4-14 アイドルになりました ③(済)
なんと言うことでしょう……。私達の前に現れたのは、銀髪に黒い肌のちょっと渋めの格好いい、おじ様でしたっ。
『…………』
リンネから何か言いたげな視線を感じますが、良きモノを愛でることは、心の潤いとゆとりを生むのです。……いや、そうじゃない。
そうそう、この魔族の人が“覗き”をしたんですよっ。
我を忘れてキャハハウフフと全力でモフる姿を見られていたなんてっ! 恥ずかしくて思わず【威圧】しちゃったけど、冤罪じゃありませんからセーフです。裁判でも勝てますよっ。
『……魔族の王か』
……………え?
リンネが起き上がり、巨大化して【暗い獣】の姿になると、おじ様に向けて低い口調で呟いた。
魔族の王……? 魔王? フランソワの旦那様(候補)……!?
そのおじ様……もとい魔王さんは、リンネの声に威圧の硬直が解かれたのか、慌ててその場に跪いた。
「……魔族の王、ヘブラードにございます」
魔王さん腰が低いなぁ……。サラリーマンでもやっていたのでしょうか。
めちゃくちゃ美味しそうな魂を持っているのに、味見することも出来ないとは……。
あれ……? 魔王さんがジッと私を見てる。
いけませんわ魔王さん、あなたには妻(予定)がいるのでしょう? 私も友人を裏切る事なんて出来ませんから……、え? 違うの?
「そちらは以前、人間の間で話題に上がった【金色の獣】様とお見受けする。あなたが魔王領の雲を散らし、この地に陽の恵みを与えて下さった方に相違ありませんか?」
私を見つめているのは真摯な瞳……。私の悪魔体であるこの姿を前にして、畏れこそあるけど、忌み嫌うようなそぶりは見せていない。
ちらりとリンネを見ると、もう興味を無くしたのか、どうでもいいと言うように向こうを向いて小さく欠伸をしていた。
この猫毛野郎……。
何だか良く分からないけど、私も悪魔として友人の旦那様(仮)にご挨拶をしなくてはいけません。
『ご丁寧に痛み入りますわ、魔王殿……』
こ、こんな感じ?
悪魔として他種族と話すのは初めてだから、感じが良く分からない。
でもちゃんと“知性”のある悪魔として認識をしてくれたみたいで、魔王さんが露骨にホッとしたような顔をしていた。
「お二方にお願いがあります。魔族は種として危機に瀕しています。それ故に現在は、魔王軍総出で出撃しておりますが、人間国家を倒す為に、是非ともあなた方のお力をお借りしたのです」
『え、やだ』
思わず素で返してしまうと、魔王さんが固まった。メンタル弱いなぁ。
だって私にメリット無いよね?
「私は……」
魔王さんは話しづらそうに口籠もり、覚悟を決めたのかゆっくり語り始めた。
「私は……人間に恨みがあり、人間そのものを滅ぼすために生きてきました。魔族を救いたいという気持ちに嘘はありません。……ですが、やはり人間を許すことが出来ないのです…っ」
『………』
話すうちに人間への憎しみを思い出したのか、魔王さんは、どろどろとした憎悪を魔力と共に滲ませた。……美味しそう。
そう言う理由なら私も納得できる。
この“魂”が貰えるのなら、契約として国の一つや二つ、やっちゃってもいいかな~…なんて気にもなるけど。
『ダメよ』
「なっ、……なぜですか? 我が魂では足りないのなら、これから魔王軍が殺す人間共全ての魂を捧げましょうっ! それなら…」
人間を滅ぼしたい。魔族を救いたい。その為に魔王と人間の魂を悪魔に捧げる。
どちらにもあまり損のない契約内容だけど、そこら辺の悪魔ならともかく、“私”にはそれを受け入れられない。
『それでもダメ。人間の“魂”は、元から全て“私”のモノだから』
この“世界”は、手を伸ばせば欲しい物に手が届く、私の餌場だ。
言うなれば、万年コタツの側に全部のリモコンとお菓子と冷蔵庫があるような環境なのです。………なんでしょう、急に自堕落な感じになってしまった。
今じっくりと“養殖”を幾つか行っているのに、今更それを止めて安い魂だけを大量に貰っても仕方ない。
……私もずいぶんと悪魔っぽい思考になっちゃったなぁ。
「………ははは、そうか、そうですかっ」
私の言葉に呆然としていた魔王さんが突然笑い始めた。
断られて自棄になって、襲いかかってくるかな? とも考えたけど、魔王さんは意外とさっぱりとした顔をしていた。
「あなた程の【悪魔】がそうおっしゃるのなら、人間はいずれ滅びるでしょう。ふふ、そうですか、人間は悪魔の“家畜”ですか……」
『……そ、そうね』
そこまでするつもりはないんだけど……まぁ、魔王さんが納得しちゃってるし、ま、いいか。
魔王さんはあらためて私の前に膝を突き、深く頭を下げた。
「……もう思い残すことはありません。私の魂をお納めください」
あらら……そうなっちゃいましたか。
その言葉にリンネがちらりと私を見たけど、尻尾で叩いてそれを押さえた。
食べたいのは山々なんですけど。
『魔王殿は、近くにいる“愛しい女性”を幸せにしてあげなさい。そうする義務があるはずですよ』
フランソワの旦那さん(ほぼ確定)を食べるのは、さすがに拙いのです。
その言葉を伝えると、魔王さんはずいぶんと驚いた顔をして、再び頭を深く下げた。
「やはり……この周辺の魔族達があなたを崇めていたのは、その慈悲深さを感じていたのですね……。【魔獣】とは思えない。まるで本当に“魔族の神”のようなお方だ」
『そ、そうかしら……』
やばい……。またなんか、恥ずかしい呼び名を付けられそうな感じになってる。
リンネの『なにやってんだ、お前……』みたいな視線に心が痛いっ。
『それじゃ、魔王軍の侵攻は止めますか?』
とりあえず話題を変えてみる。
リックやノエル達のいる街が戦場になると困るからね。……あ、何も言わずに出てきたけど大丈夫かな? まぁ私一人がいなくても平気よね。
「……それが出来ないのです。あなた様の慈悲で太陽の恩恵は得られましたが、この辺りの土地は元から痩せていて、この数千年で大地にも魔素が宿り、作物もまともに育ちません。今、侵攻しなければ、魔族は飢えて死ぬしかないのです……」
思ったよりも切羽詰まってた。
魔素が濃すぎて植物が育たなくなるのかぁ……。あの“雲”は怨念やら障気が溜まっていて“綿アメ”みたいな味がしたけど、大地の魔素は……
ん?……待てよ。
『問題ありません。私にすべて任せなさい』
「……おお、我らが神よ」
だから、それ止めて……。
私は少し移動して、あの衝撃でも壊れなかったぶ厚い大壁に近づく。ふふふ、今こそ私の研究の成果を見せてあげましょう。
『召喚魔法陣生成っ!』
私の魔力を込めた【神霊語】が、巨大な壁に限界まで大きな魔法陣を描いた。
「こ、これはっ!」
モリ…モリモリ…モリモリモリモリモリ……。
魔法陣から召喚される黒い影……そうです、【ワカメ無限召喚魔法陣】なのです。
「……………………」
『……………………』
あまりの素晴らしさに、魔王さんもリンネも口が利けないほど感動していた。
『この魔法陣は、この大陸だけでなく、この世界すべての海から“ワカメ”を無限に召喚します。これで、食糧問題は解決ですねっ』
「……ま、待ってくださいっ、これはどうやって止めるんですかっ!?」
私の自慢の研究成果に、魔王さんが質問を投げかけてくる。勉強熱心とは素晴らしいことですね。それに魔力が切れたらまた食料が無くなると不安もあるのでしょう。
私がミレーヌを巻き込んで研究した、通称【無限に増えるワカメ】は、従来の半分以下の魔力量で、なんと当社比6倍の性能を誇る画期的な魔法陣なのですっ。
そんな素晴らしいモノを与えられる彼は、自分を特別な存在だと思い、きっとお爺さんになって、特別な存在である孫にも同じ喜びを与えるでしょう。
そんな彼を安心させるように、私はゆっくりと頷く。
『ご安心なさい。何の問題もありませんわ。この魔法陣は、この地域の土地に染みこんだ魔素で動くようにしていますから、簡単には止まりません』
「…………」
魔王さんは、すでに10トントラックにも乗りきらないほど召喚されたワカメを前にして、力尽きたように座り込んだ。
よほど安心したのでしょう。
『あ、そうそう、この地域の魔素なら数千年は動きますから、頑張って食べないと魔王領が埋まってしまいますので注意してくださいね』
「……っ!?」
私の言葉に勢いよく振り返った魔王さんは、「はは…」と小さく笑って両手と両膝を力なく床に付けた。
善いことをした後は、悪魔でも気分が良くなるのですね。
魔王さんは何やらブツブツ言っていましたが、そんな彼にリンネがデカい肉球で魔王さんの肩をポンと優しく叩いていた。
「……やっぱり悪魔だ……」
***
あれから数日、魔王さんのお城にお泊まりしました。
魔王さんとは【魔獣】モードで接していましたが、ちゃんとフランソワには【人型】モードで無事を伝えてあります。
さて今日は、魔王さんのお願いで、魔族達に姿を見せることになりました。
民を信じさせるために神の“偶像”的なモノが欲しいみたい。
ついにデビューですかっ。
『それで……何を歌えばいいのですか?』
「歌わなくて結構です」
『……遠慮しなくてもいいのですよ?』
「遠慮はしていません」
『気を使わなくても、歌いながら踊るくらい問題ありませんよ?』
「歌わないでください。踊らないでください」
何故でしょう……? 私に対する魔王さんの態度が少々“雑”です。
皆さんの安心のためなら、人型モードで、ドレスをミニスカートにしても良いとさえ思っているのにっ。
皆さんのためですよ……? 私が歌いたい訳じゃありませんよ? 本当デスよ。
こんなに沢山の人が集まっているのに……。くすん。
【魔獣】モードで翼を広げて姿を見せると、魔族達は全員がその場に跪いて私を拝んでくれました。
……あれ? 歓声とかないんですか?
「主様っ!」
『…え?』
唐突に聞き慣れた声を聴いて振り返ると、悪魔執事のノアと悪魔侍女のファニーが、空間転移で現れた。
「……捜しましたよ」
『あ~、ごめんねぇ、ほら【彼】もいるよ、【凜涅】だよ』
「え?」
「あ……」
黒猫モードで側に居たリンネに、ノアとファニーが慌てて跪く。
「リ、リンネ様……ですか」
『良い。何か急いでいたようだが……?』
鷹揚に二本の尻尾を振ってノアの挨拶を黙らせると、リンネが先を促す。
「はい。実は、魔王軍が全軍を一つに纏め進軍を始め、主様を捜しに出たリュドリック様とノエル様率いる、騎士と傭兵団1300名と遭遇後、戦闘を開始いたしました」
『え……』
それってやばいんじゃないの? 魔王軍ってまだ100万以上居たでしょ。
魔王さんも黒い顔を青くして……器用だね。
「馬鹿な……連絡が届いていないのか。誰が……ギアスが?」
と呟いていた。もう戦闘する必要もないのにね。
「まぁそれはいいのですが」
『いいのかよ』
ノアの呟きに思わずツッコミを入れてしまうと、その横からファニーが続けた。
「あのね、そろそろティナちゃんとニアちゃんが、我慢しきれなくて暴れそうだから、迎えに来たのー」
『えええええええええええええええええええええええええっ!?』
何人生き残るかしら……。
初レビューいただきました。ありがとうございます。
第四章もクライマックスに入ります。
常時展開テンプレストーリーの一つ、
【俺は世界に復讐する ―貧困魔王の改革記―】が終わりました。
本来のストーリーは、リンネに八つ当たりで倒された、あの【悪魔公】を魔王が召喚し、それを倒すために人間と衝突しつつも和解して、世界が一つになって戦うという王道ストーリーだったのですが……
魔王にとっては、どちらが幸せだったのでしょうね?
※テンプレストーリーは、ユルが人間として生まれた場合を想定しております。
ご評価もありがとうございます。
それではご感想をお待ちしております。





