4-17 戦場になりました ③(済)
たっぷり残酷なシーンがございます。
ギアスは焦っていた。
魔王軍すべてを使って人間国家を襲い、大量の“魂”を集めるはずが、それは何者かに邪魔をされ、今では魔王軍そのものが半壊状態に陥っている。
それ以前にギアスは、魔王ヘブラードが呼び出した悪魔を、わざと契約させずに解放させ、人間を魔族もろとも殺すつもりでいた。
その為にギアスは数十年の時を掛けて、魔王領やその近くの人間国家に【魂回収】の秘術を施し、その時を狙っていた。
ギアスの計画には、あまりにも膨大な量の“魂”が必要だった。
それを邪魔したあの大吸血鬼や未知の敵は何が目的なのか? それ以前に何が原因でギアスの計画がことごとく潰れてしまったのか。
進軍の途中で遭遇した人間の軍隊は、騎士などを中心にした“価値”の高い魂で、それを効率よく集めるために送った精鋭一万名は、何故か攻めあぐねている。
「……くそ」
ギアスは口の中で呟き、視界の隅に目を向ける。
そこには彼にしか見えない数字が、カウンターのように浮かんでいた。
残りの数字は『001』。
ギアスが溜め込んでいた“魂”を100個ほどカウンターに注ぎ込むと、その三桁の数字が『002』に変わった。
百人分の魂を使っても『1』しか増えないカウンター。
手元の魂の数を考えると、これ以上無駄に消費はできない。
「……なんだ?」
戦場の中心で何かが光り、それは徐々に輝きを増しながら、40万近い魔王軍の中央を“何者”かが魔族を蹴散らしながら突き進んでくるのが見えた。
その輝き、……その聖なる波動は。
「……勇者か…ッ!」
魔族の伝説に残る光の使徒。魔族の天敵。あの光が本当に勇者なら拙いことになる。
あの【悪魔】は言った。悪魔にとっての魂の価値は“感情の多寡”で決まる……と。
愛情、憎悪、悲哀、憤怒、恐怖、欲望、後悔、嫉妬、快楽、絶望……様々な感情により魂は悪魔好みに堕ちていくが、勇者の『聖なる光』は、それらを浄化するのだ。
「……限界か」
ギアスは苦々しく呟いて覚悟を決める。
「ギアス様?」
ゆっくりと【飛行】で浮かび上がるギアスに、弟子達が困惑した声を漏らした。
「……すまんな。お前達だけでも急いでこの場から離れろ」
「どうしたのですか!?」
慌てる弟子達にギアスは何も答えず、師が唱え始めた【魔法】に弟子達は引きつった顔で師匠の正気を疑った。
「【龍の咆吼】っ!」
魔王軍で魔王の次に魔力の高い、魔導参謀ギアスが全力で放つ広域殲滅魔法。
伝説の龍の息を模した膨大な熱量が光となって広がり、味方である背後から迫る光の奔流に、魔王軍の兵士達は絶句し、悲鳴を上げることもなく光に包まれた。
吹き荒れる高温の熱風がまだ生き残っていた魔族達を襲う。その後になって悲鳴や苦痛の叫びが沸き上がり、その一撃で半数以上の魔族が殺された。
「………」
ギアスの元に数万もの恐怖と怨嗟に満ちた魂が集まってくる。
だが、まだ足りない。ギアスも再度【龍の咆吼】を使うには魔力が足りず、生き残りに向けて出来る限りの広域魔法を使おうとした時、光の柱が天に伸びた。
「……まだ生きておったか」
*
「こんなことって……」
見渡す限り広がるのは黒く焼け焦げた大地と動かない魔族達。
「……ぅぷ」
吐きそうになるのを無理に堪え、ノエルは荒い息で肩を振るわせながらその場に片膝を突いた。
咄嗟に神霊魔法と水魔法と風魔法を複合させた【複合結界】を張らなければ、ノエルも目の前の魔族達と同じ運命を辿っていたはずだ。
単騎で突入していたが、まだ爆心地から離れていたおかげで、何とか生き残ることが出来た。
ノエルの魔力も、あの一撃を防ぐだけでほぼ尽きかけている。
それでも、それをしたであろう魔族の老魔術師を睨み付けると、その魔術師もノエルを睨み付け、さらに新たに魔法を唱え始めた。
「ノエルっ!」
背後から呼びかける声。
「……殿下、来ちゃダメだ」
聖騎士十数名を引き連れたリュドリックが、ノエルの元に駆けつけてくる。
その方角を振り返りノエルは思わず息を呑む。まだそちらには死にきれなかった大勢の魔族達が苦しみの中でもがいていた。
その中にノエルを心配して必死に付いてきていた傭兵達の姿が見え、ノエルは気力を振り絞り剣を構えると、そこにリュドリックが到着した。
「ノエルっ、これは何だ……」
「敵の魔術師が……味方ごと、……早くみんなを…」
「あの魔術師か…」
すでに詠唱を始めている魔術師から強大な魔力を感じて、リュドリックが奥歯を噛みしめる。
人間で生き残っている者は多かったが、かろうじて生きていると言うだけで、連れて逃げようと動かしただけで死者へと変わるだろう。
今度はノエルも防げるか分からず、リュドリックや聖騎士達でさえ生き残れる保証は何処にもない。
そして魔術師の魔法が完成し……
悪魔のような姿の巨大な【炎の巨人】が現れ、炎の吐息をはき出した。
「……炎の…【大精霊】……?」
天変地異を起こす【大精霊】を契約により呼び出し、魔法陣を使わず一時的にその力を奮わせる召喚魔法。
その存在の名を聖騎士の一人が呟き漏らし、その非常な現実に、その場にいた全員は“死”を覚悟した。
「あら、死ぬのは少し早くない?」
天より舞う黄金の羽毛。
夜空より黒く、月のように輝く黒と銀の優美なドレス。
一対の美しい黄金の翼を広げ、金色の天使が残酷な戦場に舞い降りた。
*
【輝聖翼】の天使の翼を広げながら、舞い降りる私をその場にいる全員が見上げ……炎の【おっちゃん】が強張った顔で吐き出し掛けた炎を飲み込んでいた。
【大精霊】までそんな反応するのか……。
「さぁ、皆さん、死んでる場合じゃないですよ」
地に降りた私は、パンパンと軽く手を叩きながら、死に損ない達の間を歩く。
「…『癒しの光在れ』…」
神霊魔法と神聖魔法を掛け合わせた【魔神魔法】に、黄金の翼から羽毛が舞い散り、戦場にいる“全て”の生きる者を完全に癒した。
「「「「「…………………………………」」」」」
全員が身を起こし唖然とした顔で私を見る。
ふんわりと笑みを向けると【大精霊】は無言のまま精霊界に戻っていった。
あ~あ、二度と出てこないかも。
……さぁて、
私の“獲物”に手を出した“お馬鹿さん”は誰かなぁ……?
残りもう少しです。
※魔法の名称を変更しました。





