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星になった君に  作者: キリシマアキラ
11/16

恥ずかしがる君に

 病院から引き取ってきた荷物を解くことにした。その最中に、夕生のスマートフォンに着信があった。話している感じでは母の恵美のようだった。朝臣は紙袋の中にあるタオルと洗面器を出して、リビングテーブルの上に置いた。その奥には透明なビニール袋で梱包された薄い冊子があった。手にとって見たところ、写真集のようだった。幻想的な表紙には妖精か天使のような少年が薄暗い林の中で突っ立っている。

「それ、わかった? 朝臣」

 通話を終えた夕生がそう言って近づいてきた。

「写真集だろ」

「その表紙、俺なの。袋開けていいよ」

「えっ、これおまえ?」

 朝臣は再び表紙に視線を落とした。全身が石膏のように白いと印象が全然違う。

「それかなりまえに撮ったやつなんだけど、今頃になって事務所に届いたって剣崎さんが持ってきてくれたんだ。カメラマンさんの自費出版にモデルとして協力したんだ」

 インクの匂いを一枚一枚めくって行くと、写っているのは夕生だけでは無かった。色んなモデルが色んなシチュエーションで掲載されている。

「だから、俺を全面に出すっていうより表現したい世界に俺がいることを許されたって感じ」

「すごい綺麗だね。これ肌白いのはどうやってんの? 服は重ね着っぽくなってる感じもするけど地味に露出も多いな」

 肌以外についても、髪も全て白に統一されて布や包帯が巻かれている。

 朝臣自身と比較すると、随分細身だがうっすら筋肉がついている。確か、鍛えても筋肉が付き難いらしいことを部活の時に話した記憶がある。

「これは白く塗ってんの。全身に。あとはまあ技術がなんかあるんじゃないのかな。良くわかんないけど」

「ふうん……」朝臣は側にあるソファに座ると、もっとも夕生の肌の露出の高いページをじっと見ていた。被写体である白い夕生は湖畔で水浴びをしている。恐ろしい程に綺麗だ。同時に朝臣はどこか冷静に、これなら仕方ないとも思った。

 これほどの美しいものが自分の手にそうそう堕ちてくる筈がない。一旦手に入れても、消えてしまうのが似合う。そういう儚さがこの写真の中に予知されていた気がした。

「や、ちょっとそんなにじっくり見られると恥ずかしいんだけど」

 そう言って夕生は開いているページの間に手を広げて入れてきた。

「見られるのが仕事なのにか」

 朝臣は少し意地悪く言い返して、夕生の手を避ける。すると夕生は顔を赤らめて言う。

「そうだけど、そういうのは普通に恥ずかしい」

「裸同然だもんなあ」

 冷やかしもあるが、嘆きも含まれていた。きっと、肉体的な接触は持てないだろう。けれどプラトニックであるのも決して悪くはない。こんなに美しく撮られた夕生を見るとそれが似合っているし、腑に落ちる。この程度のからかいで顔を赤らめるのなら尚更そうだと思う。恥ずかしがらせては笑っていると、玄関の方から物音がした。

「母さんたち帰ってきたかも」

 夕生がそう言うので、朝臣が玄関に出た。

「こんにちは、お邪魔しています」

「ああら。いいの! 丁度よかったの。ちょっと色々買ってきたから食べて」

 そう言って買い物袋を手渡された。寿司やオードブルのセットが入っていた。夕生の誕生日なのはわかる。だが、こんなに沢山とはどうしたものかと、朝臣は考えていると恵美の後ろから見知らぬ男が後から入ってきた。男はケーキの箱を持っていた。お互いに言った。

「……誰?」

 妙な警戒心が発生していた。朝臣は恵美の男だろうと察しては居たが、男はカジュアルな服装も相まってか明らかに若かった。

「えっと、こちらは夕生のお友達の篠井くん。この人は、わたしの彼」

 恵美は明るく言った。恵美は電話の時はいつも暗いが、対面すると明るさを保とうとしているようだった。夕生にもそういうところが有るような気がする。

「奥寺です。どうも」

「篠井です」朝臣が小さく会釈すると奥寺は聞いた。

「夕生の友達ってことは、歳同じなの?」

「そうです。夕生とは高校の同級生で」

 夕生って呼び捨てかよと、思いながら朝臣は努めて友好的に答えた。

「じゃあ、大学生? 二十代後半に見えるね」

 靴を脱ぎながら奥寺は言うと、安心したかのように笑った。

 警戒する理由が少し分かった気がした。奥寺は多く見積もっても三十代半ばだ。自分の恋人の子供の友人に要らぬ勘違いをしていたのだろう。

「いつも上に見られるんですよ。老けてるのかな」

「いやあ、なんか夕生と比べると、格段に落ち着いて見えるってだけ」

 パッと見のことを言っているのだろうが、本質的には朝臣の方が子供なのにと思う。玄関で話していたからか、夕生がそっと出てきた。「和ちゃん久しぶり」

 和ちゃんかよ。父とするには歳が近く、厳密には義理の父でもないのだからそういう呼び方になるのかもしれない。朝臣はそうは思って見ても内心は苛立った。ただの嫉妬だ。

「おう。夕生、具合どうよ?」

 奥寺はざっくばらんに聞く。

「痛み止めが効いているから、今はなんてことない」

「食欲はあるのか」

「前に和ちゃんが見舞いに来た時よりは、食べれるようになった気がするよ」

「そうか。なら沢山食えよ。食ってればどうにかなる。まあでも座ってろや」

「お腹すいたでしょ、篠井くん」

 恵美がそう言って、対面キッチンの奥に入る。言われてみれば、伸びたカップラーメンしか食べていない。どうも最近は食べることの関心が薄れていた気がする。体重計は持っていない。特に誰にも痩せたとも言われないから影響はないのだろう。

 ダイニングテーブルの方に行くと、奥寺は親しげに言う。

「篠井くんは食いそうだな」

「それが割りと、普通です。一番食ってたのは中学生の時で」

「中学生の時は食いそうだな」

 そんな話をしながら食事が始まっていた。恵美は冷蔵庫から缶ビールを出してくる。それを手伝いに奥寺は立った。その間に朝臣はリビングテーブルに置きっぱなしになっていた写真集を元の紙袋に入れて包んだ。

「ん? どうしたの朝臣」夕生は聞いた。

「だめだ。あれは、けしからん」

「けしからん……」

 夕生は笑いを噛み殺したような顔になった。

 朝臣も我ながら自意識過剰だと思う。奥寺の警戒と大差がない。ただ、自分以外があの夕生を眺めている所を見るのが嫌だ。それだけだ。


 気づけば、ビールを進められていた。それが良くなかった。その後にアイスワインも飲んだ。元々の睡眠不足も手伝ってか酔いが回るのは早い。

 途中、奥寺は朝臣に聞いた。

「彼女、居るんでしょ?」

「え、彼女ですか? うーん、夕ちゃんが俺の彼女みたいなものですよ」

 妙に口が軽くなってそう言ってしまった。範囲内だろう。しかしそれからの記憶が殆ど無かった。気が付いた時には、何故か夕生のベッドに居た。珍しくうつ伏せで寝てしまったらしく、首が痛んだ。

「いってえな……」とりあえず、身体を上に向ける。首も痛いが頭も痛かった。多分、顔もむくんでいる。

 隣に夕生が眠っていた。病人をこんな風に横に押しやって、一体何をやっているのだと朝臣は自分の記憶を辿る。着衣に不自然なところもないから、妙なことにはなっていないだろうと思う。

 朝臣は息をついた。この状態は良いとは思えないが、とりあえず一緒に眠ったことは事実で、それが幸せに感じた。離れがたく、夕生の寝顔をじっと眺めていた。なるべく音を立てぬようにしていたが、気配で気づいたのだろうか。夕生が目覚めた。夕生の寝ぼけ眼なんて修学旅行以来ではないだろうか。

「んー!」

「おはよう。ごめん。図々しく。何でこうなってるかは覚えてねえんだけど……大丈夫か?」

 朝臣はそう言ってベッドから降りようとした。すると夕生がだめと言った。まだ寝ぼけた声だった。そして続けた。

「まあなんとか大丈夫だよ……朝臣も疲れてたんだね」

「俺、なんかした?」

「……めちゃくちゃ触りまくって来たから、どうなることかと思ったら突然寝落ちして、それっきり爆睡してたよ。笑っちゃった」

「うわ、ヤベエ。それ盛ってない? 全然覚えてねえし」

 朝臣は思わず、夕生の嘘を疑った。夕生は基本的には人を驚かすのが好きなやつだ。

「ホントだって。盛ってない」

「ああもう、自分が嫌になる」恥ずかしさで、朝臣は思わず顔を手で覆った。それを見てどこか冷やかすように夕生が囁く。

「幸せだったよ」

「……そう?」単純だ。その一言で全てが盛り返してきた。布団の中で夕生の指を絡め取った。やはり、それだけでは収まり切らなかった。記憶には無かったが昨日したらしいことをなぞろうとする。まずは、キスだ。それはしたに違いない。けれど、どんなに深く長く、何度もしても思い出せなかった。合間に、夕生は言った。

「朝臣はお酒に気をつけた方がいい」



 なんでも話すことと、約束させたのは夕生の方なのに昨日の夜のことは話さなかった。本当はこうして小さく裏切るのはいつも自分のほうが先だったのかもしれない。

 昨日の夜、酔った朝臣は夕生に縋って泣いた。頭痛や顔の浮腫はそのせいだ。朝臣があんな風になってしまう所を見てやっと自分がけしかけた事の責任を感じた。だが、幸せだったというのは嘘ではない。朝臣に対しては正気ではないのはわかりきっていたから、そんなどこか嗜虐心の混じった感情に夕生は驚きはしなかった。これでやっと対等になれたという満足感すらある。

 夕生は思う、もし普通に生きながらえるなら、朝臣の将来を奪うようなことを平気でやるのではないか。そういう意味では朝臣は助かったのではないか。

 こんなことで、朝臣を愛していると言えるのか。言ってはならない気がする。愛まで口にする資格は無い。


 部屋に置いてある飲水が無くなったので、一階に取りに降りた。恵美はテレビを見ていた。

「あんなに飲ませるなんて、ってあの人に言ったの」

 あの人とは奥寺のことだ。恵美は夕生と二人になるとそう呼ぶことが多かった。

「そうだよ。断りにくい相手だったと思うよ」

「そしたら、なんて言ったと思う? 酔わせれば恵美が目的かどうかわかるだろうって。友達思いにしては人の家庭に入って来すぎてる。って言うんだから」

「へえ、恋は盲目ってやつだ。ごちそうさまでーす」

 そう言いながらも、奥寺の観察眼の鋭さに驚いていた。まさか、奥寺に自分たちのことを話そうとまでは夕生は思ってはいなかった。人の家庭って奥寺は一体どういうつもりなのだろうか。夕生の立場ではなし崩し的に、交際を認めているだけなのに。

「あんた、本当は篠井くんのこと前から好きだったわよね。その前は違う男の子」

 ――バレたか。いや。知っていて黙っていてくれたのか。

「うん。そうだよ。今は、最後に我儘聞いてもらってるんだ」

 夕生は、もう観念するしかないと思った。どんな言葉を浴びせられても覚悟はできてる。

「そういう人が居て本当に良かったと思ってる。あんた篠井くんに感謝すんのよ」

「もちろんしてるよ」

 詰問も嘆きも罵倒も無かった。尽きる命に対して今更、何も求めることは無いのかも知れなかった。

「でも、俺は最低だよ。後に残された方がどう思うかなんて考えていなかった。今朝、気が付いた。今朝だよ」

「そりゃあ若いからそこまで考えられなくて当然だと思う」

「若いとかそういう問題なの?」

「そうよ。大体のことはね」

 若さを原因とされると、そこで生涯が終わる夕生としてはどうしようもない。開き直っていいと言われているように思える。

 そこで夕生は唯一出演した映画を思い出す。監督冴島正は映画に対して言っていた。


『事実が淡々と積み重なって行く。自分以外がそれをどう思うか、どうしたかは裁量の外だからもう諦めているんだ俺は』


 テレビのチャンネルを変える。今朝、報じられていたコンビニ強盗のニュースが繰り返されていた。

「篠井くん、あの店員さんと面識あるのかしらね?」

 恵美はおかしげに言う。件のコンビニ強盗は朝臣のアルバイト先でのことだった。そのことを、ニュースサイトを見て知った朝臣は直ぐに「これヤバイな」と言って出て行った。ニュースによれば、女性ながら凄腕の店員に強盗が押さえつけられていた。怪我人は強盗犯のみ。被害もなしと言うことだった。

「あるんじゃないかな。無くても自分の所だったら気になると思う」


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