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2-14 悪魔の宴 ①(済)

この話には悪魔的で残酷な表現が含まれております。

 



「あ、ところで……」

 館の廊下を歩きながら、私はふと思い出して聞いてみる。

「あなた達、【彼】はどうしてた?」

 私のその問いに、私の後ろを歩いていた悪魔達がビクッと震えた。

 ……え? ちょっと待って。なにその反応は。

 

「………」

 誰も何も話さない。“女の子”達は微妙な顔をして、その中で唯一“男の子”であるノアが代表して口を開く。男の子はつらいね。

「主様……ユールシア様がこちら側に向かわれた後、大変な荒れようで、あの辺り全ての悪魔を滅ぼし、我らも逃げることしか出来なく……」

「……そ、そうなんだ」

 そんなに(ペツト)が勝手したのに逆上したのか……。わ、私は悪くないもんっ。

 

「そんなことよりユールシア様ぁ」

 魔界の惨事を『そんなこと』で流して、ニアが私にお気楽そうな声を掛けてきた。

 こうして見ると、ニアは自分と波長が合い、選んで融合した【ニネット】とほとんど変わらないように見える。

「どうしたの?」

「あのー、これ見てくださいよぉ」

 ニアが見せてきたのは、ニネットに持たせていた魔力剣。……なんだけど、その剣に以前の輝きはなく、腐食されたようにボロボロになっていた。

「何で、そうなったの……」

「普通に使ったんですよー」

 ニアは眉を八の字に下げて腐食した刀身を指で摘み。

 ……ポキン。

「「あっ」」

 あっさりへし折りやがった。それ、いくらすると思ってんのよっ。

 

「大丈夫です。問題はありません」

「……へ?」

 前にもどこかで聞いたような台詞でノアが折れた剣先を拾う。この子が一番、融合した影響が無いのかと思っていたけど、変な部分が残っているね。……でも。

「ニア、さっき吸い取った“魂”を出しなさい」

「はーい、兄さん」

 そう言えばノアとニアは、元々兄妹の“設定”にしてたんだった。 ニアは簡単に頷くと、ノアに向けて白い靄のようなモノを渡す。ニアのさっきのアレは、やっぱり【吸収】してたんだね。

 それを受け取ったノアは、折れたボロボロの剣に指を滑らして……

「修復しました」

「………」

 

 早いよ。ってか、何をやったのか分からなかったよ。

 それだけじゃなくて、銀色の輝きを見せていた【魔力剣】が、真っ黒な刀身になって『…ぉお…ぉ…』と怨嗟の呻き声が聞こえる、タチの悪い【魔剣】と化しているよっ。

 彼は【ノアトス】と違って、やることに無駄がない。

 私がこの兄妹に設定した、ニアの【吸収】とノアの【解放】も問題ないみたいね。

 

「さっすが、にーさん」

 それを受け取ったニアは、新しい“魔剣(おもちや)”をブンブン振り回し、斬りつけた壁を一瞬で腐りはてた残骸に変えていた。

 危ないから止めなさい。

 

「ノア、あなたの服もユールシア様の前に出るには、ふさわしくありませんわ」

 その様子を見ていたティナが冷たい視線をノアに向ける。伯爵夫人にボロボロにされていたもんね。

「直せますか? ティナ」

「ええ、もちろん」

 あっさり頷くとティナはその輝くようなブロンドの髪で、ノアの執事服を瞬く間に修復して見せた。

 

「あははーっ、見て見てユールシア様、真っ黒ーっ」

 楽しそうに笑いながら、ファニーが私の背中から抱きついて、肩越しに、ブロンドのはずが何故か真っ黒に縫い上がった新品同様の執事服を指さす。

 この子も融合した【ファンティーヌ】の印象と、さほど変わらないように見える。

 でも違う。

 同じように見えても元のあの四人とはまるで違う。彼らは“私”にこんな甘えた態度は取らなかった。

 今のこの姿は、主従として敬われつつも気安い、信頼関係のある、私が努力をして求めていた『彼らとの関係』だった。

 どこで間違ったんだろ……。

 

「ねー、ユールシアさまーっ。変な“臭い”がいっぱいするよ?」

 喜んでいたファニーが突然鼻をひくつかせる。

「そうね、ファニー。どのくらい居るか分かる?」

「うんと……向こうとあっちにいっぱい居て、下にも強いのも居るよ」

 感覚は鋭いみたいだけど、適当だな。

 吸血鬼達は三隊に別れて、洞窟のほうにミレーヌがいるのかも。

 

「ユールシア様、でしたら“外”は私にお任せください」

 私の考えを読んだのか、ティナが私の前に跪いてそう提案してくる。

 この子は元の【クリスティナ】と同じように冷静で、有能だね。でも少し違うのは。

「……一人で平気なの?」

「もちろんです、ユールシア様。あなた様のお手を煩わせなくとも、あのような卑しいゴミ共は、私一人で充分でございますわっ」

 ティナは一言ごとに私に近づいて、熱っぽい瞳でその顔を間近まで寄せてくる。

「そ、そう……?」

 ごめん、元のあの子とも唇が触れあいそうになるような『こんな関係』になりたかった訳じゃない。

 

「はぁい、そこまでよ、ティナ」

 限界ぎりぎりまで近寄ったティナの首に、ニアが目の笑っていない笑顔で剣を突きつけて止める。

「………ち、」

 ティナも舌打ちすんな。

 

「と、とりあえずティナと……ファニーも一緒に行ってくれる?」

「はーいっ」

 子供らしい笑顔で、ファニーは後ろから私の頬に頬をすり寄せ、素直に頷いた。

 その影で、ティナがブツブツと『…何で私だけ…』と呟いていたのは聞こえなかったことにしましょう。

 なんでこの子だけこうなった?

 

   *

 

「何てことなの……」

 伯爵夫人は誰も居ない廊下を、貴婦人として優雅さを捨てて全力で駆け抜けていた。あれほどいた使用人達を見かけないのは、すべてあの【聖女】に倒されてしまったのかと考える。

 

(……あり得ない)

 たかが人間と侮っていたユールシアが……【聖女】と讃えられる清らかな彼女が、まさか【悪魔】を呼び出すなど思いもしなかった。

 それもただの悪魔とはあきらかに異質だった。

 人としての姿を保ちながら、あの禍々しい気配。その存在を“知識”で知っていたが故に、彼らの暗い瞳が向けられた瞬間に伯爵夫人は逃走した。

 念の為にと、侍女吸血鬼達の精神呪縛を解き、混乱させて足止めに使ったが、その直後に聞こえてきた魂を削るような“笑い声”に、伯爵夫人はあの【悪魔】達の正体を確信した。

 

 天変地異を起こす【大精霊(アークエレメンタル)】に匹敵する悪魔の上位個体【大悪魔(アークデーモン)】……。

 

(それが四体…っ!? 冗談でも笑えない)

 あれらが依り代を得て【顕現】したのであれば、もう逃げるしか手はない。

 過去に【大悪魔(アークデーモン)】が現れた時は、国家が軍隊で討伐するか、英雄と呼ばれる常識外の者達に倒されるか、顕現していないのなら自然消滅を待つしかなかった。

 そして大悪魔(アークデーモン)を呼び出せる、あの【聖女】は何者なのだろう…?

(もう……それは、考えても仕方ないわね)

 一人の人間が【大悪魔(アークデーモン)】四体と契約できるだけの“贄”を用意出来るはずがない。

 あれらを呼び出したあの少女は今頃、【大悪魔(アークデーモン)】を呼び出した代償に生け贄として喰われているだろう。

 

 出来るだけ早く撤退しなくてはいけない。

 伯爵とミレーヌは【獲物狩り】を配下の吸血鬼達に任せて、洞窟の祭壇にいる。

 彼らと力を合わせれば、【大悪魔(アークデーモン)】にも対抗できるかも知れないが、夫人は戦うことはせず、もう彼らに危機を伝える術はないと、簡単に“仲間”を切り捨てた。

 自分の本当の名も忘れるほど他人に成りすまし、生き残ることに執着してきた夫人は仲間であろうと見捨てることに躊躇はなかった。

(それでも、少しだけでも回収しなければ……)

 この国から逃げ出すとしても、陽の光の下を動けない夫人には、ある程度の“従者”が必要だった。

 礼拝堂には、夫人の子飼いの侍女吸血鬼達を、まだ十体以上待機させている。

 それだけ拾ってすぐにこの国から立ち去ろう。オーベル伯爵とミレーヌはきっと夫人が逃げるまで時間を稼いでくれるはずだから。

 

 

 ティナは一人、礼拝堂へと赴いた。

 彼女は自分のことを少し不思議に思う。脆弱な悪魔として“生”を受け、金色の獣……ユールシアに【知識(ちから)】を与えられて“変容”させられた。

 そのことに不満があるはずもなく、あるのは悪魔とは思えない“変わり者”の主人への強い崇拝だったが、再びユールシアから与えられたモノは、ティナをさらに強くしたがそれ以上の変化を自分にもたらした。

 擦り切れて弱り切った人間の“魂”と融合し、主人に対して不遜に思えたその“憎悪”を喰ってしまったが、それはティナに、ユールシアに対する不思議な“想い”を芽生えさせたのだ。

 

(……あの憎らしいほど愛おしいユールシア様を食べてしまいたい……)

 それはもう色々(・・)な意味で。

 

 一人悶々としたティナが礼拝堂に着くと、また新たな感情が心の片隅に表れた。

 融合した魂の記憶にあった伯爵夫人の仕打ちと、それに対する“憎しみ”に、ティナは微かに眉を顰める。

 でも不快ではない。それも間違いなく自分の感情なのだから。

 

 ティナはゆっくりと礼拝堂の扉を開く。打ち砕こうかと考えたが、自分は高貴な主人に仕えるモノなのだからと思い直した。

 

 

 侍女達を引き連れ、この地から逃げだそうとしていた伯爵夫人は、ゆっくりと開く扉から現れた小さな影に驚く。

 縦巻きの金髪に碧瞳の、まだ幼い小さなメイド服の少女。

 一度はいたぶりながら血を啜り、次には悪魔と化してその姿に怯え、確かに知っているはずの少女のはずだが、それらとはまた様子が違っていた。

 ただの人間に見える……。

 だが、その容姿は以前よりも遙かに美しくなり、その冷徹なまでの人形のような表情に夫人は寒気を覚えた。

 

『グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 それに気付かない“出来損ない”共が、幼い獲物に向けて襲いかかる。

「…………」

 それに対して“少女”は両手を腰の前で合わせ、緩やかに進めるその歩みに些かの乱れもなく、その冷たい美貌に……静かに【真紅の瞳】を宿した。

 

 キシ……ッ。

 何かが軋む音がして、少女に襲いかかろうとした数百体の“出来損ない”達が彫像(・・)のように動きを止めた。

 彼らから()が失われ、天井より襲いかかろうとしていた数十体が床に落ちて、石のように砕けて割れる。

 

「…………、」

 伯爵夫人はその光景に絶句するしかなかった。

 少女から【大悪魔(アークデーモン)】の威圧感やおぞましい気配は完全に消えていると言うのに、自分達とは隔絶した力の差を感じた。

 

「……何故、あんな出鱈目なモノが……あんな餓鬼(・・)に召喚されて……」

 

 伯爵夫人がその呟きを漏らした瞬間、静まりかえっていた礼拝堂に“怒気”が激しく荒れ狂い、金色の()が“石像”だけでなく、生きていた者さえ引き裂き礼拝堂の壁や床をどす黒い血で染めた。

 

「下賤なヤブ蚊風情が……我らの創造主であり母であり、魔界の太陽であった主様を貶める言葉を使うとは……身の程を知りなさい」

 

 地の底から呪うような声音を放ち、その“少女”は、そこで初めて伯爵夫人に気付いたかのように、顔を笑みの形に歪める。

 

初めまして(・・・・・)伯爵夫人。また(・・)お会いできて嬉しいですわ」

 

 そう言うと貴族のように優雅に腰を折り頭を下げて。

 

「私は主様に創られた【ゴルゴン】の【ティナ】と申します。では、さようなら」

 

 何の感慨もなくそう締めると、ティナの金色の巻き髪が意志を持つようにうねり、無数の金色の蛇へと変わっていった。

 

 これは戦いですらない。

 まだ残っていた数百体の出来損ないや吸血鬼達が、逃げることも反抗することも許されず、静かに佇むティナの金色の蛇に引き千切られ、その瞳に石化されて魂を散らしていった。

「………」

 伯爵夫人も下半身を石化され、絶望の表情で【悪魔】を見つめ、……地上の悪魔達(・・・)は愉悦の表情で主の定めた敵の蹂躙を始めた。

 

   *

 

 暗い森の中でもその異変は起きていた。

 

 始まりは唐突に、……たった一人の白い髪の少女が、千体近い“出来損ない”達の前に現れたことで幕を開けた。

「私ねぇ、ユールシア様に名前を付けてもらったんだっ」

 その“少女”は嬉しそうに笑い、その無邪気な無防備さに、“出来損ない”達はニヤけた笑みを浮かべた。

 数人の“出来損ない”が“少女”を捕らえようと手を伸ばし、そのことごとくを霞を掴むように手をすり抜ける“少女”を見て、訝しげな顔になる。

 誰も捕まえられない。触れることすら出来ない。

 出来損ない達は導かれるようにその作業に熱中し、その“少女”が暗い森の中で、宙に浮かんでいることさえ不思議に思えなくなっていた。

 

 その“少女”の白い顔が……皮膚が陶器のように硬質化して【道化師(クラウン)】の仮面となりにこやかに嗤っていても、誰も気にすることもなく。

 

「はじめるよー?」

 

 道化師(クラウン)の少女が、一瞬で千体の出来損ない達を生きたまま解体した。

 骨から肉をはがされ、内臓を引きずり出され、神経を一本ずつ抜き取られる、おぞましい苦痛と恐怖に脳が悲鳴を上げたが、身体はピクリとも動かない。

 

「はじめるよー?」

 

 肉体はいつの間にか元に戻り、道化師(クラウン)の少女の声と共に、再び気が狂うような苦痛と恐怖が襲ってくる。

 全ての“作業”が同時(・・)に進行され、全員が同時にそれを受けていることが、さらに狂気的な恐怖を助長した。

 

「はじめるよー?」

 

 何度も……何度も繰り返される悪夢に、“出来損ない”達は“死ぬ”ことも“狂う”ことも許されず……。

 

「私は【ファニー】……。【ナイトメア】の【ファニー】って言うんだよ。……って、もう聞いている人は居ないかぁ」

 

 数万回繰り返された【悪夢】により、全ての“出来損ない”達は生きたまま“心”をすり潰され、肉の雑木林のように立ち尽くしていた。

 

「えっとぉ……次はお仕事ーっ」

 ファニーはそう言って、消えそうに疲弊した“魂”の回収を始める。

 

 仕事は好きではないが、それがユールシアの為なら別だった。

 あの寂しくて暗くて怖くて寒かった魔界で、主であるユールシアだけが、陽だまりのように暖かな存在だった。

 ただ他の餌に過ぎなかった弱い自分にとって、はじめて暖かさに触れたあの感動は忘れられない。

 自分と融合した“魂”が、世界は自分の物のように思っていたせいか、ファニーもそのように感じている。

 でもそれは当たり前のこと……。

 

「だって、私の【世界】はユールシア様のためにあるんだよっ」



 

戦闘シーンがあるのに、どうしてゆるくなったのか。

次回、ユルの正体が明らかに。

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