4-07 11歳になりました ①(済)
日間ランキング50位!? なんかでろでろ増えました…ワカメのように!
これもひとえに新しいお客様と、前から読んでくださった方々のおかげです。
今日は一日中、わたわたしておりました……。
魔王城の地下、奥深く……【彼】は淡い夢を見る。
眠ってはいない。【彼】は眠ることを知らない。
すでに光を失った巨大な魔法陣の上で横になり、ただ目を閉じて失った魔力の回復に努める。
少し離れた場所から、【魔族】と呼ばれる数百人の者達が、死にそうな顔で【彼】に魔力を注いでいた。
彼らを殺し、その魂を喰らえば、ある程度の魔力は得られると分かっていた。
でも【彼】はそうしない。
数千年に及ぶ経験から、ただの雑多な魂では、ほとんど回復しないと知っていた。
じっくりと恐怖を与え、狂気に堕ちるほどの魂でないと価値はない。
それならば恐怖で縛り、魔力を供給させた方がまだマシだ。
そして、見える限りの生き物を全て殺せば、その血肉と魂でこの世に【顕現】出来るかも知れない。
だが【彼】はそうしない。
一度は敗れたとは言え、彼女達に本気になることを【彼】の誇りが許さなかった。
怒りはある。……だが憎しみはない。
こうして目を閉じていると、その怒りさえも薄れてしまいそうになる。
思い出すのは【彼女】のこと。
【彼女】と魔界で過ごした日々のこと……。
最初はちっぽけな、知識だけはある奇妙な存在だった。
その在り様を面白く思い、飽きるまで飼うことにしたが、【彼女】は【彼】が今まで出会った何者とも違っていた。
まるで人間のような……【彼】が知る人間より多くの知識や知性を持ちながら、おバカな言動ばかりをする。
ひ弱な存在のくせに【彼】に怯えもせず、その毛皮に顔を埋め、よほど自己が強いのか、少し手を貸しただけで上位に匹敵する力を得てしまった。
いつの間にか【彼女】が傍らに居ることが当たり前となり、他者から恐れられた数千年の孤独が嘘のように、【彼女】の緩やかな“空気”を好ましく思うようになった。
【彼女】が物質界に憧れていることは知っていた。
いつか【彼女】は魔界を捨て彼の地へ行ってしまうのかと思い、【彼】は存在してから初めて、正体の分からない“感情”に戸惑いを覚えた。
だから縛った。【彼女】が何処へも行かないように、恐怖で縛り、力で縛り、玩具を与え、情で縛った。
だが【彼女】はそれでも行ってしまった。……人の世界に。
怒り狂った【彼】は、魔界で暴れた。
咆吼を上げただけで弱い悪魔は逃げ隠れるようになり、数体の【大悪魔】と、【彼】に挑んだ一柱の【悪魔公】が喰い殺されると、魔界を統治する残り六柱の【悪魔公】さえも【彼】と争うことを避け、【彼】の周りには誰も居なくなった。
憎しみはない。
ただ怒りだけが【彼】を内側から焦がし続けた。
それは何の怒りなのか…? その怒りは“誰”に向けられているのか?
その理由さえ気付くことなく怒り狂う彼の目前に、次元を歪めるような強大な魔力が感じられた。
実際に空間は歪められていた。そこから漏れる懐かしい“魔力”に、【彼】は自分の魔力を使い切る勢いで次元をこじ開け、【彼】は物質界へと向かい、【彼女】を強引に手に入れようとして……拒絶された。
諦めない。
手元に戻らないのなら、喰い殺してでも自分の物にする。
そして…【彼】は夢から目を覚ます。
微かに甘く……酩酊感のある、あの懐かしい魔力を感じて……。
***
魔王領には昼も夜もない。それはただの比喩に過ぎないが、魔王領は無残に殺された腐った血肉による障気と怨念が厚い雲となり、昼でも陽が差すことはない。
魔物の血が濃い魔族は夜行性の者が多く、夜目も利くので昼間に行動する意味もないのだから、必然的に昼も夜も意味が無くなる。
魔王が治める国――ギステスでは、戦える者は全て【魔王軍】として出陣し、残った者は戦えない“弱者”しかいない。
病人、幼児、老人、障害を持つ者達は、ほぼ全ての食料を仲間達に奪われ、死ぬしかない定めにあった。
だが魔族は諦めない。
死ぬ定めを大人しく受け入れることなどせず、弱者はさらに弱者を狙い、その全てを奪ってでも生き延びようと必死に足掻いていた。
『………………』
そんな彼らが怯えたように、息を殺して身を隠す。
荒廃し、汚物に塗れた街を、一人の“人間”の“少女”が軽やかに歩いていた。
仕立ての良い黒と銀のドレス。
滑らかな白い肌に、見たこともないような煌めく黄金の髪。
誰もが見惚れるようなその美しさは、神を信じぬ魔族さえ少女を天使と思わせた。
強者が居なくなったとは言え、この恐ろしい魔族の街を人間の少女が歩いたなら、数歩も進まないうちに命を刈り取られてしまうだろう。
だが、誰も少女を止めない。目を合わせもしない。
少女がこの街に姿を見せて、数時間。
そのわずかな時間に、少女が行った恐ろしい蛮行に、魔族達はこう思った。
『黒い悪魔が来た』
少女は、この荒れた街を見ても顔色一つ変えない。
ただ、ほんの少しだけ懐かしそうに頬を緩め、軽やかに街を歩く。
「お、おいっ、人間っ! 食い物をよこせっ!」
子供達は大人ほど危険に敏感ではなかった。
本能的に感じていた“恐怖”を、初めて人間を見た驚きだと勘違いをしてしまった。
まだ幼い小さな子供達。
年の頃は五歳から八歳程か、これ程幼いと魔族も人間と変わらない。
「………」
少女は足を止め、声を掛けてきた五人の子供達に淡い金色の瞳を向ける。
「き、聞こえただろっ! 食い物よこせっ」
その目眩がするような美しさと視線に気圧されそうになりながらも、一番年上の少年は錆びたナイフを構えて、少女にもう一度要求を叫び……
『……ッ!?』
少女が浮かべた悪魔のような笑みに、子供達は声にならない悲鳴を上げた。
それを物陰から見ていた魔族の大人達が、さすがに憐憫の眼差しを子供達に向ける。
だが、どうしようもない。どうすることも出来ない。
そして……
少女は手に持った“黒いモノ”を、恐ろしい速さで少年魔族の顔に叩きつけた。
「っ!?」
何が起きたのか、子供達は理解できなかった。
兄貴分の少年が少女に捕まり、何か黒いモノを口にねじ込まれていた。
「や、やめ、もが、」
困惑し、恐怖の表情で暴れる少年を押さえつけ、少女は海産物の干物を飲み込めるギリギリの大きさに千切り、少年の口にねじ込んでいった。
泣いても叫んでも、少女は止まらない。
乾燥された海草と交互にねじ込んでいくのは、少女の優しさなのかも知れない。
数分でお腹がぽっこり脹れるほど海産物をねじ込まれた少年は、汚された乙女のように両手で顔を隠して、身を丸めてしくしくと泣いていた。
だが恐怖は終わらない。
時間が経ち、胃の中の乾物が膨らみはじめた時、真の恐怖が訪れるのだ。
少女は満足した顔で頷くと、怯える残りの子供達に笑みを向ける。
彼らの恐怖はまだ終わらない……。
数分後……、満足した少女が立ち去った後に、魔族の大人達が駆け寄り、乾燥されて“黒く”なった海産物に埋もれた、パンパンに腹が脹れた子供達を救出する。
まるで悪魔のような形状の干物を無理矢理食べさせる、悪魔のように非道な少女。
少女が歩み去った【魔王城】の方角へ顔を向け、残された海産物を回収しながら、彼らは恐怖に引きつった顔でこう呟いた。
「黒い(乾物を無理矢理食べさせる)悪魔(のような少女)が来た」……と。
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