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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三章・獣の花嫁

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3-01 一年生になりました ①(済)

 



 星空にお椀のような半分欠けた月が浮かぶ。

 薔薇で囲まれた夜の庭園では、テーブルの上のランプに小さな火が灯るだけで、隣にいる人の表情さえも見えていない。

 でもそんな些細(・・)な事は、ここにいる人達は誰も気にしていない。

 ゆっくりとお茶を飲む音も、白いティーカップにお茶を注ぐ音も、息づかいさえも聞こえない。……そんな茶会を、出席者達は静かに愉しんでいた。

 そう……この“私”以外は。

 

「ユールシア様、カチャカチャ音を立てないでっ」

 静かにお茶を飲んでいた銀髪の美少女――ミレーヌが、いきなり席を立って叫く。

「だって、暗いんだもん」

 私の視力は人間とそう変わらない。

 目は疲れないし、視力も落ちないし、魔力も見えるし遠くの文字も読めるけど、暗視や邪眼のような悪魔チックな能力はない。

 最近は目の乾燥が気になっている。

 

 カチャンッ、と暗がりの中でテーブルに戻したカップが、戻し損なって飛ばした受け皿を、メイド悪魔のティナが受け止め、何事もなかったようにカップの下に戻した。

「がさつすぎますわっ! 貴族でしょ!? 悪魔でしょ!?」

「え~…。そんな夢見る少女みたいなことを言われても……」

 

 ミレーヌには、貴族はこうあるべきだ、と言う理想と信念があるらしいのです。

 本当に真面目な子だねぇ……。

 それと前から気になっていたけど、彼女は悪魔的と言うか、『闇の世界に生きる私』に酔っているような気配がする。……マジで。

 突然、『右目がうずくっ』とか言い出さなければいいんですけど。

 

 あの夜から私とミレーヌは、定期的に【月夜の茶会】を行っている。そこに人間の参加者はいない。これは聖王国に住む“人外”のためのお茶会だからね。

 ちなみに少なくなったけど、この場にはミレーヌの侍女もいるし、私の従者達も連れてきているんだけど、この子達、従者に徹すると本気で闇に紛れちゃうから、居るのか居ないのか分からなくなるのよね。

 

「そんなカリカリしないで。ミネラル摂ったほうがいいよ? ワカメ食べる?」

「いらないわよっ」

 うん、私もいらない。でも大量にあるから処分しないといけないのよ。

 あの『輝きに闇をもたらす……なんたらの会』の会員には無料で配っているんですけど、いまいち反響が少ない。磯臭いから。

 

「あの海草? ユールシア様が乾燥した物を馬車一台分送ってくれましたけど、食後にお腹で膨らんで酷い目にあったわ……」

「………」

 食ったんか。吸血鬼のくせに。

 私の後ろで四人の従者悪魔達も驚いた顔をしている。ティナも私から視線を逸らす。……ねぇ、ファニー? 唐突に道化師(クラウン)の仮面になったのは、笑いを堪えている訳じゃないのよね…?

 何という悪魔の生活の知恵。

 しかし、ミレーヌちゃんはやばい。この子、素直で可愛すぎる。

 

「それに、いくら良い茶葉でも、飲むのが私達(・・)ではねぇ……」

「まぁ……そうなんですけど」

 私の一言に、ミレーヌも怒りの矛を収めて座り直す。

 彼女も分かっている。悪魔や吸血鬼は、人間の食べ物を美味しいとは感じない。

 そしてミレーヌ達のような吸血鬼は、その理由に気付いてさえいなかった。

「ところでミレーヌ、……あなたに試して欲しい物があったの」

「な、なによ……」

 乾燥ワカメで大変な目にあったせいか、ミレーヌが若干引いている。そんな目をしないで……私だって、あなたが食べるとは思わなかったわ。

 

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。……ノア」

「かしこまりました」

 私が名を呼ぶと、執事悪魔のノアが緩やかに一礼し、新たに用意したお茶をミレーヌの前に置く。

「……これ、うちで用意した普通のお茶でしょ?」

 それだけならミレーヌの言う通りなんだけど、これだけではない。

 ノアは取り出した白い靄のような物を、まるで果実を搾るかのようにして、何かを数滴、お茶に落とした。

「ミレーヌ様、お試しください」

「………」

 ミレーヌが胡散臭げに眉を顰める。

 まぁ、そうだろうそうだろう。あからさまに怪しいけど、自分よりも“強い”と理解しているノアから、“笑顔”と“様”付きで勧められたら断れない。

 ミレーヌはおそるおそる、カップに口を付けて……。

「…っ!?」

 その“味”に目を見開いて、その綺麗な紫色の瞳に私を映した。

 

「どう? ミレーヌ。良質な“魂”のお味は……」

 

 私の従者になった四人の協力を得て、ついに私はマシな“食生活”を手に入れることが出来ました。

 好き嫌いを無くす為に、好物()と混ぜてしまえと言う先人の知恵なのです。

 これは【解放】の能力で、絶妙な味加減が出来るノアの力も大きい。

 

「魂……? これが? そんな……」

 味わいに覚えがあったのだろう。ミレーヌが驚きつつも“魂テイストティ”をお嬢様らしくもなく一気に飲み干す。

「……もっとないの?」

 ミレーヌはかなり気に入ってくれたみたいね。

 でも……。

「ごめんね、ミレーヌ。今のは、かなり【業】の深い、【背信神官四十年物】よ。そう簡単にはあげられないわ」

 

 これには、お金が無く癒しを受けられず、病で妹を亡くした少年が逆恨みして、情愛の深さ故に、罪もない信者を巻き込み、数十年掛けて教会に復讐しようとしていた、悲しい男の物語があるんですけど……。

 

「ファニーが夜のお散歩ついでに、お土産に()ってきてくれたのよ」

「えへへ」

 私が褒めるように頭を撫でると、ファニーは無邪気に喜んでくれた。

 道化師(クラウン)の仮面のままで……。

 

「そうなの……」

 見た目にもガックリしているミレーヌに、私はようやく今夜の本題に入る。

「と、言う訳で、夜のお散歩にでもまいりましょう、ミレーヌ」

「……え?」

 

 今夜の茶会の目的は、吸血鬼に“魂”の味を教えて“餌付け”すること。

 その裏の目的は、聖王国に存在する【裏社会】の一部を、ミレーヌ達の“下僕”として管理してもらうことなのです。

 

 私はニッコリと“悪魔”の笑みを浮かべ、翼を広げながらミレーヌの手を握る。

 

「これから、美味しい“魂”の見分け方を教えてあげるね」

 

   ***

 

 学院に通う為に王都に越してきましたが、ほとんど変化はありませんでした。

 シェリーと、ふわふわをもふらせて貰いながら読書したり、ベティーと一緒に強制的に礼儀作法を習わされたり、この二人と遊ぶ機会は増えたかな。

 

 そして問題の、魔術学院の話である。

 開幕から『問題の』と付いてしまうところで、ある程度は予想出来てしまうと思う。

 学院に入学して、最初は少し引かれながらも徐々に心を開いて、少ないながらも同級生の友達が出来て、勉強を教えあったり、お弁当のおかずを交換したり、上級生しか入る事が許されない花園に迷い込んで、お姉さん達に目を付けられて、ねちねちと苛められているところを格好いい生徒会長に助けられて……

 そんな妄想をしていた日々が私にもありました。

 さて、“現実”をお見せしましょう。

 

 ざわ……。

 王都の学院に貴族が多いと言っても所詮は子供。逆に我が儘に育った貴族の子が多いからか、その学校施設とは思えない豪華な食堂は、とても騒がしかった。

 それが一瞬で、どよめきが起きて、数百人が水を打ったように静まりかえる。

 ただ、私が姿を見せただけで。

 

 カツン……ッ。

「……ぁ、」

 そんな中、私より少し上の平民の女の子が、緊張に耐えかねたように落としたスプーンを、私の歩く先に転がした。

 一瞬で青ざめる女の子と、その周りの生徒達。

「………」

 凍り付いたような空気の中、薄い笑みを浮かべたニアと、完璧な無表情のティナが、そっと私の前に出て、その女の子に静かに視線を送った。

 それだけで女の子の顔は青さを通り越して土気色になり、見るからにやばい汗を流しながら震えている。

 それを目にしたニアから剣呑な気配が漏れはじめ、ティナが針の落ちる音さえ聞こえそうな静寂の中、ぼそりと『…羽虫が…』と呟いていた。

 

「………」

 あ、ダメだ。これは、あかん奴ですわ。

 どうしてこうなった? うん、私のせいだね。

 学園では貴族も平民もなく平等を謳ってはいるけど、王家に寵愛される、富も権力ある公爵家の令嬢で、国家の外交の【顔】である聖王国の【姫】であり、【聖女】としての力を見せつけた、教会関係者からも腫れ物のように扱われるような存在は、私が普通の女の子だったら、絶対に近づかない。

 

 さて、ここで私が取る態度は何が正しいのでしょう…?

 

・その一。私のこの空気に流れに乗って、女の子を無視して進む。

 実際にはこれが一番実害が少ないんだけど、これはアレですよ。【悪役令嬢】ルート一直線ですよ。

・その二。私がスプーンを拾って彼女に渡す。

 良い話に聞こえるけど、ぶっちゃけ自己満足だね。へたをすると彼女が“私”に目を付けられたと周りから見られそう。

・その三。目撃者は残さない。

 無かったことにするのが一番楽なんだけど、やっぱり拙いよね。

 

 結局、一番目かぁ……。ま、いいか。よく考えたらあまり変わらないし。

 私は“人間らしく”振る舞わないといけないし、平穏な生活を送るためには、やっぱり目立たないのが一番なんですよ、ホント。

 

 そんな訳で、公爵令嬢【ツン】モードで、私がその場を通り過ぎようとすると、大雑把な性格のくせに護衛役として意気込んでいるニアが、悪魔の魔力を放とうとしているのを感じ取り、

「ていっ」

 思わずニアの後頭部にチョップして、床に叩きつけた。

 

 さらに食堂が、痛いほどに静まりかえる。

 ……またやってしまった。

 チョップの衝撃波が食堂を振るわせたけど、気にしたら負けだ。

 それにしてもニアは頑丈だね。薄い岩盤なら砕けるほどの魔力を込めたのに、とうのニアはその衝撃を大部分【吸収】して、後頭部を手で押さえながら、拗ねたように私を見上げていた。

 

「お騒がせしましたわ」

 

 それだけ言って、私は誰かにツッコミ入れられる前に、そそくさと食堂を後にする。

 こうして私の学園生活の日常は過ぎていく。

 変な“ルート”に入らないことを祈りましょう。



 

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― 新着の感想 ―
私がスプーンを拾って彼女に渡す > そっと手渡しして洗うことも拭くことすら許さずに、そのまま食事をさせるんですね、わかります。
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