表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第四章・デヴィル プリンセス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/76

4-20 悪魔公女 ③(済)

 



『さぁギアス……ここなら邪魔は入らないよ。望みを言うといい。今なら特別にその魂だけで、彼女が幸せ(・・)になった時代に送ってやろう』

 

 亜空間の奥深く……。様々な次元と接触するための【扉】を創る【研究室】にて、悪魔ヒライネスはギアスの耳元に囁きかける。

 異界に渡れるほどの強い魂は滅多にお目に掛かれるものではなく、百年以上その魂を熟成させてきたが、そろそろ収穫の時期だ。

 最後の仕上げにじっくりと……悪魔は魂を痛めつけるようにギアスの心を折る。  

 

『彼女を奪え。お前の力なら簡単だ。他の男のモノになっていても、すでに子を作っていたとしても、全て殺して奪えばいい』

「……そんな、……彼女の」

『いいのかな……? お前以外が彼女を幸せに出来るのか? お前以外が幸せにしても良いのか? お前の居るべき場所を奪われたままで良いのか?』

「………あぁ…」

 残酷なまでの“悪魔の囁き”が心を浸食し、ギアスは顔を手で覆い涙を流す。

 その様子に、悪魔達(・・・)の顔に愉悦の表情が浮かぶ。

『何を悩むことがある? お前は好きにすれば良いのだ。奪われた場所を取り戻せ』

「そんなこと……できないっ」

『ならば、今の状況を見せてやろう。これが現実だ』

 亜空間の闇に、以前ギアスが見せられた異世界の光景が映し出される。

『見ろ。……今ちょうど、知らない男が指輪を取り出したぞ。お前の妻だった女の顔を良く見てみろ』

「もう吹っ切れて、未来に生きる顔になってるわ」

『そうだ。お前はもう過去の存在になっている。お前はそれでいいのか……? お前のことを本当に待っていたと信じられるのか?』

「女心と秋の空……あなたなら知っているでしょ?」

『そうだ。女の心なんて……』

「………」

「………」

『……はぁっ!?』

 

 いつの間にか隣で、一緒にギアスの心を苛んでいた金髪の少女に、ヒライネスは慌てて飛び下がり距離を取る。

 

『お、お前っ、どうやってここまで来たっ!?』

「あら、お邪魔しておりますわ、ひら…ひ、……ヒヤシンスさん」

『誰だそれはっ!』

 亜空間を震わせるようなヒライネスの怒声に、好みでない人物の名を覚えるのが苦手なユールシアは少しだけ困った顔で眉尻を下げ、真っ黒な扇子で口元を隠す。

「お猿さんでしたわね。ところで息が臭いですよ……ここまで漂ってきますわ。胃が悪いのではありませんの?」

『……………貴様っ』

 

 もしストレスで胃が悪くなったとしたら、確実にお前のせいだと言いたいヒライネスだったが、それを言えばこの奇妙な悪魔のペースに嵌りそうな予感がする。

 その直感が正しいと示すように、その【存在】に気付いた瞬間から奇妙な空気が生まれ、ヒライネスは目眩を起こしたような気分になった。

 そもそも、ここまでどうやって来たのか? 

 ヒライネス以外、あの門を通り抜けられるのは“罪を犯した者”か“悪意を持つ”人間だけで、他の悪魔や精霊が通り抜けようとすれば、かなりの時間と魔力を消費することになるだろう。

 それは次元を渡る悪魔である【魔神(デヴィル)】でさえ例外ではない。

 ならば……目の前にいるこの【悪魔】は何者なのだ……?

 

『……こんな処まで独りで来るとは……。お若い【魔神(デヴィル)】よ、自分の力を過信しすぎではないのか?』

 とりあえず詮索は後で良い。

 先ほどヒライネスが撤退したのは、【魔獣(ビースト)】リンネの存在があったからだ。

 魔界で高位悪魔同士の争いが滅多に起きないのは、例え相手を滅ぼしても、自分の力が減退していればその隙を突かれ、他の悪魔に滅ぼされると分かっていたからだ。

 その唯一の例外が、自分が滅びることさえ恐れず牙を剥く【暗い獣】で、ヒライネスもアレとだけは戦おうと思わなかった。

 その【魔獣(ビースト)】でも、ここに辿り着くまで数ヶ月は掛かるはず。

 

「私一人ならどうとでもなる……と?」

『そう言っているのだよ、ユールシア』

 じわり……と、二柱の高位悪魔から漏れる【気配】に、ギアスの魂が萎縮して身体が痙攣を始めた。

「おっと……お待ちなさい。あなたに良いことを教えてあげましょう」

『……今更臆したか』

「まぁまぁ、人間の魂に“仕上げ”をしたいなら、こんな方法もありますのよ」

『………』

 悪魔達は気配を収め、ユールシアはふわりとした笑顔でギアスに言葉をかける。

 

「ギアスさん? 長い時間、頑張ってきたんですね。……50年以上も」

「………え?」

 50年。その言葉に違和感を感じてギアスは顔を上げた。

 ギアスは今まで100年以上魂を集めていた。それをこの少女は何を言っているのだろうか。

「あの光景……少し知っていますわ。夢かと思ってたんですけど……。あの光景は私が知っている時代より最低でも4~50年は過去の物です」

「え…な、……なにを」

「不思議に思って少しあなたを“視させて”いただきました。ひょっとして、時の流れを誤魔化されていたのではありませんか?」

「……なっ」

 

 ギアスが三歳の頃に見せられた光景は、“現実”の時間の出来事だった。

 ヒライネスはそれを“未来”の話としてギアスを騙し、ギアスが限界になる時に、彼女が他の男と幸せの絶頂になるように、ギアス個人の時間を歪めて調整していた。

 

「思っていたよりもあなたが頑張ったおかげで、50年も掛かりましたけど」

 ユールシアがちらりと視線を向けると、ヒライネスは忌々しげに顔を歪める。

 ヒライネスの計画ではおよそ30年。ギアスの時間で60年以上過ぎて、“老人”となった彼に、夫や子に囲まれる“妻”を見せて心を折るつもりだったのだろう。

 それをギアスが50年……体感時間で100年も踏ん張った。

 

「悪魔と言っても、未来を予見したり、世界の時間を操るなんて出来ませんよ? あなたが最初に見せられたのは現実の出来事……。それから何年経ちました?」

 

「…………ぁ…ああ、ああああああああああああああああああああああああっ」

 ギアスは現実を……“真実”を知って泣きながら崩れ落ちた。

 22歳から50年以上経てば生きているかも分からない。

 ギアスの魂が絶望に彩り染まる……。

 騙された者の心を折るのに、“真実”を告げる以上の言葉はない。

 

 そして……そんなギアスにユールシアは、小さな()を手渡しながら微笑みかける。

「ギアスさん、望みを言いなさい。私と【契約】をしましょう」

 

『貴様っ! 何を言うかっ!』

 獲物を横からかっ攫うようなユールシアの言葉に、ヒライネスは激高して詰め寄ろうとした。……だが。

『な、なんだ、これは……っ!?』

 二人に近づいた瞬間、ヒライネスは時間がずれたように、彼らの姿がダブって見えることに気付いた。

『ユールシアぁあああああああああああああああああああああっ!!!』

 

 人間の心を理解し、甘言を弄することで【魔神(デヴィル)】は魂を集める。

 ただ殺して集めた魂と、【契約】によって得られた魂とでは格段の差があった。

 その為にユールシアは罠を仕掛けた。

 会話の中に【神霊語】を含ませ、

『時の流れを誤魔化す』

『悪魔は未来を予見したり世界の時間を操ることは出来ない』

 と、その言葉を【神霊魔法】としてヒライネスの“視える”時間を数十秒遅らせた。

 そして、そのわずかな間に全ては終わろうとしていた。

 

「……殺して……くれ」

「はい。ご契約ありがとうございましたーっ」

 ボン…ッ。

『ああああああああああっ』

 ヒライネスの目の前で、ユールシアはギアスの身体を一瞬で砕き、消滅させた。

「ふふ…」

 ユールシアの手にあるのは、真っ黒な絶望に染まったギアスの魂。

 ヒライネスの目には、その魂の罪と絶望が【契約】の鎖と化して、ユールシアに縛られているのが見て取れた。

 

『……やってくれたな。ユールシア……っ!』

「ギアスさんの望みを叶えられなかった時点で、あなたとの契約は消滅していたのよ。まぁ……自分でもここまで出来るとは思わなかったわ。結構必死だったんだから」

 

 よほど無茶をしたのか、ユールシアは軽く息を吐いて汗を拭うような仕草をする。

 生まれたばかりの【魔神(デヴィル)】が、数千年生きた【悪魔公(デモンロード)】を騙そうとしたのだから当たり前だが、そもそもどうしてこんな事が出来たのか。

 悪魔は世界の時間を操れないと言っておきながら、局地的とは言え時間を誤魔化した存在とは何なのか。

「なんか魔神(デヴィル)と呼ばれるようになってから、力の使い方とか、妙な知識が流れ込んでる気がするのよねぇ……。これって常識?」

『…………』

 確かにそう呼ばれるようになれば、悪魔としての【格】が上がり、新たな【力】を得ることは出来る。

 だが目の前の【魔神(デヴィル)】はあまりにも非常識だった。

 それはともかく。

『……その魂を私が得るには、お前を滅ぼすしかないな』

「……それはどうかしら?」

 ユールシアは軽くそう言って、あれほど苦労して手に入れたギアスの魂を、あまりにも簡単にどこかへ放り投げた。

『なっ、おいっ!』

 ギアスの魂は実験中の【時空間】の扉へと落ちて、悪魔達の手の届かないところへ消えてしまう。

『何のつもりだっ!』

 ヒライネスの怒りが亜空間を震わせても、ユールシアのふわりとした笑みは変わらない。

 ヒライネスは、この【悪魔】が何がしたいのか分からなかった。

 このあまりにも“異質”な【悪魔】は……。

 

『お前のような【魔神(デヴィル)】がいるものか……。だが【魔獣(ビースト)】ではない。【悪魔公(デモンロード)】でもあり得ない。……お前は一体“何者”だ……っ!?』

 

 二柱の高位悪魔から【敵意】と【害意】が溢れ、亜空間に亀裂が走り、次元が悲鳴を上げる。

 ヒライネスの問いかけに、少しだけ首を傾げたユールシアが小さく微笑む。

 

「私は悪魔。魔神(デヴィル)にして、人の世界に生きる公女()……。あなた達古い悪魔は、私のことを何と呼ぶのかしら」

 

 その言葉にヒライネスは息を飲む。古い古い、始まりの時、【悪魔公(デモンロード)】【魔獣(ビースト)】そして【魔神(デヴィル)】と、彼らを呼ぶ【称号】は誰かが適当に決めたモノではない。

 その存在が、あるべくしてそう成った時、古い悪魔達はその存在の意味を、心に浮かび上がる【言葉】として理解した。

 目前の金色の悪魔を目にして、ヒライネスは数千数万年ぶりに現れた新しい悪魔の、心に浮かぶその存在の名を口にした。

 

「……【 悪魔公女(デヴィルプリンセス) 】……」

 

 それを受け、金色の悪魔の可憐な笑みが、凄惨な【悪魔】の笑みへと変わる。

 二柱の高位悪魔はそれから言葉を交わすことなく戦いを始め、亜空間を破壊するような衝撃は、数ヶ月間止むことはなかった。



 

次回ラスト、ほのぼの回予定。


まだ救いは…あるはず!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ギアスはどうなったんだろう………。 平井さんは長い間熟成させたワインをドバドバ地ベタに流された様な気分だろうなあ。
[一言] ようやく書籍二巻を購入できて、先程読了しましたので読み返しに来ましたが、やはり何度読んでも最っっっっっっっ高ですね!!!!! 前々から思っていたんですけど、もしも『ユールシア』が死産でなけれ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ