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第五章 許せないあなたを 3


 ――――片岡統南は田中冬奈との会話を終え、現在一人で電気も消し、薄暗い所で特に面白くもないテレビ番組をボーっと眺めていた。今の時刻は十二時。ちょうど日付が変わっていた。


「……大丈夫だよな」


 さっき自分は冬奈に大丈夫だと言い切ったが、果たしてあの言葉は正しかったのか? もしかしたらまた七日も冬奈も傷つく結果になってしまうかもしれない。


「七日か……」


 冬奈は七日と仲直りしたがっている。七日も同じだ。つまり後は七日が冬奈を受け入れるかどうかという事になる。七日は冬奈を許せないと言った。


 その気持ちは分からないでもない。ただ――――


「ん?」


 突然誰かの気配がする。そこで思考も止まる。冬奈がまた話に来たのかと思い、振り向くと違った。


「七日」


 今自分を散々悩ませている種の少女が後ろに居たのだ。


「なんだお前起きたのか?」


「うんまあちょっと喉が渇いて。統南は一人で何してたの?」


 七日は統南の傍まで近づきながら、統南の横に立つ。


「何してたのって見りゃあ分かるだろ。テレビ鑑賞さ」


 なんでもない様に統南は言う。


「通販番組を?」


「ふっ、まあお得な商品があったら大人買いしようと思ってね」


 統南は歯を見せて大人の余裕の笑みを見せる。そんな統南に七日から一言言われる。


「貧乏なのに」


 統南は固まる。


「…………うるさいよ七日」


「ごめん。事実を言って」


「分かったもう黙れ。つーかシャワー浴びて来いよ」


 そう言うと、七日は身構えだす。


「な、何を狙ってるの統南の変態!」


「何も狙ってねえよ。いいから早くシャーワー浴びてきなさい。それとも風呂屋行くか?」


 だが七日は統南を疑うような素振りで、

「そんな事言って、あたしと混浴しようとしてるんでしょ!」


「してねぇよ! まず『秘伝の湯』にそんな夢システムがあったら昼夜問わず、毎日通うわ! ていうかお前起きたばかりのくせにテンション高いな」


「ふふん、まあ寝起きがいいのが自慢だからね」


「確かにそれ以外褒める所がないクソガ……」


「警察に性的暴行されましたって言うよ」


 言いかけた所で七日から脅迫の言葉が飛んでくる。


「……クソガキではなく、とてもいい子」


「ふんふん。で、あたしは世界一可愛いと」


「いや別にそんな……」


「警察」


「…………いやーやっぱ可愛いわ七日さん。ヤバいわ。この可愛さはもう女神級だね」


「よろしい」


 統南は思わずため息をつきたくなる。こっちはこの少女のために一生懸命になってるというのにこのデカい少女は少々性悪な所がある。


「全くこれだから子供は嫌になるよ」


「ん? なんか言った統南?」


 高圧的な口調で七日は統南に訊ねるが、統南は流して取り合わないようにする。


「なんも言ってませんよ。それより早くシャワー浴びて来いよ。んで終わったら寝る前にお兄さんと少しお話しよう」


 その言葉で七日はハッとする。


「まさかっ! 売春グループに売るつもりじゃ!?」


 七日はまたバカみたいな事を言う。


「……売らないよ。そんな知り合いも知らねえし、お前にそんな酷い事をするなんて死んでも嫌だよ。俺の中じゃ七日はなんていうかこう妹というか家族みたいなていうか……とにかく大切な子なんだからさ」


 統南はなぜだか知らないが、七日のバカみたいな言葉に真剣に答えてしまう。


「そ、そんなにマジで言わなくても……。は、恥ずかしいでしょバカ!」


「バカまで言わなくてもいいだろ別に」


「……うー」


 七日は恥ずかしくなったのか顔を俯かせ、ゴニョゴニョと小さな声で何か言っている。


「なんだよ?」


「あーだからその、……ありがとう。そんな風に思ってくれて。……凄く嬉しい」


 七日は顔を赤くさせて感謝の言葉を言う。七日のそんな姿を見るだけで統南は微笑ましくなる。そうだ。七日は口が悪くて、人の弱みを平気で突いてくる嫌なクソガキなのだが、なんだかんだでとてもいい子だという事が分かる。


 だからこそこの少女のために何かをしたいと思うのだろう。


「どういたしまして」


 統南はありったけの想いでそう言う。


「そ、そんな事言わなくていい! 余計に恥ずかしくなるじゃん」


「ははっ照れるな照れるな。ウブな奴め」


 からかうように言うと七日から軽く頭を乗るな。


「調子に乗るなバカ統南。で、話って何よ?」


 七日が聞いてくる言葉に統南は若干顔を曇らしてしまう。今から七日に話す事は七日の顔を曇らす事になるかもしれないからだ。


「うーんまあシャワー浴びて来たら教えてやる」


 統南は七日に誤魔化すように喋りかける。今傍に居る少女にこの事を話すには統南自身心の整理がしたかった。


「姉さんの事?」


 しかし七日に誤魔化しは聞かなかったみたいだ。


「…………ああ」


「やっぱりね。なんとなくそんな感じがした」


「そうか」


 そこで場は一旦沈黙に包まれるが、その沈黙は七日自身が破る。


「じゃあシャワー浴びてくるよ。あたしが浴び終わるまで寝ないでよね統南」


「……おう


 統南はしっかりと頷く。


「よし分かった。んじゃ着替え取ってくる」


 そう言って七日はシャワーを浴びるために一旦二階に上がって行き、着替えを取って行くとすぐに風呂場まで向かう。






 七日が居なくなって統南はもう一度今日の光景を思い出す。色々とあったと思うが、どうも統南には七日と冬奈が一緒に楽しそうに笑い合っている所が鮮明に記憶に残っているのだ。統南は思う。すでに七日と冬奈はもう充分に許し合っているんじゃないかと。


 だってそうじゃなければあんなにバカみたいに笑い合う事など無理に決まっている。


「…………」


 テレビを消し、辺りは無音に包まれる。そのまま眠ったかのように目を瞑り、昔の事を思い出す。


 ちょっと思い出しただけでも吐き気がしそうになる。そして統南も七日と同じ様に許せないでいる。統南は自分自身が許せなくて仕方がない。


「統南」


 どうやら七日もシャワーを浴び終わったらしい。七日は統南が座っていたソファーに座ってくる。七日は隣に座ると、シャンプの匂いが僅かながら漂ってくる。


「ほい」


 統南は七日がシャワーを浴びている間に冷蔵庫にあった缶コーヒを渡す。七日には一応微糖を渡しているが、統南自身はブラックだ。本当は微糖が良かったが、冷蔵庫にはなぜか微糖が一つしかなく、間違って買ってしまったブラックしかなかったのだ。


 一口飲んでみる。


「苦い」

 顔を顰めてしまう。自分で買っておいてなんだが、こんな砂糖も入ってない苦い汁を好んで飲む人間が居るのに驚かされる。


 統南が顔を顰めてるのを見てか七日はクスクスと笑う。


「笑うなよ」


「笑ってないわよ。バカにしてるのよ」


「全く年下の分際で生意気な」


「統南の精神年齢が低いからそうなるの」


「はっ。誰が精神年齢が低いって。俺はもう心も体も立派な大人です」


 統南は胸を張って言うが、やがてふざけていた空気はしんみりとする。


「あのさ、冬奈ちゃんの事だけどさ」


「うん」


「お前はあの子と仲直りしたいんだよな」


「そうだよ」


 七日はそこを頷くのには迷った様子などなかった。


「じゃあさ、仲直りしないのか?」


 その問いで七日の顔は迷いのない表情から迷ったような表情に切り変わる。


「……したいよ。今日の昼も言ったじゃん。仲直りしたくて堪らないって」


「ああ、言ったな」


「でもさこれも昼に言ったけど、許したくても許せないんだよ」


「それも言ってたな」


 統南は淡々と七日の話を聞いていた。


「だからあたしはどうすればいいのか分からない。何が正解なのか分からない。統南にはあたしがどうすればいいか分かるの? ねえ」


 自分に訊ねる七日の顔は真剣だった。真剣に自分の目を見て、捕らえている。その瞳は揺らぎなどしていない。純粋に統南を一人の人間として信頼してくれている眼差しだった。


「…………」


 統南自身そんな七日の期待に答えられる人間ではないと思う。


 未だに過去の事に捕らわれて、自分の事が許せなくて、何より自分に失望している人間なのだから。だけどそんなダメで弱い人間だからこそ答えられる事があると思う


「俺はさ、こう見えて家を飛び出して、ウロチョロとするまではさ、意外と優等生というかうん自分で言うのもなんだけどいい子だったと思う」


 統南は自分の昔の事について語り出す。


「勉強も結構出来て、地元じゃ有名な進学校に行って、家族とも毎日一緒に飯食って学校であった出来事を話してさ。んで彼女も居てそりゃあ人生バラ色みたいなもんだったよ」


 当時の事を思い出して、統南は懐かしむような声を出す。


「…………そっか」


 七日も自分の面白くもない話に耳を傾けてくれている。


「でもさ、俺が楽しんでいる中俺は自分の近くで苦しんでる奴の事を気付く事が出来なかった。自分だけ楽しい事話して、そいつの話なんか聞こうともしなかったし、そいつの事を見ようともしなかった」


 統南は声が震えていないか確認する。


 大丈夫。そう心の中で繰り返していないと冷静に話せない。


「気付けばそいつは突然俺の前から居なくなった。もう永遠に会えなくなった」


 そこで七日の顔が凍りつき、統南を心配するような顔つきになる。統南はそんな七日の心づかいが嬉しくて、安心させるために七日の頭を撫でる。


「まあそういう事があって俺は自分の事が許せなくなって、塞ぎこんで、人を傷つけて、高校も退学になって、親とも喧嘩して家を飛び出した。その結果がこれだよ」


 統南は笑みを浮かべながら言う。


「なんだかんだでこの結果は結構悪くない。正義さんっていう恩人に出会えて、義隆さんたちみたいな底抜けにお人好しの人たちにも出会えた。そしてさ――」


 統南は七日の顔を見て、自信満々に誇らしげに言ってみせる。


「――お前みたいな生意気なガキにも出会えた。俺は案外幸せな人間だ」


 まあ将来の生活についてはお先真っ暗で怖いけどなと言って、統南は声を出して笑う。


 しかし統南が頭を撫でても、幸せな事実を告げても、笑って見せても七日の心配そうな顔は消えない。


「……統南は本当に大丈夫なの?」


「何が?」


 統南は静かに七日に聞き返す。


「だって自分が許せないんでしょ。なのに本当に幸せなの?」


「…………」


 七日の言う通り統南は自分が許せない。統南は大切な人の苦しみを理解してあげられなかったし、苦しみに気付く事もましてや話すら聞く事はしなかった。ただ自分が話したい時だけ話して、それが済めば突き放すような態度を取っていた。自分がどれだけ愚かだったかと失ってから気付かされる。だからこそ統南はそんな自分を許す事が出来ない。


 でも例え自分が許せなくても、許そうとさえしていなくてもこれだけは言える。断言出来る。


「ああ、俺は幸せだよ。それも結構なくらいに幸せだ」


 この想いだけは誰に何を言われようが変える事など出来ない事実だ。


「そうなんだ……。良かったよ統南が幸せで」


 七日は安心した様に笑う。こんな風に自分のために笑ってくれる女の子を統南はとてもありがたい存在だと思う。だからこの女の子の心の重荷を少しでも外してやりたい。


「なあ、七日」


 統南は七日に問いかける。


「お前はさ、冬奈ちゃんを許せないってのは分かった。でも許せなかったら本当に仲直り出来ないのか?」


「……そんなのあたり前じゃん」


「そうか? 俺はそう思わない」


 統南は自分の考えを述べる。


「だってさ俺だって未だに自分を許せない。それでもまだこうして生きて、幸せだと感じる事が出来る。自分が許せない人間でもだ」


「…………」


「だからさお前も例え姉ちゃんの事が許せなくても、家族の事が許せなくてもいいじゃんか。ずっと許さなくていいよ。ただそれでも幸せになる事は出来るさ」


「分かんないよ統南の言ってる事……」


 七日は不安げに顔を下げて言う。


「俺だって自分が何を言ってるか分からないさ。自分でも意味不明な事を言ってるのは自覚してる。してるんだけどさ、お前の望みっていうかやりたい事は家族と仲直りしたいんだろ」


「……」


 七日は黙って頷く。


「じゃあ答えは一つだ。仲直りしろ。冬奈ちゃんと家族と仲直りすればいいんだ。その行為に許す事なんか必要ない。ずっと怒って引っ付いてればいいんだ。顔をさ膨らませてさ、ずっと一緒に居ればいい。そしたらきっとまた前みたいにみんなで笑える事が出来るよ」


 正直自分の言っている事が統南自身理解出来ていない。意味不明だ。それもそうだ。言いたい事を思ったままに言っただけの言葉なんだからめちゃくちゃなのも当然である。


「…………統南」


 七日は小さく呟き、そして、

「バーカ」

 バカにした様な顔で笑う。


「マジで意味不明。統南言ってる事理解出来てる? 許せないのに仲良くしてたらもうそれ許した事になってんじゃん。少しは考えて言って欲しいもんだね」


 不満気な声で七日は言う。


「ごめん」


 統南も謝る。やはり自分は不甲斐ないんだなと思う。


「でもさ統南」


 七日は不満気な声ながらその顔はすっきりとしていた表情になっていた。


「なんか統南のバカみたいな話を聞いていたら、……うん姉さんたちの事はまだやっぱり許せないけどさ、そんな事どうでもよくなっちゃった。……統南は凄いよ」


 その言葉だけで統南は嬉しくなる。


「どういたしまして」


 統南はさっきと同じ様に言ってみる。すると七日は面白そうに言う。


「統南がバカで良かったよ」


「誰がバカだ。知らないのか? バカって言った方がバカなんだよ」


「はいはいー」


 軽口を叩きあいながら統南と七日は笑い合う。


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