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銃弾交差

 ミロクの屋敷から出たアングレカムは、少し遅れるユリシーズを待つあいだに辺りを睨めまわした。

 屋敷の外は地面に斜めに突き刺さった広大な円筒形の空間で、その中に無数の人間が廃材でそれぞれのテントや小屋を立てて暮らしていた。もとは輸送用の宇宙船かなにかだったらしい空間内部は薄暗かったが、住人たちの生活の音と、漏れ聞こえてくる会話の声で騒がしい。気温は低い。町の外で降り続く強い雨音が空間の上方で反響し、奇妙な低いハウリング音となって人々の頭上に降り注いでいた。息を吸うと、舌がざらつくほどに濃い鉄錆の臭いと、正体のわからない、化学薬品のような甘ったるい匂いがした。

「ごめんね、アンジィ」

 ユリシーズがアングレカムに言った。彼女は苛立たしげに舌打ちした。

「皆殺しにしておけばこんなことにはならなかった」

「でも、殺さないでいてくれた」

 ユリシーズは彼女を見上げてにっこり笑う。

「ありがとう」

「余計な手間をとらせて。あらためて言うこともないだろうが、ユーリィ」

「うん、わかってる」

 睨みつけるアングレカムにうなずくユリシーズ。

「僕がここで脱落しても、アンジィは旅を続けて。そしていつか『奴』を倒して」

 アングレカムは無言でうなずく。それを見たユリシーズはまた笑顔を浮かべる。

「いこうか。時間がもったいない」

「待て、ユーリィ」

 アングレカムがユーリィを呼び止め、彼にガスマスクを投げ渡した。

「それを着けろ。この町は危険だ」

 見ると、彼女もすでにガスマスクを着けていた。ユーリィもマスクを着けながら目で問い返す。

「この町全体に漂う甘ったるい匂い、気づいているか?」

「……ああ、そういえば。さっきのミロクさんの部屋でもしてた」

「これは安いが依存性の高い麻薬の一種『パープルヘイズ』だ。どうやらあのミロクはこれで町の人間を支配してるらしい」

「なるほど。じゃあなるべく吸わないように気をつけないと」

 マスクで顔を、マントで体を隠してふたりは歩き出した。

 町の雰囲気は鬱屈していた。目抜き通りだというのに活気はなく、人々は道のわきにうずくまり、胡乱な目でふたりを観察する。彼らと目が合うたびに、アングレカムが苛立たしさを隠す様子もなく毒づく。

「末期だな。無能な支配者が君臨する町の典型だ」

「なんだかみんな、寝不足みたいな、暗い顔してるね」

「実際寝不足なんだろう。日々の暮らしが辛いから、麻薬のように安価で依存性の高い娯楽に頼る。頼るとそれに時間をとられてますます寝不足になり、そしてますます日々が辛くなる。悪循環だ」

「でもそれは彼らの責任じゃないはずだ」

「いいや、クソみたいな人生をクソのままにしてるのは奴ら自身のせいだ。クソか嫌なら行動すればいい」

 アングレカムは足を早める。ユリシーズは悲しげに目を細め、彼女に続いた。

 目抜き通りの端、町の入り口までやってくると、門番たちがふたりを引き止めた。ユリシーズが事情を説明すると、門番たちは下品に笑ってふたりを通した。

 ユリシーズとアングレカムは町の外へと出た。

「まだ、降ってるね……」

 ユリシーズがマントのフードをかぶり、どす黒い空を見上げる。降り続く酸性雨が弱まる気配はなく、強烈な雨と鉄錆の臭いが、ガスマスク越しにもユリシーズの鼻を刺激した。

「少なくとも明日までは続く」

 アングレカムがポーチから小さな機械を取り出した。

「どこかわからないが、硫化水素系の毒ガスが出てる。分析器のアラームに注意しろ」

「うん、行こう」

 アングレカムが先導してランタンを持ち、ふたりは屑鉄の荒野を歩く。鉄錆の地面をブーツで踏みつけ、廃材の丘を這い上がる。

 やがて彼らは、ふたたび死体が散乱するあの丘へと戻ってきた。アサルトライフルを携えたミロクの手下たちがふたり、見張りのためにたむろしていたが、彼らはユリシーズからいくらかの賄賂を受け取ると、周囲を散歩してくると言って消えた。

「見たところ、さっきのままみたいだ」

 ユリシーズが辺りを見回し、自分の大気分析器を確認した。

「有毒ガスの濃度が許容値ギリギリだ。フィルターがあっという間にダメになるね」

「見張りが立つまでに荒らされなかったのはそのせいだな」

 アングレカムが死体のひとつを水たまりから引き上げ、平らなところへと寝かせる。マスクごと頭の半分が吹き飛ばされているその死体のそばに彼女はかがみ、ランタンを置いてじっくりと観察しはじめた。ユリシーズも彼女のもとに戻って横から覗き込む。

「武装しているね」

 ユリシーズが言う。アングレカムがうなずく。

「熱線ライフルに、予備のバッテリーパックが3つと、防弾ベストも着てる。重装備だ」

「ほかの人たちもそんな感じだったよ。こんな装備じゃ重くって仕方ないね」

「ということは、なにか特別で物騒な目的があって行動していたわけだ」

 アングレカムは死体から熱線ライフルを取り上げると、大気分析器を確認してからガスマスクをずらして銃口まわりの臭いを嗅いだ。そしてすぐにマスクを戻す。

「イオン臭がしない。発砲してないな」

「不意打ちかな?」

「いや、狙撃だ。額に着弾して、後頭部が丸ごと無くなっている。この吹き飛び方は軟弾頭系の低速ライフル弾だ。中近距離からの奇襲で即死したなら、距離が近いから頭はもっと原型を留めてるはず。弾が速すぎて貫通するから」

「この雨の中を狙撃?」

 ユリシーズは空を見上げて訝しむ。雨の勢いはここ数時間変わっていないはずだった。

「そんなことができる人間が複数いると考えるのは不自然だ。しかも少なくともひとりは正確に頭を撃ち抜き、ほかの手下にも反撃の暇も与えず撃破している……かなりの手練だ」

「しかもその人は武装を狙った物取りでもないし、トラブルになったわけでもない。はじめから彼らを殺すために待ちかまえていたと考えるのが自然かな。目的はミロクさんへの挑発?」

「それならもっとわかりやすく『自分がやった』という証を残すはずだし、ミロクがそれを教えないのは理屈に合わない。奴が私をこのふざけたゲームにつき合わせたのは、私を利用して犯人を殺させようと考えたからだ」

「ということは、ミロクさんには犯人の心当たりがない?」

「いや、むしろ逆だな。あの町の様子だと多すぎて絞りきれないセンのほうが濃い」

 アングレカムはさらに死体の懐を探ると、手に触れたものを引っ張り出した。それは液晶画面のついた端末だった。彼女は電源を入れると、画面に浮かんだ文字を見、マスクの下で眉を潜める。

「こいつらが武装していた理由はこれだ」

 ユリシーズは端末を受け取り、画面を見た。画面には日付と時間、そして何かの取引レートと金額が表示されている。彼はそれが何を意味するかすぐに理解した。

「『パープルヘイズ』の取引帳簿だ……!」

「今から数時間前にも300キログラム分が取引されている。だが見たところそれらしき荷物は転がっていない。犯人の目的はそれだったんだ」

「麻薬は売れる?」

「『パープルヘイズ』は安価だから、大したカネになるとは……いや、ひとつ有用な使いみちがある」

 アングレカムが言う前に、ユリシーズはポンと手を叩いた。

「ミロクさんの町で売るんだ!」

 少年の言葉に、女はマスクの下で微笑む。

「やっぱりユーリィは賢いな。そのとおりだ」

 アングレカムは立ち上がる。

「ミロクがあの体たらくでも町を支配できているのは、麻薬を独占しているからだ。だからミロクより安く麻薬を売る人間が現れればそれだけで充分にミロク失脚のきっかけになる。少なくとも、反ミロク派の犯行ということはハッキリした」

「そして300キログラムもの麻薬をあの町に一度に持ち込むのは難しい、ミロクさんだって門番にキツく言ってあるはずだから。ということは、あの町の周辺に隠してあるのかな……いや違う。犯人は少なくとも単独か少数だったんだ」

「狙撃なら単独かコンビだ。常に移動し続けなければいけないから、身軽でなくては」

「ふたりで総重量300キログラムか……一度で運ぶにはツラいね」

「結論は出たな」

 アングレカムがふたたび丘を見渡す。ユリシーズも頷いた。

「死んだ手下たちが運んでいた麻薬は、まだこのあたりに隠されているはずだ。ここなら、最悪見つかったときも言い訳がたつから」

「でも犯人がわから考えれば、やっぱり隠したままなのは不安だからなるべくはやく回収したいはず。これほどまでに狙撃が上手くて、しかもヒトの頭をためらいなく狙えるような人なら、見張りの兵士を殺してそのあいだに回収するのに躊躇う理由はないはずだ。でも犯人はそうしなかった……」

「ああ、つまりそういうことだ」

 アングレカムは頷き、まっすぐ立ったユリシーズを横目で見る。少年はうなずく。

「さっきの見張りの人たちだ」

 ユリシーズは彼らの消えていった方角を眺めた。直後、アングレカムがいきなり彼に覆いかぶさり、地面に押し倒す。

 雨音にまぎれて、ブゥンという低い飛翔音がふたりの頭上を横切り、そのすぐあとに銃声が届いた。ユリシーズはアングレカムの体の下で目を見開いた。

「狙撃だ!」

「フードを被って隠れろ! 明かりを消せ!」

 アングレカムが地面を転がって、地面に突き刺さっている鉄骨の影に身を隠す。ユリシーズは彼女の言うとおりにして、地面の窪みのなかに身を伏せた。

「殺さないで!」

「約束はできない」

 アングレカムが鉄骨の影から弾丸が飛来した方向を覗く。灯りの無い薄い暗闇、しかも雨ということもあって、視界は最悪だった。

(弾丸の飛翔音から銃声まで0.5秒……ということは、この視界のなか300メートルの狙撃。やはりプロか)

 彼女は歯噛みし、右の太腿から短いライフルを抜いてスピンコックした。

 猫のように鉄骨から飛び出し、別の物陰に隠れる。今度は銃撃はなかった。

(無駄撃ちもしないか。やっかいだな)

 アングレカムは脇から拳銃を抜き、相手の潜んでいると思われる方向に牽制射撃しつつ、広い道を一気に走って距離を稼ぐ。しかしそれでも相手は撃ってこない。業を煮やしたアングレカムは、開けた場所で立ち止まった。

「さあ撃ってこい! 私の心臓はここだぞ! 薄汚いクズが! 臆病者め!」

 彼女がそう怒鳴った直後、近くで銃声がして、アングレカムはとっさに飛び退いた。しかし周囲に着弾した形跡はなく、彼女は今の銃撃が自分を狙ったものではないことに気づく。彼女は舌打ちとともに踵を返して全力で来た道を戻る。

「アンジィ、来ちゃダメだ!」

 ユリシーズがうずくまったまま叫んだ。また銃声があって、弾丸が金属に弾かれる音がした。

「ユーリィ!」

 血相を変えたアングレカムが、ユリシーズの隠れる地面の窪みのそばにかがんだ。

「大丈夫か!」

「やめてよ、アンジィ! 敵はまだ僕を狙って――」

 言いかけて彼はハッとした。マスクの下で、アングレカムが妖しく目を細めた。

「だから来た」

 いきなりアングレカムが大きく体を反らした。飛来した弾丸が一瞬前まで彼女の頭があった空間を過ぎる。アングレカムは銃声のした方向に素早くライフルを向けて発砲した。

「ぐえぁッ……!?」

 男の悲鳴が、暗闇のむこうであがった。

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