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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三章・獣の花嫁

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閑話 学院のヒロイン(新)

スプーンを落とした女の子のお話です。


 



 その少女は、王都で文官仕事をしている男爵の父と、お城でメイドをしていた平民の母から産まれた。

 聖王国タリテルドでは恋愛についてはそれほど煩くなかったが、それでも貴族と平民の結婚はあまり祝福されず、少女は平民の子として五歳まで母の実家で育った。

 

「まるで、乙女ゲームみたい……」

 

 五歳の誕生日に初めて大きな鏡で自分の姿を見て、少女――マルチナはそう呟き、自分の前世を思い出した。

 前世は商社の女子社員で、トラクターに牽かれて死ぬまで乙女ゲームに嵌っていた。

 片親が貴族で、ヨーロッパ中世のような街に住み、魔法もある世界で、こんなにも可愛らしい女の子に生まれるなんて、まるで『乙女ゲームのヒロイン』のようだと思ってしまった。

 

 その日からマルチナは自分磨きを始め、情報を集めた。

 こんな世界ならきっと“王子様”がいるはず。こんなに可愛い自分なら、王子様もきっと目に止めるはず。それなら舞台は“学園”と相場が決まっている。

 調べた結果、この国には王子様が二人居て、マルチナとも比較的歳が近い。しかも予想通り、王都の魔術学院に彼らも通うらしい。

 幸い、マルチナには精霊魔法の素質があった。一番仲良しの水の精霊は、マルチナのお肌をモチモチのツルツルにしてくれた。

 

「お父さまぁ、私、お父様と住みたいの……ダメ?」

 これでも前世では二十代後半まで生きて、それなりに女として“経験”もある。

 月に一度やってくる男爵である父の脚を指で撫でながら、磨き上げた可愛らしさとあざとさを武器に交渉すると、メロメロになった父はマルチナを男爵家に迎え入れた。

 ちなみに母親は、そんな娘を見て頭痛がしたようにこめかみを押さえ、溜息を吐いただけで全て諦めた。

 

「やっぱり、私はこの世界の“ヒロイン”なんだわ」

 そう確信したマルチナが【男爵令嬢】と言う肩書きを武器に魔術学院に入学すると、一学年上にいた“第二王子”を見て、一目で恋に落ちた。

 中身が三十路のマルチナが、八歳の男の子に一目惚れ。……である。

 ……その是非はともかく、マルチナは早速行動を開始した。

 まずは第二王子と知り合いにならないといけないが、廊下の角でパンを咥えてぶつかろうとしても、やっぱり王子様なので従者や護衛が居て、近づくことも出来ない。

 そうなると……

「やっぱり、周りから攻めないとダメよね」

 マルチナは定番の攻略として、クラスにいる貴族の子息を籠絡し、じわじわと距離を縮めようと考えたのだ。

 何しろマルチナは、男爵令嬢と言っても領地のある貴族ほど裕福ではない。服装もせいぜい商人の娘程度の服しかなかったので、ドレスやアクセサリーを貢いでくれる男が欲しかった。

 マルチナにしてみれば、小学生程度の男の子を手玉に取るなど簡単だ。可愛い外見と適度なスキンシップを武器に近づけば、簡単に籠絡出来た。

 

 そんな日々が二年も過ぎた頃、二学年下に【姫】が入学してくるという噂が聞こえてきた。

 正式には“お姫様”ではなく、王家の血を引く公爵家のご令嬢だったが、それでもマルチナからすれば雲の上の存在だ。しかもちまたでは、子供達を救った【聖女】とも呼ばれているらしい。

 運悪く、その令嬢の入学式はおたふく風邪で休んで見ることは出来なかったが、クラスの話では、色々と規格外(・・・)のお姫様だったと聞いた。

「……ふぅ~ん」

 近い歳の子息を籠絡して周りに侍らせていたマルチナであったが、靡くのは準男爵家や騎士家の子息ばかりで、なかなか子爵家以上の子息と知り合えない。

 そもそも伯爵家以上の貴族とはクラスが別だったこともあるし、そちらのクラスにいる黒髪の侯爵令嬢が“悪役令嬢”かと思ったが、彼女はマルチナに何の興味も示さなかった。

「そっか……そのお姫様が“悪役令嬢”なんだわ」

 その公爵令嬢が悪役で、自分がヒロインなら、接触すれば何かイベントが起こるはずだとマルチナは何の疑問もなくそう考えた。

 

 歳が近い女の子で、自分と同列の美貌を持つ子は、同学年の黒髪の侯爵令嬢か、一学年下のふわふわ金髪の伯爵令嬢くらいだ。いくら可愛くても、前世を生きた記憶を持ち“女”を武器に出来る自分に勝てるはずがない。

 二学年下の公爵令嬢と接点はなかったが、学院の生徒なら学生食堂に顔を出すと考えたマルチナは、上級貴族が使う特別室に向かう途中にある席を陣取り、その公爵令嬢を待つことにした。

 

 ついにその日は来た。公爵令嬢が来るという噂にマルチナはニヤリと笑う。

 マルチナの計画はこうだ。

 通りかかった悪役令嬢の前にスプーンをわざと転がす。そして自分が慌てて飛び出して泣きながら謝れば、周りの人達は公爵令嬢に苛められている自分に同情して、噂は第二王子にも届くだろう。

「完璧よ」

 穴だらけだった。

 そしてスプーンを握りしめながら男の子達を侍らして待つ食堂に、ついに公爵令嬢が姿を現した。

 

「……ひっ、」

 規格外(・・・)にも程があるでしょ。と、マルチナは息を飲み込みながら心の中で叫ぶ。

 その公爵令嬢が現れただけで、食堂にいる全員の息を飲む音がざわめきとなって広がり、誰もが息をすることすら忘れて陶然とその“お姫様”を見つめていた。

 さらりと流れる髪は金の糸。

 長い睫毛に隠れる愁いを帯びた金色の瞳。

 神がその手で創り上げた、人形のような冷たい美貌。

 いつまでも見つめていたい……。でもけして触れてはいけない。

「…………」

 先ほどまでマルチナに熱い視線を向けていた少年が、眩しい物を見るような瞳で、手を振るわせながら“お姫様”を見つめていた。

 もし椅子に座っていなかったら、その神々しさに跪いた者もいただろう。

 

 カツン……ッ。

 

 手が震えて、マルチナの落としたスプーンが公爵令嬢の前に転がる。

 マルチナの顔が一瞬で青ざめる。周りもこの世の終わりのような顔になった。

 違う。そうじゃない。考えてはいたけれど、これは自分の意志じゃない。

 この女の子が“悪役令嬢”だと言うのなら、とんでもない無理ゲーだ。ゲーム難易度が狂気モード(ルナティック)でもあり得ない。

 マルチナの服の中に隠れた水の精霊が、怯えたように何かずっと謝罪のような言葉を呟いていた。

 

『……羽虫が……』

 その時、漏れ聞こえた声に、初めてマルチナは公爵令嬢の周りを固める従者達に気が付いた。

 その従者達もあり得ないくらい美しかった。同時に金髪の侍女と護衛らしき少女騎士から剣呑な気配と、ウジ虫でも見るような視線を受けて、マルチナは漏らしそうになりながらこの世界に生まれたことを後悔した。

 

 ドォオオンッ!!

 

 その時、巨大な風船が破裂するような衝撃が起こると、少女騎士は頭を抑えて蹲り、何かをしたらしい公爵令嬢は、それまでの冷たい印象が嘘のように、柔らかで可憐な笑みを浮かべ。

「お騒がせしましたわ……」

 と可愛らしい声を残して、春の風のように通り過ぎていった。

 

 誰もがしばらく声も出さず瞼に焼き付いた“お姫様”の笑顔を思いだしていると、ようやく動くことが出来たマルチナは、いつの間にか自分の目の前に戻ってきていたスプーンを手に取り、宝物のように握りしめる。

「……地道に生きます」

 そしてマルチナは今までの生活を顧みて、地味で堅実な生活と結婚相手を捜そうと決意した。



 

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― 新着の感想 ―
トラクターに牽かれて死ぬ・・どんな状況?
商社の女子社員で、死ぬまで乙女ゲームに嵌って > まさか! あの女!? そのお姫様が“悪役令嬢”なんだわ > 残念! 漢字ひとつが違ってる。 あ、改心した! と言うか改心させた! あの女もリシアも…
[一言] トラクターに笑ってしまいました
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