2-10 茶会になりました ②(済)
お茶会は私が遅れてしまったために、可愛いシェリーが泣きそうな顔になっていた。リック、許すまじ。
「ユールシア様っ、私はマンチ侯爵家の次女、ベルティーユよっ、えっと、仲良くしてあげるわっ」
ベルティーユちゃん、八歳。碧い眼で綺麗な黒髪の女の子だ。外見だけはお淑やかなのに……。あれ? この子、最初のお茶会で見たような気がする。
「うん、よろしく。ベティー様」
「何でいきなり略したのっ? 私はお姉さんなのよっ、……ユル様って呼んでいい?」
「いいですよー、ベティー」
「!? 呼び捨てになったわっ、私もユルって呼ぶからねっ」
「いいよー」
うん、思った通り、ちょっとおバカな可愛い子だった。最速で友達になれたわ。
「わぁ……ユルったら両手に花ねぇ」
「……うん」
シェリー同様ベティーも王妃様のお茶会は初めてなのか、二人に両脇からがっちり腕を抱きかかえられて身動きが出来ない。そんなお茶も飲めない私に、お祖母様やエレア様が面白がって、私の口までお茶やお菓子を運んでくれる。
何のハーレムですか、ここは?
「ねぇ、三人はぁ、他にどんなお茶会に出席したのぉ?」
エレア様がまたのんびりとした口調で聞いてくる。私の口調がゆるいのは、絶対お母様とエレア様の影響だ。
「私は、伯母様のお茶会に行きましたわっ」
無駄に元気だなぁ、ベティー。
「わ、私は、叔母様と、ユル様のお母様のお茶会と……」
「うん、私もシェリーのお母様のお茶会にお呼ばれしましたぁ」
初めてのお茶会は無理だけど、その後だったら普通に参加できる。
「あとはぁ、シェリーと二人でお茶飲んでるの」
「はいっ、ユル様と一緒です」
「!? ユルっ、シェリーっ、ずるいわっ、私も呼びなさいっ、私も呼ぶからっ」
「うん、いいよー」
「は、はい、お願いします、ベティー様」
無駄に元気だなぁ……、ベティー。
「だったらねぇ……【月夜の茶会】って知ってるぅ?」
シェリーは知らなかったようで首を傾げていたけど、ベティーは現在、学院の二年生だから知っていたみたい。
「それ、私のお姉様がお友達と話していましたわっ、内緒のお茶会で、終わるまで話してはいけないんですのよっ」
「そうそう、それぇ。知っている人でぇ参加した人は居るぅ?」
「そのお友達のお友達が参加してっ、とっても素敵だったそうですわっ」
姉からその話を聞いたのか、その夢のようなお茶会に、ベティーは憧れるような表情を浮かべていた。
そんな様子にエレア様は微かに眉を顰め。
「私としてはねぇ、三人には参加してほしくないなぁ……」
「!?」
「そうなのですか?」
私とシェリーは別に何の憧れもないので何とも思わなかったけど、ベティーはよほど憧れていたのか愕然としていた。
「いけないのですかっ、エレアノール様っ」
「いけないって訳ではないんだけどねぇ……。それが本当にオーベル家からの招待状なのか分からないでしょぉ? 参加客も招待状を誰にも見せないし、参加したら招待状は残らないから、どんな物か確認できないしぃ」
ホントにそうだよね。その【月夜の茶会】が問題なくても、模倣した愉快犯に誘拐されるかも知れないのだから。
「……最近の行方不明事件と関連が?」
私がリックの話を思い出してそう尋ねると、エレア様は少し驚いた顔をして、ニンマリと私の頭を撫でた。
確かに胡散臭いんだよねぇ……。
「そうだ、エレア様。良いモノを差し上げます」
「なぁに?」
私は抱きつかれた腕を苦労して動かし、懐からそれを取り出す。
「単なる【月夜の茶会】の招待状ですよ?」
その言葉に、他の全員が目を見開いた。いや、シェリーだけ普通に菓子食ってる。
「本物……なのぉ?」
「な、ななな、何をしてるの、ユルっ、それは他の人に見せたらいけないのよっ」
「別に……これ、今朝届いた三通目だし」
「三通目っ!?」
一通目は送り返した。その一週間後に来た二通目は読まずにゴミ箱に捨てた。そんで今朝になって部屋のドアの下にまた来てた。
「……さすがはユルねぇ。参加はしたの?」
何が流石なのか分からないけど、エレア様、呆れてる?
「まさか。でもエレア様のお役に立てるなら、燃やさなくて良かったです」
「も、燃やすっ!?」
そんなに驚かなくてもいいでしょ、ベティー。それと興味がないのは分かったから、四個目のケーキは止めときなさい、シェリー。
「あははっ、ユルはぁ面白いねぇ。それは私が預かってもいい? 調べてみるから」
「はい、どうぞ」
格好つけてテーブルの上を滑らそうとしたら、ぶきっちょスキルが発動して、見事にテーブルから落ちた招待状に、ベティーがワンコのように飛びついていた。
***
「ユルお嬢様、あの子達のことなのですが……」
「う、うん。……話して」
冷静な口調で真面目な顔なのに、こめかみをピクピクさせているヴィオにびびりながら、私は話を促した。
私があの四人の子達と会話をしなくなってから、半年以上過ぎている。
どこにも連れて行かない。お世話もしてもらわない。給料は払っているけど、関わらないから私の名を使った買い物も出来ず、屋敷の重要施設に入る許可も下りず、実質は冷や飯食いと同じ扱いだ。
「あの四人は何もしていません。本当に何もしていません。本来なら今の状況は焦るべきもので、自分から改善する為に仕事を求めるか、自分から公爵家勤めを辞して親元に帰るか、他に職を求めるはずですが……」
「ど、どうしているの?」
「毎日……毎日毎日っ、ぐーたらぐーたら食べたら寝て、鍛錬もこの屋敷での仕事も、数ヶ月前より行わなくなりました。それに、」
「まだ、あるの?」
まだまだヴィオのターンは終わらない。
「何もしない者に、ユルお嬢様の側仕えである“準等”の食事を出す訳には参りません。私の権限で食事はそれ相応の、初年仕えの者と同等――それでも平民より上等な食事のはずですが、彼らはそれを良しとせず、給仕長や料理長へ直談判し、それが受け入れられないと分かるや、毎日のように外へ食事に出掛けております」
「……お…おう」
すごいな、あいつら。まぁ給金払っているんだから、外に食べに行くお金くらいあるし、それを止められもしないけど……。
「毎日……?」
「ええ、毎日です。それも高級料理店ばかり。……ユルお嬢様、これらに見覚えはございますか?」
「え……」
ヴィオが持ってきていた箱から取り出したのは、見覚えがあるブランド品の片手剣。金や銀の懐中時計が数点。お父様秘蔵の蔵書が数冊。私のパーティー用のアクセサリーがいくつか……。
「これは……」
「これは、街の買い取り商から連絡があり、あの四人が売りに来た物を買い戻した品でございます」
やっちまったね、あいつら。
あの双子は確実に黒だ。この本もクリスティナが読んでいた。ギリギリ確証が持てないのはファンティーヌくらいだけど。
「ユルお嬢様……。ファンティーヌが良く遊び場に使っていた、物置の奥から見つけた物なのですが……」
「……なに…?」
普段は表情を出さないヴィオの痛ましげな顔に、私はおそるおそる差し出された箱を覗き込む。
「……っ!」
ボロボロに切り裂かれた私の靴。擦り切れて泥だらけのドレス。小さな頃から読んでいた絵本は破かれ、クレヨンで字が読めないほどに荒らされていた。
憎しみでやったのではない。すべて遊びで壊されていると分かる。
そして……
三歳の誕生日にお母様からいただいた銀の櫛は、何本も歯が欠けて折れ曲がり。
同じ日にお父様からいただいた、毎日大事に抱いて寝て、布が破れそうになった後はクローゼットの奥に仕舞っていたはずの、ウサギのヌイグルミが、無残に手足がもげて布地が引き裂かれていた。
「………」
私はそれを震える手で持ち上げて、胸でぎゅっと抱きしめる。
「……どうして……」
分からない。理解できない。私がそう呟くと同時に、私の目からポロポロと涙が溢れて、壊れたヌイグルミに染みこんでいった。
どうして涙が出るの……? 私、悪魔なのに……。
「……っ」
私が涙を見せた瞬間、ヴィオの水面のように穏やかな魔力が燃えるように膨れあがったのが分かった。
「少々……お待ちください。……ゴミを始末してまいります」
「ひっ!?」
いつもと同じ冷静な顔なのに、ゾッとするような瞳で出て行こうとするヴィオを、私は慌ててメイド服を掴んで引き止める。
「だ、だめぇ」
「……何故でございますか? あのような…」
「ヴィオがそんなことしちゃダメぇっ」
あの子達ではなくヴィオを想った私の声に、彼女は私を抱きしめて、涙が止まるまで頭を撫でてくれた。
「私はリア様の学院の後輩で……あの方は私をずっと助けてくださいました」
私を抱きしめながら、ポツリポツリとヴィオが昔話をしてくれる。
「私は平民なのに可愛がってくださり、実家の商店が傾きかけた時は、お家の力ではなく、売り子として慣れない仕事をして、家の手伝いで学業が遅れがちの私にいつも勉強を教えてくださいました」
「…………」
「私が卒業する時、リア様はユルお嬢様を身籠もられていらして、私はリア様に恩を返す為に侍女となりました。リア様は私の宝です。そしてユルお嬢様は、リア様の――あの家に住んでいた全員の宝です。私も……フェルやミンも、自分の子や妹のようにあなたを愛しております。旦那様や今の屋敷の全員がユル様を愛しております。それを忘れないでください……」
「………うん」
良し。……いっぱい泣いてすっきりした。
今は心の中が“人の想い”に溢れているけど、今はあえて自分を切り替える。
人の心から、【悪魔】へと切り替える。
私は悪魔として半端だけど……人としても半端だけど。
だからこそ私は、【悪魔】と【公女】として生まれた【本当の自分】になる。
「ヴィオ」
「はい」
私が立ち上がり彼女の名を呼ぶと、ヴィオは“リアステアの娘”でも“公爵家令嬢”でもなく、初めて“ユールシア”個人に跪く。
「あれらがしでかした事について、他に知っている者は?」
「いえ、私が単独で調べておりました。時間が掛かったことをお許しください」
「構いません。では、このことは内密にしなさい」
「ですが……あの者達の放蕩ぶりは他の者も知っておりますし、買い戻しの金額は隠せる額を超えております」
「金銭なら、王都のカーペ商会に私個人の資産があります。この街にも支店が出来ましたので、私の名を使い、自由にしなさい」
「……はい」
「あれらは私に任せて貰いましょう。荒行ですが、そこで心を入れ替えなければ、もうここに戻りはしません。皆の者にもそう伝えなさい」
「……はい」
「お心休まるよう、お母様にはくれぐれも内密に」
「ユールシア様、かしこまりました」
六歳児がこんなこと言い出したら、どん引きされるかと思ったけれど、ヴィオは素直に聞いてくれた。
これで少しは過保護が治まると良いのですけど。
さて、あいつらをどうするか。実はさっき決めた。
私はベッドの中から、どう扱うか悩み中だったその小箱を取り出す。
まるで宝石箱のようなその小箱には、実際にいくつかの宝石と、一つの書簡が忍ばせてあった。
「これに役立って貰おうかなぁ」
***
「ふ…ふふふ、ついにやりましたわっ」
その少女は喜びを抑えきれないように目の前にある宝石箱を見つめる。
その中に入っているのは一通の招待状。それは聖王国の貴族の少女達が待ち焦がれる【月夜の茶会】の招待状であったが、それは彼女に届いた物ではない。
月光を思わせる艶やかな銀の髪。日の光を厭うような白い肌。
深い夜空にも似た、宝石のような紫色の瞳。
年の頃は十四~五歳か、愉悦に満ちた笑みを浮かべるその少女は、人ではあり得ないような恐ろしいまでの美貌を備えていた。
白銀の姫・ミレーヌ。……彼女を知る者はそう呼ぶだろう。
宝石箱の周りには、皿に乗せられた書簡のような物が四通、形を保ちながら灰になって燃え尽きていた。
少女達に送られる【薄紫の招待状】と対になる【水色の招待状】は、片方が開封されて送り主以外の目に触れた時、仕込んだ透明の魔法陣が反応して、もう片方を燃やす仕組みになっている。
四通目までは、届けたその日に灰になった。
その光景に驚いてしまった自分に、ミレーヌは歯がみする。
本来なら招待状を送るのは一度だけ。それは【月夜の茶会】の誓約を守れないような人物を招くことは、危険を伴うからだ。
慎重に……二度と以前のような失態を演じない為にも、それは最低限必要なことなのだから。
だが、……あの“少女”だけは違う。
聖王家の血に連なる【聖王国の姫】であり、【聖女】と呼ばれるほど徳が高く、噂に聞く【麗しき黄金の姫】は特別な存在に思えた。
慎重に事を進めたが故に令嬢達から憧れを持たれ、ミレーヌは自分の【月夜の茶会】を拒否する少女が居るとは思わなかった。
半分以上意地になり、彼女に招待状を送り続け、最終的には仲間であるオーベル伯爵や伯爵夫人の知恵を借りて、あの小箱を送った。
子供には与えられないような、傷のない大粒の宝石の数々。
一人では不安なのだろうと、従者の4~5名までなら特例で参加も認めた。
これで受け入れられなければ諦めろと、オーベル伯爵は言った。
伯爵夫人も、時間を掛けて人を増やせば問題ないと言っていた。
彼らは慎重派だ。
永い時を生きてきた知恵もある。だが、彼ら三人の【力】は【同等】なのだ。
彼らは何者なのか? 長年引きこもっているオーベル伯爵家の昔を知る者がいれば、その者はこう言うだろう。
『お前達は誰だ?』……と。
「でも、この賭けは私の勝ちよ」
ミレーヌは不敵に笑う。
小箱に入れた招待状からは、【開封】の印が見えても、まだ【一人】しか向こう側の招待状に感知されていない。従者の参加を認めると読んでそれなのだから、ミレーヌは黄金の姫が、ようやく白銀の姫の誘いに乗ったのだと判断した。
「明日の夜が楽しみだわ……」
聖王国の純血とも言える聖なる【姫】を独り占めできれば、ミレーヌの【力】は他の二人を超えて、自分らが逃げ出す羽目になった【武装国家テルテッド】すら、次は滅ぼせるかも知れない。
ひっそりと……静かに、聖王国は災厄の日を迎えつつあった。
次からかなり悪魔チックです。