閑話 魔法少女セイントフラウ(新)
空気を読まずに閑話挿入。3-11部分の裏話です。
「コルツ領にはびこる悪は許さないっ、魔法少女セイントフラウ参上っ!」
星空に浮かぶ月を背に、真っ白な花びらの舞う中を一人の少女がそう言って、可愛らしいハート型の杖を構えた。
少女の頬が赤くなっているのは、自分の台詞付きポーズが恥ずかしかったのか、18歳にもなって御パンツ様が見えそうなフリフリの極ミニスカートの衣装が恥ずかしかったのか分からないが、普通の感性ならどちらもだろう。
「………」
そんな色々な意味でギリギリ少女に、口上を受けた執事服の青年がポカンと口を開いていた。良く見れば青年はかなりの美形だ。そんな青年に見つめられて少女の頬がさらに赤くなる。
『フラウ、しっかりっ』
「う、うんっ!」
突然光る玉のようなモノが現れ、フラウの耳元で囁くと、ギリギリ少女フラウは子供のように頷いた。
「…『ヒカーリアーレ』っ!」
「っ!?」
突然放たれた神聖魔法の【聖光】に、唖然としていた青年は慌てて距離を取ろうとしたが、あんな阿呆な格好でもそれなりに実力があったのか、瞬く間に聖なる光に包まれて消滅してしまった。
『やったよフラウっ、吸血鬼をやっつけたよっ』
「うん、ありがと、ムリンっ」
聖王国北部にあるコルツ領。その平和な地に、数年前より吸血鬼が現れるようになっていた。
吸血鬼達の動きは巧妙で、見つからない為なのか襲われる者は裏社会の人間や身寄りのない人間ばかりであったが、それに立ち向かうべく一人の少女が立ち上がる。
魔法少女セイントフラウ。魔法の力とギリギリの衣装で子供達の平和を守るのだ。
「……でも、襲っているのは悪い人ばかりのような…」
『何を言ってるんだい、フラウっ』
フラウの呟きに、ポンッと音を立てて光る玉が小さな羽根のある人型に変わる。
「ムリン……」
『吸血鬼は悪い奴だよ。子供達が狙われたら大変だっ』
トンボのような羽根に身長30センチ程の小さな少年の身体。
【妖精】――精霊や悪魔と同じく【精神界】の住人でありながら、物質状の身体を持つ存在で、物質界に現れる時は精霊や悪魔ほど制限は受けないが、そのかわり力が弱いのであまり見かけることはない。
エルフやドワーフも妖精族になるが、彼らは物質的欲求を得る為に外に出た種族で、長い年月で完全な身体を得て、もう【妖精界】に戻ることは出来ない。
物質的欲求で妖精界の外に出たので、この世界での彼らの性格がアレなのは、ある意味仕方のないことだった。
「そ、それに、この格好も恥ずかしい……」
フラウが赤い顔で短すぎるスカートの裾を下に引っ張る。
『何を言ってるんだい? 昔の勇者が“魔法少女”の衣装はこうだと決めたんだよ』
「そ、そうなの……?」
『これは決まっていることなんだっ。それじゃあ早く帰ろうか』
「あ、遅くなると、朝のお勤めに間に合わないわっ」
フラウはコルツ領の聖教会でシスターをしている。でも、別に教会の孤児院で育った孤児でもなく、両親が特別信心深い訳でもない。
フラウには夢があった。それは幼い頃、お伽話で読んだ【聖女様】になりたいという夢で、絵本の聖女様は、舞台の上で歌いながら踊って、沢山の男性達から旗を振られて応援されていた。
コルツ領の魔術学院で17歳まで学んだフラウは、いい加減目を覚ましなさい、と言うもっともな両親の説得を振り切って、コルツ領に新しく出来た神殿にお勤めすることになったのだ。
そんなフラウに、彼女の夢を応援する為に来たという妖精さんが現れた。
『やあ、ボクと契約して魔法少――ピー(規制)――ってよ』
出会うべくして二人は出会い、ギリギリ魔法少女セイントフラウが生まれたのだ。
「……こんな事ばかりしてて、本当に聖女様になれるのかなぁ」
『大丈夫だよ、フラウっ。ボクは君の願いを叶える為に来たんだ。任せてっ』
悪魔が魂の経験値を喰らい、精霊が魂の発する魔力を得るように、妖精は人間の精神から生まれる“感情”を糧にする。
妖精が少女にしか見えないと言われているのは、彼らが感情が不安定な、少女期の人間の前にしか姿を現さないからだ。そんなムリンがフラウの前に現れたのは、彼女が夢見がちなギリギリ少女だったからだろう。
『さぁ、今日も聖女様に相応しくなるように“魔法”を掛けるよ』
「うん、ありがと、ムリン」
フラウはパッと見てギリギリだが美少女と言える。でもフラウがムリンと出会う前の彼女は、もっと素朴な顔立ちをしていた。
ムリンはこんな地味な自分では聖女様になれないと内気になるフラウに、綺麗になる魔法を掛けようと申し出た。最初は親から貰った大事な顔を変えることに抵抗があったフラウだったが、ムリンは『この程度、お化粧と変わらないよっ』と言って、フラウの一重瞼を二重に変え、歯並びを徐々に整え、目鼻立ちをくっきりとさせて、フラウをギリギリだが美少女に“改造”していった。
そんな生活を送っていた二人は、ある日とある“噂”を耳にする。
『フラウ、大変だよっ。ここに聖女様が来るんだってっ』
「ええええ~~~~っ!?」
この聖王国で【聖女】と呼ばれる事は、他の国で聖女と呼ばれるのとは訳が違う。
金貨十枚(約100万円)の年代物の果実酒と、小銀貨一枚(約千円)の量産品の果実酒ほども違う。
そのブランド品の【聖王国の聖女】に最も近いと言われる、ヴェルセニア公爵令嬢がこの新しい神殿にやってくると言うのだ。もし聖王国の【姫】とも呼ばれる彼女が選ばれれば、フラウが同時期に【聖王国で聖女】になれる可能性はほぼ無くなる。
「ど、どうしようっ」
『落ち着いてフラウ。考えようによってはチャンスかも知れないよ』
慌てるフラウにムリンはニヤリと笑う。
『ボクがそのお姫様が来る時、近所の子供を凄い病気にするから、それをフラウが癒すんだ。凄い病気だからお姫様には治せないよっ』
「なっ、……だ、ダメよ、子供を病気にするなんて、可哀想じゃないっ。それにそんな凄い病気なんて、私には治せないわ」
『ボクが病気にしたんだから、ボクがあげた杖で治せるよ。それに本当に良いの? そのお姫様が聖女様になったら、フラウの夢は叶わないんだよっ』
「っ!?」
ムリンに説得されたフラウは、当日、魔法少女の杖をこっそり隠しながら、お姫様を待つことになった。
そして予定通り母親に抱かれた全身包帯だらけの子供が担ぎ込まれ、その苦しむ姿に罪悪感に包まれていると、『公爵家ご令嬢が到着した』という知らせが届き、フラウは絵本で見て憧れた本物の“聖女様”を目撃することになる。
『さぁフラウ、準備はいいかい? 今日、君の夢が叶うんだよ』
離れた通路の影から苦しむ子供を見ながら、ムリンが愉しそうに嗤う。
妖精は“感情”を糧にする。フラウの甘くふわふわした感情がケーキなら、あの子供の母親の悲しみは、ほんのり苦いチョコレートのようなものだ。
ムリンがフラウを“魔法少女”としたのは、戦いを経験させることで彼女の感情をより大きく揺るがせる為だった。そして苦労が多ければ多いほど、夢が叶った時の喜びはとても大きなモノとなるだろう。
『さあ、そろそろ……ひぃっ!?』
ムリンは正面入り口から現れた、金色の“お姫様”を見て恐怖に顔を引き攣らせた。
『な、なんで……なんで、あんなモノが、物質界にいるんだよっ!?』
何も考えられず、フラウさえ見捨ててでもここから逃げようとしたムリンを、何者かの手が素早く捕まえた。
『なっ、』
パク。
先行して下調べをしていた、公爵令嬢専属メイドの一人がムリンを掴むと、そのまま口に放り込み、もぐもぐごっくんと嚥下した。
そのまま主の元にそっと戻ると、もう一人の金髪縦ロールのメイドがチラリと視線を向ける。
「ファニー、何か居まして?」
「ん~…、吸血鬼達から報告された、例のグレムリンが居たよ。美味しかったぁ」
「あら、良かったですわ」
*
「…………」
フラウは神聖魔法の【治癒】を使いながら、呆然と座り込んでいた。
ムリンが子供に掛けたという“凄い病気”と言った【呪い】は、あっさりとお姫様が治してしまった。
それだけでなく、その光を浴びた者は持病の腰痛も偏頭痛も完璧に癒され、フラウのギリギリ美少女だった顔も、元の地味な顔立ちに戻してしまったのだ。
ムリンを呼んでも応答はなく、彼がくれた杖もただの木の枝に変わり、あまりの出来事に呆然とするフラウに、そのお姫様にぶっ飛ばされ、フラウに治療されていた神官が声を掛ける。
「どうした、フラウ。何か悩み事か?」
「い、いえ……」
三十半ばのその神官は、フラウにとって上司や師匠のような者だ。その真剣な眼差しに見つめられ、自分の顔が元に戻っていると思いだしたフラウは、慌てて顔を隠した。
「み、見ないで……」
「あ、……いや、すまん。あまりに可愛らしいので見つめてしまった」
「……え」
その神官は女性が苦手で、派手な顔立ちだと思っていたフラウをまともに見ていなかったらしい。そして今日初めてフラウを間近に見て、その清楚な可憐さに思わずその言葉が出たと言った。
「フラウ……歳が離れているので嫌かも知れないが、私と結婚してくれないか」
この聖王国では、聖職者でも普通に結婚が出来る。
フラウは神官の言葉に目を見開き、あんな奇抜な魔法少女や、魔法で変わった顔ではなく、素のままの自分を見てくれる男性の真摯な瞳に、真っ赤な顔で俯きながら小さく口を開いた。
「……はい、お願いします」
それからフラウはその神官と結婚し、聖女となることは諦めて、孤児院の子供達に神聖魔法を教えながら、生きることにした。
そんな彼女を子供達は、『聖女のおねーちゃん』と呼ぶようになったと言う。
こうして沢山の人の人生を変えているんですね。





