エピローグ 3
この話でラストです。少しだけ長くなりましたが、読んでいただければ嬉しいです。
片岡統南は家に帰って来ても落ち着かず、一人フラフラと歩いていた。現在の時刻は午後五時。もう学校に行っている時間だが、今日は学校が休みなので統南は今の所予定がない。
義隆の店を手伝いに行こうとも思ったが、なんだか疲れてそんな気分も出ない。
「……寒い」
冷気を纏った風が統南の肌にまるで攻撃でもしてくるように襲う。この寒さのせいか道には誰一人歩いていない。
その事に寂しさを味わいながらも統南は上に羽織っていたジャンバーのポケットに手を深く突っ込んで、猫背になって歩く。
「なんで俺歩いてるんだろ……」
その呟きに返事は返って来ることはない。何せ一人なのだから。隣には誰も居ない。
ふと、空を見上げる。まだ五時だというのに辺りはすっかり夜だ。それが冬はまだ続くんだなというのを思い知らされてしまう。
「帰ろうかな」
また統南は独り言を呟き、今まで歩いた道を戻ろうとする。特に目的地など決めてなく、歩いていたため帰るのには全く抵抗がない。
ただ統南は歩きながら考えていただけなのだ。七日の事を。
冬奈は統南の事を自分の事ばかりいつも蔑ろにしていると言った。しかし本当にそうなのだろうか。統南はとてもじゃないが自分がそこまで立派な考えの持ち主だとは思えない。
自分はいつだって自分自身が傷つかないために行動をしている。
七日を傷つけたくないのだって統南は七日が傷ついたら自分も傷ついてしまうからだ。そして七日には冬奈が居るかもしれないが、自分にはそんな人は居ない。
もちろん義隆たちは父や母などは自分の力にはなってくれるだろう。しかし違うのだ。義隆たちでは自分の傷を治す事は出来ないのだ。
統南は七日を少しだけだが千咲に重ねているかもしれないから。七日を傷つける事は統南にとって千咲を傷つけるのと同じかもしれない。統南はそれが嫌なのだ。その度に過去の自分を思い出す。そしてそんな自分を癒す事が出来るのは千咲自身だ。
だけど千咲はもう居ない。だからこの傷はもう癒えない。千咲じゃなければダメなのだ。
「…………ハハ」
統南は思わず笑ってしまう。一体自分はいつまで千咲に縋り付いているのだろうか。千咲は統南の事を縛ったりはしない。ただ統南がいつまでも千咲から離れられないだけだ。
「結婚出来るかな俺……」
自分が結婚している姿が全くしない。正直恋人すら出来る気がしない。
「――――じゃああたしが結婚してあげようか」
突然、声が聞こえたかと思うと首元に冷え切った手が当てられる。
「のんわっ!」
驚きで統南は思わず変な声を上げて、そのまま尻餅をついてしまう。
「フフ、統南ダサッー。こけてやんの」
統南をバカにする様な声はかつて聞いた事があり、ひどく懐かしい声だった。
「っ!」
統南はすぐに振り返るとそこには高校の制服なのか紺色のスカートに白と黒が混じったセラー服の上に茶色のコートを羽織った長身の女子高校生。
彼女は相変わらず背は高いくせに華奢で顔はどこかあどけない。そして笑っている顔は統南が見ているだけで落ち着くものだった。
「七日……」
「久しぶりだね統南」
「お前……」
思わず声は詰まる。というよりも声が震えている。
「……なんで?」
どうしてここに七日が居るのか統南は理解出来なかった。まさか冬奈はさっき自分と七日を会わせると言ったがさっそく実行して来たのだろうか。それにしたって早すぎる。
「なんでって何が?」
「いやその……だから冬奈ちゃんから聞いたの?」
「姉さん? いや別に姉さんからは何も」
「え……あ……そ、そっか」
どうやら冬奈の事は何も知らされてないみたいだ。
「っていうかお前いつの間に居たんだよ!」
「いつの間にって統南がトボトボと歩いてるからちょっとびっくりさせてやろうかと。びっくりしたでしょ? まあ統南がなんか結婚したいって言ってたから少しだけこう肝をヒヤッとさせてあげようかなって」
「いやまあびっくりしたけど、お前本当になんでここに」
「はぁ? なんでもかんでもあたしだって少しの間統南の家に住んでたんだからここの場所くらい分かるわよ。何? 人をそこまで方向音痴だと思ってたの?」
「そうじゃなくてお前なんでここに居るんだよ!」
「え? 統南に会いに来たからだけど」
七日は当然の様に答える。そんな七日に統南は困惑する。
「なんでいきなり……今まで会いに来なかったし、連絡だって全然無かったのに。急にどうして……」
「あーそれねー。それはまあ統南の家で話すからさ、早く統南の家に行こうよ」
そう言って七日は統南の家に行くために歩き出そうとするが、
「待てよ」
統南は納得出来ずに七日の腕を掴んで制止してしまう。
「お前もしかしてまたなんかあったんじゃないのか? だから俺の所に来たんじゃないのか?」
統南は心配で声をかける。
仮にもしまた七日が統南を頼って来たとしたら統南はそれを断る事は出来ないだろうし、正直それを望んでいる自分も居る。結局は統南は未だに七日に依存しようとしているのだ。
「統南……」
後ろから手を掴んでいるため七日の表情は見えない。ただ声は沈んでいた。
「痛いよ」
「あっごめん!」
自分が強く手を握っていた事を気付き、統南はすぐに謝る。
「…………」
七日は統南の方に振り返ると顔を俯かせて表情が見えない。
「七日……」
やはり七日に何か良くない事が起こったのかもしれない。統南は心配した手つきで七日に触れようとすると、
「……プッ、……ククク、アハハハハハハハッ!」
突然七日は大笑いをし出したのだ。
「七日?」
統南が訳が分からずにいると、七日は楽しそうにネタバラしをする。
「嘘でしたー。別になんにもないですよーだ」
そう言って、七日は統南にデコピンを喰らわして来た。
「っ~、お前な人がどんだけ心配したかと思ってん、」
そこで言葉が途切れる。七日が突然抱き付いて来たからだ。そして抱き付かれた瞬間、統南は不覚にも七日に対して女性特有の柔らかさを感じてしまい、ひどく動揺する。
「な、なんだよ? またドッキリかよ」
若干声がどもりながらも統南は今度は騙されまいと警戒する。
「…………」
しかし返事は返って来ないで七日は統南の胸に顔を埋め込むように深く抱き付いて来る。
「……七日。どうした?」
どうやらこれはドッキリでもなんでもないらしい。その証拠に七日の体は震えて、雰囲気もどことなく真剣めいたものだった。
「うん。まあさ、そのなんにもないってのも嘘で実は結構色々あったりもしたかなっていうかありました。友達の事とかでさ」
「……大丈夫か?」
統南は出来るだけ冷静を装いながら声をかける。
「大丈夫だよ。それに一応ね、あたしね、その色々あった問題とかちゃんと頑張って解決したんだよ。統南に頼らなかったもん」
「本当かよ。凄いな」
七日がそう言うならそうなのだろう。七日は統南にもう頼らなくても充分にやっていけてるみたいだ。その事に少しだけ寂しさを覚える自分が居る。
「凄いって言うなら褒めてよ」
七日は統南の胸の中で少し恥ずかしげに言う。
「だな。すげぇよお前。よく頑張ったな。偉いな」
「……頭も撫でて」
七日は少し甘えた声になる。
「アハハ……」
そこで統南は少し苦笑混じりに笑う。
「笑ってないで早く撫でて」
「いやさっきさ、ある女の子に頭を撫でるのはセクハラだから気をつけた方がいいって言われてさ」
「へー」
七日は少しだけ面白く無さそうに返事をする。
「そんなの当たり前じゃん。あたし以外の女の子にそんなのするからいけないんだよ。統南はあたしだけにしてればいいの」
「ハハ。横暴だな」
「いいから早く撫でて!」
七日にせがまれて、統南は七日の頭を撫でる。
「…………」
七日の肩までかかるくらいの長さの髪は触れると柔らかく、サラサラとしていて撫でていると心地よい気分になると同時に懐かしさが沸々と込みあげてくる。
「さっきさ、会いに来た理由を聞いたじゃん統南」
「ああ」
統南は頷くと七日はそのまま話し出す。
「あたしね、最近やっとクラスの子たちの問題を解決してさ、思ったんだ。統南に頼らなくても頑張れたって。そしたらさ、統南の事が頭の中から離れなくて、あたしは統南に会いたくなった」
「……ずいぶんと唐突に思ったんだな」
「唐突なんかじゃない」
七日は統南の言葉を否定する。
「あたしはずっと統南に会いたかったけど、ずっと我慢してた。統南に言われた通り、統南に甘えっぱなしになっちゃうかもしれないと思ったから」
「……七日」
「統南はどうだった? あたしに会いたかった?」
七日は問いかけるように統南に訊ねる。
「…………」
だけど統南はどう答えればいいのか分からない。会いたくなかった訳がない。だが会うのが怖かったのも事実だ。
「俺は……」
「答えなくていいよ」
統南が喋る前に七日は口を動かす。
「分かってる。二年前からずっと考えてた。統南は言ったもんね。あたしに会いたくないって。統南が好きだった人にあたしと重ねちゃうかもしれないって事も言ったよね」
「…………」
七日の言葉を聞いて、統南は七日をそっと体から引き離す。
自分からした行動なのに七日を引き離したことをわずかに後悔しながら統南は出来るだけ優しい表情を作る。
「言ったよ。分かってるならどうしてお前は会いに来たんだ? 気持ちは嬉しいよ。でもさ、迷惑だからやめてくれよ」
出来るだけ七日をやんわりと遠ざけようとするが、気付けば酷い言葉を七日を言っている。そしてその言葉は止まらない。
「やっとお前も俺の事を忘れて幸せにやってんのかなと思ってたのにさ、お前いつまでも俺に対して引きずってんだよ」
まるで今までの溜まっていた心のモヤモヤとしたものが爆発したみたいに統南は自分の感情を七日に向けていた。
「分かってるんだろ! 俺がお前と居るとお前との距離感が分からなくなって、中途半端な気持ちで七日に近づいちゃうかもしれないって!」
この感情は苛立ちなのか。
「そしたらお前また傷つくだろ。泣くだろ。それが嫌なんだよ。俺は七日のそんな姿を見たくないんだよ」
そうだ。だがそれは七日のためではない。
「俺はお前が傷つくのが嫌なんじゃない。お前を見て俺が傷つくのが嫌なんだよ! 傷つきたくないんだよ」
なぜなら七日は、
「知ってんだろ! 俺が千咲とお前を同じように重ねてるかもしれないって。だったら分かれよ! 俺はただ、ただ! 千咲を傷つけてるのが嫌なんだ。七日じゃなくて千咲を傷つけてるのが嫌なんだ。見れないんだよ。どうしても俺はお前を千咲と重ねちまうんだよ」
別に見た目が似ている訳ではない。雰囲気だって違う。
だけど一つだけ似ているのだ。一緒に居ると七日は千咲のように心地良いのだ。その心地良さが似ている。
だから統南は怖い。いつか千咲よりも七日を統南は心の拠り所に選んでしまう事を。
統南はいつまでも千咲に甘えたいのだ。例えそれが死んだ人間で、その考えが依存で、この依存が悪い事を知っていても統南は千咲を選び続けたい。
千咲が好きだから。千咲に申し訳ないから。一度は消えてしまいそうだった自分の千咲に対する想いをいつまでも持ち続けていたかった。
だけど七日と一緒にいるだけで統南にとって七日は千咲に近づき、千咲に肩を並べていく存在になってしまった。
統南はそんな七日が気に入らなかった。不愉快だった。
「だからもう帰ってくれ。頼むから」
言っていて気持ち悪くなる。自分の自己中さに。七日を傷つけたくないって言っているのにこれでは七日をボロボロにしてしまう程だ。しかしマシだとも思っている。自分とまた七日が一緒に居れば統南は七日をきっともっと傷つけてしまうはずに決まっている。
心の中で苦笑する。
一体いつから自分はそんな自虐を繰り返すようになったのだろうか。一体いつからそんな考えにしか出来なくなってしまったのか。
自分に問いかけなくても分かっている。千咲が死んでからそんな考えしか出来なくなってしまった。統南は千咲が死んでから自分の何かが欠けてしまったのだ。それは千咲の死を認めている今でも変わらない。
「…………」
七日は何も言い返して来ない。それを見て統南は一人嘆く。
また失敗をした、と。これでは二年前に七日を泣かせてしまった時と同じだ。七日を例え嘘をついてでも傷つけたくないと思っていたのに結局そんな簡単な事さえ出来ない。
「悪い……。言い過ぎた」
ぶっきらぼうにそれだけ言って統南は何を考えたのか七日に背を向けて、一人で家に帰るために歩き出す。せっかく自分に会いに来た七日を無視してだ。
それほど統南は七日を見ているだけで罪悪感で一杯になって、このまま七日と一緒に居たら本当にその罪悪感を癒すために七日を千咲の代わりにしてしまいそうだ。
きっとそんな統南の心情を知れば七日は幻滅するだろうし、七日と会わせるって言っていた冬奈からは愛想を尽かされるかもしれない。でも統南はそれでもいいと思っていた。もう七日が立派にやっていて、七日の家族たちがちゃんと頑張っているのが分かっているのだから。
だからこそ統南は満足もしていた。七日なら統南が付けた傷もきっといずれは自分とは違って癒す事が出来る少女なのだから。
しかしだ。しかし、
「……いいよ」
自分を後ろから抱きつくように動きを止める人物が居た。
その人物は自分と背丈がそこまで変わらない程身長が伸びた少女、七日だった。
「七日……。おい離してくれよ。胸当たってるぞ」
統南は動揺しながらも少しだけ冗談めかす。だが七日には通じない。
「当ててんのよ」
「……なんだよそれ。王道的過ぎる返しだな。分かったから七日、離せよ」
今度は頼むんじゃなく命令するような声で統南は七日に言う。なんとなく七日にこう抱きつかれていると懐かしくなるのだ。千咲と同じ感じだ。
でもそんな自分の思っている事など知らずに七日は、
「やだ」
まるで駄々をこねる子供のように言うのだった。
「おい七日……」
統南は七日を諭すために口を開こうとするが、その前に七日は勝手に喋り出す。
「嫌だって言ってるでしょ。あたしは統南と一緒に居る。例え拒絶されても居る」
七日の声は少し恨めしそうになる。
「あたしずっと統南に会いたかった。でもそれと同じくらい統南に対してムカついてる。統南を思い出すだけでイライラしてぶん殴ってやりたいほどに」
怒っている証拠か七日は自分を抱きしめている腕の力を強めてくる。
「色々と訳の分からない事を言ってさ、挙句の果てには人がここまで来ても帰れってバカにしてるんでしょ。ふざけんなよって感じだよね」
「……それは悪い。でも俺は……」
「アンタの話はどうでもいい」
しかしやはり七日は統南に最後まで言わせはしない。七日は実に一方的に言うのだった。
「あたしは決心した。この二年間ずっと悩んでたけど、もう決めたの。あたしは例え統南に拒絶されようが、泣こうが喚こうが傍に居ることをやめないって。そう決めた。自分で考えて、自分で決めた」
その声にはなぜだか逆らえないものがあった。統南は黙って七日の話を聞く。
「だからもし統南が傷つこうが、統南があたしを千咲さんって人に重ねようがそんな事関係ない。だってもし統南が傷つくならあたしが統南を慰める。もし統南があたしと千咲さんを重ねようとするなら好きにすればいい。あたしはあたしだって自分で分かってるもん。統南が望むならあたしは千咲さんの代わりだなんてどんと来いよ」
七日は笑い声のまま言う。
「……簡単に言うなよ。なんだよそれ。そんなんでお前はいいのかよ。俺は情けないし、お前が思ってる奴なんかじゃないんだぞ。俺はお前に酷いことをしちまうかもしれない」
「大丈夫だって。統南はいつも口だけだよ。統南があたしに酷い事? 出来る訳ないじゃん。あんたみたいな意気地がなくて、優しい人がそんな事」
「ちがっ、」
「違わない。それは統南が決めるんじゃない。統南に優しくしてもらったあたしが決める事。それでもさ、統南があたしを傷ちゃうなら統南が慰めてよ。統南があたしを守ってよ」
「……なんだよそれ。傷つけた本人が慰めるっておかしくないか」
「いいじゃん。おかしくても。それに統南はずっと前に依存とかなんとか言っちゃってるけど、よく考えたらあたしは統南に依存したい」
「依存ってお前……」
統南は思わず反応に困る。七日の言葉があまりにも真っ直ぐ過ぎるから。
「もし俺が死んだり、居なくなったらどうするんだよ?」
依存している相手が居なくなるのは死ぬ程辛くて苦しい事は統南は充分に理解している。
「…………うん、たぶん悲しいね」
背中越しで七日が言う。
「でも大丈夫だよ。そん時はそん時でまた立ち直ってみせるからさ。安心しなさいよ」
頼もしげに七日は口にする。
「……そうか。でも俺は無理だぞ。もし俺がお前に依存するみたいになってお前が居なくなったら耐えられないぞ」
心細げに統南は不安を隠さずに言葉にする。まるでこれでは本当に千咲に甘えている様だ。今自分に抱き付いているのは七日なのにだ。
「大丈夫。あたしは死なないし、統南が誰か好きな人が出来てさ、結婚しようが何しようが離れてやらないわよ。ずっとあんたに付き纏ってやるわよ」
「……ストーカーじゃねえか」
そこで統南は少しだけ笑う。
「失礼な事言わないでよ。なんであたしがアンタみたいな変態をストッキングしないといけない訳?」
「いやだって今……」
「つべこべ言わない! バカ統南!」
相変わらず七日は横暴だった。統南はそんな横暴な七日が嬉しかった。なんだか懐かしくて。統南が懐かしんでいると、七日は抱きついたまま顔を自分の背中に埋めてくる。
「…………統南」
さっきと違って声のトーンは落ちてる。その声になぜだか統南は緊張してしまう。
「大丈夫。何度だって言うけど、大丈夫だよ。きっとなんとかなる。だってあたしは統南が大好きだから」
「…………」
七日の言葉が全く根拠のないものだと統南は思っている。
「俺は貧乏人だぞ」
だがそう思っているはずなのに口はポツポツと勝手に動いている。
「まだ全然ガキのまんまだし、未だに義隆さんたちには迷惑をかけてるし、それに俺は全然千咲の事から吹っ切れてないんだぞ。だから俺はお前が思ってるような人間じゃない」
統南は自分が以下にダメな人間かという事を主張すると、七日は可笑しそうに笑う。
「知ってる。統南がそれくらいダメ人間だって事は。ていうかそれだけじゃないよ。統南が自覚してないだけで統南はもっとダメな人間だよ。それにあたしが知らないだけでもっともっとダメな所はあると思う」
でもね、と七日は続ける。
「それでもこの好きって気持ちは変わらない。統南がダメな所がどんなにあろうがあたしは統南を好きでいる。だから傍にいさせてよ」
「…………はぁー」
統南は大きくため息をつく。さっきから話を聞いてみれば七日の話はめちゃくちゃで強引すぎる。
無理に決まっているのだ。
七日が自分の事を異性として好きでいる限り七日との関係は上手く行くはずがない。統南は七日の想いに答える事は出来ない。千咲が未だに一番だからだ。その想いはこれからも変わらない気がする。
だからこのまま七日と居ても意味のない事なのだ。せいぜいそんな七日を統南は自分の中にある心の隙間を埋める事にしか利用出来ないだろう。七日はそれでもいいと言った。千咲の代わりでもいいと。だけど統南が嫌だ。統南は七日を千咲の代わりとしてじゃなく、どこまでも家族想いで自分を必要として頼ってくれた田中七日が好きだから。
「…………はぁーぁー」
もう一度大きなため息をつく。それを踏まえても統南は今自分の傍に居る田中七日とまた会えなくなるのが嫌なのだ。どうしてこう自分は決断というものが出来ないのだろうか。
本当にしょうがない。
「…………」
統南は無言で後ろから抱き着いている七日から逃れるように身を捩る。そして面と向かって七日と向き合う。
「なあ、七日? お前さ、さっき俺がお前に会いたかったか聞いたよな?」
その答えは一つだ。
「会いたかったに決まってる。当たり前だろうが。俺だってお前にずっと会いたかった」
さんざんごまかし、嘘をついてきた統南でもこの言葉は真実だ。
「でもそれを踏まえても俺はお前と上手くやって行けるか分からない。つーか俺は自信がねえんだ。それに怖い」
「…………」
今まで話し続けていた七日は今度は黙って自分の話を聞いてくれている。
「七日は俺の事を男として好きと言ってくれた。そんなお前の気持ちを踏みにじるかもしれない事が俺は嫌だし、傷ついたお前を慰める自信もない」
「うん」
七日は相槌だけを打ち、統南を見つめている。
「だから俺とお前はやっぱり一緒に居るべきじゃない。不純だとすら思ってるよ」
「…………統南は考えが後ろ向き過ぎるよ」
七日は蚊が鳴くような声でそう言う。今にも泣き出しそうなくらい涙を溜めている。
その目を見て、統南は分からなくなる。どうして七日はこんなに自分が好きでいてくれるかどうかを。
冬奈は言った。自分にも幸せになって欲しいと。自分の想いに正直になってくれとも言ってくれた。
その言葉を実行するなら統南はもう面倒くさい事を全部蹴散らしてでも叶えたい想いがある。七日とまた毎日じゃなくても会って、自分の前で笑って欲しいという想いが。
(はぁー。自信ねぇな)
心の中統南は一人ため息を呟きながら、呟く。
大体七日はしぶとすぎる。この二年間で自分の事を忘れてくれるかと思えば、ずっと会いたいと思っていたとかどれだけ一途というかしつこいというか。七日ももう高校生なのだからそこら辺のクラスの男と青春でも繰り広げて欲しいくらいだ。……あくまで健全で清く正しいお付き合い限定だが。
要は七日はきっとどれだけ統南が突き放そうが、自分にくっついてこようとするのだ。統南が七日から離れようとしても無駄なのだ。だから嘘つきでどこまでも後ろ向きな自分を統南は今だけは冬奈に言われた通り、自分に正直で、前向きな人間になる事にする。
「バーカ。大の高校生が泣きそうになるな」
統南は笑い、七日の頭にポンッと乗せてからさっきやった様に頭を撫でる。
そして言う。
「……俺はさ、今お前の想いに答える事は出来ないし、一緒に居るべきじゃないとも言った。だけどさそれでも俺は――お前と一緒に居たいよ」
ああ、言ってしまった。統南はすでにもう嘆きそうだ。
このまま七日を泣かしてでもいいから適当に拒絶し続けて逃げればいいのに。七日には冬奈たちが居るのだから統南が無理に泣かすのをやめなくてもいいのだ。そうすれば面倒くさい事からも悩まなくても済むのにだ。
ただそれには一つ問題点がある。
統南は誰かに七日を泣き止ませて欲しいんじゃない。誰かに七日を笑わせて欲しいんじゃない。統南が七日を泣き止ませたいのだ。統南が七日を笑わせたいのだ。それはただの意地汚い独占欲。統南は結局七日の一番のなりたいのだ。その場所を冬奈たちに譲りたくない。自分は七日を一番にする事さえ出来ていないのに。実に傲慢な想いだ。
全く自分は嫌な人間だと思う。それでも統南は――
「……七日。…………今からウチんち来るんだろ? 来いよ。イヌタマもネコポチも相変わらず可愛いから」
「……統南…………」
「うん?」
「い、いいの? 本当に?」
「いいも何もウチに来る予定だったんだろ。だから歓迎するよ。晩飯も食っていけよ。今日は統南さんが特別に『小波』で肉でも奢ってやるよ」
「…………」
「どうした? 七日。急に黙って」
「……っ………ぐすっ…………うぇ、ひぐっ」
「ちょ、お、七日! 泣くなよ。どうしたんだよいきなり!?」
「だ、だって統南が帰れとかさっきまで超冷たかったのに…………急に優しくするから……」
「あーだからそのえーっと気が変わったんだよ。いいから笑え。笑った方が可愛いぞ」
「…………本当?」
「ああ、本当だよ。統南さんは嘘つかない」
「…………嘘つき」
七日は未だに泣きながらも笑う。それを見て統南も笑う。
そうだ。統南は――七日のこの笑顔が見れるのが最大の望みなのだ。そのためなら嫌な人間になるのもまあしょうがないと思う。
だからこれから先起こる面倒くさい事に対して、統南はこう思うしかない。
なんとかなる、と。
今はそう思えるだけで充分だ。
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「あっ、ちなみに俺今高校行ってるんだ」
「ハイハイ嘘つき嘘つき」
「本当本当。これでも成績は学年一位だし、クラスの女の子にもモテモテなんだからな」
「…………嘘でしょ?」
「本当ほん、って七日怖い。睨みつけるな」
「なんかもう統南嘘ばっかで信用出来ない。統南がモテる訳ないじゃん。虚しくなるから妄想はやめてよ」
「失礼な。これでも高校じゃ便利で人が良い片岡さんで通ってるんだぞ」
「……いやそれ思いっきり利用されてんじゃん」
「されてねえよ! ……えっ、されてないよね?」
「…………」
「ちょ、ちょっとなんで無言!?」
「まあその話は置いといて本当に高校行ってるの? あの統南が。ニート同然の統南が?」
「いやニートではないけどな。……それよりお前は学校はどんな感じなんだ」
「えーあたしはね……」
笑いながら話そうとする七日の横で統南はその話を楽しみにしている自分に気付く。
そうして七日は楽しそうに話し出して行くのだった。
これで終わりです。ここまでお読みいただいた方は本当にありがとうございます。個人的に家出少女をお家に帰す方法は自分の作品の中でも登場人物たちにかなり愛着があるのでこちらで投稿出来てよかったです。
これからしばらくは新人賞のための作品を書いているので、こちらのサイトではたまに短編を書いたり、他の方の作品に感想を書かせていただく程度になると思いますが、落ち着いたらまた何か連載出来るものを投稿したいなと思います。
連載するとしたらジャンルとしては家族物かラブコメ、もしくはファンタジーにも挑戦したいなと思ったりします。その際は機会があれば読んでいただいたら嬉しいです。
後書きが長くなりましたが、これで失礼します。ではまたいつか。




