1-05 三歳になりました(済)
まだ続くのか、ほのぼの回
今回より少しずつシリアスパートが増えるかと思います。
「……私のことを覚えているか?」
お父様は私を見つめて、不安そうに呟いた。
もちろん覚えている。
“お父様”である以上に、こんな美人を忘れるなんて私には無理です。
一年に一~二回しか会えないのだから、幼い娘が自分を忘れても仕方がない。……なぁんて思いが、お父様からヒシヒシと伝わってくる。
あの【神聖魔法】の一件以来、自分の中にある【悪魔】を強く認識した私は、前よりも強く“人間らしくあろう”と振る舞っているので、“娘”としても頑張りますわ。
「…おとぅしゃま?」
そう口にして、ちょこちょこ歩いていくと、お父様の顔に驚きの色が浮かぶ。
「おぉ……ユールシア。父と呼んでくれるか……」
あれ? そう言えば“お父様”と呼んだのは初めてだっけ? それと今回の音声は、補正無しにしてみましょう。
それにしてもお父様……娘に怯えすぎでないでしょうか? 自分の非人間的な外見は自覚しているので、そこまで怖がられると正直言ってへこみます。
でも、ここで挫けてはいけません。
人間の中に紛れる、か弱い悪魔としては、お父様のような素敵なお方に守って貰うのが一番なのです。けして“渋い美形のおじ様が好き”とかそんな理由ではありませんっ。
まずはお父様に、“私”に慣れて貰いましょう。
今日は私の三歳の誕生日。
お母様からは銀製の櫛を戴いた。【神聖魔法】と同様に銀製品も少し怖かったけど、何の問題もなくて一安心。でもよく考えたら銀のスプーンを使ってるじゃない。
三人のメイドさん達からは『三歳からの出来る魔法書』なる本を貰いました。……この世界の本は結構高いのに、無理してない?
乳母のお仕事を終えて家に戻っていたトルフィさんからは、お部屋に飾る小さな絵画を戴いた。妖精さんと小さな泉の絵で、とても素敵。
お父様からは、巨大なクマと普通サイズのウサギのヌイグルミ。百合の花束。王都の有名なお店のお菓子をいっぱい貰っちゃった。
ご馳走やお菓子を食べて……やっぱり味が足りない。あの夢の世界でのお菓子に比べて遜色ないお菓子なのに、何故か物足りない。
でも頑張って食べないと……みんな悲しそうな顔をするんだもん。
誕生日パーティが終わって、お父様はいつも夜には帰ってしまうけど、今回はじゃれついて足止めを試みてみる。
私を撫でるのも躊躇しているお父様にちょこちょこと近づき、ソファに座っていたお膝に触れてみた。
「……どうした? ユールシア」
私と目が合うとお父様の視線が少し泳ぐ。……もっと大胆にいかないとダメか。
「おとしゃま、だっこー」
「お、おお…」
お父様の目が見開いて、返事か呻きか分からない声を漏らすと、私を力強く抱き上げて、座っていたお膝の上に乗せてくれた。
なんか感動。……“娘”的にじゃなく“乙女”的に。
「「………」」
何となく父娘で無言になる。
私はただ、男性のお膝と厚い胸板に感動していただけなんだけど、お父様は三歳の人間離れをした娘に、どう接していいのか分からないみたい。
そこで私は作戦を決行する。そう。私は猫だ。ネコになるのだ。けして私が本能のままにじゃれついている訳ではないっ。
スリスリ……と、お父様の胸元に鼻先を擦りつける。
お父様の身体が微かに震えるが気にしない。さらにスリスリ擦りつけていると、お父様がおそるおそると言った手付きでそっと髪を撫でてくれた。
お父様、もっとちゃんと撫でてください。と言うように、私はお父様の大きな手にも頭をスリスリと擦りつけた。
……おや? 何かいい匂いがする。お母様にも感じた、あのほんのり甘い酩酊感に、私がさらにスリスリしていると、
「……寂しかったのか?」
と、私に……そして自分に問うような小さな声が聞こえた。
あれ? そうだっけ? と見上げると、お父様は沈痛な面持ちで私の瞳を真っ直ぐに見つめている。
……な、何て答えたらいいの? なんかむず痒い。酩酊感のせいか頬も熱い……。
答えが見つけられず、ジッと見つめ合ううちに私は気恥ずかしくなり、酩酊感に逃げるようにお父様の胸に顔を埋めた。
「……むぅ」
「ユールシアは甘えん坊さんだね……。私が甘やかしてあげよう」
お父様の声が楽しげなものに変わり、髪を撫でていた大きな手が、私のうなじや耳元をくすぐっていく。私がくすぐったさに身をよじると、お父様は楽しそうに私をすぐに捕まえてしまった。
何だろう……この感じ。あの【彼】が私をモフモフしていたのと似たような感覚……もしかして、今の私って躾けられてる……?
「みぁあ」
と自分でも理解できない声を上げて、大きな手を逃れてお父様の胸に逃げ込むと、
「ははは。ユールシアは、まるで子猫のようだね」
と耳元で囁かれ、恥ずかしくて顔が熱くなった私は、さらに酩酊感に逃げ込むようにお父様の胸元に顔を埋めた。
***
フォルトという男が居た。
剣に優れ。智に優れ。将来に多大な期待を寄せられていたが、彼は自分の力を振るおうとは思わなかった。
彼には姉と兄が居て、三人とも兄弟仲はかなり良かった。
姉は強気な性格だが下の者には優しく、誰からも愛される姉は兄弟の誇りであり、遠くへ嫁いでいった後も、二人の兄弟の心にその教えは強く残った。
兄は剛胆で繊細とは程遠い人物だった。その剣はフォルトを軽くしのぎ、その勇猛さは多くの者を魅了した。
フォルトは姉も兄もとても尊敬していた。姉も兄も素直で賢い弟を愛し、自慢に思っていた。
だがその賢さ、有能さが仇となった。
兄弟の家は強い力を持っていた。だがその家を継げるのは男子一人のみ。
フォルトは多くの者に尊敬される兄こそがふさわしいと考え、自分は兄を助けるのが仕事だと、智を求め、研鑽を繰り返した。
そうなれば、フォルトこそ継ぐのにふさわしいと思う者も居る。
フォルトはそれを否定した。だがその声が消えないと分かると、フォルトは悩むことなく父の元へ赴き、家名を捨てることを選んだ。
だがそれを止めたのは、誰であろう、フォルトの兄であった。
兄はフォルトの努力を知り、その力を惜しみ、なによりもフォルトの人柄を誰よりも認めていたのだから。
兄はフォルトが望むのなら、家を譲っても良いと考えていた。その力はあると考えてもいたが、フォルトがそれを望まないことも知っていた。
弟を自由にしてあげたい。けれどもその力を振るい、自分の側に居て貰いたいと願い、兄は弟に恨まれるのを承知で、弟が望まない策を講じた。
それは策とは呼べない、ある意味、正道と言えるだろう。
それは弟を、娘しかいない位の高い親戚に婿に出すこと。そう聞けば何の問題もないように思えるが、実際には色々な問題をはらんでいた。
その親戚の娘は人当たりも良くなく、弟に彼女を娶らせるのに兄も苦い思いがした。
それに、弟に両思いの相手が居ることを兄は知っていた。乳兄弟である乳母の娘で、とても優しく美しい娘だった。
だが乳兄弟といえど、兄弟の家から弟を婿に出すには位が足りず、新たな家を興せば親戚に婿に出す以上に、様々な問題が起きるだろう。
だから兄は強引なまでに、弟と親戚の家を近づけた。
弟と想いを寄せる娘が悲しむことを知っていながら。
数年が経ち、フォルトには二人の娘が生まれた。
どちらも妻に良く似た勝ち気な性格で、兄からは本当に穏やかなフォルトの子かと問われたこともあった。唯一男児でないことがせめてもの救いだっただろう。
我が強く二つ年上の妻にフォルトも強く出ることは出来ず、二人の娘もフォルトよりも妻を敬っていたように感じられた。
フォルトはふと思う。自分は本当に彼女達を愛せているのだろうか……?
華麗な妻に似て娘二人も美しい。他人は羨ましいと言うがフォルトはそれを理解できなかった。それは彼女達に愛されている実感が無かったからだ。
自分の為に兄がそうしたことは分かっている。
兄の為に働ける事を本当に嬉しく思う。
だがその思いとは裏腹に、フォルトの心労は嵩み、日々憔悴していった。
そんな弟を見かねた兄は、心休まる場所があるとフォルトにとある場所を教えた。
半信半疑でフォルトがそこに向かうと、そこで待っていたのは、フォルトだけを愛して待ち続けてくれた乳兄弟の女性の姿だった。
聖王国と呼ばれる地で一夫多妻はあまり良い目で見られないが、フォルトの立場なら彼女を第二夫人にも出来ただろう。だが彼は彼女が妻の不興を買うことを厭い、愛することを畏れていた。
でももう自分を偽れない。二人は互いへの愛を深く感じ、神は二人の間に一人の愛らしい“天使”を遣わした。
死産で生まれ息を吹き返した愛娘は、そうとは思えないほど健やかに育ってくれた。
そのあまりにも清らかで愛らしい娘に、フォルトは触れることすら躊躇する。
こんな自分が触れても良いのだろうか? 妻子に疎まれ、そこから逃げるように外の女性に会いに来るような自分が、父として接して良いのだろうか?
娘の二歳の誕生日。フォルトは娘を見て動揺した。
一年前までは、ただ愛らしい赤子であった娘は、たった二歳で恐ろしいまでの美しさを備えていた。
本当に人間なのか……? 本当に“天使様”ではないのか?
自分のそんな考えに怯え、フォルトはさらに娘に触れるのを躊躇った。
それでも目を閉じれば、愛する女性と愛する娘の姿が浮かんでくる。
自分が怯え、自分を忘れた愛娘が、妻や子供達のように冷たい視線を向けてきたらと思うと、不安に胸が張り裂けそうになるほど恐ろしかった。
娘の三歳の誕生日。そんな思いを胸に話しかけると、娘はフォルトを父と呼んでくれたのだ。忘れられても仕方がない……そう思ってもいたのに。
それでも離れている時間が長く、どう接して良いか分からない。
すると娘は、彼女から歩み寄るように抱擁をせがみ、その姿にフォルトは自分の愚かしさを悟った。
娘は寂しかったのだ。自分に会えずに悲しかったのだと気付いた時、フォルトは愛娘への愛を抑えきれなかった。
ただ人並み外れて美しいと言うだけで、どうして彼女を遠ざけたのか。
自分に愛する資格がないからと、どうして罪のない可愛い娘に寂しい思いをさせてしまったのか。
私は二人を愛そう。一生を掛けて。この世のすべてを敵に回しても。
娘は誰にも嫁にはやらん。
***
セリナと言う少女が居た。
今年二十歳になり、少女と呼ばれるのは少し恥ずかしかったが、彼女は童顔で彼女を知る年嵩の者達がセリナを少女と称するので、彼女は訂正するのを諦めた。
魔術学院・王都本校の事務受付。それが彼女の仕事である。
数年前に魔術学院を卒業した魔術師であったが、彼女の専門は召喚魔法で、卒業当時に悪魔召喚事件が起こった為に、悪い印象が付いて就職が出来なかった。
しかもセリナは平民出身でコネもなく、それを不憫に思った担当教授が、彼女の描く魔法陣の精密さを生かすために補助教員枠に推薦してくれたが、愛想が良すぎるのが災いしてか、事務受付に回された。
そんなセリナだが今の仕事に、そんなに不満はない。
好きだった魔法陣の研究は空いた時間に教授の仕事を手伝えるし、受付仕事も専門知識があるので外来者の受けが良い。
人当たりも良いので密かに縁談の話もあると聞く。それでもし縁談の話があったとしても、この仕事はしばらく続けていきたいと思っていた。
セリナは子供好きで学院に通う子供達をとても好ましく思っており、月に一度の魔力検査の時には、愛らしい幼児を沢山見られてとても幸せだった。
可愛いは“正義”であり“力”である。
それは彼女が実験中、偶然繋がった魔法陣から流れてきた異界の言葉であり、言語は違っていたのにもかかわらず、魂で理解したその言葉を、セリナは“神”の言葉として受け止めた。
まぁ、それはどうでもいい話だが……。
そんなある日。人手の足りない支部へ出向き、魔術検査の日に受付をしていたセリナのところへ、幼児を連れた二人の女性がやってきた。
一人は、ふわふわな金髪のとても美しい女性で、もう一人は、その女性の従者らしいメイド服の女性。メイド服の女性も綺麗だったが、セリナはそれよりもメイドが大事そうに抱いている、その幼児のほうが気になった。
まるで貴族が趣味に意気込み、人形用に作らせたようなドレスを纏った幼女。そのあまりに美しい黄金の髪は、本当に“お人形”を抱いてきたのかと思えたほどだ。
子供をペットの如く扱い、普通の子供を天使のように扱い飾り立てる親も偶に居て、セリナは、またか、とげんなりした気分になった。
だがその幼女がこちらに顔を向けた瞬間、セリナは心臓が止まるような思いがした。
人形……? そんなはずはない。人形がこんなに綺麗なはずがない。
普通の子供服をこの幼女に着せることは、自分の信仰への冒涜に等しい。
自分をジッと見つめた幼女の瞳に、セリナは“神”の光を見た。……気分になった。
その幼女は【召喚魔法】と【神聖魔法】の適性があるらしく、彼女が貴族なら、この支部ではなく数年後には本校に入学してくるはずだ。
それが今から楽しみで仕方なく、召喚魔法関連なら、もしかしたらお知り合いになれるかも知れないと、幼女の名を調べ、セリナはぐっと拳を握りしめた。
カツン……。
不意に聞こえた足音に、セリナは少し驚いて顔を上げる。
記憶に残る幼女の姿を思い出して偶に仕事が遅れるセリナは、数日に一度、こうして溜まった仕事を片付ける為に残業をしていた。
気付くともう夜も遅くなり、明かりは自分の机に灯した魔術光だけで、他の職員は誰も見あたらない。
もちろん、数名の教授や研究生が残っていることはあるが、皆、研究一筋の方々ばかりなので事務のほうへ来ることはほとんどない。
残る可能性は警備員で、そろそろ帰るように言いに来たのかと身構えていると、現れたのは、シンプルながらも仕立ての良い真っ赤なドレスを着た、一人の女性だった。
「ふ、副学院長っ、様?」
「……あら。まだ残っている人が居たのね」
驚くセリナに、副学院長と呼ばれた女性は、悠然と……美しくも、どこか猛禽類を思わせる笑みを向ける。
副学院長と言っても彼女はまだ若い。年の頃は三十程……。
激情の深さを思わせる豪奢な赤い髪と濡れた真っ赤な唇。視線を逸らしたくなるような強い光を放つ青い瞳。蠱惑的な肢体を見せつけるようなシンプルなドレスは、彼女の為に作られたようでもあり、顔立ちはきつめだが、それさえも彼女の魅力のように美しかった。
もっとも、セリナの好みではない。
「お仕事ご苦労様。……そうね、一つお願いできるかしら?」
「は、はい、何でしょうっ」
こんな時間でも副学院長に頼まれればセリナに断る意思はない。だが疑問にも思う。副学院長は二人居て、彼女の役職は名誉職であり、学院に現れるのは年に数回。それがこんな時間にたった一人で現れる理由をセリナは思いつくことが出来なかった。
「ここ数年……そうね、三年分もあればいいけど、魔力検査合格者の名簿を見せていただける?」
「…は、はい」
どうしてそんなものを…? そう思ったがセリナにそれを問う勇気はない。でも一瞬だけ、それが顔に出ていたのか。
「将来、国に仕えるかも知れない貴族の子達が、どれだけ居るのか知りたかったのよ」
そう言って彼女は、意外と親しげな声でニコリと笑った。
「す、すぐ持ってきます」
あらかじめ用意されていたような台詞にすっかり納得して、セリナは何度も隠れ見ている名簿をあっさりと取り出す。
「ありがと。少し待ってね」
彼女はパラパラと……読むのではなく捜すようにページをめくり、一瞬ページを止めて確認すると、すぐに閉じて名簿をセリナに返した。
「もう結構よ。それと女の子がこんな時間にいるのは良くないわ。仕事が溜まっているのなら、朝早くにしなさい」
「は、はいっ」
もっともな指摘にセリナが起立して返事を返すと、副学院長は、小さな杖に灯した魔術光を揺らして、暗い廊下の奥へと消えていった。
しばらく気を付けの状態で固まっていたセリナは、彼女の足音が完全に聞こえなくなってから、崩れるように自分の椅子に腰を下ろした。
「……帰ろ」
*
魔術学院・名誉副学院長。彼女の名をアルベティーヌと言う。
彼女は、本来なら数名の従者を引き連れて歩くような立場だが、その者達は学院の外の目立たない場所で待機させている。
大勢を引き連れて目立つ訳にはいかない。それに完全に信用できる者以外は誰も信用しない。
「………ズマナ」
吐息を漏らすように小さく呟くと、二十代前半の細身の男が暗がりから現れ、彼女に向けて緩やかに一礼をした。
「子供達は?」
「はい。お嬢様方は、奥様と旦那様がお帰りにならず寂しがっておられましたが、先刻お休みになられました」
「そう…」
と呟き、その後に「居ないのね……」とアルベティーヌは小さく声を漏らす。
本人も意識しないほど無意識に漏らした声をズマナは聞き取り、その小さな声に込めきれない程の激情を感じて、ズマナは微かに瞳を伏せた。
「付いてきなさい」
「はい」
振り返らずにアルベティーヌは歩き始め、執事服のズマナが彼女の背中に黙礼してその後に続く。
学院内の暗い廊下を、小さな魔術光に照らされた二人の男女が歩く。いくつかの角を曲がり、慣れていない者なら迷いそうな場所に、隙間から微かな明かりを漏らす、一つの扉があった。
「ガスパール様、いらっしゃいますか?」
大きくもなく小さくもなく、ノックもせずにアルベティーヌが言葉にすると、数秒を置いて一人の老紳士が静かに扉を開いた。
「これはアルベティーヌ様、ようこそ」
こんな夜更けに訪れた、今の役職上の上司でもあり、かつての優秀な生徒をガスパール教授は親しげな微笑みを持って迎えた。
「ガスパール様はまた新しい研究を……?」
彼女が生徒であった頃からほとんど変わらない室内で、アルベティーヌは見たこともない魔法陣に、“研究狂い”と言われていた教授のあだ名を思い出して苦笑する。
「ははは。召喚術に適性のある魔力の強い子を見つけましてな。その子が入学するまでに今まで魔力不足で使えなかった物を使えるようにしているのですよ」
「そう……ですか」
アルベティーヌは、先ほど見た名簿の内容を思い出し、すぅと眼を細める。
「汚いところですが、こちらでお茶でもいかがかな?」
「……いえ、ありがとうございます。それよりもあの魔法陣の研究は、どうなっていますか?」
「ほぼ出来ていますが……今のままでは強制力が低いので、一般用ですと、もうしばらく掛かるかと」
特定の魔物。特定の精霊。種類別のランダム召喚ではなく、強い個体を術者のイメージにより選別して召喚する魔法陣。
ガスパールは面白い試みだと思った。同じ火の精霊を呼び出したとしても、精霊の過ごした年月で個体に強さに差が生じる。
精霊魔法の使い手が、精霊に気に入られて同じ個体を呼べば、その個体は知性を増して強さも増すと知られているが、よほどの使い手でなければ強い個体に気に入られるはずもなく、それを召喚魔法陣で強制的に呼ぶことが出来るのなら、低位魔法でも中位並みの威力を得られるはずだ。
だが、
「そのような物を何にお使いで……?」
静かに空気が変わり、ガスパールの瞳がアルベティーヌを射る。
「私も研究は好きですから。それにあの事件以来、召喚術士への風当たりが強うございますので、召喚魔法で旦那様の助けになれば…と」
いずれは召喚魔法への見る目も変わる。
「なるほど……。さすがはアルベティーヌ様ですな。では、こちらを」
ガスパールはニコリと微笑み、あらかじめ用意していた試験用試作魔法陣を手渡す。
本日の目当ての品を手に入れ、アルベティーヌはわずかに緩んだ息を吐く。
「ガスパール様、ありがとうございます。このお礼はいずれ……」