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星になった君に  作者: キリシマアキラ
13/16

沈んでも逞しい君に

 冬の海を見ることにした。

 朝臣はレンタカーを借りて、夕生を乗せた。久しぶりにせいせいする程、天気が良かった。車の免許は高校三年の春休みに取得している。以来、車の所持はしていないが、時折車が必要な場面や気分によってレンタカーに頼っている。実家の父の車にもたまに運転する。

「朝臣が運転している所見るとさ、俺らやっぱり大人になってんだなあって思うよ」

「そうか? 自分の車じゃないけどなあ。まあ、そうかもな」

 この生活の上に更に車の維持なんて無理だ。ただでさえ――。そう、朝臣は自分の生活を省みようとするが、ここで思考を切った。

 朝臣はコンビニ強盗の一件以来、何もことを動かしていなかった。連絡が来ないことを良いことに辞めるとも告げていないし、だからと言って次のバイトも探しても居ない。大学も殆ど行っていない。だらしがないと言えばそうだが、全く手に付かないことを無理にやっても無駄だ。

 あれから気づけば数日経過し、今に至る。その間は殆ど夕生の家に入り浸って居た。通院への付き添いもした。現在の病状についても詳しく知った。

「昨日も言ったけど、生きているうちに朝臣と海を見れると思わなかった」

 カーナビの指示に従って国道に出ると夕生があっさりと言う。まだ海は随分先だ。

「……本当はこんな寒い時期じゃないほうが良かったよな?」

「うーん。今でいいかな。夏の頃は、抗がん剤投与してたのが、すごいキツかったからさ。漠然と逃れたいとは思うこともあっても、具体的に出かけたいとかは思いつかなかったよ。でもね、時間差で朝臣が俺のこと気にするかどうかがわかるのだけに賭けてた。もう少し、もう少しだって思って何とかやり過ごしてた。それが、本当にやり過ごしただけで、治療としてはあんまり意味なかったけどさ」

「……そうか。なあ。俺はお前の言いつけを守って、未だに誰にも何もお前のこと話してないけど、お前は園田に話はしてたのか?」

 朝臣は聞いた。

 園田とはあれからまともな連絡はしていない。ただ、園田の方が大学の研究が忙しくて寝る暇もないとメッセージが来ていた。それが実のところ妙だとも思っていた。あの頃だって、それ程頻繁に連絡を取り合っていたわけでは無かった。なのに、夕生がテレビ番組に出る話しだけしてきたのである。

「いや。俺の方も本当に誰にも内緒だよ」

「そうだよな」

 夕生に協力したのなら、同時に夕生の気持ちを知っていることを意味するとまで、推測するのは考え過ぎだろうか。

 やはり園田が他意無く連絡してきたのだろう。元同級生がテレビに出た時に反応するのは不自然ではない。

「疑ってたの?」

 夕生の問いは詰問の口調では無い。

「そんなことないけど、ふと思っただけ」

「人に口止めしておいて、自分が喋るなんてことないよ。でも、ごめんね。俺のせいで距離感おかしくなったら」

「別におかしくなる訳じゃないな。そういうペースなんだな、元々」

 夕生ともそうなるのだろうと考えてはいたが、園田との間のような自然さが全く無かった。そんな自分を朝臣は思い出していた。やはり、どこかで気づいたのだろう。

「妬いちゃうんだよね。そういう感じがさあ」

「それは困るな。お前と園田では全く違うのに」

「ううん。もっと複雑なヤキモチ。何で俺はそういう風に生まれなかったんだろうとか。そしたら、きっと一日も気まずい日が無かったんじゃないかなとか」

「それは俺が悪い」

 朝臣は言い切る。気まずい日とは、あの一回目の告白の翌日のことだ。それと、二回目に至るまでの疎遠の頃。朝臣はもう蒸し返す必要ないだろうと言いたいところだ。しかし、もう先がないとなると過去のことにとらわれるのかも知れない。夕生も言い切る。

「いや。俺が悪いんだ」

 夕生の真意がよく朝臣にはわからなかった。今更、足掻いたことを覆すような後悔をしないで欲しい。朝臣は信号で止まると言った。

「……じゃあこうだ。お前はお前で、俺が俺なんだからしょうがない!」

 朝臣は力強く言う。夕生が穏やかに笑ったのを確認すると、信号が青になった。車の流れに合わせて、アクセルを静かに踏む。

「しょうがない。そうだね」

「つまり、必然というわけだ」

 朝臣は更に念を押す。

「必然。そう言われると、すごい力強くていいかも」

「そうだろ」

 朝臣はさも得意気に言ってみた。だが、必然にしたのは夕生の力なのである。その延長線上で、一緒に死のうと言われたら、そうすることをも含んでいた。そういう男が車のハンドルを握り、そして冬の海に連れて行こうとしている。

 決まってしまっている結末を嘆いたり、自己憐憫の中を行ったり来たりしている思考を、夕生は見抜いているのだろうか。

「なんか久しぶりに朝臣の強気さを感じた」

「これは強気さから思いついた訳じゃないな……逆だ。弱気だから思いついた」

 朝臣は正直に発する。弱気さをずっと夕生には悟られまいと思い込んでいたが、必然の間柄と思えば居直ることが出来た。

「一周したんだ」

 夕生は言う。案の定、そこには何の軽視、侮蔑的なものはない。

「一周か。お前さすがだな、そうかもしれない」

「この間、トラウマ解消の話を聞いたからさ。朝臣の必死の強さは、子供の頃の必要以上の暴力と敗北感から来てた気がするって話し。暴力癖のある役やったから、少し俺も考えたんだよね……子役の子が心配になったし」

 その子役に当たるモデルの実際の人物、冴島珠美のことは朝臣はこの話題の中で触れなかった。この繋がりを明かす必要を感じなかった。冴島から見ればそれはむしろ危険行為に当たるだろう。だから夕生には、あのコンビニ強盗の件で鮮明に思い出したものとして話した。嘘ではないからそれで良いと思っている。そう判断出来るのもどこか楽になったからだろうとも思う。

「子役の子って賢いだろうし、仕事だ演技だってわかってたんじゃねえのか」

「まあね。キャリアは俺より長かったしさ、先輩の心配なんてお門違いかも。ただ、号泣が酷かったからさ。それが気がかりだな」

 夕生は苦笑する。キャリアの長い子役と言う響きが、朝臣にはやけに老成した子供を想像させる。だから言う。

「一応は大丈夫みたいなこと、前に話してなかったっけ?」

「うん、大丈夫だろうけどさ。朝臣のようにじわじわ影響するものかもしれないしさ」

 じわじわとこの程度で済んだのは、良いほうだと朝臣は思う。当事者は相当な大変さを背負っている。その断片を見たような気がしていた。それでもなお、こっちのことを救おうとばかりしてくるのだから、恐れ入る。どこまで強さを求めて捧げるつもりなのだろう。

 朝臣はこんなに一緒に居ても、泣き言ひとつ無い夕生のことを想う。性質は全く異なるが、最初から朝臣は夕生の強さにひれ伏していた。だから側に居たかった。そして今も側に居ることを選んだ。過酷でも。

 海が見えてくると、夕生は頼みたいことがあると言いだした。

「母さんに手紙を書いたから、俺が居なくなった後に渡して欲しいんだ」

「それ、まだ早いんじゃないの」

 朝臣はささやかだと解っていても抵抗した。夕生は話を進める。

「朝臣への手紙は母さんに頼むから、然るべき時が来たら交換してね。全部一括にしてひとりに頼むのも考えたけど、それってその本人に当てたものはどうすんのって思って……」

「それもそうだけど」

 すれ違う車も少なくなった。前の軽自動車は男女のカップルらしかった。駐車場へ入る。駐車料金を払った。さっきまでと打って変わって、夕生がはしゃいで、素早くシートベルトを外して降りてしまった。そんなに素早く動くエネルギーを前に、遺書の受取りなどという儀式はまったく不釣り合いだと朝臣は思う。

「大丈夫かよ。夕生」

「ああ、うん。気持ちいい」

 想像よりずっと強い風に、朝臣の方が戸惑った。夕生は駐車場と砂浜を分ける柵を超えていった。灰色の細かい砂を踏む。追いかけて、腕を掴んだ。

「急いだらこけるぞ」

「ああ、そうだ、ね」もう、息が切れている。それでも、視線は強く波を捉えている。朝臣は海より夕生の顔ばかり見た。いつまでもそこにある海より、夕生の方が美しい。朝臣には何故か海のほうが色褪せていた。

 もう既に、別々の海を見ているかのように夕生は言う。

「きれいだね」

 お互いに縋り付き歩いて、波打ち際に立った。

「風つよいな」

「でも、あったかいよ。朝臣」

 そう言うと、朝臣のコートの襟を剥がすようにめくった。その内側のポケットに、夕生は手紙を押し込んだ。拒否されないようにか、そこを塞ぐように身体を寄せた。そうされてはとても敵わない。

「頼むよ。朝臣」波音に混じって夕生がそう言った。朝臣は頷く。「車に戻ろう」

 しかし夕生はだめと言って動かなかった。理由は朝臣がちゃんと海を見ていないからだと言う。「そんなの」

 朝臣はこいつには何でもバレてるのかと観念する他無かった。そう思うと、妙におかしくなって笑ってしまった。

「夕生が、そんなに海にこだわりあると思わなかったけどな」

「俺も自分でもびっくりしてる」

「なんだよそれ」

 ますます、風が強くなって来る。




 12月に入った。

 夕生の身体には痛みが強くなり、痛み止めを増やした。ベッドで横になっている時間が長くなっていた。

 その間、朝臣は夕生に部屋の整理ばかり言いつけられていた。その片付けも押入れにまで及んだ時に奥の方からボーイズラブの漫画が数冊固まって出てきた。夕生の話によればそれは中学生の頃にクラスの女子から借りたまま行方不明になっていたものらしかった。

「借りパクか」

「今更、返されても困るよね」そう言って夕生が笑った。

「この内容を良く借りたな?」

 過激ではないが、貸した方もすごいかも知れない。その中学生らしい迂闊さは微笑ましく思った。

「その頃は買うなんてもっと、飛んでもないことだったんだ。借りたなら、言い訳のしようがあるから。押し付けられたとか、何とか言ってさ」

「お前らしいな」

「でも、今考えたらバレていたんだ。だから、俺の父さんは俺に異常に干渉したんだ」

「そうか」

「実はさ、それが積み重なって、朝臣への一回目の告白に繋がった」

「反発だったのか」

「どっちもだめとか酷いでしょ。だから、どっちかを手に入れようとした……」

「そうだったのか」

 言いたいことを言って満足したように、夕生はそのまま眠りについた。少し喋ると直ぐ眠る。まとまって眠れていないようだから、それは仕方ない。朝臣は、ボーイズラブの漫画を自分のリュックに入れた。すると、夕生の手元からスマートフォンがごとんと音を立てて、床に落ちた。これもよくあることで驚きはしない。開きっぱなしの画面が見えた。

 俺だ。

 今日のだとわかる。隠し撮りみたいだ。

 こんなことしなくたって側にいるのに。

 画像のほうがいいってのか――呆れつつも、朝臣の指がフォルダを恐る恐る遡った。全部、朝臣が写っていた。だが途中、メモを写した画像が目に入った。

 それにはこう書いてある。

「朝臣へ。きっと俺は、自分でこれの初期化は出来ない」

 その下にパスワードが書いてあった。

 見なければ良かった。そう思って、スマートフォンを夕生の傍らにそっと置いた。そもそもこの行為自体がダメだ。

 ――わかったよ。

 朝臣はそう心の中で返答をする。


 その夜から熱が出た。母の恵美が病院に連絡すると、直ぐに来て下さいと言われた。夕生の意識ははっきりしていた。そのことを話すと「おおげさ」とゆっくり言った。



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