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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三章・獣の花嫁

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3-13 解き放たれしモノ ①(済)

 



「さぁ、こちらの席へどうぞ」

 案内された食堂は、あまりに不自然な造りでした。

 城の隅にある広い(・・)部屋の真ん中に、それだけどこかから持ってきたような、豪華な大テーブルと椅子があり、まるで床の何か(・・)を隠すように絨毯が何枚も敷かれていた。

 ……もう少し取り繕うことが出来なかったのでしょうか。

 

大きくない食堂(・・・・・・・)とはこちらですか?」

「いえっ、その……さすがに狭かったので、急遽用意させたのです」

「へぇ……」

 さすがにこれ以上苛めると、カペル公爵のボロが出そうなので自重します。

「………」

 そして無言のまま私を睨んでくるお二方。……片方は落ち着かないみたいですけど、私と同じヴェルセニア公爵息女である、お姉様方もいらっしゃいました。

 まぁ、好き放題生きている人達ですけど、末の妹を呼んで、姉達を呼ばない訳にはいかないですよね。

 

「アタリーヌ姉様、そんなに眉間に皺を寄せたら、可愛らしいお顔が台無しですわ」

「……ユールシア。あなたに“姉”と呼ばれるなんて、何の冗談かしら……?」

「形式上だけですので、お気になさらずに。そうそう、勇者様のお仲間になったんですよね……?」

「ふん……。アル様の強さと知識は素晴らしいのよ。こんな古さと伝統だけが取り柄の国で、【姫】とか言われて調子に乗っている誰かさんとは違うわ」

「あらあらうふふ。それは良かったですわ。お姉様方の嫁ぎ先を捜すのは面倒なので、あの方は、ちゃんとお姉様が面倒を見て、躾けて(・・・)くれると助かりますわ」

 私の一言にお姉様の顔色が変わる。

 あの勇者が、私の手に二度口付けしようとして、その度に遮られているのを、お姉様も見ていますものね。

「……あんたでも、アル様を悪く言うのは許さないわよ……」

「あら怖い」

 嬉しさを堪えきれず、思わず全開の笑みを向けたら、お姉様が物理的に一歩引いちゃいました。

 

「……ユールシア」

 ぽん、と肩を叩かれると、リックが呆れた顔で私を見ていた。

「姉妹に会えて嬉しいのは分かるが……」

 そう見えましたか……? まぁ間違ってはいないのですけど、ちらりと後ろを見るとノエルも苦笑を浮かべている。少しばかり愉しみすぎたかしら?

「アタリーヌ、久しぶりだな」

「……リュドリック様」

 二人は互いの名を呼んだだけで微妙な顔で黙り込む。

 アタリーヌ姉様と以前に婚約していたのは、ティモテくんじゃなくて、リックのほうだったのかな? まぁとりあえず、アタリーヌ姉様はしばしリックに任せましょう。

 

「オレリーヌ姉様ぁ……?」

「……ひぃ」

 何ですか、その返しは……。あまり会話をしたことがなかったのに、どうしてそこまで怯えてらっしゃるのでしょ?

「……っ、ユ、ユールシア、私はあなたと話すことなんて無いわっ」

「まぁまぁ、そんな事をおっしゃらずに、可愛い妹のお願いを聞いて下さらない?」

「……な、なによぉ」

 そんな怯えた顔をされると、悪魔の血が騒ぐので止めてほしいわ……。

「あの二人、何かありましたの?」

 強引に引き寄せて小声で囁くと、オレリーヌ姉様は涙目で小さく頷く。

「わ、私達は……、リュドリック様と、小さい頃に一緒に遊んだんだもん…」

「ふ~ん……」

 幼なじみ的な……? それで婚約破棄されたって、本当に何をやらかしたのだか、お姉様方は……。

 何故かオレリーヌ姉様が、どんどん幼児退行している気がします。

 

「さ、さぁ、食事にいたしましょうっ!」

 この空気に耐えられなくなったカペル公爵が、大きな声でそう言った。

 そうでした。“メインディッシュ”はこれからでしたね。

 

 

 何という会食風景でしょう……。

 カペル公爵は汗を掻きながら一人で喋って、リックは無言のまま不機嫌そうに食事を続け、ノエルはこんな空気に慣れていないのか緊張した顔で周囲を警戒し、アタリーヌ姉様は他の人が居ないかのようにこちらを無視して、オレリーヌ姉様は引きつった顔で声を出すことも出来ず、私と従者達は不味そうな顔を隠しもせずに食事を続ける。

 

 ところで、若者だけ、と言っておきながら、カペル公爵とカリストと、見知らぬおじさんが同席しているのはツッコミ待ちなのでしょうか?

「その方は?」

 あ、リックが先にツッコミ入れちゃいましたか。

「これは失礼を……。こちらは召喚魔術の指導にテルテッドよりお招きした、コードル殿です」

 カペル公爵の紹介に、巌のような風貌の男性は滑らかに立ち上がり頭を垂れる。

「コードルです。あなた方のお名前は聞いております。研究一筋の無骨者ですので、ご無礼があったらご容赦を……」

 

 研究員と言うよりも、まるで軍人(・・)さんのようですね……。

「テルテッドの男性は、皆さんコードル様のように鍛えていらっしゃるのですか?」

 私が横から声を掛けると、コードルは一瞬息を呑み、私と視線を合わせないようにしながらも答えてくれた。

「……武装国家では、強さがなければ他に舐められてしまいますからな」

 

 国に付いている通り名と言うか称号というか、【聖王国】【農業大国】【武装国家】等は正式称号でなく、他国の者が分かりやすくする為に民からそう呼ばれているだけだ。

 この国の【聖王国】は耳あたりが良いので外交の場でも普通に使われているし、逆にシグレスの【農業大国】は公式の場で使うと失礼に当たる。

 テルテッドは【武装国家】と呼ばれていても戦争好きではなく、身体を鍛えることや武器を集めることが大好きな人達で、魔族や魔物のような“分かりやすい敵”を与えておけば害はない、自称【武装国家】なのです。

 良くも悪くも、テルテッドの人達は愛すべき“脳筋野郎”である。

 

「コードル様は、テルテッドでは珍しいほうなのでは……?」

「まぁ……そうですな」

 脳筋国家テルテッドにも真面目な研究員くらい居ますが、そう言う人達は、主に女性か、身体の弱い人達である。

 その人達も『ボクの考えた最強の武器』を作るのに全力を注いでいるので、コードルのような、武器で戦えるような鍛え方をしていながら、召喚魔術を研究する人はほぼ皆無と言ってもいい。

 

「おお、そうでしたっ、コードル殿からテルテッドの珍しい果実酒をいただいたのです。すぐに持ってこさせましょうっ」

 なんとなく私とコードルに微妙な空気が流れると、カペル公爵が慌てたように言って給仕に指示を出した。

 

 まるで隣室に用意でもしていたかのように、仄かに冷えたオレンジ色の果実酒が全員のグラスに注がれた。

 この国での飲酒は15歳からですが、一般的には10歳くらいから少しずつ嗜むようになる。おおっぴらに酒場で飲めるのが15歳からってだけ。

 私もベティーに勧められて飲んだことはあるけど、酔いもしなければ美味しいと思うこともなかった。

「あれ……?」

「ルシア……どうしたの?」

「ううん、ちょっと美味しかったから……」

 本当に少しだけ美味しかった。元々珍しいけど有名なお酒だったらしくて、話しかけてきたノエルやリックも美味しそうに飲んでいたけど……。

「……これ…」

 良く見れば、澄んだオレンジ色の液体に“人間”には見えない“濁り”が見えた。

 これ、“魔力”だ……。

 

 ガタン……ッ。

 

 リックとノエル……それとお姉様方が、唐突に意識を失い崩れ落ちた。

「毒……っ?」

 しくじった。いえ、油断していた。悪魔には毒が効かないので、そちらは完全に無警戒だった。

「『光あ……」

 咄嗟に神聖魔法の【解毒】を使おうとすると、急激な脱力感に襲われ、私は立ち上がろうとした椅子から滑り落ちた。

「ユールシア様っ」

「主様っ!」

 その様子に従者(あくま)達が駆け寄ってくる。……この子達には毒が効いていない?

 

「さすがは【聖女】と言われるユールシア嬢ですな。まだ意識があるとは……」

 カペル公爵が今にも笑い出しそうな声音で、そんなことを言った。

「このガキ共は何だ? 酒を飲まなかったのか?」

 コードルが粗野な言葉遣いでカペル公爵の隣に立つ。

 意識が途切れそう……。それよりも拙い。従者達から怒気が沸き上がり、キレかかっている。私がこんな状態で従者達が暴れはじめたら、リックやノエルが死んじゃう。

 

「……『光在(ひかりあ)れ』っ!」

 

 気力を振り絞り神聖魔法の呪文を叫ぶ。

 毒の効果なのか、私の中の魔力が暴れて上手く制御できなかったけど、リック達の毒を少しだけでも中和できたはず。

「……あなた達、リック達を城の外に運びなさい……。それとヴィオ達も…」

「で、ですが、ユールシア様…」

「早くしなさいっ!」

 神聖魔法の光の中、私が従者達に命令すると、しぶしぶ従ってリック達を連れて転移していった。

 私も連れて行ってくれれば面倒はないんだけど、こんな暴れまくっている魔力の私を連れて転移したら、どんな事故が起こるか分からない。

 

 目眩ましとなっていた光が消えると、カペル公爵が慌てた表情を浮かべ、コードルが巨大な剣を構えて、顔を顰めながら私を見下ろした。

「こんな状態で、まだ魔法が使えるとは……」

「そんなことより、リュドリックはどうした!? あの従者達が連れ出したのか!?」

 カペル公爵が従者や給仕をしていた男達に怒鳴るが、扉の前に立っていた彼らは青い顔で首を振っている。

「カペルよ、あんなガキ共はどうでもいい。この小娘一人で、充分なほどの魔力が得られるはずだ」

「だ、だが……、証人を生かしておいたら……」

「いい加減、腹を決めろ」

「わ、わかった」

 

「カ、カペル公爵様、これはどういう事でしょうか……」

 それまで呆然としていたカリストが、ダラダラと汗を掻きながら近づいてくると、その様子に逆に落ち着きを取り戻したカペル公爵は、カリストを見下すような傲慢な視線を向けた。

「ついに我らの【神】が召喚されるのだ、黙って見ておれっ」

「そ、そうなのですか……」

 

 そんな彼らを蔑んだ目で見つめ、コードルはまだ意識を失っていない私の側に来て膝をつく。

「喜べ。お前の魔力で、我が“王”の望みが叶うのだ」

 コードルの顔からは、使命感と達成感……そして、その後に起こることを思い、愉悦に溢れていた。

 私の“人間”部分に毒が効いたのね……。普通の毒なら効かないんだけど、この世界でそんな毒を作れるのは……

「……魔族……」

 もう口も上手く動かせない私が、たった一言だけ漏らした“言葉”にコードルの表情から笑みが消える。

「……なるほど。お前は生かしておいたら危険だな」

 

 小さくそう呟くと、コードルは絨毯の下にあった魔法陣を起動させ、同時に呪文の詠唱をはじめた。

 やっぱり、魔族の人でしたか……。色々怪しすぎたので今更ですけど。

 

「【魔力転送】……っ!」

 

 コードルの呪文が完成すると、私の暴れていた魔力が魔法陣に吸収されていく。

「なんだ……この魔力量はっ。この小娘は本当に人間なのか……」

 

 ええ、私、“悪魔”ですから……。でもやばいかも。暴れていた魔力が無くなって身体は楽になってきたけど、意識も途切れそうになる。

 魔力を無くして意識を失ったら何の抵抗も出来ない……。

 眠っちゃ……ダメ…なのに……。

 ……もう、

 ………………。

 

   *

 

 魔王の腹心である武将コードルは、魔王の密命を受け、人間国家にて魔力の収集を行っていた。だが、武将である彼としては正面から人間と戦い、現れるであろう【勇者】と剣を交えてもみたかった。

 だが敬愛する魔王は、ただ人間に勝つだけでは魔族に未来はないと、コードルには分からない理論でそれを知り、【大いなるモノ】を呼び出そうとしている。

 

 永い時を経た【大悪魔(アークデーモン)】の中から現れる、三種の【支配者級(マスタークラス)】の悪魔。

 

 【悪魔公(デモンロード)

 【魔獣(ビースト)

 【魔神(デヴィル)

 

 制御できずに解き放たれたならば魔族は滅びる。だがそれだけの力がなければ、魔族全体を服従させ、管理することは出来ないだろう。

 そして魔王が、それらの【一柱】でも呼び出そうとする“計画”を人間国家に知られたなら、全ての国家が枠組みを超えて魔族を滅ぼそうとするだろう。

 

 事は慎重に行わなければならない。

 コードルは戦いたかったが、魔王の信頼できる配下の中で、正体が暴かれずに人間社会で活動できるのは彼しかいなかった。

 そして、人間社会で【勇者】と呼ばれる男には出逢えたが、魔族の【暗黒騎士】程度の力しか感じられず、人間そのものに幻滅した。

 

 教会の神官や狂信者を煽り、甘言を用いて魔力のある者を集めさせて、魔力を魔王領へと送る。

 魔王領と人間社会の往復生活に、疲労と焦燥感を感じていたコードルは、その野心を利用していたカペル公爵から【聖女】の話を聞かされた。

 魔族にも伝説が残る、その強大な魔力と慈悲の心で【勇者】を勝利へと導く存在。

 聖女が傍らに在る限り、勇者は不死身と言ってもいい。

 その少女はまだ幼いが、もし“本物”ならば、充分な魔力を得られるだけでなく、厄介な存在である【聖女】を亡き者に出来るかも知れない。

 

 聖女は、とても人とは思えないような美しい少女だった。

 その幼さで、その可憐さで、勇者の力を奪うために創られた秘薬を飲んでさえ、まだ魔法を使える少女を見て、コードルはこの少女こそ“本物”だと確信した。

 その美しさから魔王に献上しようとも考えたが、コードルを魔族と見破るその眼力に彼女は危険だと判断した。

 

 膨大な魔力を吸い尽くされ、意識を失い、冷たい床に伏す少女。

 せめて苦しませずに命を奪おうと足を踏み出したコードルは、突然、言いようのない悪寒に襲われた。

 倒れ伏した少女の、美しい金の髪が波立ち、……フッ、と少女の身体が、ドレスだけを残して消失した。

 何が起きたのか? 少女はどうなったのか……?

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 ドレスの影から小さな金色の固まりが飛び出し、コードルの脇腹を深々と喰い千切っていった。

 その衝撃とあり得ない苦痛に膝をつき、苦痛に歪む貌でコードルが見たモノは、小さな一匹の“金色の猫”であった。

 ただの猫ではない。こんなモノが“猫”であるはずがない。

 理性を失った凶悪な紅い瞳。血の滴る真紅の牙と爪。

 禍々しい暴力的な気配を撒き散らし、偶然近くにいた人間の給仕が、その障気を浴びて生きながら腐りはて、腐汁と腐肉となって崩れ落ちた。

 

「……【魔獣(ビースト)】……?」

 

 その日……【人の心】と【人の身体】による抑制を解かれ、

 悪魔の上位個体【金色の獣】が、聖王国タリテルドに解き放たれた。



 

 ご質問をいただきましたので、多少の補足をさせていただきます。


 この世界には豊穣神コストル教の他に、火と鍛冶の炎神、旅と交易の狼神、学問を司る知識神など、その他にも多数の宗教があり、それらを『宗派』として分けています。

 宗教団体でも同じ意味として扱われますが、こちらには数百人規模の新興宗教も含まれます。

 魔法と魔術ですが、感覚的なものを『魔法』とし、学問や研究面で得られたものを『魔術』と呼んでいますが、その境は曖昧で、その違いを気にするのは学院の教授くらいです。

 一般人は、魔法と魔術の違いも分かりません。学院の生徒も感覚で呼び分けています。

 正確に言えば召喚は『魔術』なのですが、学院では他の教科が『魔法』となっているのでそれに合わせて呼ばれています。

 お気楽な世界観ですみません。私も自分でごっちゃになる時がありますがお許しください。

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― 新着の感想 ―
おおう、これは油断しすぎ。 これで人間の部分が死んだらパーフェクト金色猫になって人の柵も忘れてしまいそう………って、前世持ちか。 そうなると肉体的に完全悪魔化するだけかな?
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