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第二章 紹介と再会 3

統南と七日は話している間に『焼き肉屋小波』に着いてしまい、統南が店の引き戸に手をかけるとそのドアの鍵はもう開けられていた。


「義孝さんー、美春さん来ましたよー」


 鍵が開いているという事はもう義隆たちがやって来てるんだろうと思い、統南は義隆たちに声をかけながら部屋に入ると、店の中には義隆こそ居なかったものの美春は居た。


「いらっしゃい。よく来たわね」


 美春は満点の笑顔で統南たちを迎える。今日の美春はワンピースとその上にチェックのシャツを羽織っており、統南にはいつも仕事で会う時よりもさらに魅力的に見えた。


「どうも美春さん」


「……こんにちは」


 統南が頭を下げて挨拶をすると七日もそれを真似るように美春に頭を下げる。美春は笑顔を崩さないまま七日を見つめる。


「こんにちは。あなたが七日ちゃんね」


「はい。……田中七日と言います。えっとあなたが美春さんですか」


「ええ、そうよ。よく私の名前知ってたわね」


「統南さんから美春さんたちの事を聞かせてもらいましたから」

 

七日は美春の前ではいつものように統南の事を呼び捨てで呼ぶのを躊躇ったのか、さん付けで統南の事を呼んでおり、統南も少し驚いたものの悪い気はしなかった。


「そう、統南君から聞いたの。統南君は私たちの事なんて言ってたの?」


 美春は少し笑顔を崩して、悪戯めいた顔で七日に訊ねてくる。


「えっと……美春さんのことはとても優しくて、綺麗な人だって言ってました」


「あら」


 七日がそう言うと、美春は顔を赤くして照れていた。


「まさか統南君にそんなに褒められてるなんてびっくりね」


「まあ普段はそんな事口に出したら義隆さんから何口説いてんだってどやされますからね」


「そう。ありがとう。でも七日ちゃんに今日初めて会ったけどずいぶんと可愛らしい子ね」


 今度は美春が七日を褒める。確かに今日の七日は出かけることもあって、ライトブルーのロングスカートに、清潔感がある白いトップスにその上からピンクのパーカと男の統南から見てもまあなかなか可愛らしい格好だった。


 これがいつも統南の家でダルンダルンのジャージを着てグダグダしている少女と同一人物とは思えない


 七日も美春に褒められて思わず嬉しそうに、

「本当ですか! 私もこれ凄くお気に入りなんです!」

 と喜んでいるが、七日の横にいる統南は自分の財布を見て、深刻な顔になる。

 

 元々七日は僅かな金額しか入ってない財布以外はケータイも何も持たずに家出してしまったらしく、ほぼ無一文であった為、服などは普段は多少大きくても目立たないジャージなどを貸していた。



 しかしさすがにこれから七日の事で少しは面倒がかかるかもしれない義隆たちに七日をダルンダルンのジャージ姿で会わせる訳にも行かなかったので、今日の午前中に急いで近所の服屋まで軽トラで七日を連れて行き、下から上まで一式だけ買ったのだ。


 たった一式だけだが、給料日前の統南にとってはかなり痛い出費だった。


 統南自身はTシャツにその上からシャツを羽織って、ジーンズを着ただけで、普段から服にあまりお金を使わない統南には余計そう思ってしまう。


(大体女の服って高すぎるんだよな……。安いのでも服一枚三千円くらいだし。貧乏人を舐めてるとしか思えないよ)

 

 統南は心の中で一人愚痴っている間に七日と美春は女同士で気が合ったのか楽しそうに会話していた。


「あのーすいません美春さん」


 統南は申し訳ないなと思いつつも、その会話に割って入り、美春に訊ねる。


「何かしら統南君?」


「いや大した事じゃないんですけど義隆さんたちはどこに居るのかなと思って」


「ああ、義隆さんなら七日ちゃんにおいしいものを作らないとって張り切ってから風香ふうかちゃんと一緒に買い物に行ったわ」


「そうですか」


 統南が頷くと今度は七日が統南に声をかけてくる。


「ねえ統南……じゃなくて統南さん」


「別に無理してさんづけなんてしなくてもいいぞ。美春さんたちもお前が口が悪いくらい教えてるから」


 美春に視線を向けながら統南は言うと、美春も統南の言葉に同調する。


「そうね。別に普段通りでいいのよ。七日ちゃんもここを自分の家みたいに思って寛いでいいんだから。まあさすがにこんなとこに女の子が夜遅くまで居るのは感心出来ないけど」


 美春が笑うと、七日も釣られて笑い、美春に礼を言う。


「そうですね。ありがとうございます美春さん」


「……で、七日は俺にさっき何を聞こうとしたんだ?」


「ああ、それなんだけど、別に美春さんでもいいんだけど、その義隆さんって人なら統南から聞いたから分かるんだけど、風香ちゃんって誰?」


「ああ、言ってなかったっけ? 風香ちゃんは――――」

 

 統南が答えようとしたその時、『焼き肉屋小波』のドアが開かれ、甲高い声が店の中に響く。


「コーチだぁ!」

 

 その声の主は真っ直ぐ統南の胸元に飛び込んでくるが、声の主は背が小さく結果的に統南はみぞに頭突きを喰らうはめになる。


「ぐっ!」


 統南は一瞬息が止まり、痛みでよろめきながらも笑顔でその声の主の頭を撫で、七日に紹介する。


「えっとこの子古河風香ふるかわなみかちゃん。義隆さんたちの子供」


 統南が紹介し終えると、今度は野太い声が店にて響き渡る。


「おっもう来てたか。どうだ七日ちゃん。ウチの娘は世界で一番可愛いだろ!」


 野太い声の主、古河義隆は登場して早々七日に親バカぶりを見せ付けるのだった。





「じゃあ風香ちゃんと美春さんは血が繋がってないってことですか?」


 七日と義隆たちの紹介も全部終え、七日は統南と一緒に遊んでいるおかっぱの頭の女の子、風香を見て納得したように声をあげていた。


「ええ、そうね」


「そうですよね。美春さんまだ若いですしね」

 

 七日がそう言い終えると、美春は微笑みながら風香の方にまで歩き、風香の頭をさっき統南が七日を撫でたように優しい手つきで撫でる。


「確かに風香ちゃんは私とは血が繋がってないけど、でも私の大事な娘に変わりはないから」


 そう言っている美春の顔はすぐ近くで見ていた統南が思わず見惚れてしまう程、優しく美しい母親の顔だった。


 統南も義隆たちの事情はある程度義隆本人から聞いている。


 十年前に義隆と義隆の前の奥さんとの間に風香が生まれたが、奥さんは育児の疲れが原因か義隆と風香を残して家を出て行ってしまった。それからは義隆が男手一人で風香を育てていたが、今年の春に美春と結婚し、今では古河家は三人家族となった。


「……幸せそうな家族ですね」


 七日は笑みを浮かべながらも複雑そうに言う。そんな七日を見て、統南は何かを

言おうとしたが、


「……」


 言葉は出て来ず、思わず視線を風香の方に向ける。


「へへー。お母さんくすぐったいよー」


「ふふ、いいじゃない。娘の頭くらいいくらでも撫でても。母親には特別にタダにしてちょうだいよ」


「いやお母さん別にあたし頭を撫でさせるのにお金なんか貰ってないからね!?」

 とこんな風に楽しそうに会話をしている。この二人は血こそ繋がっていないもののすっかり本物の親子になっていた。


 統南は美春と風香を見ているとつくづく実感させられる。自分と七日はまだ顔見知りの同居人なだけのただの他人だと。


 共同生活自体はそこそこ上手くも行っているし、統南は七日に親しみを感じ始めてきた。もしかしたら七日も統南と同じ様に自分の事をそう思ってくれているかもしれない。


 ただやっぱり七日がこういう寂しそうな顔していても声をかけられないのは、まだ七日にどこか遠慮しているからだろう。だから未だに七日がなぜ家出をしたのかも、なぜ自殺なんて悲しいだけの事をしようとしたのかも聞き出せていない。


 七日も統南がちゃんと訊ねれば、教えてくれるかもしれない。いやきっと七日ならある程度の事は教えてくれると思う。


 ただ統南自身が知りたくないだけなのだ。

 

 このまま七日の事情を知ってしまえば、恐らく統南は七日の事を放っておけなくなる。面倒くさいと思いながらもこの田中七日という人間に深く関わりたくなってしまう。それが嫌なのだ。


 今統南にとって大切な人たちと言えば、義隆たち古河家の人たちだろう。それに何一つ持っていなかった自分にこうして住む家と義隆たちを紹介してくれた正義もそうだろう。


 古河家の人や正義には感謝しても感謝し切れない程の恩を統南は受けている。義隆たちと居ると、統南は暖かな気持ちになる。しかし同時に義隆たちや正義に僅かだが煩わしさも感じていた。


 別に義隆たちに非があるという訳ではない。ただ単に統南が義隆たちと居ると気付くのだ。自分が酷く義隆たちや正義に依存している事に。統南は病的な程に彼らを心の支えにしている。


 その感情が統南は気に入らなかった。


 正義はすでに亡くなったが、ちゃんと天命を全うしたのか、最後は彼の家族が居る家で静かに天に昇って行った。統南はもちろん悲しんだ。涙もたくさん流した。

だが同時に強烈な安堵も覚えてしまった。これでもう裏切られも、苦しんでいるとこを見なくても済むと考えてしまったのだ。


 統南にとって大切な人とは裏切られるかもしれない、苦しむ姿を見ないといけないかもしれないと不安要素でもある事が勝手に自分の中で確定していた。


 大切な人に自分を裏切って欲しくない。大切な人の苦しむ姿などを見たくない。そんな事は許せない。そんな姿を見ればある種の憎しみさえ感じてしまう。


 それが統南の中にある確固たる感情だった。この感情が統南自身大変汚れているようにも見えるし、こんな本心を誰にも見せたくはない。


特に義隆たちなどの大切な人たちにはもっと見せたくない。そのために統南はいつも偽善を演じているのだ。ときどき自分さえも自分はこんな人間だと思いこんでしまう程に『優しい人』を演じている。


 本当の自分が否定されるのを怖いから。


 このまま七日に関われば、きっと七日も義隆たちや正義のように大切な人の部類に入ってしまう。そしたら七日は勝手に自分を裏切ってしまうかもしれない、勝手に苦しんでしまうかもしれない。


 そんな七日に統南は怒りを覚えてしまうのは嫌だった。こんな汚い感情なんて持ちたくなかった。でも消せもしない。


だからこれ以上七日と関わって行くのを統南は心のどこかで押えてしまっている。怖いから。七日に対してそんな汚い感情などぶつけたくはないのだ。


「おい、統南」


「…………はい」


 統南は静かに義隆の居る方へ顔を向ける。ずいぶんと長い事一人で考えていた。そんな感情が声にも出たのか覇気のない声だった。


「どうしたよ、暗い顔しやがって」


「いえ、なんでもないんですけど、まあなんつーか色々と考えちゃって」


「ほう。そうか。まあいいんじゃねえのか。まだ若いんだ。どんどん悩みやがれ若者」


 義孝の言い草に統南は笑う。


「義隆って本当におっさんくさいですよね。つーかやっぱ義隆さんおっさんですよね」


「だからおっさん言うなっての」


 そう言って、義隆は統南の頭をまた殴る。


「痛っ! だから痛いですって義孝さん。やめてくださいよマジで。何回言えば分かるんですか」


「テメェこそ俺が何回まだ三十代だって言えば分かるんだ」


「いやだって三十代はもう十分おっさ、イタッ! 痛い。義孝さん痛いからグリグリするのはやめてくださいよ!」


 統南はまるで子供のように義隆に頭をグリグリとされながらも、七日の方を見ると、先程のように今度は風香と仲良く姉妹のように話している。


七日は美春や風香と統南が思った以上に打ち解けていた。ずいぶんと社交的な性格の様だ。


 楽しい。幸せだ。統南はこの時間を素直に大切だと感じる。同時の罪悪感も胸の内に膨れ上がって行く。こんな偽善者が、『人殺し』が誰かとこんな穏やかな時間を過ごしていいのかと。七日という優しい少女を自分の中の罪悪感を消し去るために利用しようとしているだけじゃないのかと。


 統南はグチャグチャな想いで、そんな事を考えながら穏やかな時間はどんどん過ぎていく


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