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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三章・獣の花嫁

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3-14 解き放たれしモノ ②(済)

残酷な表現がございます。三人称のみとなります。

 



 コードルは混乱していた。

 無理もない。彼や魔王が数年……準備期間も含めれば二十年近く掛けていた召喚対象が、自分の目の前にいるのだから。

「そんなはずが……」

 目の前にいるのは【魔獣(ビースト)】のはずがない。以前にその存在が確認されたのも、古文書に記された千年以上前だ。

 そんな伝説の存在が、求めていたとは言え、聖王国のような聖なる地で遭遇出来ると誰が信じられるだろうか。

 

『シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 だが、コードルの祈りも虚しく、小さな金色の猫が叫びを上げると、古い城全体が震えて分厚い城壁や石床に亀裂が走り、渦巻く膨大な魔力と障気に、亀裂の闇が物質化してどろりと流れ広がる様に、【大悪魔(アークデーモン)】を超える禍々しさを感じた。

 見た目は毛足の短い、細身の金色の猫。

 その小さな背から、金色の毛皮と同色のコウモリの翼が広がり、わずか数十センチしかない身体に不釣り合いな、細身ながらも片翼5メートルを超える巨大な翼をはためかせ、【金色の獣】はゆっくりと宙へ舞い上がる。

 この悪魔は何をしようというのか……?

 【金色の獣】はある方角へ顔を向けて低く唸り、その方角が【魔王領】だと気付いたコードルは、脇腹から血を流して蒼白になった顔を青くした。

 

「……お、おおおおっ、これが“魔獣”かっ!」

 歓喜の声を上げて、カペル公爵が我を忘れたように【金色の獣】に近づいていく。彼は先ほどの光景を目撃しておらず、ユールシアであった事にも気付いていない。

「さぁ魔獣よっ、軟弱な王家や、邪魔な他の公爵家連中を皆殺しにするのだっ! 儂の言うことを聞けば、数千人の生け贄をくれてやろうっ!」

 愚かにもカペル公爵は、コードルの嘘を信じ、召喚された悪魔が自分に従うと思い込んでいた。

 

 彼の祖父は先々代の王弟で、今は少しだけ運が悪かっただけで、自分が王になりさえすれば、シグレスやテルテッドを含めた周辺国を平定し、あの忌々しい“大神国”さえ下して、真の聖王国に導けると信じていた。

 カペル公爵は様々な策略を巡らせ、あの二度の悪魔召喚事件にも関係し、主犯と思われているブルノー侯爵にも、資金と情報を提供していた。

 

 長い月日を掛けた計画が最終段階に入ったのだと、カペル公爵は落ち着きを失い饒舌になり、その言葉途中で、迂闊にも床に広がる物質化した【闇】を踏んだ……。

 ぐちゃ……

「……ぎゃぁあああああああああ、ぁあぁあ、あ……」

 カペル公爵の姿は一瞬で数千年が過ぎたように白骨化して、聖王国の裏で暗躍していた男は、風化したようにボロボロに崩れ去り、あっけなく人生の幕を下ろした。

 

 その魂を、【金色の獣】が美味そうに吸い込み、噛み砕き、嚥下する。

 理性のない【金色の獣】になろうと“彼女”は美食家であり、その愉悦の気配に意志の弱い人間は“魂”を抜かれ、カペル公爵の思惑を知りつつ従っていた配下の者達は、傷跡一つ無く息絶えた。

 

 大悪魔(アークデーモン)すら超える上位悪魔は、人間程度の“魂”を奪うのに自ら手を下す必要すらなく、信者が神に“供物”を捧げるが如く、意志の弱い人間は魂を献上する。

 だがその死に顔に浮かぶのは、歓喜ではなく、どれほどの苦痛を受ければそうなのかと思う程の“苦悶”の表情を浮かべていた。

 誰もが、こんな死に方だけはしたくないと思うだろう。

 この場で生き残ったのは、神ではなく魔王を信奉するコードルと、わずかながらに神聖魔法を使えたカリストのみであった。

 

「そ、そんな……私は…神を……どうして……」

 信じられぬモノを見たように腰を抜かし、カリストは涙を流しながら、幼い子供のように頭を抱えながら首を振る。

 カリストは神が降臨すれば全てが幸せになると信じていた。

 神が降臨し、その力で武力を一掃し、この世に真の平和をもたらす為なら、今現在、幸せに暮らしている人達の、小さな平和を壊すことも疑問もなく行った。

 聖王国が武力を捨てて神と共にいれば、魔族とでさえ手を取り合えると、心から信じていたのだ。

 民を守る為の【武力】が【神】に置き換えられただけだとも気付かず、聖王国を追放された意味も理解できず、平和の為に他者の幸せを害する矛盾も分からなかった。

 そしてついにカペル公爵によって理想を現実にする手段を与えられ、その現実が見えてきた矢先、信じられない現実をカリストは見せつけられた。

 

 目の前にいるのは、神の如き美しさと力を持つ、一体の悪魔……。

 

 その現実を受け入れられず、障気と恐怖によってカリストの精神は崩壊し、口から泡を吹きながら、血走った目で薄ら笑いを浮かべていた。

 実を言えば、それがカリストの命を救っていた。

 精神の崩壊したカリストの魂に価値はなく、美食家である【金色の獣】の興味から外れていたのだった。

 

 だが生きている人間が居なくなれば、精神の壊れた人間の呟きは耳障りでしかなく、全てを破壊するような気配がわずかに彼に向けられた、その時、

 

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 コードルの大剣が【金色の獣】へと斬撃の衝撃波を放つ。

 コードルはカリストを助けた訳ではない。わずかな隙を突いてでも最大の攻撃を仕掛けなければ、この魔獣に傷を付けることも出来ないと、武人として察していた。

 衝撃が石壁を砕き、盛大に瓦礫が舞う中、悪寒を感じてわずかに身を躱したコードルの右腕を、【金色の獣】が大剣ごと砕き、引き裂いた。

「ぐぉああああああああっ!」

 コードルは【人間】の偽装を解き、灰色の肌を持つ【魔族】の姿を晒している。それに伴い、魔力も解放して傷を治療するだけでなく、防御と攻撃面も引き上げていたが、それを【金色の獣】は薄紙のように引き裂いていった。

 魔族は神聖魔法を使えないが、水魔術の応用で傷口を塞ぎ、治癒力を高めることは出来る。そもそも魔族は人間に比べて体力が多いのでそれで充分なのだが、【金色の獣】に抉られた一撃は、脇腹も腕も、障気が呪いのように纏わり付き、その身体を内側から腐らせようとしていた。

「……化け物がっ」

 

 

「主様っ!?」

 強大な気配を察知した従者(あくま)達が戻り、ユールシアの……あの懐かしい【金色の獣】の姿に驚愕する。

「ティナっ!」

 

『シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 ニアが声を上げるが、その瞬間に恐ろしい速さで襲ってきた【金色の獣】が、ティナの左肩を腕ごと食い千切った。

「……っあ!」

「くっ」

 瞬時にノアが【解放】を使い、魔力でティナの崩壊を留めるが、ティナは蒼白になりながらも、自分の身体より【主】のことを、信じられないようなモノを見る目で追っていた。

「まだ動けますか? ティナ」

「……え、ええ、それよりも主様がっ」

「またくるよっ!」

 ファニーの声に全員が身構える。喰らいそこなった格下(・・)の獲物に、【金色の獣】から凶暴な気配が溢れ、黄金の翼を広げて再度襲ってきた。

「ユールシア様っ!」

 ニアが咄嗟に前に出て魔剣で受け止めたが、その威力を【吸収】しきれず、壁際まで吹き飛ばされて膝をつく。

「げほっ……きつい」

 

「そこのガキ共っ!」

 曲がりなりにも“化け物”と戦えている従者達にコードルが声を掛けた。

「手を貸せっ! 俺は魔王軍の武将コードルだっ。この化け物を放置すれば、人間の国もただでは済まんぞっ!」

 コードルの頭にあったのは、魔王領と主である魔王のことだけだった。

 何故、【聖女】が消えた後に【魔獣】が現れたのか、彼には理解の範囲を超えていたが、【金色の獣】が魔王領の方角へ顔を向けた時、コードルが送った魔力を追っているのだと気付いた。

(魔王様の元へ、アレを行かせる訳にはいかん……っ!)

 魔王配下の中でも五指に入る強さを誇る彼が、この小さな悪魔に為す術もなく蹂躙されている。

 コードルはすでに死を覚悟し、魔王の為に誇りを捨ててでも“人間(・・)”と共闘することを選んだ。

 

「……化け物……?」

「……っ!?」

 突然背後から聞こえた声にコードルが振り返ると、そこに憤怒の形相を浮かべた少年が彼を睨み付けていた。

 ノアは、コードルが声を上げる間も与えず、最大の【解放】でコードルの身体を魂ごと粉砕する。

「下郎がっ」

 吐き捨てるように言うノアの声が流れる中、【金色の獣】と【解放】により、古城の半分が崩壊した。

 

 ガギンッ!

「……くうっ」

 その間も、【吸収】の能力を持つニアが、かろうじて【金色の獣】の攻撃を受け続けていた。

 従者(あくま)達にユールシアを攻撃することは出来ない。

 だが、ティナやファニーでは【金色の獣】の攻撃を受ける事すら出来ず、ニアも一撃ごとに【吸収】する以上のダメージを受けていた。

 このままでは遠からず押し切られる。

「ファニーっ、ニアに魔力を注いでサポートをしてくださいっ! ティナっ! 私達でユールシア様を止めます、全力で攻撃を仕掛けてくださいっ」

 ノアの指示にティナが目を見開く。

「なっ、何を言っているのっ!? 主様に攻撃なんて……」

「……生半可な攻撃ではダメージにもなりません。魔界最速であるユールシア様の目を覚まさせるには、ニアが受け止めた瞬間に私達が全力で仕掛け、動きを停めるしかないのですっ」

「……っ、」

 ティナがギリリと歯ぎしりをして、左肩から先を再生しないまま、その金の巻き髪を無数の蛇に変えていく。

 他の三体も己の悪魔の正体を晒し、魔力を高める。

 

 彼ら四体の悪魔は、この国の事も、この世界の事もどうでもいい。

 ユールシアが望むのなら、この世界を敵に回して、全ての生き物から魂を集めることも喜んでするだろう。

 その結果、自分達が滅びようと、死の恐怖ではなく【主】のために死ねる歓喜を感じているはずだ。

 だが、今の【金色の獣】は違う。

 主ではあるが、彼らの母であり、魔界で唯一太陽のように暖かかった“ユールシア”とは違う。

 真の主……“ユールシア”を取り戻す。例え自分が滅びようとも。

 

「はじめるよーっ!」

 道化師(クラウン)の仮面を付けたファニーが、【金色の獣】に精神攻撃を仕掛けて、その攻撃をわずかでも逸らす。

 その攻撃を、自分から突っ込んでいったニアが受け止め、ティナの蛇が【金色の獣】の身体を見えなくなるほどに縛り上げた。

「今ですっ」

「【解放】っ!」

 ニアから受け取った【金色の獣】の力を、ノアがそのまま【金色の獣】に魔力として叩きつけた。

 顕現を果たした【大悪魔(アークデーモン)】の特殊個体、四体による挟撃。

 

『キシャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 さしもの【金色の獣】も叫びを上げ、半分潰れた蛇の固まりが動きを止めた。……が、その内側から膨大な魔力が爆発するように放たれ、金の蛇を引き千切り、ニアの魔剣を砕き、四体の悪魔を引き裂いた。

 

「………」

 悪魔達は地に伏せ、何事もなかったかのように悠然と宙に舞う【金色の獣】を、声もなく見上げた。

 ユールシアが自分達より“格上”であることは誰よりも知っていた。だが、普段の彼女はその性格故か脅威を感じることもなく、普段の魔力も自分達より多少大きい程度だと感じていたが、それが魔獣(ネコ)から分けられた、人間部分のみ(・・・・・・)の“魔力”だとは思いも寄らなかった。

 このまま“ユールシア”を取り戻すことも出来ずに終わるのか……。悪魔達がそう考えたその時、

 

 ポテン……。

「「「「……え?」」」」

 いきなり金色の猫が落っこちて、素っ裸の“ユールシア”が大地に転がっていた。

 

   ***

 

 魔王ヘブラードは、三十年以上前に魔族として生を受けた。

 父親は先代の魔王であり、母親は彼を産んですぐに他の側妃に殺された。

 ヘブラードには他に言えない秘密があり、彼は前世で人間の記憶を持っていた。

 この事が知られたなら、人間嫌いの魔族達にすぐに殺されてしまうだろうが、だからと言って人間に味方することもなかった。

 前世での彼は、鬼畜企業の社畜であり、周りにいる全ての者に搾取され、蔑まれながら生きてきた。

 学生の頃に両親が亡くなり、叔父夫婦に保険金を騙し取られ、人間そのものに絶望して人間を憎み、ある夜に布団の中で血を吐いて、誰にも看取られず命を落とした。

 

 魔族として生まれ変わった彼は、邪神に願いが通じ、ついに人間に対する復讐の機会を与えられたのだと思った。

 その憎しみは魔族の中でも奇異として見られ、親子の情もなかった先代魔王は、その憎しみを利用するため、ヘブラードに過酷な英才教育をはじめた。

 だがヘブラードは、魔王軍を指揮する為の知識を得て、その思いが絶望に変わる。

 魔族は種としてすでに詰んでいる。人間は憎かったが、人間から迫害された種である魔族には愛着があった。

 前世の知識を使った改革も、他から奪うことしか知らず、相手を騙すことしかせず、上昇志向もなく他の足を引っ張ることしかしない魔族には、全て無駄だった。

 それから彼は変わる。

 齢十歳で父王を殺して魔王の座に就き、愚かな魔族を纏め、人間に復讐するためには“強い力”が必要だと悟った。

 

 それから二十数年。

 計画が始まり、召喚魔法陣に魔力を集め続けて十数年。

「なんだ……これは…」

 腹心である武将コードルから送られてきた魔力は、今まで集めてきた魔力の八割ほどもあり、合わせれば、ヘブラードが召喚に想定していた魔力量を超えてしまっていた。

「何があったのだ……」

 あきらかに異常事態だ。この量も異常だが、それ以上にこんな、仄かに金色がかった純粋な魔力など見たことがない。

 ヘブラードはコードルのもたらした結果に喜ぶよりも、彼の身を案じた。

 

「……なっ」

 異常はそれだけで終わらなかった。

 上位悪魔召喚は、様々な制約を定め、魔力だけではなく大量の生け贄を“供物”として用意し、慎重に慎重を重ねて準備しなければいけない。

 その魔力が込められた巨大な召喚魔法陣が、突然輝き始めた。

「誰が動かしたっ!? それを止めろっ、召喚陣の一部を壊しても構わぬっ!」

 ヘブラードの声に、術士達が慌てて動き出し、暗黒騎士達が武器を構えて走る。

 こんな事はあり得ない。注がれた金色の魔力に呼応して、魔界から強引に“何か”が現れようとしていた。

「くそっ!」

 ヘブラードは苛立ちと焦りを隠さず、魔法の詠唱をはじめる。

 異世界の知識を使い、試しに使用しただけでその地域を汚染し、彼の寿命まで縮めた魔法を解き放つ。

「【核撃破】っ!」

 魔法陣は破壊され、計画は振り出しに戻るかも知れないが、それ以上にその“何か”を制限も無しに、この世に出すことなど許されなかった。

 

 強い光が数名の術者を巻き込み、魔法陣を破壊しようとした瞬間……それ(・・)は現れた。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 魔王領全土を振るわせるような、怒りの咆吼。

 核撃の魔法を咆吼の魔力だけで相殺したそれは、全長10メートルを超える、闇のように暗い――漆黒の豹であった。

「……ば、…か、な……」

 ヘブラードが途切れ途切れに呟いて、絶望の表情で崩れ落ちるようにへたり込む。

 彼はその【悪魔】が何か知っていた。

 古文書にあった、過去に一度だけ物質界に現れ、幾つもの国を滅ぼした太古の悪魔。

 

「……【魔獣(ビースト)】…【(くら)(けもの)】……」

 

 魔族は今日滅びる……。

 そんな思いで見つめるヘブラードの前で、【暗い獣】は術士や暗黒騎士を咆吼のみで叩き潰し、ふと“何か”に気づいたように顔を上げた。

『……グルゥ……』

 その瞬間に【暗い獣】は地下祭壇の岩盤を突き破り、外へと飛び出すと、魂を喰らうこともせずに、そのままどこかへと飛んでいった。

 

 こうして魔王が十数年かけた計画は消え去り、魔族は滅亡の危機を逃れた。



 

主人公は出ているのに主人公が不在です。


誤字等のご指摘、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
超久しぶりの暗い獣さん。 行方知れずだったペットの元へまっしぐら!?
[一言] ついに来てしまわれたか…(絶望)
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