4-09 11歳になりました ③(済)
『ユールシア様が居なくなった』
朝になり、ユールシアの世話をする侍女として来ていたヴィオから、関係者にそんな連絡がもたらされた。
「姫様はどこにっ!?」
「聖女様の従者達は?」
「彼らの姿も見えないぞっ」
突然姿を消した【聖女】であり【姫】である彼女を捜して、関係者達は慌てふためき不安を隠せなかった。
今日はユールシアの11歳の誕生日で、宿屋の厨房を使いケーキを焼いていた侍女達が心配そうに沈んだ顔をしていた。
大人びて見えるが、彼女はまだ11歳。この一行の中で一番幼い。
だが、誰も彼女が逃げたとは思わなかった。
そもそもここに来たことはユールシアの希望であり、この旅でも魔物との戦闘でも、彼女が一番落ち着いて対応していた。
逆に騎士達や兵士達の方が、【聖女】である彼女の『存在の大きさ』を実感しているだろう。
ほぼ全ての怪我を一瞬で癒して、大抵の魔物は彼女の【加護】さえ突破できないのだから、【聖女様】がいないだけで戦場に裸で立っているような不安を感じた。
「皆の者、落ち着け」
リュドリック――【第二王子】であり【聖戦士】でもある彼が、落ち着いた声で騎士達をたしなめた。
「ユールシアの行き先は、……おそらく魔王の城だ」
「そんな……っ」
「なんてこと……」
その言葉に騎士や侍女達が悲痛な声を漏らす。
まだ11歳の少女が、世界の平和を願い、悲しむ民の涙を止めるために、聖女として一人で魔王と対峙することを選んだのだと悟った。
「俺とノエルは魔王領に向かう。付いてこいとは言わない。来なくても罰したりはしないから安心しろ。行くぞ、ノエルっ!」
「はいっ、殿下っ」
傍らに居たノエルと視線を合わせ、互いに力強く頷く。
ノエルとリックは、ユールシアが【魔獣】を気にしていることを知っていた。
自分を狙っている恐ろしい【魔獣】がいる……。
一緒にいれば親しい者達にも被害が及ぶかも知れないと、彼女は一人で出向くことを選んだのだと二人は思った。
そして……昨夜の不思議な出来事。もしかしたらあの“猫”は、彼女の清らかな心が離れることを告げに来たのかとさえ思えた。
その翌日、準備を終えてリックとノエルが魔王領へ出立する。
騎士や兵士のほとんどが自ら参加することを伝え、途中で加わった【鷹の目傭兵団】の呼びかけに応えた多数の傭兵団を合わせて、千人を超える規模で聖女を救出に向かうことになった。
***
「ん~~~…」
私は魔族の街を歩きながら、久しぶりの一人を満喫していた。
一人で外を歩くなんてどれくらいぶりだろう? ……えっと、あれ?
ユールシアになってからの記憶を紐解いても、屋敷の自室以外で一人になった記憶が見あたらない……。
「……【彼】に出会う前、以来かぁ」
どんだけ甘やかされてきたんですか、私って。
魔王領の街に入って、目立ちたくなかったから歩いてきたんですけど、あまり面白いモノはありませんでした。
ほとんどのお店が開いていない。開いているお店は略奪された場所だけ。
街に活気がないなぁ……。これだけ気配を抑えて、襲いやすい雰囲気を醸し出しているのに、最初の数人しか襲ってこなかったのですよっ。
みんな痩せ細っていたから、思わずタコスルメをご馳走してしまったけど、喜んでもらえたかなぁ。
ちゃんと栄養のバランスも考えて、ワカメも一緒に食べさせましたよ。
……このドレス、懐からいくらでも乾物が湧いてくるのよね。
海産物に呪われた装備とか、たぶん世界にこれだけだと思う……。
そんなことを考えているうちに魔王城に着いた。
……ここって魔王城だよね? やたらと古くておどろおどろしい雰囲気が良い感じですけど、威圧感のようなものを感じません。
魔王さんお留守なのかしら……?
門番さえも居ないのは不用心なのですよ。どっかの自称勇者様が、勝手に宝箱とか開けちゃいますよ?
……あ、誰か居た。
魔王城の門前に、一人の大柄な人物が立っていた。
でっけーな……。身長3メートル近くあるんじゃないかしら。筋肉ムッキムキです。
「ウホッ、ウホ、ウホッ(良く来ましたわ、愚かな人間よっ、わたくしがいる限り、この門が開くことなど有り得ませんわっ)」
……………………は?
やっばいなぁ……。【神霊語】の自動翻訳機能がおかしくなったかな……。
「ウホホ、ウホッ!(何を黙っているの? 良く見れば貧相な人間の小娘ね……この、ドワーフの鉄姫、フランソワを無視するなんて何事ですのっ!)」
「ドワーフっ!?」
ついに出てきちゃった……。
しかも皆さんお待ちかねの“お姫さま”ですよっ!
「ウホッ、ウホウホウホホッ(そうよ、ドワーフを見るのは初めてかしら? でも、ドワーフ語を理解できるなんて、人間にしては褒めてあげますわっ)」
凄いなモチプルン。塩大福も見た目だけはまともだったのに……。
「ウホホーッ、ウホッホッホ(それに免じてあらためて名乗らせていただきましょう。わたくしは、鉄姫フランソワ。魔王ヘブラード様の妻となる女ですっ)」
「ぉ、おぉ……」
まだ見ぬ魔王さん……真後ろまでストライクゾーンですね。
「ご、ごめんね、ドワーフが魔王領にいるなんて思わなかったから……」
私がそう言うと、フランソワは巌のような顔で少し寂しそうに目を伏せる。
「ウホ…ウホ、ウホ(そう……七年前、四歳の時。わたくしの美しさを妬んだ姉達に、この地に追放されてしまったのです)」
「同じ歳……」
この子、まだ11歳か……っ!!!
「ウホッ? ウホホ、ウホーッ(まあ、そうですの? あなた発育が悪いわよ? もう少しお肉を付けませんと、男性にモテませんよ、ほほほ)」
普通のドワーフでも、身長は2メートルくらいって聞いたけど……。
「挨拶が遅れましたね、私はユールシアよ。……えっと、お后候補のフランソワがどうしてこんなところに?」
「ウッホーウホウホウホッ(ヘブラード様は、人間を滅ぼすためにお発ちになったわ。あの方は、わたくしに魔王城の留守を任せてくださったの。……わたくしが傷付くのが心配だからって……)」
「………そうなんだ」
それって厄介ばら……ううん、そんなことないっ。
彼女はとても心が綺麗な女の子ですものっ! 魔王さんも分かっているはずですっ。
私はフランソワのバスケットボールのような、たおやかな拳にそっと触れる。
「フランソワ……あなたは素敵な子だから、魔王様もあなたに人を傷つけるようなことをして欲しくなかったのよ……」
「ウホ……(ユールシア……)」
ズシン……ッ。
彼女は、300キロはありそうな巨体で膝を突き、その瞳を私の高さに合わせた。
「ウホッ。ウホホ、ウホ(ありがと…。あの…私とお友達になってくださらない……? 同年代のお友達……いなかったから)」
「うん、私からもお願いするわっ。よろしくね、フラン」
「ウホー、ウホ、ウホ(よろしくね、ユル……。あのね……ユルのドレスって、とっても素敵ね……)」
フランソワが私のドレスを見て、モジモジと身をよじり、指先で髪を弄る。
……それ、巻き髪だったのね。鋳物の鉄兜かと思っていたわ。
「こういうの好きなの……?」
「ウホッ、ウホウホ、ウホホ(うんっ、……でも無理ですわ。普通のドレスでは胸元がきつくて、すぐに破れてしまいますの……)」
「これ、私の従者が作ったのよ。とても丈夫だから、フランにも一着作るようにお願いしてみるわ」
「ウホーッ、ウホウホホ、ウホッ!(ホント!? ご、ごめんなさい、はしたなくて。でも、すごく嬉しいっ。ユルなら魔王城に入ってもいいですわよ。お、お友達だから、特別なんですからねっ!)」
「わぁ、ありがとう、フランっ」
こうして私は何の問題もなく魔王城に入ることが出来ました。
お城にはあまり食べ物が残っていないと言っていたので、フランソワに乾物を沢山渡してあげると、彼女は城の庭で飼っているゾウに餌を与える為に、暴風のように女の子走りで駈けていった。
……これで彼女に危険は無い。
そして……、無人の魔王城を私は一人で歩く。
伝わるよ……あなたの暖かさが。
私が感じるように、【彼】もきっと気付いている。
鼻腔をくすぐる微かに甘い、懐かしい酩酊感……。
地下に降りる階段を、一歩ずつ踏みしめるごとにあなたの【香り】が強くなる。
この扉……その向こう。
「……やっと、」
二人で逢える。
反省はしている。若干後悔もしている。
次回は週中頃です。
別に読まなくても良い説明。
前回お話ししました常時展開中のテンプレストーリーの一部です。
【悪役令嬢・妹にすべてを奪われたので成り上がります!】
【俺は世界に復讐する ―貧困魔王の改革記―】
【神様チート忘れてますよ!うちの野菜で天下を取る。ついでにハーレムも】
【―脱出― 愛する妻は待っててくれるでしょうか? リミット000日】
すでにフラグが折られたモノ。
【魔術学院物語 平民の私は俺様王子と恋をする】
【マ法幼女モチプルン 愛の鉄拳うほっ!】





