくる。何をそんなに恐れているんだ。洗いざらい話すなら、俺にも喋らせろと朝臣は思う。体力は朝臣の方がある。それでも、わりと大変な逃亡劇になった。夕生のスピードが落ちる。やっと夕生の手を捕らえた。

「……ああ、もう、やだ! 何でそんなに追って来るんだよ!」

 夕生は路地で叫んだ。掴んだ腕を取ろうとしてもがいた。だが、その手は離さなかった。

「どこに行こうとしてんだ、落ち着け! 俺にも喋らせろよ!……お前にとって交渉決裂でも妥協点を探れば良いことだろうが! それすら嫌か?」

「もう、俺は消えたい」

 もがくのをやめたかと思えば、今度はアスファルトにへたり込んだ。夕生の方が呆然としているようだった。「……いなくなりたい」

 朝臣は言った。

「冷静になってくれ。それじゃあ、今までの友達関係はどうなるんだ? 俺はそっちは手放したくない。想いには答えられないけど、だからって全て忘れるとか壊すとかは嫌だね。俺の言うことは綺麗事か? それとも残酷……か?」

「残酷だし我儘だよ。痛いから、離してよ。手を、どんな力出してんだよ……応えられないならほっといて突き放せばいいのに。朝臣はちょっとおかしいよ、壊れてる」

 そう言われてやっと夕生の手を離した。夕生の言うことはわからないではない。友情という名の何かに価値を置きすぎてるのかもしれない。そこから夕生が、出ていくことが我慢がならない。そういう固執が既に恋じゃないかと指摘する人間が居れば、朝臣は気がついたかも知れなかった。けれど居なかった。ふたりの世界にはふたりしか居ない。共通の友達が何人居てもそれは変わりそうもなかった。

「そうか。悪かったなしつこくて。それで俺を嫌うなら仕方ない」

「何でそうなるの。俺のこと好きじゃない癖に! そうでしょ、俺は朝臣が好きだって言ってんの」

「じゃあ、やっぱりお互いに妥協するしかない」

「だきょう……」

 朝臣はどこまでも頑固だった。結局は妥協と言いつつ、自分の思うままにした。今まで通り過ごすことだ。しばらくすると、思いついたように夕生が言った。

「そうか。俺はお前に拒否されて、拒絶される事ばかり想像していた」

「だから、そんなことしねえよ。拒絶か成就でもなく、その中間を取りたい。だって、お前面白いし。これでお前と切れるなんてそれはそれで俺も傷つくってこと。好意で切れるなんて、おかしいと思うんだ」

 もっともらしいことを言ったと朝臣は満足した。そして、夕生にとっても悪いことはしていないだろうと思っていた。

「朝臣、ありがとう。一生忘れないと思う」

 




 夕生の母親の恵美から電話が来た。その声は完全に憔悴していて何を言おうとして、電話をかけてきたのかは、直ぐに予想がついた。

「年内もたないって」

 それだけが、頭の中に響いていた。何と返答したかも覚えていない。大学構内に居る時間は抱えたものを堪えて過ごした。ここ最近、朝臣の周りから人は減った。学校行事は気がつくと終わっていた。居るか居ないかわからない人物に気を使う暇など無いのである。それはこんな時は気楽かもしれないと朝臣は居直る。そんな生徒は多分自分だけではない筈だとも思う。コンビニエンスストアのバイトの方は何とか続いてはいる。今日も出るしか無いが、こんな気分でと迷う。しかし、給料日である。

 明日は、バイト前に夕生の誕生日プレゼントを買う。


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