3-08 二年生になりました ①(済)
年度が替わり、季節が巡り、魔術学院の二年生になった私は、後数ヶ月で九歳になります。某魔砲使いの女の子と同じ年齢です。もう幼女とは呼ばせませんよ。
……そろそろ私も“変身”するべきなのでしょうか?
でも、私が変身すると魔法使いの少女と言うよりも『変身はあと二回残してます』風になってしまうのが悩みどころなのです。
まぁ、それはそれで心惹かれるのですが、とりあえずそれは置いておくとして、私は二年生になっても、生活は特に変わっておりません。
いつも通りシェリーやベティーと一緒に遊んだり、お茶会をしたりしています。
多少変わったことと言えば、ようやく私に慣れてきたのか、同級生達が挨拶をしてくれるようになりました。
……二年近くかかってやっとですよ。
うちの従者達は、普通に話しかけられたり、お手紙を貰ったりしているのに、この差はなんなんでしょ?
シェリーに聞いても、
『ユル様が綺麗すぎる罪なのですわっ』
などと意味の分からない供述を繰り返すばかりで、本当に良く分からない。
それと、“ガキんちょリックちゃん”のことなのですが、とりあえず表面上は落ち着きました。
妙な態度で私も変に意識してしまいましたが、特に告白イベントがある訳でもなく、何のリアクションも無かったので、私の勘違いだったのでしょう。
……あの野郎……乙女心を弄びやがって、許すまじ。
でも良かった、私から聞かなくて……。へたしたら、勘違いをした“痛い子”になってしまうところでした。危ない危ない。
まだちょっとだけモヤモヤしますけど……。
「ユールシアっ」
お供にティナだけを連れて、授業をサボりにサロンに行く途中で、突然、呼び捨てで呼び止められた。
この学園でそんなことをする奴は、“あいつ”しかいませんね。
「……リック」
リックは基本的に“俺様野郎”なので、大抵の場合は従者達を置き去りにして、ずかずか歩いてくるのですが、最近の彼はひと味違う。
魔物から逃げ出した戦士が、逃げる途中にいた全ての魔物を“列車”の如く引き連れてくるように、リックの後をぞろぞろと女の子達が付いてくるのです。
あ、また増えた。
……なんだろ。なんかモテっぷりがムカつくな。
あの小憎たらしいガキんちょだった彼は、12歳になって“少年”となり、王家の人間は発育が良いのか、身長もすくすく170センチ近くにまで育って、私と頭一個分も違うのですよ。
「………」
「ユールシ…」
リックは私の近くまで来ると、一瞬顔を引きつらせて足を止めた。
その後ろに続く女の子達も、息を切らしながら彼に追いつくと、リックに声を掛けようとして、凍結したように固まった。
「……リュドリック兄様?」
「……お、おう」
皆さん、何に怯えているのでしょう? 私が怖がられているのは知ってるけど、女の子達は、ポカンと口を開けていたり、病気のような真っ赤な顔で見つめていたり、ぷるぷる震えていたり、おかしな事になっている。
「……皆さんも何のご用で?」
声を掛けて彼女達に視線を向けると、金縛りが解けて、波が引くように一斉に後ろに下がっていった。
……あれ? 威圧しちゃったのかな?
「お、お前、ちょっと来い……っ」
「え……」
険しい顔をしたリックが私の腕を掴むと、女の子達を放置して早足で歩き出した。
「……また、腕を掴む……」
「うるさいっ」
何なのよ、もう……。こういう事に煩いティナがやけに静かなのでおかしいな……と思っていたら、ティナも私達の後を付いてきながら顔を引き攣らせていた。
上級貴族しか使えないサロン近くで、誰も居なくなったのを確認すると、リックが私の顔を覗き込む。
「ユールシア……、お前、何でいきなり無表情になってるんだ?」
「………え?」
表情がなくなってた? リックは“私”に慣れているからまだ平気みたいだけど、だからみんな怯えていたのね……? う~ん……。
何だか良く分からないけど、“人間らしく”なかったのだと分かって、私は片手で頬をムニムニ揉みほぐして深呼吸すると、リックがホッとするように息をついた。
もう大丈夫かな? とティナを見ると、彼女も安堵したようにコクコク頷いている。
「……ようやく、いつものユールシアに戻ったな」
「……いつもの私って、どんな顔なの?」
「あ~……眠そう…?」
なんだそれ。なんで疑問系なのよ。
「機嫌悪かったのか……?」
「……わかんない」
本当に何だったんだろ? 偶に自分がわかんない。
そうだっ。あの小憎らしくもまだ可愛いガキんちょだったリックが、ちょっと格好良くなって、女の子達を誑かして侍らすような子になったのが、保護者的に嫌だったのですよっ。うん。
「リックが悪い子になったからです」
「何でだよっ!?」
むぅ……しらを切る気ですか。
「沢山の女の子を連れて歩いていたではありませんか」
「知らないよっ! あいつら勝手に付いてくるんだよっ。あ~…」
「……?」
リックは憤慨しながらも、首を傾げる私を見て、何故か口元がニヤついていた。それちょっとムカつく。
「ところでリック……。そろそろ私の手を放してくれない?」
「………」
リックはやっと、私の腕を掴んだままだと気付いたみたい。
思いっきり握ってくれちゃって……。痣にでもなったらどうするの? 本当に強引なんだから、こいつは。
「いや、お前に用があったんだ。ちょっと付き合え」
「えっ、なに?」
リックはそのまま近くのサロンまで直行し、結局、そこに着くまで私の手を放してはくれなかった。
え、マジで? その歳で拘束趣味とかはないよね……?
*
サロンの一室で、ピアノの音が静かに流れる。
ちょっと眠くなるようなゆったりとした旋律の、私好みの曲。
「…………」
何故か、私はリックと二人きりで、彼の弾くピアノを聴いている。……何故か。
椅子に腰掛けた私が飲んでいる紅茶は、私が煎れたものではなく彼が自分の手で煎れてくれたものだ。手際がいいのが妙に腹が立つ。
それはイヤミ? ぶきっちょスキル持ちの私に対するイヤミ? やさぐれちゃうぞ。
従者なのでサロンに入れない外のティナから、がんがん殺気が漏れているけど、大丈夫なんだろうか……。
「……寝るなよ、ユールシア」
不意に曲を止めて、リックはそんな失礼なことを言ってきた。
「……寝ませんよ」
少しだけ眠たかっただけですよ。
でも私が眠たそうにしていると安心するのか、リックは口元に笑みを浮かべ、ピアノから離れて私の所へ歩いてくる。
「落ち着いたか?」
「……何が?」
「………」
あ~……そっか。私が機嫌悪くて怖い顔をしていたと思ってるんだ。
別に今は普通に落ち着いているし、そもそも私の精神は人間のように激しく上下しないのです。……多分。
「……まぁいい。それよりユールシア。コルツ領に、コストル聖教会の新しい大聖堂が出来るのを知っているか?」
リックは軽く溜息をつきながら私の隣に座ると、やっと本題に入った。
「……大聖堂?」
「そうだ。このタリテルドの五カ所目の大聖堂で、国と領主が建築予算の半分を出している」
国が予算出しているのか……。それって良いんだっけ? 国教だからいいのか。うちは政教分離じゃないもんね。コストル教の教皇は大臣クラスの権限を持つけど、任命は国の承認が必要になる。
「何かあったの……?」
「いや、まだ何も無い。……たぶん今日明日中にも叔父上……ヴェルセニア公爵から言われると思うが、新しい大司教と領主から連名で、次代聖女であり聖王国の【姫】であるユールシアに、コルツ領に来てほしいそうだ」
「……はぁ?」
来てほしいって……アバウトですね。
「向こうに行って……私は何をするの?」
「さぁな……。おそらくは、領の住民に姿を見せて神聖魔法を見せたり、重病人や重傷者を癒したり、人集めて説法を……これは無理だな」
「むぅ……」
悪かったわねぇ……おバカで。でも。
「ずっとじゃないんでしょ? どのくらい?」
「向こうの希望は一年だったが、それはユールシアの都合でいいはずだ。普通は数週間程度だな」
一年ならお断りだけど、数週間ならいいかな?
私はその話の内容に少しだけ興味を惹かれて、リックの顔を見る。
「それなら……それをリックが私に話す理由は何?」
それだけなら、リックが私をサロンに連れ込んでまで話す理由にはならない。他にも理由があるんでしょ? と視線で訴えると、リックの顔が呆れたものに変わった。
「あのなぁ……お前、公爵家令嬢だろ? 一応」
「な、なによ」
「コルツ領……。カペル公爵家の領地だよっ」
「あ、……あぁ~」
うちのヴェルセニア公爵家と仲の悪い、カペル公爵家かぁ。
「ごめん、眼中にありませんでしたわ」
「………」
リックがさらに呆れた顔になった。……諦めた顔かな。
「とにかくだ。叔父上は、そんな場所にお前を行かせたくはないだろう。だが、国家として関わっているし、正式な要請で【姫】であるユールシアに来てほしい、と要請されれば無視することも出来ない」
「………うん」
わざわざカペル公爵が私を呼んでいるのが怪しい。でもそれだけで【姫】として王家の一員のような扱いを受ける私が呼ばれるのを、王家としては“怪しい”と言うだけでは断れない。
まぁ、全部お祖父様のせいだね。
しかも良く聞けば、その日程は、お父様の国外出張の時期と一致していた。
うわぁ……露骨だなぁ。ちょっとワクワクしてきた。
それに新しい“大司教”ね……。
「だから、ユールシアが行く時は俺も行く」
「……へ?」
何でそうなる。
「え、えっと……多分、私は平気だよ?」
「ユールシアが聖女と呼ばれるほどの“力”があるのは知っている。だけど危険なのは、お前の“命”もそうだが、“名誉”や“心”だと思っている。俺が一緒なら、カペル公爵も簡単に手は出せないはずだ」
さすがにカペル公爵にしても、国王陛下であるお祖父様に溺愛される私を、嫌がらせで命を狙うような馬鹿はしないと思う。
だからリックが言うには、狙われるのはヴェルセニア公爵の“栄誉”や“名声”であり、それを効果的に狙うために私の“心”を苛むつもりなのだ。
それ、私の大好物なんだけど……。
「………」
リックは黙ったまま、真剣な瞳で私を見つめている。
私が危険だというなら、それを庇うリックも危険になるんだよ?
………そんな目で見るから、色々女の子が勘違いしちゃうんだよ、もう。
仕方ないなぁ……。
リック……君は、私が護ってあげるよ。
誤字等のご指摘ありがとうございます。





