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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第四章・デヴィル プリンセス

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4-15 戦場になりました ①(済)

悪魔的な表現がございます。



 



 その男は幸福の絶頂から地獄に叩き落とされた。

 

 子供の頃は不幸の意味を知らなかった。

 両親が揃っている一人っ子。共働きの家に貧しさはなく、男は何の疑問もなく、ごく普通の一般家庭だと思っていた。

 気付いたのは、運動会に両親が来なかった時だろうか。家族全員での食事が週に一度程度しか無かったからか。家族との会話が一度もない日が何度も続いたせいか。

 家族だと思っていたのは彼だけで、家に住んでいたのは、家族に興味のない人達が住む、ただの共同住居にすぎなかった。

 

 それに気付けば自分が不幸だと思うかも知れない。

 だが男は自分を不幸とは思わなかった。世の中にはもっと大きな不幸がある事を知っていて、そしてなにより、自分を気遣ってくれる幼なじみの少女が居たのだから。

 ほぼ毎日のように子供の頃から総菜弁当を買う彼を見て、同級生だった彼女の母親が自分の家で食事を振る舞ったことが始まりだった。

 男は、彼女の家族に育てて貰ったと言ってもいい。

 人の良さそうな父親と優しい母親。彼を兄と慕うやんちゃな弟。小学生の頃から一緒に遊び、中学で意識し始め、高校で恋人になり、色々な意味で暴走しそうになったが、彼女の家族のことを考え、清い交際を続けた。

 

 そして……大学卒業と同時に一緒に住むこととなり、結婚式は自分のお金で挙げたいと思っていた彼は、ケジメとして入籍するために役所に向かい、浮かれていた彼はその途中でマンホールに落ちた。

 

 

 気がつくと薄暗い粗末な部屋にいた。

 実際、その部屋が粗末だと気付けたのは、目がまともに見えるようになった数ヶ月先だった。……男は赤ん坊になっていたのだ。

 この世界がまともではないとすぐに分かった。

 朝も夜もほとんど変わらない薄暗い空。彼の世話をしている両親らしき人物は、鱗のような肌に角まで生えていたのだから、当たり前だ。

 だが彼はそんなことを気にしている余裕はなかった。

 ここが何処か。自分が何故赤ん坊になっているのか、そんな事はどうでも良かった。

 ようやく念願叶い、彼女と――妻になった幼なじみと、初めての夜を迎えるはずだったのに、どうしてこんな所にいなくてはいけないのか理解できなかった。

 

 日々募る焦燥感。今すぐにでも妻の元に帰りたいと、赤ん坊のように泣き叫んだが、実際赤ん坊なので誰も分かってくれない。

 そんなある日、彼の運命を大きく変える転機が訪れた。

 

 角の生えた両親に抱かれて連れて行かれたのは、獣や化け物のような特徴を持つ大人達が集まる、薄暗い地下室だった。

 見えたのは黒い祭壇。漂う臭気が腐った血臭だと気付いて彼は青ざめる。

 まるで【悪魔】を呼ぶ祭壇ではないか、と両親のほうを見ると、彼は今の両親の目が前世の両親と同じ“他人”を見るような視線だと気付いて、ようやく分かった。

 自分には今の両親と同じような角も鱗もなかった。

 自分はここで、悪魔の“生け贄”にされるために、どこからか攫われてきたのだと理解した。

 

 儀式が始まる。抗おうにも、今の赤ん坊の身体ではどうすることも出来ない。

 どうしてこうなってしまったのか……。

 妻の元に帰りたい。それ以外は何もいらない。この地獄から抜けだして愛する妻の元に帰りたい……。

 彼の周りで魔法陣が輝きを放ち、父親だと思っていた男が錆びた短剣を彼に振り下ろそうとした瞬間。

 

『まさか、この程度の贄と供物で、我を呼び出そうとは……侮られたものよ』

 

 時が止まったように振り下ろされた短剣が、彼の目前で止まっていた。実際に目に見える周囲は時間を止められたように止められていた。

 自分だけが動けるその止まった世界で、その【声】は彼だけに語りかける。

 

『この中で、もっとも強き魂を持つ者が、赤子とはな……。だが、お前の魂を得ても、そちらの世界にほとんど干渉は出来ん。……ならば、お前と契約しよう。望みを言え。そしてその対価として、お前は“何”を我に捧げる?』

 

 彼は躊躇無く、妻の元に帰りたいと願った。その為なら何もいらない。自分の全てを捧げると彼は誓った。

 

『それではお前の死後、その魂を戴こう。だが、異界に渡るためには対価が足りない。さてどうする? 答えはお前の前にあるぞ』

 

 その言葉に彼は一瞬だけ口を噤み……悪魔の望む回答を答えた。

 

   ***

 

 魔王ヘブラードより指揮権を委任された(・・・・・)魔導参謀ギアスの号令により、拡散して部隊ごとに動いていた魔王軍は纏められ、一つになって侵攻を始めた。

 その総数、約40万。

 食料も乏しく、足の遅い種族もいるので集まるのに時間差はあるが、それにしても数が少なすぎた。

 魔王領から出陣した魔王軍は200万以上。その大半は何処に消えたのか……。

 

「急げっ! 獣王ガルス様の配下が、戦場に遅れるなど恥にしかならんぞっ!」

 

 獣王の第二軍を指揮する白猿獣将ゲテルは、10万の将兵を引き連れ、魔物の森を先陣切って駆け抜ける。

 ゲテルの頭にあったのは苛立ちと焦り。これまで小分けにして軍を動かしていたが、戻らぬ部隊も出て、いたずらにその数を減らしていた。

 何かが森の中に潜んでいる……。

 獣の本能か、何者かの影を敏感に察し、獣王軍の動きは鈍い。

 月の出てない夜の森を、獣の夜目だけを頼りに駆け抜ける彼らは、不意に隣を走る仲間が得体の知れない“何か”に変わったように思えた。

 

「……ひっ、」

 誰かのくぐもった悲鳴が聞こえ、その次に数名の獣人魔族が粉々に弾けた。

「な、なんだ!?」

「敵かっ!」

 微かに見えたのは、夜よりも暗い歪な人影。

 誰かが咄嗟に灯した魔術光に照らされたそれは、ぼろぼろの衣服を纏い、獣のような顔で仲間の血肉を啜りながら笑う、おぞましい【悪魔】の姿だった。

「ひぃいいいいいいいいいいいいっ!」

「あああああああああああああああああああああっ!?」

「ぎゃぁああああああああああああっ!」

 生き物の根源的な“恐怖”を呼び起こす【悪魔】の姿と気配に、勇猛な獣王軍の兵士達が悲鳴を上げた。

 それは一カ所でなく、全軍の至る所で恐怖の悲鳴が上がり、虐殺が始まっていた。

 

「心を強く持てっ! 恐れればそこを悪魔につけ込まれるぞっ!」

 ゲテルは内心混乱しながらも部下達を叱咤する。

 何故こんな所に悪魔が現れたのか? しかもただの悪魔ではない。依り代を得て顕現した【上級悪魔(グレーターデーモン)】……それよりもさらに禍々しい気配を感じた。

 そんなゲテルの前に、でっぷりと横に太った巨漢の悪魔が現れる。

「……ゴルロー……?」

 その悪魔の顔や体型は、第三軍の猪獣将ゴルローの面影を濃く残していた。

「ゴルローを……依り代にしたのかぁああああああああああああああああああっ!」

 友人の魂を喰われ、その身体を依り代にされた怒りで、ゲテルは巨大な戦斧を悪魔に叩きつけた。

『ぶはははぁ』

 悪魔はそれを嗤うと唸り来る戦斧を片手で砕き、ゲテルの胸に食らい付くと生きたまま心臓を喰らい、その絶望と憎しみに満ちた魂を味わった。

 

『ニャ』

 

 その瞬間、気の抜ける斬撃音と共に、悪魔とゲテルが粉々に吹き飛んだ。

 金色の刀身が夜を斬り裂き、一人の少女を闇から浮かび上がらせる。

「こぉら、ダメでしょ? (おやつ)は一日一個までって言ったよ?」

 特に大きな声ではなかったが、女子中学生が弟を叱るようなその言葉に、その区域にいた上級悪魔(グレーターデーモン)達が引きつった顔で気をつけするように背筋を伸ばす。

 その暢気な声で叱られた当の悪魔は、一撃で存在そのものが消失しているのだが、それをなしたニア本人は何も気にしていないようだった。

 

 ミレーヌ達が吸血鬼化してニア達に譲渡された魔族の数は数千体。それに大量の魂を使い、新たに【新種の上級悪魔(グレーターデーモン)】を千体ほど増やしていた。

 ニアは、この新しい悪魔達を教育したくて我慢が出来なかった。

 それはティナも同様で、総勢1500体の悪魔を二人で分けて、教育と魂収拾のために実地訓練にきていたのだ。

「はぁい、みんなーっ、手が止まってますよー。サボる子のご飯は、アレ(・・)にしますからねぇ」

 ニアの声に悪魔達が慌てて蹂躙を再開する。

 その顔からは悪魔的な愉悦や笑みが消えて、749体の上級悪魔(グレーターデーモン)が頑張って虐殺を続けた。

 

 今回、ニア班の悪魔のお弁当は、乾燥ワカメ15キロ。タコスルメ一枚。おやつの魂が一個と言う内容だ。

 悪魔の一体はこう語る。

『はっきり言いましてワカメは食べ飽きたんですよ……。でもこちらと違ってティナ様の班はタコスルメが付きませんからねぇ。それに比べれば、まだマシなんですが、やっぱりファニー様がいいなぁ。あの方、頑張ったら“黒い飴”をくれるんですよ。滅多に部下を連れて出掛けないんですが、連れて行って貰えるとみんなに羨ましがられるんですよね。それに……アレはやばいっスから……』

 

 ニアが『サボる子のご飯』と言ったアレ(・・)の存在がやばいらしい。

 

 主であるユールシアが作り出した瞬間、顔を引きつらせて“封印”した逸品で、自我の弱い低級悪魔を宿らせたソレは分裂と自己増殖を繰り返し、『キシャー、キシャー』と鳴きながら、対象の口に自分から(・・・・)食べられてくれる(・・・・・・・・)ように進入してくる、夢のような“ワカメ”であった。

 

 それをノアがきちんと使用したおかげで、悪魔達は食事の我が儘を言わなくなった。

 そう言う訳で(?)魔王軍は、深い闇と恐怖の中で静かにその数を減らしていった。



 

謎のワカメ推し。


第一部終了まで残り数話となります。


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― 新着の感想 ―
マンホールに落ちた > なんか最近読んだなろう系はろくな死に方がないんだよな…………。残念具合が酷いの。 ワカメ恐いっ! 自分から食べられに来て胃の中で膨張、分裂を繰り返すんでしょう? そして、倒れ…
[一言] (悪)夢のようなワカメ
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