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星になった君に  作者: キリシマアキラ
16/16

再生する君に



 DVD鑑賞を終えた。70分の映画だった。

 静かで淡々としていた。元々暴力癖に悩んでいる主人公。芹沢直。演じているのが樫木夕生。度々パトカーを呼ぶ妻。苦悩しか無い夫婦生活。何故かそれでも別れられない共依存的な関係。ある時買い物途中の事故で、妻を亡くす。芹沢直は妻の最期の唸るような言葉を聞き取れない。娘に聞く。

「ママは何て言っていたんだと思う?」

「あいしてるって聞こえた」

 娘の解釈が夫にとって最大の痛手になってしまう。自暴自棄の日々……時折警察官が僅かに登場している。その警察官の名前は石野。酒に溺れた生活が長く続く。

 娘が警察官の方に走っていくところで暗転する。その後に映画作りに没頭するが、立ち回りが上手くいかず、ままならない。そんな時に撮った短編映画が評価される。ミュージックビデオを担当するなど、道がひらけてきたものの、喪失感は埋まることはない。そこでこの経験こそを映像化してみようと考え始める。その為に、苦い記憶を詳細に掘り起こす作業をし始める。それが再び新たな苦悩との戦いだったが、オーディションに来た自分の役の樫木夕生をひと目見て、啓示じみたものを感じ取る。

「樫木夕生、16歳です。部活動は、剣道部に所属しています」

 このオーディションのシーンのみは役に入って居ない夕生の姿だった。この部分についてはリアルなのだ。中年になってからの芹沢直を演じているのは、別の俳優だ。うまくそのあたりは繋がっていた。妻の眠っている墓参りに行く芹沢直は言う。

「星になった君に、顔向けできるといいな」

 そこで終わる。エンドロールが流れた来ると直ぐに、冴島珠美は言った。

「くっせえな、ちくしょう! バカじゃねえの」

 確かに。くさい。音楽もそうだと朝臣は思った。だが不意に出てきた夕生のオーディションの姿に完全に打ちのめされていた。役に入ってるならともかく、本人すぎる。それともうひとつ。

 妻の死に際の唸りが殆ど、夕生の最期と同じだった。そんな今際の際でオマージュなんてできるものだろうか――

 わからない。

 全てに意味を見出そうとしても真実はもうわからない。

「なに、お前泣いてんの? しょうがねえなあ」

 冴島は朝臣の顔を覗き込んで、笑った。

「あのさ、前半の妻が死ぬところは本当なのか? 覚えてる通り?」

 朝臣は目の前のティッシュを取る。

「うん。想像していたものより、ずっと現実だったな。娘のあたしが関わっている部分は殆ど本当だな。あの病院の雰囲気とか暗くてさ、同じ場所かなって思うよ。あの時、そう聞こえちゃったんだよな……もちろん意味なんてさしてわかってない。音として捉えたものだった」

 どこかきまり悪そうに冴島は答えた。

「音……」

「それにしても、雰囲気的には自己憐憫そのもので、これを見たからってあたしの気持ちは変わるものではないよ。まあ、あの男がどう感じていたかは受け止めるけど、劇中で嘆いていたように、全てが遅すぎる。篠井の事情とか強引さが無ければ一生見ることは無かった」

 そう言って冴島は立ち上がって、上着とバッグを取る。

「気分悪くしたなら、謝るよ」

「いや、ここまで来たのが運の尽きだった。あんたはどうだったの?」

「オーディションのシーンはきついな。思い出の姿そのままだったから。それと状態としては主人公である芹沢と俺は似ていた。お前が話したとおりだ。身につまされる」

「……可愛らしかったね。なのにあんな演技させられて」

 冴島は悔しげに言う。それに対して朝臣は慌てて言う。

「本人は満足していたし、監督には尊敬もあった」

「ねえ、あの男にあたしのことは絶対に話すなよ。話したら割りとマジに殺すぞ」

 玄関に立つと冴島は脅すように言う。

「わかってる。離れていた方がいいってのはさっき映画見てもわかった。俺が巻き込んだことは良くないことだったかも知れない。俺ちょっと強引なところあんだよな」

 映画の中で娘が自分から父親から逃げるシーンが思い浮かんだ。父親の眠っている間に財布を盗み、家出する。友達の家へ転がり込み、束の間の豪遊をする。小学生の口から「金はあるからよ」の台詞は痛々しかった。

「それはいいよ。あたしも強引だ。……今は案外穏やかな気分かな」 

 朝臣の部屋は2階の角部屋だ。冴島がドアを開けると、夜空に星が散らばって見える。一瞬黙って、星を見た。

 星はいつもきれいだ。

 新しい空気を吸う。


 その晩は、久しぶりに人と会話したことと、集中して映画を見た疲労感で酒を飲む間もなく朝臣は眠った。夢も見なかった。夜に眠れたこと自体が久しぶりだった。

 翌日にスマートフォンの充電をした。その間に郵便物に目を通した。確かに冴島の言うとおり生活の危機を迎えていることを確認する。



 一ヶ月後、朝臣は細々と元のアルバイトを復帰した。店長は短く謝罪して直ぐに業務に戻った。そんなものかと思う。その前の一ヶ月間は実家を頼った。余分に金も援助して貰った。これほどダメなやつとはと責められることを想像していたが、違った。

 母の美幸は言った。「あんたなんか本当は大して優秀じゃないんだから、留年ぐらいすると思った。大学受験だって現役で合格したの、しばらく信じられなかったもの。てっき浪人すると思ってた」

 どうやら息子は勉強で自分を見失ったと思っているようだった。それならそれで構わない。

 ゆっくり失っていた分の勉強時間を、取り戻すことにした。

 久しぶりに会った父、篠井輝男は何も言わなかった。母に同意している様子である。ある日の夕食後に朝臣は声をかけた。

「父さん。父さんが仕事でやったことって割りと覚えられてるものだね」

「ああ、まあな。誰かに何か言われたか」

 少し警戒したような表情を浮かべて、読んでいた新聞を折った。覚えられることは悪い方向に進むことが少なくない。警察関係者の家族はそのとばっちりに遭遇することもある。朝臣が子供の頃に遭った苛めは、警察官の息子の癖に軟弱だ。直ぐ泣く。そういう感情を向けられたものだった。

「すごく恩義に感じているらしくて、お返しとして随分世話焼かれた」

「お前と俺を知ってる……?」

「小学生の頃、同じクラスだった冴島珠美って人だよ」

 そう言うと父は苦笑を浮かべる。

「……コンビニ強盗退治の女な。あれは驚きだったな。署内でも話題になった。管轄が違うから俺はそれ以上は知らんけどな。恩義か。なに、俺は自分の仕事をしただけだ」

 そう言って輝男はテレビのリモコンボタンを押した。

「見るもんがねえな。今日は何があるんだ?」

 番組表のボタンを押したが、それなら新聞の番組欄の方が見やすいらしく再び新聞を手に取っていた。そのまま無言で部屋のマッサージチェアへ移動した。

 朝臣も同じようなことを思い、置き去りにされた新聞の番組欄を見た。深夜帯の部分から朝まで縦に帯のように繋がっていた。そこにはこう書いてあった。

 

 「樫木夕生」追悼番組、朝まで連続放送『僕らの放課後』DVD未収録映像有り


 朝臣は慌てて、実家のDVDレコーダーのスペックを確認する。少し古いようだったが録画に容量は間に合いそうだ。

 既にそのドラマのDVDは持っている。かと言って繰り返し見たりはしていない。

 そんなことはしなくても、常に脳裏には俺の樫木夕生は棲みついてる。

 でもまだ探したくなる。

 星になった君に聞きたい。

 そこから、俺を見つけることはもう出来たか?

 必ず見つけろよ。

 俺の方を見ろ。

 ……










 エピローグ













「蘇るヤリ手」

 そう言ってパソコンの画面を閉じる。画面は樫木優司法律事務所のホームページの弁護士紹介欄だった。上司である所長の月見信春は、更新されたその名前を見てからずっと笑っている。

 ただの余裕にしては怪しい笑みだと篠井朝臣は思う。

「息子の樫木恒かしきわたるが居るから残してあったんだな。案外人間らしいところが残ってたんだなあ」

「何だか随分嬉しそうですね」

 樫木優司とは夕生の父親の名前だ。16年前急死した後も、この名前は後任の野村延近のむらのぶちかに引き継がれて残されていた。

 樫木優司法律事務所のことは、夕生から聞いて知っていたが、就職活動に入ってその名前を目の当たりにした時は朝臣は不思議に感じたものだ。

 その後、朝臣は月見信春総合法律事務所に入った。樫木優司の法曹界での噂は良くないものばかりだった。その死も何者かによる陰謀などがささやかれていた。総括すると有能だが冷酷非情で利己主義、違法ギリギリを平気で行うことが多々ある人物。弁舌は鋭く、言動も派手、異性関係も派手……

 今回名前の上がっている樫木恒は世間的には長男とされているが、夕生から見れば腹違いの弟という存在だ。前妻との間の第一子夕生は父である優司からすると、思い通りにならぬ息子だったに違いない。それを知っているのは朝臣を含めたごく一部だろう。二人共死んでしまっては、もう触れる者はきっといない。

「君は悲しそうだな」

 月見はからかうように言う。いつだって余裕を持て余している狸親父なのである。だから、月見の言葉をさほど真に受けることは無い。

 しかしそれは、当たらずとも遠からず。朝臣は否定する。職場では個人的な感情は持ち歩かないつもりだ。「そんなことありませんよ」

 否定すると月見は続けた。

「いやあね、10年以上経って今になると俺は結構あいつ好きだった気がするんだよ。俺は結局、問題がある人間とか、ことを起こす人間を目の当たりにすると血が騒ぐんだ。職業病と言われたらそうかもしれないが、樫木優司はそういう男だったんだな」

「彼はそんな父を持ってプレッシャーでしょうね」

 つい、まだ会ったこともない樫木恒に同情的な態度を示してしまった。

 それにしても、まさか上司の月見がこんなに樫木優司に執心しているとは知らなかった。それを事前に知ると言うのは無理からぬことだ。

 どこか懐かしい動揺が、朝臣の心に忍び寄る。

 それでも、ただ自分の仕事をするまで。朝臣は腕時計を見た。

「そろそろ行ってきます」

「ああ。そうだね。後は頼んだよ、篠井先生」

 ビルから出ると風が強かった。濃紺のネクタイがはためく。

 空は重い灰色で今にも雨が降りそうだった。

 タクシーに乗り、行き先を告げると車載テレビが目に入った。情報番組では映画祭の話題でもちきりだった。

 あれから冴島正の『星になった君に』はしばらくしてから単館上映された。その後海外で小さな映画賞を取った。その後の精力的な活動でマイナー監督から、有名監督になった。

 娘、冴島珠美は行方不明だ。



 終


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