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屑鉄の大地

 果てない屑鉄の世界だった。地面に緑は無く、大量の鉄サビが赤茶色の土となってどこまでも広がっている。大空は切れ間ない分厚い黒雲に埋め尽くされ、中で輝く雷だけが地表を照らす唯一の光だ。酸性のスコールが地面を叩き、有害な悪臭が交じる大気のなか、武装した一団が急いでいた。

 一団を形成する男たちは、みなレインコートと防毒マスクを身につけて殺気立っていた。彼らの背中には自動小銃や溶断ナイフが背負われている。男たちは互いに「遅いぞ!」だとか「このあたりのはずだ!」だとか怒鳴りながら、鉄の廃材の丘を上がっていく。

 丘を上がりきった彼らが目にしたのは、腸や脳をぶちまけたまま強い雨にうたれ続ける何人もの仲間たちの死体と、それらの中心で立ちつくすふたりの人間だった。片方は背が高く、片方は子供のように小さい。彼らもまた、マントのフードを目深に被って顔を隠している。

「動くな!」

 一団がいっせいに銃を構えると、背を向けていたふたりはゆっくりとふりかえる。彼らが男たちを見た瞬間、雷がほど近い丘の上に落ちて、強烈な光が彼らの顔を照らし出した。

 彼らはともに顔面全体を覆うガスマスクを被っていた。しかしそれでもガラス越しに見えた、背の高い人物のあまりに冷たく鋭い眼光の威圧的な恐ろしさに、男たちは震え上がる。

「死神だ……」

 誰かがぼそりと呟いた。

 死神と呼ばれた人物は無言でマントの下に手をやろうとし、背の低い人物に腕を掴まれた。背の低い人物を見下ろすと、観念したように頭を振って、しぶしぶ両手をあげる。背の低い人物も続いた。

 男たちはふたりの腕を縛りあげると、再び隊列を組んで歩き出す。

 暗黒の大地、彼らが向かう先には、巨大な建造物の黒い影が不吉にそびえていた。





 ふたりの人物は広く薄暗い部屋に連れてこられると、膝の後ろを蹴られてむりやり跪かされた。背の低いほうは後ろ手に縛られた鎖を振りほどこうともがいているが、背の高い方は対照的に身じろぎもしない。

 彼らを引っ張ってきた男たちは、いそいそとレインコートのフードを脱いでマスクを外すと、部屋の左右に分かれて壁を背に整列した。

 男たちのひとりが軽く咳払いする。

「ミロク様、ご降臨!」

 とたんに部屋が明るくなる。男たちが部屋の奥に向かって片膝をつき、頭を垂れた。よく見えるようになった部屋は床も壁も天井も目の痛い金色に輝いて、しかも強烈に甘ったるい匂いが漂っている。

 部屋の最奥、床から三段も高い場所に、奇妙な人間が横たわっている。右手を杖にして頭を支え、体を横に寝そべるその人物は異様に体が長く、その上ひどい肥満体型だった。着ているのは布一枚だけの半裸で、髪は頭の上で団子にしてある。顔の筋肉こそ微笑を形づくっていたが、表情はそのまま固定されているかのように不自然で、細められた目蓋の下の瞳には、猜疑と傲慢さの色が見えた。

「我はミロク……末法の世に衆生を救いに参った救世主なり」

 ミロクは高い声でそう言い、体に沿わしていた左手を持ち上げふたりを指した。

「近うよれ」

 整列していた男たちが鎖を引っ張り、ふたりをミロクに近づけると、また無理やり跪かせた。

「素顔を見せよ」

 男たちが、ふたりのガスマスクを剥ぎ取った。ミロクは感嘆した。

 背の低いほうの人間は少年だった。まだ若く、あどけなさの残る綺麗な顔立ちをしている。白い肌と金色の短髪に、翡翠のような色の大きな瞳が、照明を反射して輝いている。

 背の高いほうは女性だった。成人していて、まるで飢えた獣のように危険な雰囲気を身にまとっている。くせのある髪は黒く長い。顔の造作は整っていて美人だったが、右目を隠す眼帯と、刀剣のように鋭い金色の左目が、何者も近づけさせない威圧感を醸し出していた。

「ほぅほぅ……これはこれは」

 下衆な視線を彼らに向けて、ミロクが上唇を舐めた。

「汝ら、名はあるのか?」

「はじめまして。私はユリシーズ・ヴィクトル・ハルトマンと申します、閣下」

 少年が毅然とした態度でそう言い、丁寧に頭を下げた。

 ミロクが怪しげな含み笑いをする。

「ほう、なかなか礼儀正しい童子であることよ。気に入ったぞ」

 彼はそれからじろりとユリシーズのとなりの女性を見下ろす。

「して、汝は?」

 ユリシーズが促しても、女性は黙ったままだった。ミロクは僅かに眉を潜める。

「大人のくせに、無礼な女であることだ。となりの童子を見習いたまえ……おい、やれ」

 ミロクが指を鳴らすと、数人の手下が、下卑た笑いを口元に浮かべて女にむらがった。

「何をする!」

 ユリシーズが止めようとするが、手下のひとりが彼を羽交い締めにする。女の体に手を伸ばした男が彼女のマントを剥ぎ取った。

 手下たちがたじろいだ。

 マントの下の女性の体には、数え切れないほどの武器が隠されていたのだ。ナイフは見えるだけでも大小様々な種類が肩に一本、左の脇腹に一本、腰の後ろに一本、太ももに一本提げてあり、見えない部分にまだまだ隠してあるだろうことは明らかだ。拳銃は脇に一丁、腰の後ろに一丁あるが、とくに目を引いたのは、右の太ももに提げてある、ひどく古めかしい外見の、銃身を切り詰めたレバー・アクション式のライフルだった。

「な、なんだぁ、こいつ……」

 男のひとりが恐る恐るそのライフルに手を伸ばそうとした直後だった。いきなり立ち上がった女が、重武装しているとは思えない素早さで彼の手を蹴り上げた。垂直に上がった足をそのまま振り下ろし、男の肩に強烈なかかと落としを叩き込む。

 男が悲鳴をあげて体を曲げる。しかし女は振り下ろした足を軸足にして、体勢を崩した男に回し蹴りを放った。男は側面からの衝撃に吹き飛ばされ、近くにいたほかの手下を巻き込んで倒れる。

「てめぇ!」

 女の背後から棍棒をもった別の男が殴りかかる。棍棒が振り下ろされた直後、女は素早く振り返り、打撃を紙一重で避ける。

「なっ……!? あ……?」

 男が驚愕と恐怖に目を見開き、動けなくなった。女の頭の横をかすめた棍棒が中ほどから切断されていた。それは女が犬歯を剥き出しにしてくわえているナイフによるもので、手を縛られたままの彼女は肩にあったそれを口だけで抜き放っていたのだ。そして今、彼女はくわえたナイフの刃を男の喉元に突きつけたまま、周囲をとりまく手下たちを威圧している。

「ほほほほほほ! 素晴らしい!」

 ミロクが興奮して起き上がり、手を叩いていた。女は不愉快そうに視線をおくると、男の首からナイフを放してまっすぐ立ち、それを床に落とした。ユリシーズは胸をなでおろした。

「今の動きに、その眼帯と無数の武器! 貴様が賞金稼ぎの『隻眼鬼』であるな! まさか女だったとは!」

「アングレカムだ」

 女はそう名乗り、苦しむ男たちを無視してユリシーズのそばに佇んだ。

 隻眼鬼の名前に萎縮する男たち。ミロクは笑う。

「なるほどなるほど、つまりこういうことか」

 彼は両手の指を合わせて、いやらしく口元を歪める。

「隻眼鬼はそこのユリシーズ坊やの護衛だな。そして何があったかは知らないが、私の土地を無断で通ろうとして部下に見つかり、彼らを返り討ちにした。そうであるな?」

「いいえ、閣下。それは誤解でございます」

 口を開いたのはユリシーズだった。彼はアングレカムの前に進み出て、あくまで礼儀正しく言葉を語る。

「私とこのアングレカムが無断で閣下の土地を通ろうとしたのはたしかです。しかしそれは我々が存じ上げなかったからで、もし事前に知る機会があれば、我々は必ず閣下にご挨拶申し上げておりました」

 アングレカムが何か言いたげな目をしたが、彼女は口を閉じたまま。

「そしてもうひとつ大きな誤解がございます。それは私たちは、閣下の部下たちを殺めてはいないということです。私たちがきたときには、彼らはすでに亡くなられておりました。私たちはたまたまそこを通りがかり、そしてここまで連行されてまいりました」

「つまり無実だと?」

 ミロクがせせら笑う。

「証拠はあるのか?」

「アングレカムがここまで一切抵抗せずに連れられてきたのが、その証拠です」

 強い眼差しで、ユリシーズが言った。

 ミロクは少年の瞳をまっすぐに見下ろし、しばし思案顔をしていたが、やがて頷いて、近くの部下になにか囁いた。

「いいだろう。汝の言うことを信じよう」

「ありがとうございます」

「ただし、条件がある」

 いきなりユリシーズに男が組みついて、あっという間にアングレカムに蹴り飛ばされた。

 驚いたユリシーズは咳き込んで、それからやっと、自分の首に不気味なデザインの金属の首輪が嵌められたことに気がついた。

「その首輪は爆弾だ。24時間後に爆発するようになっている。無理に外そうとすればその時点で爆発する」

 言い放ったミロクをアングレカムが恐ろしい形相で睨み、ユリシーズに制される。

「なぜそのようなものを?」

 いたって落ち着いた様子でユリシーズは訊く。

「汝らが我の部下たちを殺めたのでなければ、真犯人がいるはずだ。その人物を連れてくれば首輪を外してやろう」

「もし見つからなければ?」

「もちろん、汝は死ぬ……と言いたいところだが、我は救世主である。慈悲を与えよう」

「慈悲……?」

 アングレカムが訝しんだ。

 ミロクが手を叩くと、彼の後ろの壁が開いて、新たに空間が現れた。ミロクが声をかけると、中からぞろぞろとたくさんの人間が出てくる。彼らは性別も人種も様々だったが、共通しているのは、子供であるということだった。現れた子供たちはみな薄布を一枚だけ身につけて、左右が鎖で繋がった足かせをはめられていた。彼らの表情に生気はなく、瞳はどこか遠くを見ているようだった。

「ハルトマンよ、我のものになるがよい。さすればその首輪をいますぐ外してやるし、隻眼鬼も見逃してやろう」

「……クズが」 

 アングレカムが顔を歪め、吐き捨てた。

 ユリシーズは真剣な表情で、ミロクに向かう。

「ありがたいお話ですが、いますぐに受けるわけにはまいりません。閣下がお与えくださった24時間のチャンス、せめてギリギリまで努力させていただきたい。いよいよとなったとき、まだ手がかりがつかめないのであれば、そのお慈悲に甘えさせていただきたく存じます」

「ほほほ……」

 頭を下げるユリシーズを満足げにミロクは眺める。

「さぁ行くがよい、隻眼の鬼と高貴なる童子よ。またこの場所に生きて戻ってくるのを期待しておるぞ……!」

 

続きはまったり待ってね。

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