3-04 満八歳になりました ②(済)
農業国家シグレス。人口200万の、でっかい農村。要するに畑ばっかりの国なのです。都心部はさすがに綺麗な街だけど。
早く街に入りたいんだけど、シグレスに入ってから少し歩みが遅くなっている。
「姫様っ、この焼き芋美味しいですよっ」
「いやいや、このモロコシの甘さは……」
「あっちで生で食べられる取れたて白アスパラがっ」
……君達、旅を満喫しているね。途中の村や街には、あちらこちらに露天や屋台があり、私の護衛騎士達が飛びついて買い求めていた。
そのあまりに自由すぎる女性騎士達に、傭兵団の皆様が唖然としている。
いやいや、すみませんねぇ。
まぁ、私が王都の学院に入学してから、あまりお出掛けすることがないので、長期出張は久しぶりだから、はしゃぐのは分かります。
気安い上司を目指していますが、ちょっと甘やかしすぎたかしら?
「ヴィオ。今回食べた物について、あの子達に綿密なレポートを提出させてね」
四人の従者以外に唯一同じ馬車に乗っているヴィオに指示を出すと、ヴィオは真面目な顔で頷き、それから少しだけ笑った。
「ユルお嬢様は、お優しいですね」
「彼女達のお仕事を増やしただけよ……?」
むぅ……まだ甘いか。でも、シグレスが輸出したい物ではなく、安くて美味しい物があるのなら、それを輸入するべきなのです。
姫よりも聖女よりも、私はヴェルセニア公爵の娘なんですから。
*
「このたびのオスロ王弟殿下のご成婚、タリテルドを代表しまして、ユールシア・ラ・ヴェルセニアがお祝い申し上げます」
シグレスの王都に到着した三日後、王弟殿下オスロ様と侯爵家ご令嬢エティア様との結婚式が行われた。
派手さはないが、大きさでは近国随一と言われる王城で、王家の方々に挨拶をして、結婚式では出席者の皆様の前で挨拶をして、その後、披露宴の出席者の前で三回目の挨拶をして、やっと私の仕事が終わった。
本当は王家の血筋である“フォン”を名前に付けられたら箔が付いたのだけど、私が名乗れるのは13歳になってからです。
しかし、同じ挨拶を、同じ人達に三回……。なかなかきつい。
要するに聖王国タリテルドの代表が、多様な人達に前で祝辞を述べることが大切だったみたい。
「ユルちゃん、ご苦労様。立派だったわ」
挨拶を終えてパーティー会場に戻ろうとすると、王妃様が私を労い、キュッと抱きしめてくれた。
「ありがとうございます、お、…王妃様」
「ふふ、伯母様でもいいのよ」
この豪奢な金髪の大美人は、シグレスに嫁がれた、カミーユ伯母様なのです。
そして、チチがデカくて埋もれてしまいそうです。
「えっと……公式以外ではそう呼ばせていただきますわ」
「本当にユルちゃんは、しっかりしているわねぇ……。さすがはフォルトの娘ね。良く似ているわ」
お父様に似ていると言われて、私も思わずニンマリしてしまう。
お父様と言えば……、そう言えば伯母様に聞きたいことがありました。
「伯母様……“お姉様”方はどちらに?」
私がそう尋ねると、上機嫌だったカミーユ伯母様が、とても王妃様とは思えないような半笑いを浮かべた。
私のお姉様方は、このシグレスに長期留学をされている。
あの素晴らしく可愛らしいお姉様方と再会するのを、とっても楽しみにしていたのですが、また何かやらかしたんですのね……。
思い出したくもない、って顔をしていましたが、それでも伯母様は、彼女達の“妹”である私にお話しをしてくれた。
「フォルトに頼まれて留学を許したんだけど、あの二人はほとんど授業にも出ずに、最近では勇者様とずっと一緒で……」
「………はい?」
お姉様方は順調のようだけど、なんか変な単語が出たよっ。
「……勇者様…?」
「ユルは知らなかったの……? 最近になってこの国で有名になってきたのよ」
勇者。勇気ある者。人の先頭に立ち、人々に勇気を与える者。
私は知らなかったけど、最近この国で人攫いをしていた【魔族】の集団が居て、それを少人数で撃破し、攫われていた子供達を救出した。……らしい。
へぇ……そんな人がいるんだね。
私も子供達を助けたら、勝手に【聖女】と呼ばれはじめたから、その人もそんな感じなのかしらね。
私は単純な思考でそう考えていたけど、カミーユ伯母様は、そんな暢気な私が心配みたい。
「ユルちゃん、会場に残るのなら気をつけなさい。あなたくらい綺麗な女の子だと、それだけで悪い人が寄ってきますからね」
「は、はい……」
親戚筋の皆様は、相変わらず私を過剰評価してくれています。
「エスコートにうちの息子達を付けましょうか? ユルちゃんさえ良ければ、三人いるから一人くらい持って帰ってもいいのよ?」
「いや、えっと……」
そうなのです。伯母様の子供達も男の子だけだったのです。
普通に考えて王家なら男児が良いに決まっている。……決まってはいるんですけど、それはそれ、コレはコレ。男の子ばっかり続くと、『お姫様っていいよね』って話が、どこからともなく湧いてくる。
私も八歳になって、あちらこちらから縁談っぽい話がくるようになっていた。
私の立場って、王家の血筋でありながら公爵家の娘なので敷居が低く、それでいて、聖王国の【姫】に認定された、【お姫さま】な訳で、現在、品切れ直前のレア商品みたいな感じなのです。
でもせっかく魔術学院に入学したんだから、恋愛もしてみたい。……でも、対象になりそうなのが、誰とは言わないけど“あいつ”ぐらいだから、それも問題なのよね。
全然、そう言う目で見たことなかったし……。
多分、私の自意識過剰なだけかと思うんだけどね。
それはともかく、お父様やお母様の居ないところで、八歳の娘が勝手に“売れる”わけにはまいりません。
「伯母様っ、私のエスコートは、えっと……彼が居ますわ。ノエルーっ」
実は、会場内での私の護衛に、ブリちゃんとサラちゃん。有名傭兵団の団長として、ば、ばるな……熊さんと、唯一、年齢の近い“友人”として、ノエル君にも来て貰っていたのです。
シグレス城で貸してもらった、きらびやかな衣装を恥ずかしそうに着ているノエル君は、本気で可愛い。
そんな可愛いノエルと、彼の可愛さに満足げな私を見て、伯母様はクスッと笑って、私に耳打ちをしてくれた。
「ユルちゃん、この国を出るまで、コストル教と、勇者には気をつけなさい」
*
豊穣神・女神コストルを祀る聖教会は、その信者の数で、タリテルドとシグレスの国教と認められている。
そのコストル教に『気をつけろ』とは、どういう意味なのでしょう?
そして【勇者】にも気をつけろとカミーユ伯母様は言った。
話を聞くだけなら、勇者も普通に“善い人”そうなんだけど……。
「……ル、ルシア?」
少し考え込んでいたせいで、エスコートしてくれたノエルを不安にさせてしまった。
「あ、ごめんね」
考え事をしていたので迷子になりそうだから、ノエルの腕に手を回したら、彼の顔が強ばった。
「……どうしたの?」
「な、なんでもない……です」
おかしなノエル……。再会してから偶に挙動不審になるのよね。そのせいか、旅の道中はあまりお話できなかったけど、今日はゆっくりお話できるかな。
私達が歩いているだけで、周りから視線が集中する。この国の人は“私”に慣れてないから、あまり話しかけられなくて良いけど、そのぶん、ジィ~~ッと見つめられるから大変です。
「ノエル、ごめんね……」
「……え、何がですか?」
「私って悪目立ちするから、一緒にいて、あまり気分が良くないでしょ?」
私がそう言うと、ノエルは少し驚いたように首を振る。
「ル、ルシアが目立つのは仕方がないよっ。お姫さまで聖女様なんだから」
どちらの称号も、周りが勝手に呼んでいるだけなんですけどね……。
教会の人達は、私を懐柔しようとはするくせに、どこの宗派も“聖女認定”をしてこない。何がしたいんでしょ?
そんなことを考えて微妙な笑みを浮かべていると、ノエルは顔を真っ赤にして小さく言葉を漏らした。
「それに……、ルシアは……綺麗だから」
「…………」
うわぁ……すごく恥ずかしい。
私ってどこに行っても、怖がられるか、遠巻きにされるかの二択だから、男の子からそんなことを言われたのは初めてな訳でして……。
私も、……たぶん、顔が真っ赤だ。
私はノエル君の『憧れの聖女様』だから、彼からの評価は異常に高いのよね。ノエルの目には、私はどう映っているんだろ……。
「ユールシア様、少々よろしいでしょうか」
ノエルと二人で、気恥ずかしくて無言になっていたところに、知らない誰かが声を掛けてきた。
「……なんでしょう?」
声の主は、豊穣神の聖印を身につけた、身なりの良いおじさんだった。
……コストル教かぁ。
「私は、シグレス王都、コストル教会で司祭長をしております、カリストと申します。私如きが声を掛けても良いのかと思いましたが、ユールシア様に是非ご挨拶を……」
「これはカリスト様、ユールシア・ラ・ヴェルセニアと申しますわ」
私は瞬時に【公爵令嬢】モードに切り替える。
でも司祭長かぁ……。どのくらいの地位か、全然わかんないわ。50歳くらいの痩せたおじさんだし、ときめきもない。
「本日はユールシア様に紹介したい者がおりまして……、よろしいでしょうか?」
「……ええ、構いませんわ」
なんとなくだけど嫌な流れね。カミーユ伯母様の忠告が頭によぎって少しだけ警戒していると、カリストさんは背後に視線を送り、そこから数名の男女がやってきた。
「ご存じかも知れませんが、彼が【勇者】アルフィオです」
来ちゃいましたよ……勇者様。
フラグですね





