4-02 四年生になりました ②(済)
残酷な表現しかございません。
魔王による人間国家への宣戦布告から半年が過ぎていた。
魔王領に近い“魔物の森”に隣接する三つの人間国家では、各地に砦を築き、傭兵団を雇って魔王軍の侵攻に備えていたが、この半年で起きたことは、魔王軍の斥候部隊や野盗のような獣人達、そして小規模な魔物の群れ程度で、小競り合い程の戦闘しか起きていなかった。
では、魔王軍はどこへ行ったのか。
今まで何をやって、今は何をしているのか……。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
薄汚れた鎧を着た獣人が、粗末な衣服を着た獣人を槍で貫く。
同じ獣人と言っても、殺された男が人間に近い姿をしていたのに対し、鎧を着た獣人は狼型を基本にしながらは虫類の瞳を持ち、その顔にまで飛び散った返り血を蛇のような舌で舐め取り歪な笑みを浮かべた。
【魔族】――見捨てられた人間と亜人や魔物の混血種。
そして聞こえてきた悲鳴や断末魔の叫びは一つではなかった。
薄汚れた鎧を纏い錆びた剣や槍を持った者達が小さな集落を襲い、逃げ惑う集落の者達を殺し、奪い、残虐の限りを尽くしていた。
魔王領と人間国家を隔てる“魔物の森”は魔物が跋扈する危険な場所であったが、その中にも幾つかの集落が存在していた。
魔族の在り方を受け入れることが出来ずに離反した者。魔族や獣人と人生を共にすることを選んだ人間達。人間社会から逃げ出したはぐれ者や奴隷。
それらの者達は次第に集まり、人間からも魔族からも逃げ隠れるように、この危険な森で集落を築き、魔物に怯えながらも最低限の生活を営んでいた。
今日、この日まで……。
「お、おかぁしゃんっ」
まだ五歳のネコ耳の幼女が、血塗れで地に伏した人間の女性を、顔を歪め、泣きながら揺さぶる。
「ちっ、簡単に動かなくなりやがって、運ぶのが面倒だろうがっ」
吐き捨てるように呟いたトカゲの獣人が、いたぶりすぎて動かなくなった人間の女性に唾を吐いた。
「こいつは先に殺して食っちまうか……。おい、餓鬼っ! おめぇは生き餌として連れて帰るから、俺が食い終わるまで大人しくしてろっ」
「ひ……っ」
魔物の血が濃い魔族は、人間や人間に近い獣人でも平気で餌にする。
集落を襲った彼らは魔王軍の兵士であり、この集落から全ての食料を奪い、若い女と子供以外は全て殺して、食料と慰み者を兼ねて持ち帰る任務に就いていた。
だが任務とは名ばかりで、放っておいても魔族は同様のことを本能で知るように自然に行うだろう。
彼らに“人”の心は存在しない。
魔族にとって自分より弱いモノは奪われるだけの存在であり、言葉が通じても意思の疎通はなく、弱者を家畜としか見ていない。
「……ん?」
トカゲの獣人は、ふと辺りが静かになっていることに気付いた。
敏感な嗅覚で辺りを伺い、耳を澄ましても、聞こえてくるのは押し殺したような幼女の泣き声のみで、外から音が聞こえてこない。
ここを襲った仲間は十数名。集落には五十名ほどしか居なかったので殲滅するのは容易いはずだが、それにしては仲間が女子供をいたぶる声や悲鳴が聞こえないのは不自然に感じた。
「何が起きてる……? 餓鬼っ、お前も来いっ!」
「……や、やぁだぁっ」
「うるせぇっ!」
ネコ耳幼女を殴って黙らせ、トカゲ獣人は槍を構えて粗末な小屋を出た。
「なっ……」
外に出てトカゲ獣人が見たものは、自分達が殺した村人達と……警戒するように剣や槍を構えた、仲間達の石像だった。
「なんだ…こりゃ……」
トカゲ獣人はその石像を仲間達と認識することが出来なかった。
どうして仲間達を模った石像が置いてあるのか。仲間達は自分を置いてどこかへ行ってしまったのか。とそう考えた。
もしかしたら、自分が知らない獲物を仲間達が見つけて、自分だけをのけ者にして愉しんでいるのではないかと、勝手に憤ったりもした。
トカゲ獣人の乏しい知性では、この状況が“敵”によるものだと理解できなかった。
「……っ、」
トカゲ獣人はそこで、集落の中央を歩いてくる小柄な人物に気付いた。
こんな場所には相応しくない、足下まである黒い服に白いエプロンドレスの、上等な衣装を纏った人間の少女。
この惨状にも顔色一つ変えず、まるでお使いか散歩にでも来たように悠然と歩くその姿は逆に異様ですらあったが、
「……へへ…」
まだ大人にならない柔らかそうな肉と、初めて見るような美しい金髪の少女に、トカゲ獣人は下卑た笑みを浮かべた。……だが、
「……お、おい、そこのメスガキっ」
緩やかに歩いているように見えて、いつの間にか目の前を通り過ぎようとしていた少女に、トカゲ獣人は慌てて槍を構えて呼び止める。
「おいっ!?」
だが少女は、そんな声など聞こえなかったようにそのまま歩みを止めず、トカゲ獣人は怒りに顔を歪めながら、少女の前に回り込み槍を突きつけた。
ブチィ……ッ。
近くで繊維が引きちぎられるような音がして……
「失礼いたしました。わたくしに何かご用ですか?」
「……ぇ…ぁ」
一瞬で奪い取ったトカゲ獣人の槍を、引きちぎった両腕ごとゴミのように放り捨てて、少女は初めてトカゲ獣人を視界に収めた。
「……ぁ…ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」
脳がようやく現状を理解し、トカゲ獣人が恐怖と痛みに叫びながら両膝を突く。
それを少女は冷たい視線で見下ろして。
「ご用がないのでしたら、わたくしはこれで。……あら」
叫び続けるトカゲ獣人の悲鳴をBGMに、金髪の少女は怯えた瞳でこちらを見つめるネコ耳幼女に目を付けた。
「…………」
「…………」
ジッと見つめる少女の視線に、へたり込んだネコ耳幼女の足下から、じわじわと微かな湯気が上がる。
そんな粗相をしてしまった幼女をジッと見つめていた少女は。
「……お静かにお願いします」
そう言って叫び続けるトカゲ獣人の胸に、無造作に手を突っ込むと、ブチブチと音を立てながらその心臓を引き抜いた。
「……げひ、」
奇妙な声を残して静かになってくれたトカゲ獣人に目もくれず、少女は無表情のままで血塗れの心臓をネコ耳幼女に差し出した。
「食べますか?」
「……っ!?」
幼女はさらに蒼白となって勢いよく首を横に振る。
「そうですか……、これなら食べられますか?」
微かに眉を顰めた少女は、血塗れの肉塊を一口で飲み込み、懐から海産物の干物を幾つか取り出して幼女に差し出した。
「………っ」
幼女もさすがに断り切れず、気絶しそうになりながらもそれを受け取ると、少女は幼女のネコ耳を弄るように頭を撫で、唇の端をわずかに上げて、そのまま集落の外の森へと消えていった。
ネコとは愛でるモノ。
ただ目的地に真っ直ぐ向かう途中で偶然にも集落があり、障害物をどけながら歩いていた時に見つけた【ネコ耳】の魅力に抗いきれず、思わず餌付けをして撫でてしまったティナは、満足そうな顔をしながら本来の目的地に足を進め。
「……ネコはハツが嫌い」
と、愛する主人のために心のメモに書き込んだ。
次回は今回の続きです。





