4-04 聖女様の可憐な日常 ①(済)
もうすぐ11歳になる私は、聖女として魔王領に近い国に出向くことにしました。
本当は私と従者達でパ~~ッと飛んでいって、数ヶ月遊んだらパパッと転移して帰ってこようかと思っていたんですけど、私達だけで旅行に行く計画を立てていたら、いつの間にか彼らに見つかったみたいです……。
「ノエル……?」
ノエル君はうちに良く来ます。貴族になっちゃいましたから敷居は若干低くなりましたけど、うちの門をくぐる時は、子爵の息子ではなく【勇者】として来ていますね。
「……ルシア」
いつものようにワンコみたく駆け寄ってこなかったノエルは、少し寂しそうな顔で私の所まで近づいて来る。
ちなみに私は来訪の連絡を受けていません。来客があったら私の所へ知らせが来るはずなのですが……、遠くの柱の影から侍女さん達が、こっそり私に親指を立てていた。……何をやってますか、あなた達。
「ノエル、どうしたの? ば…ばる……熊さんは?」
「今日は訓練じゃないから、団……父上は来ていない。それより……」
熊さんとノエルは、うちの騎士に稽古を付けたり、私と連携をする練習をするために良く来ていたのですが、今日は一人で来たらしいノエルは私の側まで来ると、そっと私の手を握る。
……あ、やっぱり手を握るんですね。今は子供なのでギリギリ許されていますけど、ノエルが結婚できるようになる15歳になったらアウトですよ?
13歳になって10センチ以上背の高い彼を見上げていたら、ノエルが唐突に私の前に跪いた。
「ノ、ノエル、どうかしたの?」
「ルシア……僕じゃ頼りにならない?」
「……え?」
真っ直ぐに私を見上げるその瞳に、少し心がムズムズした。
「どうして魔王領の近くまで一人で行こうとするの……?」
「あ、……えっと…」
どこからバレた……っ? たぶん侍女の誰かだと思うけど。
それよりどうしましょ? 誤魔化そうかと考えていたけど、いつものワンコみたいな子供の顔じゃなくて、そんな大人びた顔で見つめられると私も戸惑ってしまう。
「僕もルシアと同じだよ? 困っている人……泣いている人を助けてあげたいんだ」
……え? 私は観光したいだけですよ? ……なんて言える訳がない。
「……あのね、ノエル、」
「ルシアの気持ちは分かるんだ。だから、ルシアが行く時は僕も一緒に行く」
「あ、あの……」
やばい、喋らせてくれない。ノエルは私の言葉を遮り、穏やかで……決意に満ちた瞳で優しく微笑み、私の手にそっと唇で触れた。
「僕は……【勇者】は常に心優しき【聖女】の傍らに居ます……」
「~~~っ」
やばい……。ノエルも自分でしておきながら真っ赤にならないでよ。私だって耐性が無いんだから、不意打ちしないで……。
……あと、侍女さん達、キャーキャー五月蠅い。
「ユールシア……」
「あ、……リュドリック兄様、ご挨拶は終わりましたの?」
ほぼ数日置きに行われている懇談会。……まぁ、ただの夜会ですが、外国の貴族やご令嬢に囲まれていたリックが、脂ぎった大臣さん達に囲まれた私の所にやってきた。
……なんか理不尽な“差”を感じますわ。
「それは終わった。少し話がある」
「そうですか……」
私の所へ来た途端に不機嫌そうな顔と声になること無いでしょうに……。そのせいでほら……大臣さん達が脂汗を流しながらどっか行っちゃった。
でも、リックの後を付いてきていたご令嬢達まで離れていったのは、私のせいじゃないですよね……?
「こっちに来てくれ」
「うん……」
リックは一瞬だけ私の腕に手を伸ばして……、途中で止めてエスコートするように手を差し出した。……ぉお、また腕を掴まれるのかと思ったけど成長しているねっ。
私達は歩いて庭に出る。私達はとても目立つのでテラス程度では人の目を遮ることは出来ないけど、夜の庭園のお散歩なら邪魔されずにお話が出来そうね。
「………」
「………リック?」
無言のまま隣を歩くリックに、私が呼び方を変えて呼びかけた。
何があったのでしょ? いつもと様子の違うリックを見ながら少しだけ首を傾げるとリックがぽつりと声を漏らす。
「……俺は弱い」
「……?」
以前ほどは弱くないと思うけど……?
「お前達のおこぼれで【聖戦士】の称号を貰ったが、俺はノエルにも……ユールシアにも及ばない」
「………」
リックの【聖戦士】は、聖王国の虎の子である聖騎士とは違う、ある意味【勇者】に近い称号になる。
勇者は光の加護の元に、民の希望となり。
聖女は光の導きと共に、人々に進むべき道を示し。
聖戦士は光の威光を以って、人の敵を討つ。
つまり、聖戦士は単体なら勇者よりも強くないといけない訳でして……。
「俺は【聖戦士】として強くならないといけない。お前が魔王領に行くというのなら、俺も行く」
「……リック」
ノエルに続いてリックもかぁ……。
「ユールシアを守るつもりでいたが、いつもお前に守って貰ってばかりだが……」
自覚があったのね……。リックに、ここまで真っ直ぐ“男の子”を見せられると、断れないなぁ。
まぁどうせ、ノエルも付いてくるのならリックを断ることも出来ないか。
私の中では、リックは初めて会った時の幼い男の子でしかなかったから、どうしても甘く見ちゃうのよね。
私が昔を思い出してそんなことを思っていると、木の影に隠れて護衛の目が届かなくなった瞬間、リックが私の腕を掴んで引き寄せた。
「俺はノエルには負けない」
「………、」
近い近い顔が近いっ! くっつきそうだからっ!
リックもそれに気付いたのか、一瞬目を見開いて顔を離し、片手で顔を押さえながらまた歩き出した。
何なのよ、もう。……目を合わせづらくなるじゃない。
まぁ色々ありましたが、そんな訳で仕方なく【聖王国の勇者パーティ】は仲良く出掛けることになりました。
でもそうなると、またぞろぞろと護衛の騎士団を引き連れて行くことになるんですよね……。うちの勇者パーティは保護者同伴が基本です。
「……え~っと、あなた達も付いてくるの?」
公的に出立することになったので、公爵家からは私の護衛騎士団はもちろんだけど、ヴィオとフェルとミンが、私のお世話係として付いてきてくれる事になったみたい。
「もちろんです。ユルお嬢様のことは、リア様からきちんと申しつかっております」
代表してヴィオが答えたけど、その後ろでフェルとミンもニコニコして頷いている。
「観光に行く訳じゃないのよ?」
私は半分以上観光気分ですけどっ。
「も、もちろん分かってますよっ。最近ユル様を抱っこしていないから、寂しいので無理に付いていこうとか思っていませんよ」
「そうそう、ユル様から取り寄せるように言われたご当地ガイド本も、いい物揃えましたよー」
おい……。
まぁ、私が生まれた時からお世話してくれている侍女さん達三人娘……もう“娘”とは言いにくいけど、彼女達は私を心から心配してくれている。
……そうだよね? 旅行気分じゃないのよね?
でも三人とも新婚さんなのに、旦那さん、放っておいていいのかなぁ……。
この三人娘……二十代も半分過ぎちゃったから、婆やに結婚相手を紹介するようにお願いしたら、三人ともあっさり近場で決めちゃった。
ヴィオは、三十代で独身だった家令さんと、フェルは、公爵家の年下の騎士さんと、ミンは、同じ歳の副料理長さんとくっついた。
以前から付き合っていたのっ? と思っていたら、三人とも今の仕事を続けられるのを優先したお相手を選んだだけみたい。……いいのかそれで。
まぁ、私も面接をして、良さそうな人達だから安心しているけどね。
ちゃんと個人面談で、小一時間ほど涙目になるまで“威圧”したから、死んでも浮気はしないと思います。
そのせいで、旦那さん達から『ユールシア様の側なら、どこよりも安全』と言われたらしく、奇妙な信頼を得てしまった。
私はか弱いお嬢様ですのに……。
この流れだと、あと何年かしたら、護衛騎士団15人分もお婿さん見つけないといけないのかなぁ。ぶっちゃけ面倒くさい。
あの子達も、ヴィオとフェルとミンの結婚式で“聖女様”が神父さんの代わりに祝福したのを見てから、みんな私のお世話になる気が満々なのである。
あ、そう言えば、この子達は【護衛騎士団】ではなくなったのです。
私が【聖王国の聖女】になったと同時に【聖女親衛騎士団】になったみたい。
ランクアップですっ。装備も一新して、仕方なく私も身銭を切ってカーペ商会のゼッシュさんに、魔力剣を15本発注しましたよ。
とんだ散財です。貯め込んだ裏金が三割以上ぶっとんだ。
でも結婚かぁ……。私の場合、お姉様方が戻ってくるか微妙なので、私が婿を取らなくちゃいけないんだよね?
シグレス王妃の伯母様から、息子さんの猛プッシュが怖い。
それとなくお母様に聞いてみたら、近隣の王家から七件の縁談が来ているそうです。産まれたばかりの第三王子とか……何を考えているのでしょ?
………お婿さんかぁ。
……あ、話は盛大に逸れましたけど、聖女巡業の話でしたね。
いつ『聖女様、一曲お願いします』と言われてもいいように、歌と踊りの練習は欠かせませんね。……念の為ですよ? 私が歌いたい訳じゃないですよ?
それと旅で数ヶ月ほど掛かる予定ですが、私の誕生日に合わせたのはわざとじゃないのです。
だからお祖父様、駄々を捏ねないでください。国境に検問を張ろうとかしないでくださいね? ……実力で突破しますよ。





