4-01 四年生になりました ①(済)
年が明けて四年生になりました、ユールシアです。
もちろん、学院にはほとんど行っておりませんわ。……学院編など最初から無謀な話だったのです。
魔王からの宣戦布告がありましたが、この聖王国タリテルドは至って平和です。
タリテルドは魔王領から遠く、元から【魔獣】に備えて【聖結界】を国周辺に張り巡らせていますので、魔族が騎獣に使う魔物などは突破できません。……従者達だけ影響を受けないようにするのに苦労しましたが。
それに、この国にはブランド品である【聖王国の勇者】【聖戦士】【聖王国の聖女】が居ますから国民も安心しているみたいです。
戦力としてノエルはともかくリックはどうかなぁ……と思っていましたけど、どういう訳か“称号”を得た途端に、【光の精霊】の加護が宿ったみたいで、二人の能力が上がっているんですよ。自称勇者(笑)とは違うのです。
前に吸血美少女ミレーヌちゃんが、聖王国には『聖なる者が生まれる土壌がある』と言っていましたけど、これなんですかね?
……私には恩恵来ていませんけど、光の精霊さん、ちょっとお話しませんか? え、眠い? ……そうですか。
魔王軍が【魔獣】を使役していると言う“情報”が、どこからか流れてきましたけど、そちらも比較的ですが落ち着いています。
何せ、魔獣を撃退した私を最初に狙うと【彼】が宣言していますので、他国の大使さんは意外と私に同情的で、内心、自分の国が安全だと分かって安堵していました。
それでも軍事力に乏しい小国の大使さんは、不安は拭いきれないみたいなので、そのうちまた聖女巡業に出なければいけなくなりそうですね。
……本当に歌わなくていいんですか?
そんな訳で平和すぎて、我が“聖王国の勇者パーティ”は、今夜も夜会に絶賛出席中です。
「ミレーヌ様、こちらにいらっしゃったのですね」
今宵は王都でタリテルドの商人連合主催の夜会です。新たなカペル公爵となったゼッシュさんから拝み倒され、私が出席を強要したミレーヌに声を掛けると、彼女に群がっていた男性達が、ビクッと身体を震わせて視線を泳がせた。
……なんですか、その反応は。
「ユールシア様っ、ここは少々蒸しますからテラスに参りましょうっ」
「……え、ミレーヌ様?」
それまで優雅な笑みで男性をあしらっていたミレーヌが、周りの男性を放って、私の手を取ってテラスに向かう。
蒸しますからって……ここら辺は寒暖の差があまりないけど、今は冬ですよ?
「ミレーヌ……あなた、私を虫除けに使わないでよ」
テラスに出て私が“公爵家令嬢”の仮面を外すと、ミレーヌも“伯爵家当主”から素に戻って盛大な溜息を漏らす。
「だってさぁ……、あんな薄そうな“魂”に寄ってこられても面倒じゃない」
ミレーヌも18歳。乙女盛りの見目麗しい【白銀の姫】で、それだけでもモテモテなのに、暫定的に伯爵家の当主となってからは、次男や三男を持つ貴族から、婿養子目当てに大量の縁談が舞い込んでいる。
ミレーヌも昔は男女構わず笑顔を振りまいていたけど、私が美味しい血の見分け方を教えちゃったから、彼女もすっかり“美食家”になっているのよねぇ。
「あ、そうだ、試作品があるけど、ミレーヌも食べる?」
「……いただくわ」
私がこっそり持ち込んでいたタコの脚を差し出すと、ミレーヌは渋い顔をしながらも受け取った。
「……うちの屋敷の地下でこんなものを……。味が良いのが腹立つ」
「いいじゃない。美味しいでしょ?」
「でも、これ作るのに、まだ手が磯臭い気がするのよ……」
夜会のテラスで二人きり……【黄金の姫】と【白銀の姫】が歓談している様子に、会場から多数の視線が注がれていた。
そんな中で、聖王国に住む魔物用に魂で味付けしたタコスルメを、悪魔と吸血鬼のお姫様が扇子で隠しながら囓る。……うん、何も言うまい。
【タコ】は一部カーペ商会でも売って貰っているけど、人間には人気がないのですよ。……美味しいのに。
「婿を取る気があるなら、吸血鬼化出来そうな、濃い魂の貴族を捜しておく?」
「まだいいわ。年齢的に切羽詰まってないし」
貴族の女性なら二十歳くらいまでに決まればセーフなんだけど。
「そう言えば吸血鬼ってどうやって成長しているの? ……いえ、若作り? ミレーヌの実年齢って二百歳越えてるでしょ?」
「……ユールシア様、人をお婆ちゃんのように言わないで。吸血鬼が成長する訳無いでしょ? 十代後半で吸血鬼化してから、変わってないわよ」
「あれ? 初めて会った時より成長しているように見えるけど……」
「そんなの筋肉と骨骼を弄って、無理矢理変えるに決まってるじゃない。まぁ、十代半ばから二十代が精一杯だけど。……悪魔は違うの?」
「私は普通に成長しているわよ?」
「……普通じゃないわよ……それ」
私があっさり答えると、ミレーヌは呆れた顔をして『ユールシア様は適当ね……』と呟いていた。色々と失敬な。
私の本質は【悪魔】だと思うんだけど、人間の心と肉体も併せ持っているので、それがどう影響するのか分からない。
普通に成長はしているけど、普通に老化は出来るのかな? そうなら人間として生きるのに問題ないけど、望みは薄そう……。
たぶん、肉体が“最善”の状態を保とうとして【最適化】しているだけだとしたら、人としての寿命があるかさえ怪しい。
「……ねぇミレーヌ、あの二人をどう思う?」
私の視線の先には、華やかな会場で貴婦人やご令嬢や若い騎士達に囲まれる、二人の少年達がいた。
リックとノエル。十三歳と十二歳の、子供から大人になろうとしている二人。
この会場に来た時は二人にエスコートされていたんだけど、聖戦士様や勇者様とお話ししたい人達が押し寄せて、バラバラになってしまった。
私には宗教関連のおっちゃん達しか話しかけてこないのに……。
「う~ん……50点?」
「え……? なんで点数制? っていうか何の点数?」
これで顔面偏差値と言い出したら、ミレーヌの屋敷をワカメで埋め尽くそう。
「戦闘力と魂が美味しそうかどうかなんだけど、まだ成長途中なのか、戦闘力が思ったより高くないのが残念な感じね」
「そ、そっか……」
意外と真面目に見てくれていてビックリ。
戦力の評価を聞きたい訳じゃないんだけどなぁ……。まぁ、人間の評価を“人外”に聞いたのが間違いですか。
私には友人と呼べる存在は少ない。
人間の友達はシェリーやベティー、後はノエルとリックくらいかな?
女友達二人は、私が多少“アレ”でも受け入れてくれそうな気がするけど、リックとノエルはどうだろう。
特にノエルは邪悪から人々を護る【聖王国の勇者】様だから、私が人間じゃないと分かったらどうなるんだろ?
………今から気にしても仕方ないか。
今、私が気にしなくてはいけないのは【彼】のこと。
いくら私達に負けたからって【彼】の性格では、私に勝つ為に【顕現】して身体を得ようとはしないでしょう。
きっとあの状態のままで力を貯めているはず。
そして再戦の時に、私は自分の“在り方”を決めなくてはいけない。
それまでは……
「ミレーヌ、あなたもそろそろ遊んでみる?」
私が悪魔の笑みを浮かべて尋ねると、ミレーヌは少し驚いた顔をして目を輝かせた。
「……それって、魔王軍と?」
「聖王国の裏方も少し飽きたでしょ? 戦争状態なのに平和すぎるわ。たぶん裏で動く奴らが魔王軍にもいるはずだから、彼らと遊んでみる?」
私がそう言うと、ミレーヌは苦笑して小さく溜息を漏らした。
「なによ、結局は裏方じゃない」
「遊びよ、遊び。実際、魔王が良く分からないのよね……。あんな盛大に宣戦布告しておいて何も無しとか、よくわかんない」
「……あ~…」
「……ん?」
ミレーヌは私の言葉に良く分からない呻きを漏らして、どこか遠くを見つめた。
……なにそれ? 何か知っているの?
それにしても本当に平和です……。
従者達に、魔王軍を『見張っておいて』とお願いしただけなのですが、……あなた達、勝手に何かやっているんじゃないですよね……?





