ヒレステーキとブランデー
「あなたは……!」
目を見開き、その場に立ちすくむユリシーズ。彼がすんでのところで銃に手をかけるのを堪えられたのは、怪訝な顔をして振り向いたミンチメイカーの視線を感じたからだった。ミンチメイカーは少年と少女を見比べる。
「なんだ、知り合いか?」
「ううん、初対面だよ」
スマイルがニコニコしながら答える。ユリシーズの全身に凶悪な熱が沸き起こった。両の拳が白むほどに強くにぎられ、爪が手のひらに食い込んで痛む。動悸が激しくなっているのに、貧血のようにクラクラする。
「……ええ、そうです……僕と彼女とは……初対面、です」
平静を装うのに必死だった。顔面の筋肉に全神経を集中させて、いかにもなんでもないという風に微笑もうとする。しかし表情は明らかに固く、かえってミンチメイカーを不審がらせた。
「大丈夫か? やはりどこか痛むのか?」
「いえ、なんでもありません……」
ユリシーズはテーブルに歩み寄り、空いている椅子を引く。
「ただ、彼女が可愛くて、緊張しているみたいです」
「まぁ!」
スマイルは不信がる様子も見せず、ユリシーズの言葉を素直に受け取ったようだった。嬉しそうに顔を赤らめ、小首をかしげて頬を押さえる。その仕草のわざとらしさに、少年は反吐が出そうだった。
「それならいいんだが」
ミンチメイカーも椅子に座った。丸いテーブルをユリシーズとスマイルが挟み、あいだにミンチメイカーが座すかたちになった。
「腹が減っているだろう、なにか食べよう。私がおごるよ」
「ありがとうございます。でも飲み物だけで」
「そうか、ではジンでいいな?」
ミンチメイカーは指を鳴らし、酒場の従業員を呼び止めてやりとりをはじめる。そのあいだに少年はテーブルの上を眺めた。ふたりの前にはそれぞれ食べかけの料理の皿が乗っている。ミンチメイカーの前にはローストビーフのサラダのボウルが、スマイルの前には血の滴るような焼き加減のステーキが鉄板の上に乗っている。彼の視線に気づいた少女が、ニッと笑った。
「ひと切れ食べる? とっても美味しい、新鮮なヒレステーキだよ?」
「ヒレステーキ……」
「骨盤の内側にあって、背骨と太ももの骨をくっつける筋肉だよ。脂肪が少なくて美味しいんだ……ねっ食べなよ」
するとスマイルは肉をナイフで切り分けると、塊にフォークを突き刺す。赤い血が断面から染み出して垂れる。(もしかしたら、あれは普通の肉じゃないんじゃないか――)そんな不吉な予感に、ユリシーズの背筋に冷たいものがはしる。
「はい、あーん」
いきなりスマイルがテーブルの上に身を乗り出し、フォークの先の肉を突き出してきた。ユリシーズはびっくりしたのと、彼女の翡翠色の目の異様な光に射抜かれて、つい口を開きかけてしまった。彼女はその隙間にむりやりフォークを突っ込む。濃厚な肉と血の味がユリシーズの舌に絡みついた。
「どう?」
「あっ、牛肉だ、これ……おいしい」
少年の呟きに、少女はコロコロ笑う。
「やだもう、当たり前じゃない」
「行儀悪いぞ、ちゃんと座りなさい」
ミンチメイカーの叱責に、スマイルは「はーい」と尻を落ち着かせた。
「さて、ええと、ふたりとも自己紹介はしたかな?」
「はじめまして、私はスマイル! よろしくね!」
「……はじめまして、僕はユリシーズ・ヴィクトル・ハルトマンです」
「ユリシーズかぁ、じゃあユーリィって呼ぶね!」
ユリシーズの血がまた沸騰しそうになった。
「ハルトマンくん」
ミンチメイカーが穏やかに言った。ユリシーズは呼吸を抑えて返事をした。
「君はこの町の住人かね?」
「……いえ、旅人です」
「ほう、一人旅か?」
「いえ、もうひとり仲間がおりまして、彼女と」
「彼女……もしかして、賞金稼ぎの隻眼鬼かな?」
ユリシーズの全身に緊張が走った。ミンチメイカーはひとり納得したようにうなずいた。
「なるほど、君がそうだったか」
「……どうして、それを……?」
膝の上で震える手を隠す。男はあごひげを撫でながら、ブランデーのグラスを傾ける。
「今日、彼女がこの町に入ったときいてね。そういえば彼女も子供を連れて旅をしていると、噂で聞いたことがあった」
「せきがんき……って女の人? ユーリィの恋人?」
スマイルがジュースのコップを置く。ユリシーズは運ばれてきたジンをひと口飲み、首を振った。
「じゃあ、家族?」
「そんなのじゃない。大切な仲間です」
「仲間かぁ、素敵だね! そういう関係って」
スマイルが笑顔ではしゃぐ。少年は目をそらす。
「隻眼鬼さんが味方についてくれれば心強い。まだ抵抗勢力や、グランドコアを奪おうとするものたちもいるだろうからな。いつまた襲撃があってもおかしくない」
「このあとはどうするおつもりなんですか?」
「明日にはグランドコアの内部に入りたい。運が良ければその日のうちに重力炉付近にたどりつけるだろう。そしたら故障部分を修理して発進だ」
「星に住んでいる人たちは――」
「もちろん可能な限り連れていく。具体的に何万人まで連れていけるかは、食料の集まり具合やらなにやらと相談してからだな」
「……乗らなかった人たちは、やっぱり……」
「死ぬな。自分で選んだことだ、尊重してやろうじゃないか」
「これが一番大勢の人を笑顔にできる方法なんだよ……笑顔がいっぱい……みんなの幸せ……」
スマイルが小さく言う。ユリシーズが一瞥すると、彼女はフォークとナイフを手にしたまま、どこかうっとりとした目をして動きを止めていた。
ユリシーズの怪訝な顔を見たミンチメイカーが疲れたような小さいため息をつく。
「こいつは頭がおかしいんだ」
「ああ、やっぱり」
「ひどいなあ」
スマイルは困ったふうに小さな肩をすくめた。ユリシーズはミンチメイカーに顔を向けた。
「ミンチメイカーさんとスマイル……さん、とのご関係は?」
「ああハルトマンくん。すまないが、その名で呼ぶのは遠慮してくれないか。実はそのあだ名、あまり好きじゃないんだ」
男は苦笑した。
「本名で呼んでくれ、ホークアイと」
「ホークアイ……」
その名前を繰り返しながら、彼の横顔を見たユリシーズは、アッと声をあげた。
「もしかして、クリント・ホークアイ教授ですか?」
ミンチメイカーの手が止まった。彼の目が鋭く光ってユリシーズを刺す。少年はぶるりと震えた。
「……どこで知った?」
「あ、あの、この惑星に来る前、教授のニュース記事を読みました。僕、帝国士官学校の学生だったんです」
ユリシーズは精いっぱい声の震えを抑えながら言う。
「人造遺伝子による難病治療の可能性に関する論文で、アスクレピオス賞を受賞されたって……そんなあなたが、どうしてここに?」
「そういう君はどうしてここに? 帝国士官学校の学生なら、上流階級のおぼっちゃまじゃないか。こんな辺境の掃き溜めに居ていい人間じゃない」
試すような口調でミンチメイカーは言った。ユリシーズはその目をまっすぐに見返す。
「僕は――」
言いかけて、少年はジンをひと口飲み、はっきりとスマイルを睨みつけた。
「僕は、家族で旅行に行きました。帝国の軍人である父と母と、妹と一緒に……そしてその帰りに、賊に襲われました。宇宙船の乗客たちは皆殺しにあいました。父も母も。僕は妹とそれぞれ脱出艇に乗りましたが、妹の船は母船の自爆に巻き込まれて消えました。僕は気がついたら、この惑星に漂着してました」
「君は……まさか」
「僕の家族を殺したのはあなただ、スマイル!」
ユリシーズははっきりと言い放った。ミンチメイカーは顔をしかめ、スマイルはニコニコしながら、まったく動じずに少年の話を聞いていた。
「そっかそっかぁ、ユーリィはあのときの生き残りなのかぁ〜」
「やっぱりおまえがやったんだな……! なんで僕の家族を……!」
「ん〜……なんでだっけ、わっすれちゃった!」
「この――ッ!」
「やめておけ」
ミンチメイカーがユリシーズの腕を押さえていた。ユリシーズの指は銃のグリップに引っかかっている。
ミンチメイカーは憐れむような、威圧するような瞳で少年を見下ろす。
「君は賢い。ここで発砲すればどうなるかわかるだろう? 私たちを撃ちたいのなら、確実にやれるときを待ちなさい」
「どうしてあなたが……!」
「君が銃を抜くのなら、私も彼女を守るために銃を抜かざるをえない」
厳しい目で睨まれて、ユリシーズは悔しさに顔を歪めながら銃から手を離した。ミンチメイカーもゆっくりと彼から手を離す。
そのとき、カウンターのほうから威勢のいい声がした。
「はいよボウヤー! ご注文のハンバーガーふたつ、持ってきなー!」
店主の呼び声に、ユリシーズは急に、今自分がいるところが賑やかで騒がしい酒場の中だということを思いだした。彼は目もとをこすると、席をたつ。
「帰ります。助けていただき、ありがとうございました」少年は頭を下げた。
「もう夜も遅い。注意して帰りなさい」男が微笑む。
「ばいばい、ユーリィ!」
スマイルが手を振るのを一瞥し、ユリシーズは振り返らずに店を出ていった。
「……あのときの生き残りがいたなんてな」
ユリシーズの姿が見えなくなってから、ミンチメイカーは悲しみに満ちた目でブランデーをあおった。
「びっくりだよね。私たちだけだと思ってた」
スマイルがステーキの肉をフォークで刺し、そのままグリグリといじめている。彼女の口元には邪悪な微笑が浮かび、綺麗な瞳の奥底には血と暗黒の色がわだかまっている。ステーキに空いた穴から血と肉汁がドクドクと溢れ出してきている。
「家族が死んじゃったんだぁ……かわいそう。笑顔にしてあげなくちゃ」
その発言に、ミンチメイカーは不快に眉をひそめる。スマイルはパッと顔をあげ、輝くような笑顔で彼を見た。
「ねぇパパ、私、ユーリィを好きになっちゃった!」
「……そうか」
男は諦めたように息をつく。
「好きにしろ」
「やった! ありがとう、パパ! 朝までには帰るからね!」
スマイルはそう言って椅子からぴょんと降り、るんるんと楽しげな足どりで歩き出す。赤いリボンとふわふわの金髪が揺れ、まるで幻想のように荒くれ者たちの間をすり抜けていく。目立つ容姿であるにもかかわらず、彼女は誰にも見咎められずに店を出ていった
ひとりテーブルに残ったミンチメイカーは、ただグラスの中の琥珀色の液体を眺めている。水面に自分の顔が映りこみ、彼は目を細めた。
「まさか、今頃になって現れるとは……因果応報とはあるものなのだな」
そう呟くと、彼は残りを一気に飲み干した。




