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ギルドにて

 夜明けに出発し、代わり映えのしない大地を歩き続けると、やがて遠方に巨大な建造物が突き刺さっているのが見えてくる。半分になった宇宙戦艦のガイコツだ。アングレカムとユリシーズは、ねじ曲がった鯨の死骸のような奇妙なシルエットに安堵した。あれこそがふたりの目指していた町だった。

 町の門をくぐると、早朝特有の気だるげな空気を吹き飛ばすように明るい活気が溢れていた。戦艦の残骸の内側をくりぬいた広い空間に、何百人もの人間が生活していた。親に手を引かれているとはいえ、子供が銃を持たずに外を出歩いているのを見て、ユリシーズは治安のよさに驚く。アングレカムはマスクを脱ぎ、複雑に絡み合った町の臭いを深く吸いこんだ。

「ここは来たことがある。いい町だ」

「どうしてこんなに治安がいいんだろう」

「賞金稼ぎギルドの支部があるからだ。支部を置かせてもらう代わりに、治安維持に協力してるんだ」

 なるほど、とユリシーズが言った。アングレカムはさっさと歩き出す。少年は慌ててついていく。

 人の流れに乗って目抜き通りをゆくと、通りに面して銃と剣をシンボルに掲げた大きな建物を見つける。あれが賞金稼ぎたちの同業者組合の支部だとふたりは知っていた。中に入るとそれまで騒がしかった店内が、いきなりシンと静まりかえる。強いタバコと酒の臭いが充満していて、ユリシーズはついガスマスクに手をのばしかけた。

「顔を隠すな、トラブルのもとになる」

 アングレカムが肘で小突いた。ユリシーズは頷いて、目の前に見えるカウンターへと、他の賞金稼ぎたちの間をすり抜けていく。

 それぞれテーブルを囲んでたむろする賞金稼ぎたちは、興味ない風を装ってひそひそ談笑しながらも、その目はしっかりとふたりを観察していた。剣呑な視線を感じて、ユリシーズはなんだか落ち着かない。アングレカムはカウンターに片肘をつくと、店主の屈強な男に話しかけた。

「アイスミルク、ダブルでね」

「ヒュー! あんた、わかってるね」

 店主が豪快に笑った。とたんに店内の緊張が一気に弛緩して、どっと笑い声が起こった。店の片隅で老人たちのジャズ・バンドが演奏を再開した。

「ねぇ、今のどういう意味?」

 ユリシーズがアングレカムに訊く。彼女は肩をすくめてニヤッとした。

「お決まりのあいさつみたいなものさ」

「久しぶりだな隻眼鬼。景気はどうだい」

 店主がミルクをユリシーズの前に置き、ジンの瓶をアングレカムの前に置いた。

「ハユハという男を知ってるか? 黒い悪魔と呼ばれてるらしい賞金稼ぎだ」

「ああ。腕のいいスナイパーだな。そいつがどうした?」

「奴の登録証だ。私が殺した」

 そう言って彼女は小さな金属のカードをカウンターに置く。店主をそれを手にとってあらためると、うなずいた。

「わかった、賞金だな。長いこと殺してないみたいだから、アンタは引退したと思ってたよ」

「となりの相棒が許してくれなくてね」

 アングレカムが肩をすくめ、店主が少年を見下ろした。ユリシーズは物怖じせずに笑いかけた。

「はじめまして店主さん、私はユリシーズ――」

「あんたの息子か?」

 冗談めかしていった店主を、アングレカムは鼻で笑う。

「あいにく、私は誰にも体を許す予定はない」

「アンタみたいなおっかない女を抱こうなんて男がいたらお目にかかりたいぜ」

「アレを食いちぎられるぞ!」

 横から野次が飛んで、笑いが起こった。アングレカムは不愉快そうに鼻を鳴らし、ユリシーズは顔を赤らめた。

「ほらよ、ハユハの分だ。これでアンタの賞金額もあがる」

 店主が金貨の詰まった小袋をカウンターに置いた。だがアングレカムはそれを受け取らず、ずいと突き返す。

「この金で売ってほしいものがある」

「なんだ? 安全な宿か、武器と食い物か、情報か?」

「全部だ。最初に情報がほしい……少し前、ここで笑顔の死体が出たときいた」

「……ああ。あのけったくそ悪い事件か」

 店主は小袋を懐に入れると、声を潜めて話しだした。ユリシーズも身を乗り出し、三人はカウンターの上で額を突き合わせる。

「最初に言っとくが、過度な期待はすんなよ。あの事件はいまだによくわからないことの方が多いんだ」

「かまわない」

「僕からもお願いします」

「……わかった。死体が見つかったのは、今から――ええと、二週間ぐらい前の早朝だ。薄暗い路地裏で三人、みんなこの町の住人で、みんなの鼻つまみものだった奴らだ」

「鼻つまみもの、といいますと?」

「迷惑なヤローだったって話だよ。しょっちゅうケンカはするし、カツアゲやひったくりもする。あいつらに泣かされたやつらはこの町にはいっぱいいるぜ」

「犯人はわかっていないんだな?」

「ああそうさ。変な殺し方だからすぐにわかると思ったんだが……」

「使われたのはシロシビンを主成分とした強力な幻覚剤で、なんらかの方法で体内に打ち込まれたんですね?」

「なんだボウズ、やけに詳しいじゃねぇか」

「現場の近くで妙な少女を見なかったか?」

「……ああ、そういや見たやつがいたな。早朝、そいつらが死んだ路地裏近くを歩く、やたら小奇麗な服の女の子を」

「『奴』だ」

 ユリシーズが言った。アングレカムもうなずいて顔をあげた。

「そいつがどこへ行ったかわかるか?」

「なんだ、まさかおまえたち、その女の子が犯人だって疑ってんのか?」

「疑っていない。確信している」

「へっ正気かよ?」

 店主が体を起こし、肩をすくめた。

「少なくともその人畜無害そうな少女は――」

「――僕の家族と、彼女の大切な人を殺したんだ」

 アングレカムの言葉をユリシーズが引き継いだ。アングレカムの左目に激しい炎がちらついたのを店主は見た。

「……そんなにヤバいやつなのか?」

「私は10年、ソイツを追ってる。奴はどういうわけか年をとらず、10年前からずっと少女のままだ」

「賞金首のリストじゃ見たことねぇぞ」

「証拠がないからな。残酷な殺し方をすればするほど、誰もか弱い少女が犯人だとは思わない」

「わかった。町の住人にも注意するよう言っとくよ」

「お願いします」

 ユリシーズは頭をさげた。

「それで、そいつの行き先の情報はあるか?」

 アングレカムが言う。

「いや。誰も注目してなかったしな……だけど、新しい笑顔の死体が見つかったって情報ならある」

「なんだって? 聞かせてくれ」

 店主は咳払いした。

「ここから東にまっすぐ進むと、ミロクっていう野郎が支配する小さな町がある」

「なんだと?」

 アングレカムが眉をひそめた。ユリシーズは目を丸くした。

「そこで3日前、暴動があった。ミロクがかこってた子供たち――ヘドが出る話だが、やつは自分が満足するために子供たちを何人も飼ってたらしい――がいっせいに武器を持ち出して、町の人間を皆殺しにしようとしたんだ」

「そんな……」

 ユリシーズの声は震えていた。

「もちろん町の住民に子供たちが敵うわけがない、数が違いすぎるからな。子供たちはみんな逆に殺されちまったんだが、そのなかにいくつか、笑顔のまま死んでいる死体があったそうだ」 

 ドン! といきなり大きな音がして、店内の人間の視線がアングレカムに集中する。ジンの瓶が激しく揺れて、飲み口が収束する渦巻きを描く。彼女が殴りつけたカウンターには凹みができていた。

「私たちはそこから来たッ!! なんてマヌケだッ!!」

「行き違いになったんだ……!」

 ユリシーズが口元を歪めた。アングレカムは歯を食いしばり、鬼のような形相でふりかえった。

「引き返すぞ、ユリシーズ!」

「ま、待ってよアンジィ! 今から引き返すのは自殺行為だ!」

 ユリシーズがアングレカムの腕を掴んだ。彼女は髪を振り乱して唸る。

「このまま奴を逃がすと言うのか!」

「違う! このままじゃ奴と会う前にアンジィが死んじゃうからだよ! おねがい、冷静になって! 僕はもう家族を失いたくない!」

「家族、だと……?」

 アングレカムが立ち止まった。ユリシーズは微笑む。

「そう、家族だよ。大事な――」

「――ふざけるな!」

 アングレカムの怒鳴り声が店内に響いた。彼女の表情は怒りに歪み、片方しかない瞳には底しれない悲しみと闇が渦巻いている。

「おまえの家族は死んだんだ! 私がおまえに付き合っているのは、たんに目的が一緒だからだ! 私に依存するんじゃない!」

「アンジィ……そんな……」

 ユリシーズは絶句した。アングレカムは舌打ちするとカウンターに戻り、ジンの瓶の首を掴んで一気に飲んだ。

「宿は?」

 店主を睨む。

「あ、あぁ……隣の建物だ。受付にこのカードを見せな」

 アングレカムは奪いとるようにカードを受け取ると、乱暴な足どりで店を出ていく。残されたユリシーズは、悲しみに下唇を噛みながら、その場に立ち尽くしていた。

「……まぁ、なんだ。そんなこともあるさ。一杯奢るよ」

 店主が気まずそうに頭をかいた。

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