3-10 満九歳になりました ①(済)
私はつい先日、九歳になりました。
今回の誕生日パーティーは軽めに済ますことが出来ました。それは何故かと言うと調子が悪かったんですよ。
軽めと言ってもパーティーの規模はそのままに、私が表に出る時間が減っただけなんですけど、正直言うと具合が悪くて助かりました。
最近、私を怖がる人が少なくなってきたのです。それは嬉しいんですけど、私に挨拶に来た人が、なかなか帰ってくれないのですよ。あと、目が怖い。
「いたたたた……」
王都のお屋敷で、お年寄り臭く『どっこいしょ』と椅子から立ち上がると、ヴィオ達メイド衆から残念そうな目で見られた。
「ユルお嬢様……」
「仕方ないでしょ……痛いんだから」
デロデロに甘やかされて育った私は、痛みに対する耐性がほとんど無いのです。
湯船につかった時、『うぃ~』とか唸っちゃうもんなんです。
それで、どこが痛いのかというと、まず脚が痛い。夜中に攣ったりする。それと人には言えない部分があちこち痛い。……最近膨らみはじめてきたのです。
まぁ数ヶ月前よりずいぶん楽になったけど、これって成長痛だよね……。
普通は中学生くらいにくるものではないの? この半年で5センチくらい身長が伸びて、もう150センチくらいになって、二つ上のベティーと同じくらいの大きさです。
リックも数年前にいきなりデカくなったけど、やっぱり王家の血筋って、背が高くなる体質なのかな? スラッと背の高い女の子は憧れるけど、お父様より大きくなるのは嫌だなぁ……。
そんな訳で私の見た目が少し変わってきました。
変わったと言っても、幼児体型だったぽっこりお腹が多少引っ込んで、あちこち丸く柔らかくなって膨らんできた程度なんですけど、ヴィオ達から言わせると、ずいぶんと印象が変わったそうです。
お母様や婆やは、子供用のドレスじゃなくて、大人用のデザインのドレスを発注しはじめているし……。今から作ってもサイズ変わるよ?
それに、なんか私を見るティナの目が、偶に獣みたくなるから怖いわ。
「まだ早い」
今日はお父様と一緒に、トゥール領の視察でお出掛けしているのですが、まだ脚が痛くて、馬車に乗る時に抱っこしてもらい、久々にお父様のお膝の上に乗せて貰ったら、そんなお言葉をいただきました。
「何がですか?」
身体が大きくなって掴まるところがないので、お父様の首に手を回すと、お父様が困ったような顔になる。
お膝の上に乗ると、目線がほとんど一緒になるので、お父様の麗しいお顔が間近に見られて嬉しいな。
「あ~……、そのドレスは、ユールシアにはまだ早いと思うんだ」
「……そうですか?」
今日のドレスは、お母様に戴いた大人っぽいドレス一号です。
パーティー用のスカートがびろびろした物でなく、ふくらはぎ丈のロゼカラーのワンピースで、上半身はシックに、スカートはふんわり可愛らしい、結構お気に入りだったのですが……。
お父様は、すぐ近くにある私の目から逸らすように目線を下げて。
「首元が出ているじゃないか……」
「うん」
そう言えばそうね。
お馬鹿な私は最近になって気付いたことがあります。
私が今まで着ていたドレスは、お子様用だとばかり思っていたのですが、どうやら、“聖女様”用を兼ねていたらしいのです。要するに、袖は手首まで隠し、首も顎下まで覆った、手と顔しか肌が露出しない仕様だったのですよ。
袖は相変わらずですが、このドレスは首元が出ちゃってます。初めて鎖骨をちょろっと見せています。鎖骨はエロの基本ですっ。
「お父様……過保護すぎです。シェリー達は腕まで見せてますよ?」
「いやいや、ユールシアはまだ九歳なんだから」
鎖骨が見えているだけですよ……? 今年の誕生日パーティーに来てくれたベティーなんて、鎖骨どころか両肩丸見えのノンショルダードレスだったのに。
うん、あれはエロ可愛かったですわ。
だが、そんなお父様も相変わらず色気むんむんである。
三十代も半ばになって色気にさらに磨きがかかり、十年後が楽しみな逸材なのです。
でも髪の毛には気をつけてくださいね。乾燥ワカメはまだ山ほどありますよ。
ちなみにミレーヌに押し付けた大量のワカメは、彼女がワカメパンとして売り出し、あの街で名物になりつつある。……山の中なのに。
ワカメパンの作り方を指導する吸血鬼……。私は悪くない。何も悪くない。
吸血鬼の生真面目さに悪魔の良心が痛い……。
「……ユールシア」
ワカメに思考が飛んでいた私を、お父様が真面目な声で引き戻した。
「どうしたのですか…?」
内容は何となく分かっていますけど、九歳の娘らしく、不思議そうな顔で首を傾げてみる。
お父様は私の瞳をジッと見つめ、小さく溜息を漏らすように話し始めた。
「今年も後二ヶ月……。来年になったら、ユールシアは三年生だね」
「……はい」
「ついこの間まで小さな子供だったのに、もうすっかり淑女になったね……」
「そんな……」
大人になっても甘えまくるつもりなのに、急にそんな、嫁に出す前の父親みたいなことを言われても……。
でも貴族の子だと、大人扱いは嬉しいのかな? この国の……って言いますか、この世界の人達は基本的に真面目なのよね。
なのに、どうして私の周りは残念な人が多いのか……。
「ユールシア…」
「あ、はい」
「コルツ領には、無理に行かなくてもいいのだよ」
「………」
まぁ、やっぱりその話ですよね。
その話が来てから、お父様はお祖父様に直談判……は、公式には色々拙いので、お祖父様や伯父様と裏でお話しされていたみたいなんですが、カペル公爵とコストル教の正式な依頼を断ると、王家がヴェルセニア公爵家のみを贔屓していると見られかねない。
要するに、私を甘やかしたい為に【姫】認定をした、お祖父様のせいですが……。
コルツ領のコストル大聖堂に、私が赴任する期間は一ヶ月。
ちょうどその時期に、カペル公爵と懇意にしている“武装国家テルテッド”から、お父様をご指名で、式典に参加してほしいと要請があった。
あからさますぎてビックリだね。
そんな状況で、私が行かなくていいと言うことは、お父様が全ての責任を被るという意味になる。
そんなことになれば、外務大臣を失職するかも知れませんし、ヴェルセニア公爵家としての貿易も、いちゃもん付けられて制限が掛かるかも知れない。
そして何より、お父様が夜会やらパーティーやらで、カペル公爵家の関係者からネチネチ言われ、陰口を言われるようになるでしょう。
それら全てを受け入れてでも、お父様は私を護ろうとしてくれる。
でも……。
「大丈夫ですわ、お父様。私は強いんですのよ」
私はまったく気負いもなく、ニッコリと笑う。
はっきり言って、お父様がそんな目に遭うくらいなら、今すぐカペル公爵家を潰してきますわ。めっちゃ物理的に。
「……ユールシア。私は心配なんだ」
「お父様……」
私の頬に触れた大きな手に、私の小さな手を重ねる。
「カペル公爵様も、私に直接手を出すほど愚かではないでしょう。それにリックが一緒に来てくれますから」
私的には微妙だけど、お父様を安心させるためにリックの名前を使う。
防波堤としては“地位のある大人”が来てくれるのが望ましいけれど、他の公爵家は、諍いに巻き込まれたくないので傍観しているし、伯父様やエレア様では、やはり贔屓していると見られるので、リック程度が丁度良いとも言える。
でもお父様は、リックの名前が出ると、安心するどころかいきなり顔を顰めた。
「そんなにも……リックと心が通じ合っているのか……」
「……は?」
な、なんでそんな話に……?
「ど、どうしたのですか、お父様」
「リックは良い少年だし、彼がユールシアに入れ込むのも理解できる」
「おとーさまーっ」
何か話がおかしな方向に行ってない?
「ユールシア、私は心配だ。君の美しさに、向こうで様々な男が飢えた獣のように群がってくるだろう。今でさえ、国内や他国から求婚が絶えないというのに……」
「えっ!?」
初耳ですよ、お父様っ。
ちょっと待って。私がカペル公爵に苛められるとか、身の危険があるかも知れないとか、そう言うお話では無いのですかっ?
国内の縁談は知っていたのですが、国外からも縁談が来ているなんて初めて聞きました。もしかしてお父様が握りつぶしていたのですか?
「カペル公爵はあまり良い性格ではないが、その息子達は比較的まともで見た目も良いと聞いている。彼らがユールシアの美しさに我を忘れて求婚してくるかも知れない。他の貴族家も大勢の子息を紹介してくるだろう。だからと言ってリックが良いという訳ではないのだよ。ティモテがいまだに婚約者を決めないのは、ユールシアがある程度の年齢になるのを待っていると噂もあるし、私は心配だ……」
「……えぇ~……」
何てことでしょう。そっち方面の親バカでしたか。
簡単に嫁に行く気は無かったのですが、放っておいたら行き遅れになりそうです。
私の身の安全は……? そんな気持ちも諸々含めて思わずジト目を向けると、お父様はやっと暴走気味だった自分に気付いて、『コホン…』と軽く咳をする。
「安全面はユールシアも知っているバルナバスに頼んでおいた。彼は以前の功績のおかげで準男爵だったが、子爵位を与えておいたし、私の権限を与える書状も持たせるので向こうでも色々と壁になってくれるだろう」
「そ、そうですか……」
ば、ばる……? どなたでしたっけ? まぁ、会えば思い出すでしょう。
でも、私を守るために子爵位を与えたって……。確信しました。似てないのかと思っていましたが、そう言うところはお祖父様と親子ですのね。
しみじみとそんなことを考えていた私の額に、お父様は自分の額をコツンと当てて。
「ユールシアが見た目よりも強い子なのは私も知っている。私もリアステアも、君が無事に戻ってくることを信じているよ」
「はい……お父様」
信じて……信頼してくれていたんですね。
たぶん“強い子”の意味は、私と両親とは違うと思うけど、私に向けられる悪意は相手に叩き返してあげますわ。……物理的に。
二ヶ月後、三年生に上がると同時に、私はコルツ領に出発した。
そこで私は、とある人と“再会”することになる。
物語が動きます。……やっと。





