4-05 聖女様の可憐な日常 ②(済)
聖王国を出発した私達はまず北の【武装国家テルテッド】に向かう。直接向かいたいけど、目的地まで国を二つ跨がないといけないのです。
一応ですが私達、王族の勇者様ご一行だから素通りする事も出来なくて、パーティーやらパレードやらで各一週間ほど足止めをされちゃいました。
テルテッドでは武器工房とか見学させて貰ったけど、それでいいのか武装国家。新型魔力剣とか国家機密じゃないんかい?
……あれ? こっちなら、ブランド品の魔力剣も安く買えたの?
若干心と財布にダメージを負いながら、私は魔王領に近い三国の一つ、コルコポ王国に到着いたしました。
なかなか可愛い名前の国ですが、小国なのでかなり厳しい状況みたいです。
王族には今年10歳になった、ちょっと可愛い王子様がいましたけど、
「こ、こここここここ、こ、コルポでふっ、ゆ、ゆる、る、ゆゆゆゆ、ユールシアさまに、おあ、おあま、お会いできて、こここ、こっえいですっ!」
……は? お会いできて滑稽です? いきなりとんでもない事を言ったコルポ君は、真っ赤になって医務室に運ばれていった。年上のおっちゃん連中に怯えられるのは慣れているけど、可愛い年下の男の子に怯えられるのは、ちょっとへこむ。
あ、そう言えば縁談リストの中にこの子の名前があった気がする。これでこの縁談は流れちゃったかな? まぁいいんですけど。
戦時中と言うことで関係者だけを集めた軽い夜会は、そんな感じで終了し、お城に泊まった私達は、翌朝前線の小さな街に出向くことになりました。
ズパッ! と擬音が聞こえそうな斬撃で、リックが魔物の一体を斬り裂いた。
「ノエル、そっちに一体っ!」
「はいっ、『万物を司る風よ、吹き荒れ、刃とにゃれ』……【風刃】っ!」
ノエルの風魔法が、巨大なアライグマの魔物を斬り裂き、そこに駆けつけたリックが黄金魔剣(三号)でトドメを刺した。
ええ、造りましたよリックの剣もっ!
せっかくの、魔族の暗黒女騎士『くっ、殺せ』の魂を使用する羽目になりました。
……私のおやつがぁ。くすん。
さすがに魔王領に近いと、タリテルドでは滅多に見ない“魔物”も湧きますね。まぁ、カバやサイより弱いのですが。
それにしても普通の魔法は、相変わらず翻訳が適当でも発動するのですね。
ちなみに最後の供用語は掛け声みたいなモノです。簡易【精霊語】だけの呪文でも発動しますが、供用語で発動させるとイメージがし易いみたいです。
『……お見事っ!』
戦闘が終わると、背後の“保護者さん”達から、拍手とお声が掛かりました。
今回の保護者さん達は、聖騎士18名。王宮騎士48名。聖女親衛騎士団15名。公爵家騎士団18名。王都の兵士300名。王宮魔術師20名。熊さんとこの傭兵団64名。文官や女官、お世話をする侍女さんや執事さんや料理人等々40数名。
……どこに戦争を仕掛けるおつもりですか? コルコポに着いた時、国境の兵士達が引き攣ったお顔をしていましたよ。
保護者席から、『殿下ーっ』とか『坊、しっかりっ!』とか聞こえてきて、リックとノエルの顔が赤くなっていました。
……なんだこれ。
私達は道すがら、現れた魔物と若者達だけで戦わせて貰っています。
修行ですからね。……主に羞恥心のですが。
聖王国の勇者パーティは、ノエル、リック、私、それと【彼】との戦いで聖騎士さんからお褒めをいただいたニアの四人構成です。
ニアは結局目立っちゃいましたね。でもまぁ、やることは主に私の護衛ですけど。
「「………」」
恥ずかしそうに戻ってきたリックとノエルは、私に微妙な顔を向けました。
「二人ともご苦労様、お茶飲む?」
「……いや」
「……お前は何をやってるんだ?」
どうやら二人は私に何か言いたそうですね。
ただ、護りの神聖魔法を掛けた後は、ほとんどやることがないので、ノア達が用意してくれたテーブルでお茶を飲んでいただけですのに。
「この国の茶菓子は綺麗で美味しいみたいですよ?」
「いや、そうじゃなくて……、はぁ~……」
何か言いかけたリックが深く溜息をつくと、ノエルが苦笑しながら彼を宥めていました。微妙なお年頃ですね。リックも14歳なのだから、『我が魔剣が血を求めている』とか言ってもいいんですよ?
そんな事をやっていると、夕方には前線の街に到着しました。
朝早く出たので、素直に騎士さん達を先頭にして進めば、昼過ぎには到着できる距離なのですが、それは言わないお約束。
さて、ここからがメインイベントですよ、奥様。
辺境の街にこんな大人数が泊まれる場所なんてありませんから、リックと聖騎士さん達は領主のお屋敷に。ノエルと傭兵団の皆さんは兵士さん達と一緒に野営の準備。私とヴィオ達や親衛騎士の子達は大きな宿を貸し切りにして休むことになります。
そうです、やっと別行動なのですよっ。
「姫様っ、ヴィオさんから、宿の手配が済んだと連絡がきましたーっ」
副隊長のサラちゃんが報告にやってきた。新装備でキラキラしているので、鼻水垂らした子供達が彼女の周りを駆けずり回っていますね。
「ご苦労様、ブリちゃん達にも休むように伝えて。お酒は飲み過ぎちゃダメよ?」
「わ、分かってますよ、姫様っ」
「本当に……?」
まぁこんな危険な場所まで付いてきてくれたのだから、あまりお小言は言わない。でも戒めのために、報告が終わっても何故かモジモジしているサラちゃんの頬をムニッと引っ張ると、頬を染めて『ありがとうございますッ』とお礼を言われた。
上級者の考えることは良く分かりません。
「ティナ、ファニー、お出掛けするから“旅人”っぽい服を用意して」
お着替えして三階の窓からお出掛けです。
普通の旅人っぽい格好をして、きんきらきんの髪はどうしようもないのでポニーテールで勘弁してやろう。
ちなみに“聖女様用黒銀ドレス”は、私の首でチョーカーに変形している。脱ごうとすると勝手にこの形になるのです。……これって呪いの装備だよね?
この街には現在、魔王軍に備えて多数の傭兵団が駐在しています。
この国に雇われた者。他国が情報を集めるために依頼された者。現地で戦闘が起きた時に功績を上げようとしている者。集まる魔物を狩って素材を得る者。
そんな者達が傭兵団としてこの地に集まり、彼らに食や酒を与え、素材を買い取る商人達が押し寄せ、戦時中だというのにこの街は活気に満ちていた。……治安も悪くなっているけど。
そんな荒くれ脳筋野郎様達が大勢居るのだから、この街の酒場はどこも満杯……というかまったく足りていないので、公民館のような場所が幾つか開放されて、街の商人達が酒や食料を売りに来る簡易酒場みたいになっていた。
そんな場所には情報が集まる。初めて見るような素材も売っている。他国や魔王の間者も紛れていたりする。
ふっふっふ、随分と楽しそうな場所じゃありませんか。
酒場は15歳になってからだけど、私の身長なら12~3歳に見えるはずだし、ノアとニアは14歳だからそんなに違和感もないでしょう。
ギィ~……ガタン…ッ。
何の擬音かと申しますと、私がそこの扉を開けて中に入り、私を見た何人かの傭兵が椅子ごとひっくり返ったり、エールのジョッキを床に落とした音だったりする。
……リアクションが激しいわ。良く考えたらある意味、いつも通りか。
とりあえず私は溢れ出る“存在感”を抑えて、出来るだけ目立たないように中を進む。お供はノアとニアだけで、ティナとファニーは置いてきた。
宿で何か起きたら、ティナが対処しているうちにファニーに迎えに来て貰う手はずになっているので問題ない。一番問題を起こしそうな二人を置いてきただけとも言う。
この建物は外から見るよりも広かった。気配を上手く隠せたおかげもあるけど、私が現れた被害は入り口近くの数名で済んだみたい。
「嬢ちゃん、待ちなっ」
空いているテーブルに向かう途中で誰かに呼び止められた。
これはアレですかっ? 『ガキがこんな所に来るな』的な、合法的な“血祭り”開催の合図ですか!?
そんな思いを込めて、我ながら花のような笑みで振り返ると、声を掛けてきたお兄さんは、顔を真っ赤にして固まってしまった。
「どうしましたぁ? おーい」
「……い、いや、すまねぇ嬢ちゃん、……その、なんだ、……忘れてくれ」
「……そうですか」
私があからさまにがっかりした声を出すと、お兄さんと同じ席の若いお兄さんが、私を見つめながらエールを鼻から飲んで咽せていた。
隣の席のお姉さんも潤んだ瞳で私を見つめながら、フォークで刺した鶏肉を口を開けながら鼻に突っ込んだ。……この辺りの風習なのでしょうか?
「ガルス、何をやってる」
「……あ、旦那…」
その声に最初に声を掛けてきたお兄さんが振り返ると、そこには身なりの良い格好をした二十代後半の青年の姿があった。
その旦那と言われた青年は私を見ると少しだけ息を飲み込み、程良く爽やかな笑顔で目礼する。
この“程良く”が重要なのですよ。若造や成金ではこの味は出ない。
「失礼、お嬢さん。私は【鷹の目傭兵団】団長のエルマーと申します。私どもの団員が失礼をいたしましたか……?」
「いいえ、何かご用があったみたいですが……」
私も【程良くお嬢様】モードで対応すると、彼はガルスさんをチラリと見て、小さく溜息を漏らす。
「申し訳ありません。ガルスも根は悪い奴ではないので、あなたのような可憐なお嬢さんが、こんな場所に来ることを危険に思ったのでしょう」
「そのようですわね。ご忠告は有り難いのですが……」
「お若いのにしっかりさせているようですね。こちらには“お食事”で?」
「はい。……それと“お買い物”に」
今の会話の裏を訳すと、
『こんな場所に、貴族のような娘が食事にだけ来るなんて無いよね?』
『もちろん、情報を含めた売買が目的ですわ』
となる。
「それでは、先ほどのお詫びに私の席でお食事などいかがですか? 私は商人でもありますので、ご相談に乗れると思います」
「ありがとうございます。挨拶遅れました、私はルシアと申します。お言葉に甘えさせていただきますわ」
エルマーさんの【鷹の目傭兵団】――ありがちとか言っちゃいけない――は、200人規模の大手傭兵団らしい。
細やかな性格のようで、団員達のテーブルを廻って声を掛けていたらしく、私達を連れて行った席は、軽く間仕切りが立った一階が見下ろせる二階席だった。
「ルシアさんはお酒は飲まれますか? お茶が良いのなら、東方の良い茶葉がありますが、いかがしましょう?」
あの夢の世界ならともかく、傭兵でここまで気遣いの出来る人は珍しい。
「どちらも好きですよ。エルマーさんの選んでくれたモノが一番良いでしょう」
「ははは、これは責任重大ですね。先日仕入れたこの地方特産の甘い果実酒を用意させましょう。冷やすと口当たり良くなるんですよ。そちらのお二方もそれでよろしいですか?」
ちゃんとノアとニアにも対応してくれている。これは当たりかな?
「戦争が続くと、特産品も出回るか難しくなりますね……。早く戦争が終わればいいのですけど」
「そうですね……。早く【勇者】が魔王を倒してくれれば問題ないのですが。そうそう、ルシアさん。最近この地に現れた【勇者】の話はご存じですか?」
さて……それは、どちらの勇者のお話ですか?
知らなくても良い補足。魔力剣の気になるお値段は?
一般の魔力剣: 軽乗用車~普通車並の金額。
中古の魔力剣: 国産~輸入車の中古車並。
高級な魔力剣: 高級外車並。
今回ユールシアが購入した15本はベンツCクラス程です。





