3-05 満八歳になりました ③(済)
その人は、黒目、黒髪の中肉中背の男性で、まだ二十代前半に見えた。
彼が【勇者様】か……。
それなりに魅力的だけど、惜しい……。あと十年経ってから出直してこい、若造が。甘えるなら大人の男性で、学生恋愛するなら同年代。中間はない。
まぁ、それはどうでもいいんだけど。
「初めまして、美しい姫君。私はアルフィオと言いまして、他の者から勇者などと大層な名で呼ばれておりますが、姫君には是非、アルと呼んでいただきたい」
そう言って勇者?アルフィオは、私の前で跪き、手の甲に口付けを……する寸前で、ノエルがそれを遮った。
「………」
「………」
知人からの正式な紹介ではないから、護衛としては正しい。……かも?
一瞬、険悪な空気が流れそうになったけど、アルフィオはすぐに立ち上がると、朗らかな笑みを浮かべて、ノエルを上から見下ろした。
「姫君には、優秀な騎士殿がおられるのですね」
明るい笑顔だけど、伯母様のお話を聞いていたせいか、なんかわざとらしく見える。とりあえず心の中でノエルに親指を立ててから、私は何も無かったかのように、挨拶を返した。
「ユ、ユールシア・ラ・ヴェルセニア……です」
や、やばい、頬が引きつる。
はっきり言って私は、彼の行動もノエルの勇気も、どれも気に出来るような精神状況ではなかったのです。
そんな私の様子を見て、怪訝な顔をしていた勇者アルフィオは、すぐに納得のいった顔で私に笑みを向けた。
「ははは、ユールシア様。【勇者】と言っても、そんなに緊張しなくて良いのですよ。さぁ私の仲間を紹介しましょう」
違う。そうじゃない。
「まず、回復役をしてくれています、アンティコーワです」
ぶほっ。
その瞬間に私の我慢は限界を迎えて、盛大に吹き出してしまった。
「……な、なんですの…」
お腹を抱えて震えている私に、彼女――エルフのアンティコーワさんが、顔をしかめながら、そう呟いた。
「失礼いたしました……。ユールシア・ラ・ヴェルセニア……ですわ」
まさか、こんな場所で、不意打ちでエルフに出逢えるとは思わなかった。
頬が引きつりながらも挨拶をする私に、アンティコーワさんは私をまだ子供と侮り、高飛車な口調で名乗ってくれた。
「それはどうも……。アンティコーワです。アルフィオを“アル”と呼ぶなら、私のことも“アンコ”と呼んでもよろしくてよ」
ぶはっ。
そして私はまた盛大に吹き出した。塩大福め……なんて酷いことをする。
そんな原因不明の痙攣を続ける私に、アンコさんは顔を引きつらせながらも、上から目線で、無理矢理笑みを浮かべる。
「私が回復して差し上げますかぁ? これでも私は、北で【エルフの聖女】と呼ばれてるのよ。あなたもその若さで【聖女】なんて言われたら大変でしょ? 聖女なんて一人でいいと思わない?」
エルフの彼女は、イメージ通りの耳が長くて、線の細い美人さんだったけど、なんかダメだ……。顔を見た瞬間に笑ってしまう。
「ユールシアっ、いい加減にしなさいっ!」
アンコさんの後ろから、笑い続ける私を叱責する声が聞こえた。私もこれは怒られても仕方ないと思う。
でも、そんな事はどうでもよろしい。
「お姉様、お会いしたかったですわ」
アンコさんを視界に入れないようにして、やっと笑いが治まった私は、お姉様方を前にして、自分でも驚くくらい良い笑顔を浮かべていたと思う。
やっと来てくれました、私の腹違いの姉である、アタリーヌ姉様と、その背後から隠れるように私を睨む、オレリーヌ姉様です。
「ユールシア様の姉君達は、私の仲間となってくれたのですよ」
勇者アルフィオが教えてくれましたが、お姉様方は“魔法使い”として勇者様ご一行の一員となっているようです。
ああ、やっと逢えましたわ。可愛らしいお姉様方。
特にアタリーヌ姉様は、良い具合に“熟成”が進んで、収穫がとても楽しみになってまいりました。
「あ、あんたみたいな愚図な子が、アル様のお話を聞かず、アンコ様を無視するなんて許されると思ってるのっ!?」
私があまりにも晴れやかな笑顔だったので、若干、アタリーヌ姉様が引いている。
……あんまり“アンコ”って言わないで。また笑っちゃうから。
「そうよっ、私達は勇者であるアル様の仲間になったんだから、あんたなんか…」
オレリーヌ姉様が、何か三下みたいなことを言い始めていたので、ジッと見つめて、軽く魔力で【威圧】してあげたらすぐに静かになりました。
「お父様の娘が、はしたないですわよ、お姉様」
「……あんたっ」
オレリーヌ姉様を庇うようにアタリーヌ姉様が前に出る。
姉妹の睨み合い……にはならなかった。アタリーヌ姉様は私を睨んでいるけど、私はただ微笑んでいただけなんですもの。
でも……アタリーヌ姉様だけは、ほんの少し理解できたみたいね。
微笑みながら見る私の目が、あなた達を【人】として見ていないことを……。
「ごめんなさい、お姉様。また遊んでくれると嬉しいですわ」
熟成が進むまで突きすぎても良くないので、とりあえず会話を打ち切る言葉を満面の笑みで口にすると、アタリーヌ姉様はギリッと歯を軋ませた。
「覚えてなさい……」
私の素直な気持ちを“嫌味”と受け取ったお姉様は、そんな素敵な捨て台詞を残して、またどこかへ行っちゃいました。
もちろん忘れたりしませんわ。でも少しばかり、遊びすぎたかしら……。
勇者様やアンコさん達もお姉様の後を追うように退場して、その様子にしばし呆然としていたカリストさんは、慌てて私に一礼すると、一言残して彼らの後を追う。
「ユールシア様、私は再来年……いえ、来年には、タリテルドの教会で司教になることが決まっております。その際には、また是非、ご挨拶を……」
***
シグレスの勇者、アルフィオ・ペート、22歳には、人には言えない秘密がある。
彼はシグレス北部にある大果実園の次男として生まれ、貴族ではないが、それなりに裕福な家に生まれた。
最初に変化があったのは二歳の時。
魔力検査で、精霊魔法の適性こそ無かったが、普通の魔法は地水火風、すべての属性に適正があり、その才能に驚いた両親がアルフィオに英才教育を施し、周りから常に褒められて育った。
次に変化があったのは四歳の時。
両親や兄弟は、暗い赤毛に茶色の瞳であったが、自分だけが黒い瞳に黒い髪と違っていて、家族は誰も気にしてはいなかったが、アルフィオは疎外感のようなものを感じ、その思いは徐々に『自分が選ばれた者』だと言う考えに変わっていく。
そして……七歳の時、高熱を出して寝込んでいた彼は、唐突に“前世”の記憶を思い出した。
前世の名前も、顔も、家族すら思い出せない。
でもアルフィオは、魔法が存在せず、科学の恩恵に溢れた、その世界の【知識】を思い出し、大学生の頃に急性アルコール中毒で死亡して、この世界に生まれ変わったのだと確信した。
それからアルフィオは、人が変わったように魔術や剣術の修行をはじめた。
前世の本で読んだ知識を使い、新たな魔法を作り、端から見て気が狂ったかのような熱心さで魔力を上げる修行を行い、実家で採れた果実を前世の世界での加工技術を用いて、実家の商売を拡大させることにも成功した。
果実園や近隣の村を襲う魔物を倒し、森を切り開く農地開拓のせいで怒れるゾウの群れに襲撃されるエルフの里を、美しいエルフの娘と共に退け、いつしかアルフィオは、シグレスで【勇者】と呼ばれるようになっていた。
自分に好意を向ける、エルフの娘と、戦士であり幼なじみである騎士家の娘を、優しい笑みで見つめながらアルフィオは思う。
(……やっと二人か)
隣国の聖王国では少ないが、このシグレスでは一夫多妻も珍しくはない。
前世から憧れていたエルフの美少女。
幼なじみのような可愛い騎士家の娘。
まだ足りない。このような世界に生まれ変わったのなら、最低でも6人は嫁が欲しいと、彼は真剣に考えていた。
何故、6人かというと、一週間日替わりで、最後の一日は全員で楽しもうと考えていたからだ。
そんなある日、アルフィオは資金提供を受けている司祭長から、王弟殿下の結婚式に誘われた。
妙な知識と偏見から、どれほど有名になっても王族とは距離を置いていたが、そこに数ヶ月前に“嫁”候補となった、貴族の美人姉妹の“妹”が参加すると聞いて、彼は即座に参加することを決めた。
結婚式当日。その“妹”が八歳だと聞いてがっかりしたが、それも『有り』だと思い直し、披露宴に参加したアルフィオは、そこで驚くような美しい少女と出会う。
ほのかに輝く、黄金の糸のような髪。
上質の絹のような、滑らかな白い肌。
その顔立ちも欠点が見あたらないほど美しく、前世で二次元やCGに見慣れていた彼は、その異様な美しさを不自然に思わず、完璧すぎる美少女だと捉えた。
(この美少女は、必ず手に入れるぜっ)
アルフィオはそう心に決め、今日も司祭長からの依頼を受けて、人攫いを襲い、子供達を救う。
ただ一つだけ、自分も最初は笑いそうになった塩大福の存在に吹き出した、その少女に奇妙な親近感を覚えながら。
誤字等のご指摘ありがとうございます。非常に助かります。
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