閑話 吸血姫の憂鬱(新)
吸血鬼の姫と、ポンコツメイド悪魔の会話。
ミレーヌは大陸の東の果てにある“大神国”にて生を受けた。
その国では大陸中央にある“聖王国”とは違い、光の女神である聖母だけを崇める、一神教の大国で、孤児だったミレーヌはその大神国で信心深く育った。
「それが何の因果か、吸血鬼ですか?」
「……あんた、勝手に入ってこないでよね」
いつの間にかミレーヌの執務室にまで入り込んでいた、金髪縦ロールの幼女メイドにミレーヌも冷たい視線を向ける。
「主様より、お届け物があります。お受け取り下さい」
「……分かったわ」
冷たい視線などまったく意にも介さないティナに、ミレーヌも思わず溜息を漏らす。こんななりだが、この幼女メイドは200年を生きた【大吸血鬼】であるミレーヌよりも強いのだ。
「ところでこれは何? 乾燥した……草?」
「さぁ? わたくしも良く存じませんが、食べ物らしいですよ」
「ふぅ~ん」
ミレーヌは何だか良く分からないが、サンプルで差し出されたそれを掴んで、バリバリと噛み砕く。これでも大吸血鬼だ。毒物程度では死なない。
「……あ、」
「なに? どうでもいいけど、咽が渇くわね」
「いいえ、何でもございません。同じ物が馬車一台分ございます」
いきなり大量に食べてしまったが、本人がいいのなら問題ないと、ティナは主から預かっていた注意書きをそっと懐にしまった。
「それにしても大神国ですか。聖王国の他にもそんな酔狂な国があったのですね」
「あんた、さっきもそうだけど、人の心でも読んでるの!?」
「いえ、普通にミレーヌ様の日記を読ませていただいて」
「どこから持ってきたのよっ!?」
色々と問いただしたいが、あの主があって、このメイドなのだから、問い詰めても無駄な気がした。
「それで……大神国の何か知りたいの?」
「名前的に、将来的に敵になるかも知れませんので」
「何なら、壊滅させちゃっても良いわよ。あんな国……」
「故郷ではないので?」
「姉を殺した国よ」
ミレーヌはつまらなそうにそっと息を吐いた。
「神聖魔法を【神術】とか呼んで、使える者が貴族で、魔術師を悪魔や魔女とか呼んで処刑しまくってるアホな国よ」
それ以上話すつもりもなく、ミレーヌはロリメイドから視線を逸らす。
そのせいで吸血鬼となったミレーヌとしては、簡単に話せる類の話題でもない。
「それで、この乾燥した物を何に使うの?」
「主様が仰るには、色々と調理出来るそうで、震災後の村おこしに使えるかと」
「む、村じゃないわよ、人口だって5000人いるんだから、街よっ。そりゃ小さい村もあるけどっ」
こう見えてミレーヌは、領民から結構愛されている。
出来損ない共の多くは山賊や犯罪者と言う消えても問題のない者達で、近隣から狩りまくったせいか、ミレーヌの伯爵領では異常に犯罪率が低い。
ひとしきり騒いで落ち着いたのか、ミレーヌは椅子に座り直し、机に零れた乾燥した黒い粒を指先で弾く。
「村おこしねぇ……」
「その震災を起こしたのは主様なんですが」
「……あんた、毒舌ね」
目の前の無表情ロリメイドにツッコミながら、ミレーヌはこの前、友人となったある金色の悪魔を思い浮かべる。
人間から化け物と恐れられるミレーヌから見ても、彼女は桁外れの化け物だった。
こんな存在がどうやって人間に紛れて生活出来るのか不思議でならなかったが、彼女を見ていると不思議に納得した。
悪魔は、この世の生き物の天敵で、畏れの象徴たる存在だ。
凶暴にして残酷。無慈悲にて冷酷。狡猾にして悪辣。それ故に【契約】以外で悪魔を信じる者など、悪魔信奉者にも居ない。
それが、あの金色の悪魔を、口先だけで信用してしまった。
「ミレーヌ様は迂闊ですからね」
「うるさい」
あの悪魔は、地震で混乱する民を落ち着かせる為に出たミレーヌに、溜息を吐きながらも、神聖魔法で怪我人を癒して、そのせいで【聖女】だとバレて困ったような視線をミレーヌに向けていた。
「主様は、お人好しですので」
「それ、褒めてないわよね」
それどころか、多少の思惑はあったとしても、ミレーヌが伯爵位を継ぐことを自分の名前まで使って後押ししてくれたのだ。
この毒舌ロリメイドの言うように、本当に悪魔らしくないお人好しだ。
「だからこそ、私は主様をペロペロ愛しておりますわっ!」
「……歪んでるわぁ」
この変態ロリ悪魔を含めた四体も、彼女が魔界で育てたと言う。
そのせいか、このポンコツロリメイドを含めた四体は、ミレーヌ配下の吸血鬼達とも奇妙に打ち解けているように見える。
あの奇妙な悪魔は何なのか? あれと交わるとみんなこうなってしまうのか?
それでも嫌な気分ではない。少なくとも自分を騙して吸血鬼にした伯爵よりもよほど信用出来る。
「悪魔なのにね……」
「悪魔なんですけどね」
悪魔からの他意のない差し入れ。聞いただけなら何の冗談かと思う。
ミレーヌが目を閉じると、貴族に目を付けられた自分の身替わりになって亡くなった姉替わりの少女が、自分のパンをミレーヌに分けてくれた時の顔を思いだした。
その顔はまったく似ていなかったが、どこかあの悪魔の笑顔と少しだけ似ていた。
「パンにでも混ぜたら美味しいかしら?」
悪魔も吸血鬼も、人間の食料を美味しく感じることはないけれど、何故か心が満たされるような気がして、ミレーヌはまた幾つかそれを口に放り込む。
「……あ、」
「……なに?」
「何でもございません」
「とりあえず受け取ったって伝えて。……ありがとって」
「かしこまりました」
金髪縦ロールロリメイド悪魔は、ミレーヌの言葉を受け取ると、珍しく何故か急ぐように闇の中に姿を消した。
「………なんなの?」
仲間を失い、配下の大部分も失って、聖王国を裏から浸食する計画もすべて白紙に戻された。
それでもミレーヌの心は、人間だった頃から200年ぶりに何か満たされているような気持ちになっていた。
「……まぁ、いいわ。千年くらいなら付き合ってあげる」
その十数分後、ミレーヌは物理攻撃がほとんど効かないはずの身体に、約200年ぶりに腹痛を起こすことになる。
ミレーヌはツンデレさんです。
人間だった頃の話も書いたのですが、5000文字書いた時点であまりにも暗かったのでお蔵入り;
おそらく第三部で書くと思います。





