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第二章 紹介と再会 1

「俺って要らないですか?」

 

今日の昼に七日に言われた事が気になり、店が閉店して片付けをし始める深夜一時半頃に統南は、店の店主である古河義隆ふるかわよしたかに思いつめた顔で訊ねてみる。


「はぁ? いきなり何言ってんだお前?」


 義隆は訳が分からないと言った顔で統南に言う。


「だから俺は義隆さんにとって要らない存在ですかと聞いているんです!」


「いやそんな真剣に言われもなぁ。俺はそっちの気もないし、妻も娘もいる身だからな」


 義隆が困った風にそう言いながら、統南から半ば距離を取る。


「ちょっ! 違いますからね。俺そう言う意味で言ったんじゃありませんから」


「………………はは、分かってるよ」


 義隆は冷や汗を浮かばせながらそう言う。


「じゃあなんで義隆さん俺から距離を取ってるんですか!」


「いや別に……。ほら、な。お前もう帰っていいぞ。今日は閉店も遅かったし」


「ちょっとやめてくださいよ。違いますからマジで!」


「分かった。お前の気持ちは分かったからもう帰れ。気持ち悪いから」


「分かってないじゃないですか義隆さん! あんた全然分かってないよ!」


 そんな会話を繰り広げながら統南が義隆に近づいていくと、義隆はじりじりと後ずさっていく。イタチごっこのまま膠着状態になっていると二人の前に、優しそうに微笑んだ女性が店の奥から出て来る。


「二人ともどうしたの? 近づいたり、離れたりして? もしかして鬼ごっこ?」


 的外れな声に義隆が答える。


「違うんだよ。なんかなぁ、いきなり統南が俺って要らないですかとか言って来て俺に迫ってくるんだよ」


「だから違いますって! なんで俺が義孝さんみたいなおっさんに迫らないといけな、」


 そこで義隆から拳骨が浴びせられ、最後まで言い終えないまま統南は頭を押さえる。


「誰がおっさんだ。俺はまだ三十代だ」


「三十代つっても、もう三十七じゃおっさんなん、痛っ!」


 再び義隆から拳骨を喰らう。


「だからおっさん言うなよ」


「あー痛てー! もう本当に昔から乱暴なんですから」


 統南がそう言うと、優しそうに微笑んでいた女性も少し厳格そうな表情で義隆に注意する。


「そうよ義隆さん乱暴よ。そんな事じゃ統南君が愛想付かしてこの店辞めちゃうわよ」


 女性からそう言われると、義隆も居心地が悪そうな顔で頭を掻きながら統南に謝る。


「まあそうだな。悪かったな統南」


「いや別にいいんですけどね。…………はぁーあー」


 統南は聞く方も嫌な気分になってくる程の大きなため息をつく。


「なんだよため息なんて吐きやがって。気色悪いな。さっきからどうしたんだよ?」


統南がクヨクヨしているのを見てか、義隆は統南の肩をポンッと叩いて、訊ねてくる。


「なんでもないんですけどね……。ただねちょっと知り合いというか、同居人に言われた一言で、俺ってこの店に居なくてもいいんじゃないかなー、と。経営も苦しいかもしれないし」

 

統南は笑って言うが、その顔は全然楽しそうには出来なかった。


「バカね。統南君が必要だから雇ってるんじゃない。ねえ、義隆さん」


 統南の前に居る女性はそう言うと、義隆はガハハ、と豪快に笑いながら統南の背中をバン、と力強く叩く。


「そう言うこった!」


「そうですか……。そうですよね!」


 義隆にそう言われ、統南はパーッと顔が明るくなる。


「まあ経営が苦しいのは確かなんだけど」

 

しかし経営が苦しいとの事実を聞いて統南の顔はまた一気に落ち込んだ表情になる。


「だからそう落ち込むなっての。店が苦しいのはお前の責任じゃなく俺の責任なんだから。とりあえず統南が心配しなくてもいい事だ。潰れないように俺も根性出して働くからよ」


「…………ありがとうございます」


 統南は自分を気遣ってくれる義隆の態度が嬉しくて、義隆に頭を下げる。

それに対して、義隆は照れくさそうに頬を掻き、女性はいつの間にか義隆の隣に移動しており、柔らかな笑みで、微笑む。


 これが統南の職場である、『焼き肉屋小波』(やきにくやこなみ)のいつもの光景だった。





『焼き肉屋小波』とは統南が働いている店の事であり、焼き肉だけではなく、居酒屋のように酒や、それに伴った料理も作っており、統南の家から徒歩十五分くらいの場所に建てられている。


 この店の店主である義隆は小麦色に焼けた肌に、冬に向かっているこの十一月の終わりなのに未だに薄着でいる服装を好んでおり、統南の恩人である中内正義に紹介されてからの付き合いで、統南としては歳の離れた兄みたいな存在だ。ちなみにバツイチでもある。


義隆の隣にいる女性は、義隆の妻、古河美春ふるかわみはる。二十四歳。統南が『小波』に働き出してからの付き合いだ。


美春は今年の春に義隆と再婚し、今は義隆と美春に義隆とその前の奥さんの子供の三人で暮らしている。


美春は僅かに染めた柔らかそうな栗色の髪をショートカットにした大変綺麗な女性で、ただのTシャツにジーンズと『小波』と店の名前が付いた赤いエプロンを着てもその華やかさは消えるどころかさらに増している。


美春に出会った時、統南はそんな美春に憧れめいた恋心を抱いていたくらいだが、しかし今はそんな気持ちよりも兄の様に慕っている義隆と美春が上手く行ってくれればいいと心底思っている。


「で、さっきから気になってたんだがよ、同居人って誰の事言ってんだお前? 女でも出来たか?」


 店の片付けも終わり、義孝はなんともないように統南に訊ねる。


「ん、ああ、それですか。実は――、」


 そこで一旦統南の口は止まる。これは言っていい事なのだろうかと統南は考えを巡らす。


常識的に考えて成人男性が女子中学生を家に泊めているって知ってしまったらたぶん通報されるんじゃないのか。もしかしたら事情を話せば、通報はやめてくれるかもしれないが簡単に話せる程和やかな話でもないし、確実にロリコン扱いされそうな感じがする。


「なんだよ急に黙りこくって?」


 唐突に話すのを止めた統南を義隆は問い詰めてくる。


「ハハハ…………なんでもないっすよ」


「……目をキョロキョロさせてる奴の何がなんでもないんだ?」


「だ、だって話したら絶対に義孝さんたち俺を変な目で見ますもん!」


 統南はそう言うが、義隆たちは笑って否定する。


「ハハ、見ない見ない。なあ、美春?」


「ええ、する訳ないじゃない。だって統南君が何か悪い事してる訳じゃないんでしょ?」


「ええ……それは、まあ、はいそうですけど」


「じゃあ私たちに話してくれないかしら? 何か事情があるのならもしかしたら統南君の力になれるかもしれないしね」


 美春はニコッと笑って統南に言う。その顔を見て統南は思わず顔を赤くする。


「じゃ、じゃあ話してみようかな?」

 

思えば義隆たちとは三年以上の付き合いがある。統南がちゃんと話せば分かってくれる人たちだという事は統南が一番分かっている。


それなのに統南は義隆たちを疑ってしまった。自分の薄情さに嫌気が差して来る。


七日の事は恐らく自分では手に負えない事だろう。しかし義隆たちに相談すれば、きっと親身に相談に乗ってくれる。何か的確な助言をくれるはず。

そう信じて、統南は七日の事を話す。そして返って来た返事は、


「ロリコン」


実に無惨なものだった。


「へ、変な目で見ないって言ったのに!?」

 

統南はそう訴えるが、古河夫妻の反応は実に冷たいものだった。


「いやうん……なんだ。……とりあえず警察に通報するのは一晩考えさせてもらうからな。あとお前もう俺たちの娘には近づくな。触れるな。話しかけるな。見るな」


「待った! ちょっとさっきと話が違いますよねっ! 協力するとか言ったくせにこれじゃあ完全に性犯罪者の扱いじゃないですか!」


「統南君……さすがに私たちも犯罪の手伝いをする事は」


「犯罪ってなんですか! 俺家出少女を家に泊めてるとしか言ってませんよね! いやまあ犯罪の臭いはぷんぷんするけど! 違いますから!」


「でもその女の子に、追い出されたくなかったら言う事を聞くんだ、とか言っていかがわしい事するんでしょう。私テレビで見たわ!」


「しないよ! しませんから! ちょっと美春さん!?」

 

統南は美春に近寄ろうとすると、義孝が美春の前に出る。


「統南、お前俺の嫁に手は出させんぞ!」


「義隆さん……っ」


「美春」


 互いを見つめ合う一組の夫婦を見て統南は、


「…………勝手にやってろよバカ夫婦」

 と拗ねてしまうのだった。





それから十分後。

「まあ冗談はここまでにして」


「いえさっきまであんたら確実に俺の事変態扱いしてたでしょ」

 

統南は家出少女である七日との関係性を否定し、七日と出会った経緯を話してなんとか誤解は解いた。しかし正直に全部話した訳じゃなく七日が自殺しようとした事は伏せておいた。そんな事を勝手に話されたら七日が傷つくと思ったから。


統南が話した事はただ七日が寂しそうにしていた事。一人では押しつぶされてしまいそうだった事。だから一緒に居てあげたいと思った。たったそれだけである。


だけどその僅かな情報だけで義隆たちは今、真剣に七日の事を考えてくれている。本当に二人はいい人たちだと思う。


「要はその七日って女の子がなんで家出したのか、詳しい事は統南も知らないって事だな」


「ええ、そうですね。たぶん家族の事なんだと思いますけど、なんだか聞くのも悪いかなと思いますし。それで傷口を抉っちゃうかもしれないし」


 統南がそう言うと、美春は真っ直ぐと統南を見て言う。


「でもどうする気なの?」


「どうする気って?」


 統南が分からないという顔をするので美春は説明する口調で話す。


「その七日ちゃんって女の子は中学生なんでしょ? という事は親御さん、最低でも中学生なら保護者は一緒に居るはずでしょ?」


「まあそうですね」


「だったら警察に捜索願を出してるかもしれないわよ。そしたら理由はどうあれ統南君犯罪者になっちゃうかもしれないじゃない」


「その事なら一応もう考えましたからなんとか大丈夫です」


 統南はそう言うが、美春は追及するように言う。


「それだけじゃない。七日ちゃんは学校だってあるでしょ。もし七日ちゃんの問題が解決したとして、また学校に通う事になった時、長期間も休んでたら確実に授業についていけなくなる。これは統南君だけじゃなく七日ちゃんにも降りかかる問題よ」


「それは……」

 

口ごもる統南にさらに美春は厳しい口調で言葉をかける。


「それに中学生の女の子って言うのは心も体も色々と複雑だし、正直異性の統南君じゃ分からない事もあると思うの。それを踏まえて統南君は七日ちゃんと一緒に暮らしてるの?」


「…………」


 統南は何も言えずに、俯く。


「生半可な気持ちなら今すぐにでも七日ちゃんは警察にでも連絡して保護してもらった方がお互いのためよ。もしくは追い出すとかね」


「おい、美春。お前いくらなんでも言いすぎだろ」


 義隆は口を挟もうとするが美春は強い口調で言い返す。


「義隆さんは黙っててください。これは簡単な問題じゃないんです。中途半端な優しさで七日ちゃんを構っても、誰のためにもならない。七日ちゃんがもっと傷つくだけなんです」


 その通りだろう。美春の言う通りだ。確かに統南が半端な気持ちで七日と接していたら傷つくのは七日だ。そして統南が七日を何日も家に置いているのは偽善だ。ここで見捨てたら自分の気分が悪くなるから。自分の気分を害さないために統南は七日の世話を焼いている。


そう偽善なのだ。でも、そんな偽善の中にも一つだけ本物の想いがある。……七日には笑って欲しい。今日の七日を見て統南はそう思ってしまった。


「……懐いてるんですよね」


 無意識の内に口は勝手に動いていた。


「え?」


 美春は分からないというような顔をするので統南は顔を上げ、説明する。


「ネコポチなんですけどね、アイツあんまり人には懐かないんですよ」


 自分の飼い猫であるネコポチについて、統南は楽しそうに語る。


「でもですね、七日には不思議と懐くんですよ。眺めて分かったんですけど、七日ってネコポチと接してる時本当に嬉しそうに笑ってるんですよ。それを見て俺、七日ってきっと凄く優しい子なんだろうなと思ったんです。まあ勝手な推測なんですけどね」


 今度はハハ、と声に出して統南は笑う。


「だから俺、あの子にはこれからも笑って欲しいんです。別に俺は進んでアイツの力になってあげるつもりはないです。美春さんが言うように中途半端な気持ちなのかもしれない」

 

そう。きっと今七日に見せている優しさはただの偽善だという想い。もしかしたら『昔』の罪滅ぼしも入っているかもしれない。だけど、


「それでも七日が俺の家に居たいなら、これからも置いてやるつもりです。だってそれは本人の意思の事だから。俺はただ黙って言う事を聞くだけです」


「…………分かったわ」


美春はそう言うと、まるで統南がいつもやるようなため息をもらし、困ったように笑う。義隆も近くの椅子に腰を下ろしながら、最初は渋い顔をしていたがすぐに笑う。大きく笑う。そして統南に向かって言う。


「お前ってほんっとバカだな」


 しかし言葉とは裏腹に義隆の声はまるで統南を称えているかのようだった。


「統南君」

 

さっきまで厳しい声で統南に言及していた美春の声はいつもと同じように優しい声色になっていた。


「明日、七日ちゃんをここに連れて来なさい。統南君がその気なら私たちも出来る限り力になる。ううん、力になりたいの。そうよね義隆さん」


 美春は義隆に話を振る。


「ま、そう言うこった。その七日ちゃんとか言う子を連れて来いよ。ウチの店の肉奢ってやるから」


「ありがとうございます」


 統南の言葉を受けて微笑む義孝たちを見て統南は、自分はつくづくいい職場で働けて良かったなぁと幸せだと感じる。


「…………ちなみにその肉を奢るってのはもちろん俺の分まで含まれるんですよね」


「いやいやお前の分はお前で払えよ」


「ケチ……」


 義隆はきっぱりと告げる。統南はそれを聞いていつものようにため息をつく。楽しそうにため息を。こうして『焼き肉屋小波』での時間は過ぎて行く。



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