3-02 一年生になりました ②(済)
魔術学園には――正確に言うと王都の学園にだけ、生徒用の豪華な特別室――サロンが複数存在する。
一般の生徒どころか、貴族でなければ教師さえも立ち入り不可で、入室出来るのは王家に連なる者か、国家の重鎮である上級貴族家である必要があり、侯爵家のベティーは普通に使用できるけど、シェリーのオルアレン伯爵家でギリギリという、とんでもない無駄遣いな場所だった。
「ユル様っ、あ~んしてください」
「あ、あ~ん……」
とある私的な事情で食堂が使えなくなった私は、サロンに出前をしてもらってご飯を食べています。
別に、私も四人の従者達も、食事を抜いても平気なのですが、シェリーやベティーが心配して一緒に食事をしてくれるようになったのです。
ちなみに今は、シェリーにご飯を食べさせてもらっている。
何故かと言うと……知りませんよ? 私が教えてほしい。
「ユ、ユルも大変ねっ。みんな、ユルが優しい子だって知らないのよっ」
優しい子……? 私のどこを見てそう思ったのかしら?
そんなことを言ってくれるベティーも、私に『あ~ん』をやってみたいのか、この見た目だけ黒髪清楚の残念令嬢は、ロブスターのような大きなエビを、殻のまんま鷲掴みにして、私の口に突きつける。……どうしろと?
でも楽しくないと言ったら嘘になる。三人で同じ制服を着てご飯を食べるのは、あの夢の世界で憧れた光景だったから。
制服もそんなに変わらない。大きなリボンタイと藍色のツーピースで“私”にとっては初めての、ふくらはぎの見えるスカートなのですよ。
でもシェリーはいつも通りだけど、ベティーはどこかソワソワして落ち着きがない。それは何故かと聞かれたら、そんな私達三人娘を微笑ましく見つめる瞳のせいだ。
「みんな、仲好しさんだねぇ」
ティモテくん16歳。聖王国タリテルドの王太孫。俗に言う【王子様】です。
相変わらず、ほわほわオーラが半端無い。
そんな残念王子様でも、外見はエレア様似の紅顔の美少年――最上級生なのだから、そろそろ美男子と呼んでも構わない外見なので、目の保養にだけはなります。
「ティ、ティモテ様も、こ、ここ、こちらでお茶でもいかがですかっ」
気持ちは分からなくもないけど、落ち着きなさいベティー。
本来王族は15歳になるまでに婚約者を決めて二十歳くらいで結婚する。それなのにティモテくんは15歳になっても婚約もせず、浮いた噂も出てこない。
そりゃまぁ、学院のお姉様方も目の色を変えますわ。中身はほわほわだけど。
でも王子様に憧れるのはいいけど、おとぎ話のように平民の娘が見初められて王妃様になるなんて話はなく、このサロンを使用できる程度の家柄が最低条件で、今年10歳になるベティーもギリギリだけど候補に入っている感じなので、意識してしまうのも仕方がないのでしょう。
中身はほわほわだけど。
「うん。お呼ばれしようかなぁ」
相変わらずのゆったり口調でティモテくんが私達のテーブルまでやってくる。
このサロンを使用するルールとして、過去に十数名の侍女を引き連れてお茶会にやってきた貴族がいたらしく、それ以来、従者の入室も禁止にされ、学生らしく自分でお茶を煎れる事になっているのですが、私にはぶきっちょスキルがあるから、代わりにシェリーがお茶を煎れてくれた。
「ありがとぉ、美味しいよ」
「いえ、ユル様のついでですから」
こらこら、シェリー……。仮にもこの国の王子様なんだから、嬉しそうに蔑ろにする発言は止めなさい。
ちなみにベティーがお茶を煎れないのは、私と同じ理由だったりする。
「あはは、ユールシアは愛されてるねぇ」
そしてティモテくんも気にしていない。この国の将来は大丈夫なのか一瞬不安になったけど、もしかしたら大物なのかも?
「えっと……ティモテ兄様、ごめんなさい、私にお付き合いさせて……」
私は心にも思ってないことを言って話題を変える。
だって、この、キャハハウフフの空間に、彼がいる理由が分からないんですもの。
「ユールシアは僕の妹みたいな感じだからねぇ。でも不思議だねぇ。僕が食堂に行っても、みんな、あんなに緊張しないよぉ?」
「「………」」
ティモテくんの発言に、シェリーとベティーが、微妙な笑みを浮かべて私を見る。
……どうせ怖がられてますよ、私は。
そんなことより、こんなところで子供の相手をするよりも、さっさと王妃候補でも捜したほうがいいのに……と、失礼なことを笑顔で考えていたら、ティモテくんが答えをくれた。
「それにねぇ。お城にいる人達から、ユールシアとお話しするように、って言われてるんだよねぇ。不思議だねぇ?」
「はい、ティモテ兄様、不思議ですねぇ」
そう言って私達は、ほわほわと頬笑み合う。
何故か知らないけど、誰かの入れ知恵でここに来ているみたい。
シェリーが一瞬、ピクリと眉を動かし、サロンの外でティナの怒気が微かに漏れたけど、この子達の奇行は今に始まった事ではないので気にしない。
そのお城の人達にも、私なんかと会うより女の子でも紹介してあげろと言いたいが、ティモテくんは私に怯えないし、癒し効果があるから、まぁ良しとしましょう。
ティモテくんとは、だいたいこんな感じで、ほわほわ微笑み合うだけで終わる。
でも問題は、その弟、学院四年生、ガキんちょリックのほうなのです。
*
私も常に従者四人を侍らしている訳ではない。
元々魔力検査に合格しなかったあの子達は、私が学院に通う際には、通うはずだった普通の学校にも通わず、常に私に付き添うことになっていた。そこに人権はない。
でも何故か、ある時期を境に魔法の才能に目覚め、娘が心配になる程お人好しの両親が、四人を魔術学院に転入というか入学させてしまったのです。
ティナとファニーは同学年だけど、従者達に神聖魔法は使えなかったらしく、実技系では私が一人となる授業がある。
「………」
今日も私は、教室中央列、最後尾の四人掛けの席を一人で使っています。後ろになるほど階段で上にあがる教室をイメージすると分かりやすいかも。
寂しくなんか無いよっ。
ただ私が席に着くと、同級生達がチラチラと私を振り返り、教師達も授業内容を説明した後に、いちいち私の顔を窺うのはどうにかしてもらいたい。
そもそも私に【神聖魔法】の授業はあまり意味がない。
私の神聖魔法は、ほぼオリジナルで、あの夢の世界の本で読んだ、とんでも魔法をイメージして使っているだけなのですよ。
この世界の使い手なら個別に掛けなくてはいけない魔法も、私なら【多重結界】とか【戦闘強化】のイメージだけで複数の魔法を一気に掛けてしまう。
神聖魔法の先生は泣いていた。先人達の苦労は何だったのかと……。
それを私に言われても……。
悪魔の魔力がないと使えないのだから、勘弁してね。
話は盛大に逸れましたが、こうして私が一人になる事があるんですけど、そんな日には彼が偶にやってくるのです。
「ユールシアっ」
ざわ……っと教室から、どよめきが起きるのは毎度のこと。
「……リュドリック兄様」
私が準公式で使っている名を呼ぶと、クラスの女の子達から『きゃあ』とか喜ぶような声が聞こえた。……何故に?
四年生で今年11歳になるリックちゃんは、【俺様】的要素で、学園の女の子達から人気があるらしいのです。
「……ふっ」
「……何故、鼻で笑う…」
それを聞きますか? 聞いちゃいますか? でも私は“優しい”らしいので、みんなの夢を壊すような真似はいたしませんわ。
「それはどうでもいいのですが、何かご用でしょうか?」
「…………」
私が少しだけ【ツン】モードを混ぜて首を傾げてみせると、リックも少しだけ怯んでから、小さく溜息をついた。
「お前、……大丈夫なのか?」
「……?」
……頭が? 言うに事欠いてなんと言うことを、このガキんちょめ。
「私は兄様に心配してもらうほど、バカではありません」
本格的に【ツン】モードでそっぽを向くと、リックは、今度は怯まずに私の腕を掴んで強引に私を振り向かせた。
「……そんな事を言っているんじゃない」
そう言って少し怖い顔で私の瞳を覗き込む。
「…………また、すぐに私の腕を掴む…」
「それはっ、……ユールシアがバカだからだ」
なんだそれっ!?
言っていることが無茶苦茶だ。年齢が上がるごとに強引になっていくなぁ。一応だけど私達は【王子様】と【お姫様】で、目立つ立場だと分かっているの?
現に今も、クラスのみんなから、もの凄く視線を感じる……。また同級生達から一歩距離が離れてしまった。
「……ちょっと来い」
「あ、」
リックも視線を感じたのか、私の腕を掴んだまま教室を出る。
本当にこの子は強引だ。私もこの場から立ち去るのは賛成しますけれど、力任せは勘弁してほしい。この数年でリックはデカくなって、立ち上がると身長差が大きいから、ちょっと怖いのよ?
出てきた教室から『キャーッ』とか『うおぅっ』とか色々聞こえたけど、これも気にしたら負けなのかも。……最近慣れてきたし。
「リック……手が痛いっ」
「…ぁ、……ああ」
廊下から外に出て、人の目が無くなったあたりで呼び方を変えると、リックはようやく手を放してくれた。掴まれていた部分が少し熱い……。私の【人間】の部分は、デロデロに甘やかされた軟弱体だから、痛み耐性がなくて勝手に涙目になるんですよ。
「……やっぱり、つらいんじゃないのか?」
「……へ?」
涙目になっている私に、リックが真剣な顔でそう呟く。
この子、何を言っているのですか?
「お前さ、……入学してから、独りで居ることが多いだろ…」
「あ~……」
ひょっとして、この間の食堂の件みたく、私が学院で怖がられていることを言っているのかな?
「……リック、もしかして心配してくれたの?」
「当たり前だろっ」
……怒られた。
こちらでは、心配はされても叱ってくれる人は少なかったから、真剣に怒られると私は弱い。……悪意に曝されるのは逆に心躍るのに。
「私は……平気だもん」
怒られるのが嫌なので、視線を外して小さく呟く。
実はそれほど気にしてないんだけど、よく考えたら八歳になっていない子供が、周りから避けられていたら心配しちゃうか。
俯いてそんなことを考えていたら、今度は優しく肩を掴まれる。ねぇ……私を掴むのはデフォルト行動なの?
「俺が、また様子を見にくるから。……な?」
「………」
……はい? 『な?』って何よ? ……え? どういうこと?
もしかして以前の『妹みたいだから心配』発言がまだ続いているの?
思わず唖然とする私の、涙目になっていた目の下を指で軽く拭うようにして、リックは自分の教室へ帰っていった。
本当にリックは押しが強いなぁ。まぁ、“強引”も“自分勝手”も、私は【彼】である程度は慣れているけどね……。
もしかして、リックもティモテくんみたいに誰かに何か言われているのかも。
でもリック……君は命拾いしたね。
さっきからリックが私に触れる度に、待機しているティナから、ガンガン殺気が漏れてて、いつ襲ってくるかと冷や冷やしてたのですよ。
「………ふぅ」
またこれから実習教室に教科書を取りに戻るのかと思うと気が重くなる。本当に面倒くさい。
でも、最近のリックはおかしい。前から変な奴だったけど、私に対してだけ無愛想なのに、そのくせ妙に過保護というか構ってくる。
それではまるで、好きな子にちょっかいを掛ける男の子みたいな……。
……え? あれ……?
あらら~?





