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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第四章・デヴィル プリンセス

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4-18 悪魔公女 ①(済)

 



 天使の羽根を残したまま、私はゆっくりと戦場を歩く。

 人間はほとんど生き残っているみたいだけど、魔族達は半分くらいしか救えなかったようね。

 全員が惚けたように私を見つめている。精神の許容量を超えて、魔族でさえ毒気を抜かれたような子供のような顔になっていた。

「…………」

 その中でリックは怒ったような嬉しいような微妙な顔をさらに歪めている。……そんな顔をしていると、お祖父様と良く似ているね。

 

「……ルシアっ!」

 そよ風の音さえ聞こえるような静寂の中で、ノエルが声を上げた。

 私に駆け寄ろうとして動きを見せると、惚けていた魔族の数人がそれに反応して武器を構える。

 

 ……スッ。

 その時、黒い何かが私の肩に真上から落ちてきた。

『……………』

 無言の圧力……。【黒猫】モードのリンネが放つ軽い【威圧】に、戦場が再び凍り付いた。……って、なにやってんのよ。

 あなたが【悪魔】だってバレたら、私まで関係者だって疑われちゃうじゃない。

 実際に少しずつ動揺が広がり、人間や魔族が騒ぎ始めた。

 

『…あ、あれって魔獣様だろ?』

『ひょっとして、あの小娘が手なずけたのか!?』

『聖女様、すげーっ!』

『え、なに? 魔獣様を使い魔にしちゃったの……?」

『ユールシア姫様、なんで羽根はやしてんの!?』

『……え~…あの女、化け物かよ』

『さ・す・が、姫様っ!(笑)』

『ユールシア様……踏んで欲しい』

『て、天使様……?』

『魔獣を使い魔とか、ありえねー……』

『……あれが助けてくれたのか?』

『あの女の子、マジで怖いんだけど……』

『ユル様に羽根っ(笑)』

『綺麗な顔しているのに……』

『聖女様、こえーっ』

 

「………」

 何か酷いこと言われている気がするわ。

 とりあえず、ブリちゃんとサラちゃんは後でお仕置き。

 

 

「……お前は……何者だっ!?」

 

 魔法かな? 空に浮かんでいるお爺さんが、血管が切れそうな声でそう叫んだ。

『……(魔族の魔術師だな)』

「(だったら、この状況もあの人のせいかな?)」

 私とリンネは互いにしか聞こえない程度の声で会話する。

 この場所は異様だった。これだけの人が亡くなったのに、魂が拡散した様子がない。

 この戦場で“誰か”が“魂”を回収した……。何て酷いことを。

 犯人はうちの子達じゃなかったのね。

 

「あなたが、これ(・・)をしたの?」

「………」

 お爺さんは私を睨み付けたまま言葉を返さない。私が何処まで気がついているのか、計りかねているのでしょう。

「この戦争はもう終わりよ。魔王さんは私の“説得”で理解してくれましたから」

「……なにっ」

 お爺さんだけでなく、魔族や人間達からもどよめきが起きる。

 普通なら信じられないでしょうけど、今の“非常識”全開の私なら、大抵のことは受け入れてしまうはず。……意図してないのに。

 さて、この人はどうするのかなぁ?

 私も翼を使って彼と同じ高さまで昇り、お爺さんだけに向けて静かに【気配】を解放した。

「……っ!?」

 私を睨んでいたお爺さんの目が見開き、恐怖に満ちた顔で脂汗を流し出す。恐怖…苦痛…絶望……それらが大きくなり彼の“魂”を彩っていく。

 

 ああ……なんて……美味しそう。

 

「……ぁあ…あああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 私が思わず浮かべた笑顔を見て、お爺さんが狂ったように叫びを上げた。

「悪魔よっ! 悪魔ヒライネスよっ! 【契約】により、亜空の門を開けっ!」

 

 ……へ? どこかの悪魔と契約してたの? だから魂を集めていたのか。

『ユールシア、気をつけろ。……高位悪魔の気配を感じる』

「……みたいね」

 空の色が不自然に変わり、人間と魔族達が騒ぎ始めた。

「あ、そこ、離れないと死ぬわよ」

 地面に違和感を感じた私が声を掛けると、魔族や人間が蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。

 ……ひょっとして、私に殺されると思った訳じゃないよね?

 

『地の底が開く……』

 リンネの言葉が私の耳元で流れ、それを待っていたかのように大地に“黒い渦巻き”が生まれ、逃げ遅れた人達を飲み込み始めた。

「『光在れ』!」

 咄嗟に神聖魔法の【聖域】を展開し、渦巻きの吸引力を封じた。

 でもその私が見せた一瞬の隙を突いて、お爺さんは渦巻きの中に飛び込んでしまう。

 ……逃げられた。

 あ、いや、その前にこれをどうにかしないと拙いかな? 【聖域】で吸引は止まっているけど、黒い渦巻きは少しずつだけど広がっていた。

 これはやばいかな? 世界を飲み込むとかそんな凄いモノじゃないけど、

『早めに閉じないと、ここら辺の生き物は全滅するかもなぁ』

「リンネ……どうにか出来ない?」

『俺は“壊す”専門だ。そういうことは【魔神(デヴィル)】であるお前のほうが得意だろ』

「そうなんだけど……」

 魔神(デヴィル)の力は使えるけど、言われるほど細かいことが得意な訳じゃないんですよ。

 繊細じゃなくて大雑把。……他人に言われたら怒る。

「問題ありません」

「ぅわっ」

 唐突な声に振り返ると、そこにはノアを含めた四人の従者(あくま)達が揃っていた。

 下ではみんな必死な顔で対処しようとしているけど、何か空気が締まらない。まったく、誰のせいなんだか。

「で、どうするの?」

「お任せ下さい。開け……【失楽園(ロストエデン)】」

「……は?」

 突如として“黒い空間”が広がり、一瞬にして“黒い渦”を包むと、それを飲み込むように黒の空間は消えた。……なにあれ? 初めて見たよ。

「失敗しました」

「早いなっ」

 良く見ると渦巻きの一部がまだ残り、【聖域】と拮抗してパチパチと火花をあげている。ノアは仕事は早いけど、私のこと以外は基本どうでもいいので諦めるのも早い。

「現状維持……?」

「……なら良いのですが、保って数時間かと」

 以前私があげた魔法陣式の金の懐中時計を開いて、淡々と事実だけを述べる。

「中でぶち壊すのが早いんじゃないですかー?」

 ニアがそう言って、ティナやファニーが悪魔の笑みを浮かべた。まぁ……結局はそうするしかないのか。

 

 渦巻きの大きさは2メートルほど。地上に降りてその中に足を踏み入れる私達に、二人の少年が駆けつけた。

「ルシア……っ」

「おい、危ないぞ、……っ」

 ノエルとリックが私達の後に続こうとすると、二人は何かに弾かれてしまう。

「……なるほどね」

 おそらくこの先は、見知らぬ悪魔が作った亜空間。

 聖なる【気】を持つ者や、強い“悪意”を持てない者は入れないのでしょう。

「リック、ノエル、ここは“私達”しか入れないみたい。心配しないで。普通に戻ってくるから」

「そんな……ルシアだけが…」

「お前のことだから心配はないと思うが……」

 おい。

「そ、それじゃ、いってくるね」

 出来るだけ明るい声で、心配そうに見つめる人々の視線に見送られて、私達は渦の中に向かう。

 ……そう簡単に、私が美味しそうな魂を逃がすはずないでしょ。

 

 でも私は気付かなかった。

 私達の背中を、強い意志を持った“悪意”ある者が見つめていたことを……。

 

   ***

 

『ここにいる者達の魂をやる。……足りなければ、必要な分だけ俺が集める』

 

 それが彼――ギアスが悪魔とした【契約】の代償だった。

 ギアスと言う名は、自分の現状と誓いを忘れないために自分で名付けた。

 悪魔から知識と秘術を得たギアスは、赤子の身で周囲の大人達に魔法を使い、生まれて初めて人を殺した。

 

 それからギアスは低級な悪魔を召喚し、自分を育てさせることで生きてきた。

 悪魔と契約してから視界の隅に【999】と書いてある数字が浮かんでいたが、それが何か知らないまま3年の月日が流れた。

 異次元の壁をこじ開けるために悪魔が求めた魂は膨大な量だった。

 それでも質の高い魂の存在を知ってからは、順調に良い魂を集める事が出来るようになったが。

「……数字が減っている?」

 今まで変わらなかった数字が、カウンターのように減っていることに気付いた。

「どうなってるんだ……? 答えろ、ヒライネスっ」

 

 名を持つ悪魔、ヒライネスはこう伝える。

『その数字が【0】になった時、お前の妻は“妻”でなくなる』

「……な…に?」

 ヒライネスはギアスの脳に直接【異世界】の映像を見せた。

 そこには自分の妻である幼なじみが、知らない男から指輪を渡され、困ったような顔をしながらも微笑んでいる姿だった。

 妻はギアスが知る頃より少し大人になっていた。あれから、……自分が消えてから数年が経っているのだろう。

『その数字は一日に一つ減る。今の映像は【未来】の映像だ。その数字がなくなった時に、お前の妻はお前を諦め、他の男のモノとなる』

 信じられない内容にギアスは思わず膝を突く。

 カウンターの数字は【627】……悪魔の言葉を信じるのならあと二年もしないうちに、今の映像は“現実”となる。

「……に、二年で……?」

 この三年で集まった魂の量は、二割程度でしかない。これからどれだけ効率よく集めたとしても、二年足らずでは半分にも満たないだろう。

 愕然とするギアスに、悪魔は囁く。

『ならば、魂をその【数字】に込めろ。その魂の対価分、数字は増えるだろう』

 

 カウンターの数字を魂で増やし、時間を歪ませる。

 そうして、ギアスの苦難の日々が始まり、百年の時が過ぎ去った。

 

   *

 

『どうした、ギアス。まだ魂は七割程度しか集まっていないようだが』

 

 亜空の門……そう呼ばれている亜空間。その暗い奥底で、玉座に座った一人の男がそう囁いた。

 すらりとした細身の身体。真っ白な美麗な顔立ちに真っ赤な唇。赤さび色の長い髪に指を絡ませ、金色の蛇の瞳がギアスを愉しそうに映していた。

「ヒライネス……。もう限界だ。これ以上は時間が足りない……」

 ギアスは涙を流しながら老人の涸れた身体で、崩れるように膝を突く。

『今ある魂を半分も使えば、後数年は数字も伸びるだろう?』

「もう無理なんだっ。もう俺の身体はあと何年も生きられない……」

『ならば諦めるか? なぁに、人の心はうつろうもの。他の男のモノとなり、子を作り幸せの中にいても、それからお前が奪えばいい。簡単だろ……? ふふふ』

「……そ、そんな」

 

 ヒライネスもギアスはもう限界だと知っていた。

 だからこそ、心を壊し、失意の中でその魂を収穫する時期だと考えた。

『さぁ奪え、殺せ、今までも魂を集めるためにそうしてきただろ? お前なら簡単にできるさ。……ふふははははははははははははははははははははははははははははっ』



 

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― 新着の感想 ―
ふははははははははは、は何時まで続くのかな?
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