4-08 11歳になりました ②(済)
ランキングも上がり、ブックマークも沢山増えました!
これも皆様のおかげです。ありがとうございます。
書き始め当初から好き嫌いがはっきり分かれる作品だと自覚していましたので、凄く嬉しいです。
「……どういうことだ」
飛行の魔術で夜空に浮かびながら、魔族の老魔術師――魔導参謀ギアスは魔物の森を睨み付けながら、掠れるような声で呟いた。
本陣より先行していた【黒姫キリアン】の軍勢が姿を消してから数ヶ月。
それより以前から各地の族長や領主の軍が行方知れずになる事はあったが、気まぐれで統率の取れない魔族のことなので、途中で進路を変えて他の人間の街を襲いに行ったり、その途中で人間の軍隊と遭遇し全滅してしまうのも、ある程度は予測していた。
キリアンとの連絡が途絶えても、あの狡猾な女のことだから、裏で画策し魔王に弓引くために息を潜めているか、独断で他の人間国家を襲いに向かったのだとギアスは考えていた。
黒姫キリアンの軍勢は約70万。
進軍速度を稼ぐためか、気性の荒い半数を連れて出撃しているはずだが、それほどの軍が動けば森にも痕跡が残るはずなので、ギアスは数名の配下とキリアンを追い、密かに彼女と接触するつもりでいた。
だが、その痕跡は唐突に消え去り、その先にある人間国家にも被害が出ていないことを、探索に出していた弟子の報告で知った。
ギアスは散々見当違いの場所を探したあげく、ようやく痕跡の消えた辺りの森で戦闘跡を見つけることが出来た。
そこに気付けなかったのは、あまりにも不自然だったから。
その場に散乱した“石像”を見つけなければ気付かなかったかも知れない。
40万の軍勢が戦闘を行ったにしては、あまりにも局地的な戦闘跡は、ごく少数の者が一方的に蹂躙しなければ、こうはならない。
そして何より不自然だったのは、死体が何処にも見あたらないことだった。
キリアンの魔物達が死体を全て餌にしてしまったのか? だがそれではキリアンの軍が姿を消した理由が分からない。
そもそも40万もの軍勢が敗れるなど考えられない。
例え、光の加護を受けた勇者と聖女が揃っていたとしても、まともに戦えば40万の魔族や魔物を倒せるはずがないのだから。
「……くそ、折角のチャンスを、」
これまでの老人めいた言葉遣いとは違い、ギアスから前世の言葉遣いが口に出る。
数十年掛けて……いや、この世界に生まれ落ちてから百年以上掛けて、その機会が来るのを窺い、それは手に届くところまで来たはずだった。
それを勝手に現れた【魔獣】に邪魔をされ、それでも最後の望みを掛けて、全魔王軍の出陣まで画策したというのに……。
「……む」
ギアスは何者かが空を飛んで近づいてくることに気付いた。
魔王軍でも空を飛べるのは妖鳥系の魔物だけで、こんな場所で【隠蔽】を使っているギアスに真っ直ぐ近づいてくる者は、ギアスが編み出した【飛行魔術】を学んだ、彼の弟子達しかいない。
「……何か見つけたか?」
現れたのは、闇のような肌をもつ魔族の青年だった。
弟子達の中では比較的魔力は大きい方だったが、連日の飛行のせいか、艶やかだった青年の肌は血の気を失って青ざめているように見えた。
「ギアス様……、西の森で…武装した人間を…見つけました」
「……そうか」
よほど疲れているのか、息切れするように青年が報告し、ギアスはそんな青年を労うこともなく、わずかな間を置いて素っ気なく答える。
「西の森だな……? おぬしは休め」
「いえ……私は大丈夫です」
師の命に首を振り、後を着いてこようとする青年を、ギアスはジッと見つめて……
「儂は“休め”と言ったぞ、……【炎熱の矢】っ」
「っ!?」
ギアスは無詠唱で火の魔法を放ち、それを受けた青年魔族は、普通なら一撃で焼き殺される炎の中で、その貌を獣のように歪めた。
「やはり、憑かれておったかっ!」
ギアスが叫びながら飛び下がると、青年魔族は身体を焼かれながらも恐ろしい速さで追撃してくる。
「儂が教えた魔術さえ忘れたかっ! 『万物を司る魔力よ、敵を喰らえ』!」
ギアスの魔法が発動し、魔力から生み出された【顎】が、操られた青年魔族を一瞬で喰らい尽くした。
青年魔族に何があったのか……?
それを疑問に思う暇すらなく、ギアスは青年魔族が消えたその向こうに、コウモリの翼を広げた人影を見つける。
おそらくは見つけたのではなく、隠していた姿を表に現しただけだ。
闇のようなコウモリの翼を広げ、悠然と空に浮かぶ美しい少女。
「……何者じゃ?」
ギアスのその問いに、紫色のドレスを着た銀髪の少女が妖艶な笑みを浮かべ、楽しそうに美しい声を漏らした。
「遊びに参りましたわ」
「……な、」
次の瞬間、ギアスは背中から少女に斬りつけられた。防御系の魔術を貫き、一瞬早く身を躱さなければ致命傷を受けていただろう。
いつの間に後ろに廻られたのか? ……いや、いつから少女が前に居ると思い込んでいたのか。
その長く伸びる黒い爪から滴るギアスの血を舐める少女を見て、その正体を知る
「吸血鬼か……っ!」
魔王軍にも存在しない伝説の魔物――【吸血鬼】。
常に血に飢え、仲間でさえもただの“食料”として喰らう吸血鬼は、魔王領でも受け入れられない厄介な存在だった。
しかもこの威圧感……禍々しい気配……その美しさ……。先ほどの力を考えると歳を経た【大吸血鬼】だろう。
おそらくはギアスの弟子達も全て血を吸われたと考えたほうがいい。
吸血鬼の力が衰える朝には、まだ数時間もある。
「……ち、」
ギアスは舌打ちすると、覚悟を決める。
何故こんな所に、魔王にさえ迫る力を持つ【大吸血鬼】が現れたのか? 消えた魔王軍はこれに食われてしまったのか?
だが、いかに大吸血鬼と言えど、キリアンと戦って無事で済むはずがない。
本当の意味で“魔物の王”とも言えるこのような存在が、人間と共闘するなどまず考えられない。
何かを見落としているのか……?
自分達は何か重大な“勘違い”をしているのではないのか?
「………」
それでもギアスはこんな場所で死ぬ訳にはいかなかった。望みを果たすために溜め込んだ魔力を解放してでも生き残らなければならない。
*
ミレーヌは“有給休暇”を貰い、魔王領近くまで“バカンス”に来ていた。
友人でもある雇い主から無理難題をふっかけられる日々から解放され、久々に(物理的に)羽を伸ばし、彼女とその配下達が喰らった魔族は、数万にも及んだ。
見た目が良くて“業”の深い者を選んで眷属に加え、味は良くても見た目の良くないモノは友人へのお土産にして、のんびりと愉しんでいた。
「確か、あの子もこっちに来ている頃よね。こっそり差し入れにいこうかなぁ」
元来生真面目な性格の吸血鬼は、あれほど引っかき回されておきながら、そんなことを考えた。
そんな主を侍女吸血鬼達が『おいたわしい……』とばかりに、こっそりハンカチで涙を拭ったりしちゃっているが、それはまぁどうでもいい話で、そこに新しく執事吸血鬼見習いとなった魔族の美少年が現れ、ミレーヌに自分の師でもある魔族の重鎮が、少数の部下だけでこちらに来ていることを告げた。
「ふ~ん……」
以前は老人など興味はなかったが、友人によると常に小難しいことを考えている老人は『深く熟成された味がする』らしい。
ミレーヌは黒いコウモリの翼を広げて星空に飛び出した。
夜明けまで数時間しかないので危険はあるが、放っておいたら友人の従者が狩ってしまうかも知れないと思うと、じっとしてはいられなかった。
侍女や執事を置き去りにする速さで空を翔け、途中で見つけた魔族は吸血鬼にはならず、“出来損ない”にしかならなかったが、その老人を捜すことに役立ってくれた。
爪に付いた老人の血は、多少渋みはあるが深みのある味がした。
もう少しだけ“遊んで”やればさらに味わいが増すかと手を抜いていると、老人は突然強力な魔力を放ち、初めて聞く呪文の詠唱を始めた。
「あ、あれ? やばいかも……?」
その魔力、殺気……呪文の意味は分からなくても、ミレーヌの存在を脅かすほどの魔法が来ると予想できた。
逃げるのは得策ではない。範囲が分からないのだから、へたに背を向ければ無防備でそれを受けることになる。
そもそも吸血鬼は、攻撃力と回復力こそ強大で不死身に見えるが、防御力はたいしたことはないのだ。
「【核撃破】っ!」
魔王とギアスしか使えない、奥の手とも言える“大魔法”は、いつでも避けられるように身構えていたミレーヌの予測を上回る速度と範囲で広がった。
「やばっ!」
ミレーヌはその威力を瞬時に悟り、避けることを諦めて魔力を集めた羽根で身を包んで防御の態勢を取った。
迫り来る光と想像も出来ないほどの高い熱量を感じて、ミレーヌがぎゅっと目を閉じていると……。
『ニャ』
「ミレーヌ様ぁ、ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」
「……は?」
あれ程の光と熱が初めから無かったかのように消え去り、掛けられたあまりにも場違いな暢気な声にミレーヌが目を開くと、放電するようにパチパチ光る黄金魔剣を持ったままの悪魔従者――ニアの姿があった。
「ミレーヌ様、聞いてますかー?」
「え、……あ、聞いているわよっ」
ニアの姿を認め、会話をしながらも、ミレーヌはニアを二度見してしまう。
彼女は【吸収】の能力があると聞いていたが、あれ程の魔法さえも吸収してしまったのだろうか。それともそのどこかで聞いた声で鳴く黄金魔剣のせいだろうか……。
あらためて大悪魔の力を見て唖然としているミレーヌに、ニアは眉を八の字にして困ったような顔になる。
「あの~……ミレーヌ様ぁ?」
「な、なに?」
「さっきのお爺ちゃん、逃げたみたいだよ?」
「……えっ!?」
一秒ほど間を置いて、その意味を理解したミレーヌが振り返ると、すでにあの老人の姿は何処にも見えなかった。
「ニアさん、あの老人は何処に行きました!?」
「う~んと……、向こうかな」
ニアが指を北の方角に向け、ミレーヌはそれを目で追い、さらに遠くを見つめた。
「魔王領か……」
さすがに【大吸血鬼】と言われるミレーヌでも、魔族達の総本山まで追いかける根性はないが……
「ねぇニアさん、さっきの人を捜すの手伝ってくれる……?」
ミレーヌがちょっと上目遣いでお願いしてみると、ニアは何か思いついたのかポンッと手を叩く。
「そうそう、ミレーヌ様ぁ、ユールシア様が昨晩から帰ってこないんだけど、何処に行ったか聞いていませんかぁ?」
「…………………………はぁあああああああっ!?」
主人公は次回出てきます。
いまさらながら、あらすじに書けなかった説明です。
この作品のコンセプトは、
『テンプレストーリーの主人公の近くに、一登場人物として【物語を根本から破滅させる化け物】が何食わぬ顔で潜んでいる』になります。
その為、悪魔公女ではテンプレストーリーが常時複数展開されております。
そこを考慮して読んでみるとまた違った面が見えるかも知れません。





