4-16 戦場になりました ②(済)
今回は真面目に『勇者』達に焦点を当ててみました。
残酷な表現があります。
「『ヒカリあれ』っ!」
アンティコーワの神聖魔法がアルフィオの剣に【聖剣】を掛ける。
「よしっ、斬岩っ!」
シグレスの森に住む老人から白菜50個と引き替えに取得した【剣技】を使い、アルフィオは二本角の巨人族を斬り捨てた。
「アルっ、こっちも!」
「わかったっ」
魔王軍の部隊長と切り結んでいたチェリアに、10人程の魔族兵が迫っていた。
「雷撃槍っ!」
オレリーヌの雷撃が魔族兵達の体力を削り、痺れさせて足を止め、
「火炎球っ!」
アタリーヌの放った火炎球が動けない魔族兵を焼き払う。
「やぁ!」
その光景に気が削がれた部隊長の心臓を、チェリアのサーベルが深々と貫き、その命を奪った。
「やったな、みんなっ」
「ええ……」
「……うん」
「はい……」
「…………」
爽やかな顔で労うアルフィオに仲間達の反応は薄い。アタリーヌに至っては最近声を掛けても返事をしてくれないこともある。
戦闘中や冒険をしている間は、これまで通りにアルフィオを頼ってくれた。
だがそれが終われば急によそよそしくなり、身体も触らせてくれない。
「…………(何だって言うんだっ!?)」
どこかで運命をねじ曲げられたような気分になった。
どこからおかしくなったのか……。
コルコポで憲兵に追われた時、アンティコーワが愕然として青ざめた顔をしていた。
魔王城でアイテムをあさっていた時から、チェリアの態度がおかしくなった。
魔王城から脱出して、そのまま魔王領からも離脱をすると言った時は、アタリーヌとチェリアが目を見開いていた。
絡んできた奴を痛めつけるのは当たり前じゃないのか?
敵から物を奪うのは当然の権利じゃないのか?
勝てない敵から逃げるのは、冒険者としての基本じゃないのか?
本で読んだ主人公達は、みんなやってきたじゃないか。
「…………」
本来ならもっと強くなってから来るはずだった。魔王領に向かう途中で修行が出来るはずだった。強さがあれば大抵の件は許されたはずだった。
そしてこんな、強さを得ずに魔王の本軍と戦う羽目にはならなかったはずだった。
人間の領土へ戻る途中で、アルフィオ達は戦争に巻き込まれた。
仲間達からの評価を戻すためにアルフィオは、この戦闘に介入しなければいけなかったのだ。
「アルっ!」
アンティコーワの声に我に返り振り返ると、先ほど倒した巨人よりさらに大きな巨人族が十数体迫ってくるのが見えた。
「……に、逃げ」
逃げよう。アルフィオはそう言いたかったが、アタリーヌの無言の圧力に最後まで言えなかった。
アタリーヌはアルフィオに【勇者】としての力を示すことを迫り、それはある意味、まだ期待を残していることを意味するのだが、アルフィオはすでに涙目になっていた。
ここに来ている魔王軍は一万ほど。
対する人間側の戦力は1300人程度しか居なかったので、へたに数で押しつぶすよりも精鋭一万を出して蹂躙しようとしたのだろう。
平和にハーレムを築くことを目標にしていたアルフィオに、死の覚悟はない。
それでも男の意地で剣を構えたその時、右端の巨人が突然吹き飛ばされた。
「………え」
そして現れたのは、銀の鎧の上に紺のサーコートを纏った【戦士】の姿だった。
「ガァアアアアアアアアアッ!」
巨人達が戦士に気付いて、その矛先を向け直す。
5メートルを超える巨人が振るう棍棒を、戦士は左腕の盾で受け流し、右の黄金魔剣で巨人の両膝を断ち斬る。
さらに迫り来る巨人達に戦士は恐れもせずその中に切り込み、騎士のように基本に忠実な動きで、盾で受け流して剣を振るい続け、
「ふんっ!」
最後の巨人を両手に構えた上段の一振りで、その棍棒ごと斬り裂いた。
「……リュドリック様……?」
誰かが漏らした声……。その視線の先にいるリュドリックの後方に、百近い魔物の群れが出現したことに、シグレスの勇者一行は声にならない悲鳴を上げた。
「【μυα】…ッ!」
エルフにより簡略化されたものではない、本物の【精霊語】が戦場に響く。
一人の少年が掲げた黄金剣から光が放たれ、一撃で魔物の大半を弾き飛ばした。
「ノエルか」
リュドリックにそう呼ばれた少年は、まるで少女のような可愛らしい顔で、不敵な笑みを返す。
彼の後ろに控えていた傭兵や兵士達から『勇者っ!』と讃える声が上がった。
ノエルとリュドリック。【聖王国の勇者】と【聖戦士】である二人は、【聖女】である一人の少女を守る為に1300人の戦士達を引き連れ出陣した。
そのほとんどが騎士や兵士、屈強な傭兵達ではあったが、実際に魔王軍と出会えば数の差で敗北していただろう。
だが現実は違っていた。
光の精霊に加護された伝説の【勇者】【聖戦士】【聖女】達は、魔王領にたった3名で乗り込み、魔王の首を取れるほどの力を持っている。
今まで何故か抑えられていたその【光の力】が、一時的に“イレギュラー”と離れることで急速に開花し、一万の魔族兵と互角以上の戦闘を繰り広げていた。
「…………(なんで……)」
アルフィオはその英雄としての“格”の差に愕然とした。
今までテンプレに沿って努力はしてきたつもりで、シグレスでは勇者とまで呼ばれるほどに強くなったのに……
(俺って……“主人公”じゃないのか……?)
遠くに見える【勇者】は、光に包まれ、強い力を持ち、騎士達から讃えられ、王族の友人を持ち、仲間にとてつもない美少女がいる。
アルフィオの仲間達も、彼らを眩しそうに――以前のアルフィオに向けていた瞳で彼らを見つめていた。
「おい……」
そんな一声を掛けられてアルフィオは我に返る。
リュドリックがアルフィオ達に気付いて、悠然と歩いてくる姿が目に映った。
「……やぁ、殿下っ、俺達はそんな声を掛け合うほど親しくないだろ? あんた達に力を貸したんだから、感謝して欲しいねっ」
負けを認めたくないギリギリのプライドで、アルフィオはリュドリックに向け言葉を返した。
だが、リュドリックはそんな彼にちらりと視線を向け。
「……ああ、感謝する」
それだけでアルフィオの横を通り抜け、アタリーヌとオレリーヌの前に立つ。
「お前達は、いつまでそんな生活をしているつもりだ……?」
「……リュドリック様」
「わ、私は……」
オレリーヌはわたわたとする事しかできなかったが、アタリーヌは幼い頃に婚約者であった少年の視線に耐えきれず瞳を逸らした。
微妙な空気に全員が声を出せずにいると、ただ一人怒りに満ちた男の声が響いた。
「お、お前っ、俺のおん…仲間になにしてんだよっ!」
そんな彼の言動にアンティコーワやチェリアさえも眉を顰め、掴みかかろうとしたアルフィオの手をリュドリックは片手で払いのける。
「従姉妹に話しかけただけだが?」
「そんなの、関係ねぇよっ!」
お話にならないアルフィオにリュドリックも溜息をつきそうになったが、その寸前に彼は遠くから聞こえる地響きに顔を上げた。
「話はここまでだ。魔王軍が痺れを切らしたようだな」
***
敵対する人間達の中に【勇者】がいると聞いて、獣王ガルスは獣王軍を率いて戦場に躍り出た。
「ガハハハハハハハッ、どこだぁっ! 勇者ぁああああああっ!」
ガルスにしてみればかなり我慢出来たほうだろう。
ギアスの命令など初めから聞く気は無かったが、魔王軍を襲う“未知”の恐怖を警戒してギアスの指揮下に入ることを了承していた。
だが【勇者】がいるとなれば話は別だ。
魔族の獣王として一人の戦士として、勇者と戦えることは誉れであり、それに打ち勝つことは誰にも邪魔はさせない悲願であった。
人間達の数は多くない。ガルスが動いたことで何十人もの傭兵が倒れたが、その中を――魔王軍犇めくその中を【光】が槍のように蹴散らし、
「【μυα】…ッ!」
光の斬撃が数百名の魔族を斬り飛ばして、ガルスの前に一人の少年が降り立った。
「おおおおお……勇者かっ!」
それに答えず黄金魔剣を掲げて、ノエルが一瞬でガルスと剣を交える。
ガキンッ…!と、灰色の大剣と黄金剣が激しくぶつかり、衝撃波さえ巻き起こす。
「ルシアはどこだっ!」
「なんだそれは! 知らんな勇者よ、気を逸らすなっ!」
思っていた以上だった勇者の力に、ガルスの顔に笑みが浮かぶ。
だが不幸だったのは、抑制されていた力が解放され、少女を想う爆発するような心はガルスを“敵”にすらしなかった。
「……なら、邪魔をするなっ」
持っていた武器の性能も違いすぎる。
一撃で欠け、二撃目で罅が入り、三撃目で大剣ごと身体を斬り裂かれ、ガルスは信じられないモノを見るように戦場に落ちた。
それを感情もなく一瞥し、ノエルは……
「……ルシア」
少しだけ悲しそうに呟いて魔王軍に剣を向ける。
魔族の天敵。人間側の殺戮者。
想いを寄せる少女の為に、恐るべき小さな修羅は戦場に解き放たれた。





