2-09 茶会になりました ①(済)
あの【獣】達をおびき出して、ストレス発散も兼ねて遊んであげようと思っていたのに、ブリちゃんやノエルが結構優秀で焦りましたよ。
でも、あの【獣】の正体も、だいたい察しが付いたから良い頃合いだったかな。
あの最後に“実験”を兼ねて、ノエルに使った【光】の加護で刺激してあげたら、上手いこと【光の中級精霊】が目を覚ましてノエルに手を貸してくれた。
少し危なかったけど、私の持論も少しは確証が持てた。
精霊魔法の源になる【光の精霊】は、ほとんど意志のない【光の下級精霊】と、のんびり眠っているような【光の中級精霊】があると思われる。
私と性格が合うのかも? だから私のような悪魔にでも力を貸してくれるのだと推測してるんだけど、光の属性に【大精霊】クラスはいるのかしら? まだ他属性の精霊も【大精霊】は確認出来てないけどね。
ノエル君は、いきなり強い光属性に目覚めちゃったけど、大丈夫なんでしょうか? 副作用とかでないよね……?
何かあの後ずっと、風邪を引いたような真っ赤な顔になってたし。
でも強くなったみたいだから、訴えられたりしないよね? 最後は【精霊語】を直に発音までしてるし、どこまで行くんだろ?
まぁ、ノエルに討伐されないように気を付けましょう。
さて、そんなこんなで、視察に行くようになってから半年が過ぎました。
こんな私でも色々と忙しいので、二ヶ月に一カ所程度しか視察に行けてない。
七歳になったら魔術学園の入学準備もしないといけないから、それまでに全部廻れるのかしら?
魔術学院の入学は、一年の始まりの月で、私が【秋中の月】生まれだから七歳になったら三ヶ月もない。
私、本当に忙しいんですよ? “色々”と。
「……あれ?」
私が自室の扉に掛けていた鍵代わりの【城塞】を外して部屋に入ると、足下に一通の封書が落ちていた。
……むむ、薔薇の香り? 私の偏見に満ちた経験上、こういう手紙には碌なことが書いていない。
でも開ける。ぶっちゃけますと、【下級悪魔】でも突破できない【上級防御魔法】を掛けた室内に、手紙を送り込んでくる変質者の正体が気になるのです。
ちなみに【城塞】は、あの四人が勝手に私の部屋に入れないようにする為です。
それで中身は……招待状? お茶会かぁ……。
私は部屋から出ると廊下を歩いて、久々に顔を見たその子に“招待状”を手渡す。
「クリスティナ、これ、オーベル伯爵令嬢に送り返してくれる?」
「……え…?」
クリスティナは招待状を見て、その招待状の【噂】を知っているのか、信じられないモノを見るような顔で固まっていた。
うん、初めて見るね、クリスティナのそんな顔。
「それでは、確実に送り返しておいてね」
私は数ヶ月ほど、あの四人の側近候補ちゃん達と会話をしていない。
視察に連れて行くのも止めた。ブリちゃんやサラちゃん達が居れば問題ないしね。
私の名前を使った一定金額以上の注文も止めて、ドレスルームや書庫の鍵も新しいのに変えさせて、上位執事と上位侍女に管理をお願いしてる。
私の“名前”だけで色々出来るのなら、私が直に言えばもっと色々出来るのですよ。
私って、今まで我が儘なんてほとんど言ったことがない、とても良い子ちゃんだったから、大抵のことは通るのよね。
でもこんなに甘やかされて育ったら、私には“夢の世界の経験”があるからいいけど、普通はお姉様方みたいに育っちゃうんじゃないの……? 貴族恐るべし。
おっと、話が逸れました。
私があの子達と会話をしなかったのは、話すと疲れるから。
あの四人の子達が私のお世話をしてくれてたんだけど、何かもう、頼むのも色々面倒になっちゃって……。
だから私は、朝は勝手に起きて顔を洗って、自分で服を着替えて、お腹減らないから食事もたまに果物を囓るだけにして、適当な時間にお風呂が水でも勝手に行水して、面倒だったからお茶もお菓子も食べるのは止めて、洗濯も頼まないから何日か同じ服を着て、真夜中まで図書室で好きな本を一人で読みあさる、素敵なお気楽生活をおくっていたら、それを見つけて慌てた婆やに抱きかかえられて、気がついたら、またヴィオ達がお世話をしてくれるようになりました。
お母様や婆やにも泣かれてしまった。
そんなに酷かったですか……?
***
ところで……私が“色々”と忙しいと言っていたのを覚えてますでしょうか?
私には【聖女】として【裏】の仕事があるのです。
まぁ私としては表の仕事でもいいし、報酬を得たい訳でもないのですが、参加者全員が口を閉ざし、王都の裏で密かな噂が流れ、私を祭り上げ、その“会”は貴族男性達を中心に発足したのです。
その会の仲間意識は非常に強く、裏切りはあり得ない。その証として私には、私が気に入るであろう品や多額の金銭が捧げられる。
その会の名は、【輝きに闇をもたらす聖女の会】である。
なんじゃそりゃ。
「ユールシア様。本日は私の友人であるカペル公爵の弟、ゼッシュを紹介させていただきます」
「う、うん…」
「ユールシア嬢、お初にお目に掛かります。本来なら私のような者があなたにお会いできることも畏れ多いと思いますが……ですが、ですがっ」
うん……そうだよね。カペル公爵家って、うちと仲が悪いもんね。
彼は三十代後半でまだ若い。それでもこの“会”の恩恵を得たいのか、ゼッシュさんは友人のルボン子爵と肩を抱き合ってさめざめと泣いていた。
鬱陶しい……。
「そ、それでゼッシュ様はよろしいのですか?」
「はい、……私はカペル家より出て商人貴族となりましたが、私の忠誠は兄ではなく、今でも陛下に捧げております。そして姫の為ならば、私は実の兄とて容赦は…」
「わかったっ、わかりましたわ」
物騒なことを言いかけるんじゃありませんよっ。私は半分以上呆れて、愛想笑いも止める。
「では……ゼッシュ様、あなたの輝きに私が【闇】をもたらしましょう」
「おおおおおおおおっ」
実際私も自棄になってノリノリである。
「…『光在れ』…」
神聖魔法に必要なのは明確なイメージ。それを実現させる純粋な魔力。
“光の世界の人間の知識”を持つ“悪魔”である私は、それを高いレベルで実現することが出来た。
そんな私にとっても難しい。他の司祭では実現は不可能に思える。
イメージするのは【再生】。それと同時に【活性】と【浄化】を慎重に交互に掛けていく。
強すぎてはいけない。弱すぎてもいけない。細かい知識とイメージが必要なのだ。
私の神聖魔法の光を受けて、彼の【頭皮の輝き】が淡い【藻】のような物で覆われ、彼の頭皮の輝きは失われた。
「お、おおお、おおおおおっ」
「やった……やったぞ、ゼッシュっ!」
ゼッシュさんとルポン子爵は互いに抱き合い涙を流して喜び合った。
鬱陶しい……。
「え~~と、これからは油物は控えてくださいねぇ。魚や豆、野菜中心の食生活を心がけてください。後は頭皮のマッサージですかねぇ。柔らかいブラシで軽く叩くといいらしいですよ~」
思わずなげやりな棒読み口調で説明してしまった。
「ありがとうございます、ユールシア嬢っ、いえ、ユールシア姫様っ! これからは我が商会の品も出来る限りトゥール領に融通いたしますっ」
「そ、そう…? その時はお願いいたしますわ」
私は即座に【公爵令嬢】モードでゼッシュさんに応じる。
「これで妻や娘達に微妙な慰めをされたり、お客様のお子さんに『お爺ちゃん』とか言われず済みますっ。本当にありがとうございましたっ」
ちなみにお金をくれるのは“口止め料”です。
こうしてまた、この国から“輝き”が失われた。
私を崇拝する男性のみのこの派閥は、裏でひっそりと聖王国に広がるのだ。
……なんじゃそりゃ。
***
私は月に一度の王宮通いも続いている。
これがなければ視察も捗るのに……。とは言いません。お祖母様やエレア様に会うのは楽しみですし、今日のお茶会はシェリーと一緒なのだから。
「シェルリンド様、そんなに怖がらなくても……」
「は、はい」
王宮の廊下を私とシェリーは手を繋いで、その両脇からブリちゃんが私を。サラちゃんがシェリーの手を引きながら、緊張しているシェリーに声を掛けていた。
……どうして他の子の相手をしている時は、みんな普通の騎士っぽいの?
「大丈夫よ、シェリー。お祖母様もエレア様も怖くないわよ?」
可愛いシェリーが怯えないように私は優しく声を掛ける。
まぁ初めて一人参加する王宮のお茶会で、お友達の私が一緒とは言え、七歳の子供が王妃様や王太子妃様にお呼ばれしたのだから仕方ないよねぇ。
「……え?」
「え?」
「えっ!?」
「…………………え?」
ちなみに最後のは私。ところで君達、何を驚いているのかな? 他に理由があるとでも言うの? まさか……私に怯えていたとでも言いたいのかしら……?
「だ、だって姫様っ、……王宮だとたまに表情無くなるから……」
「……そう?」
サラちゃんの発言にシェリーとブリちゃんが頷いている。まぁ何てことザマショ。
実は私も多少は自覚していたりする。
五歳の誕生日以来、私が王宮を訪れると挨拶をしてくれる人が増えてきた。
大抵の人はにこやかで、偶に『おててにちゅー』して挨拶してくれる程度なんですけど、時には長々と30分とか一時間とか、ティモテくんやリックのことを喋りまくる人が居るんですよ。
ええい、そんな情報はいらんっ。
微笑みと軽い【威圧】で立ち去ってくれるのならいいんですけど……。
「……あ、」
ブリちゃんの呟きにシェリーとサラちゃんの顔が強ばる。
向こうから歩いてくるのは、何とか大臣の……えっと、……貴族の人です。この人は初めての挨拶で一時間以上粘りやがったですので、
「……っ、」
「ごきげんよう」
完璧に表情を消して、声からも感情を無くしたら、こうして自主的に、壁に張り付くようにして道を譲ってくれるようになっただけですのよ?
こういう人はまだマシなほうなのです。中にはあきらかに敵意の視線をぶつけてくる人も居る。
仲良くなった王宮の女官さんや侍女さんが言うには、伯父様の側室の方だとか。
うん、気持ちは分かるよ。伯父様はエレア様一筋ですから、側室の方と子を作られないのですよ。貴族家にごり押しされた名ばかり側室だからね。
そこに公爵家の娘が【姫】とか言われて我が物顔をしていたら面白くないよねぇ。
でも私、その手の“人間”は“大好き”ですからっ。
さすがに、あの赤毛の美人さん並に美味しそうな人は居ないけどね。
側室さんの親御さんが絡んでくる時もあるけど、そう言う人は、そのお屋敷に大量の猫とか蝉とか召喚してあげると、しばらく静かになるのでお勧めです。
我ながら魔力召喚陣も、だいぶ上手に描けるようになりました。
ふふふ、悪魔を敵に回したらいけないのですよ。
いつものカイル宮の庭園に向かい、先にシェリーを通して続けて私が扉をくぐろうとすると。
「ユールシアっ」
「リック……?」
あれ? ここだと『リュドリック兄様』かな? まぁいいや、リックだし。
私を見つけたのか待っていたのか、ズカズカ歩いて私の腕を掴む。
「むぅ……どうしていつも、腕をつかむの?」
「それはっ、……お前がすぐ、どこかに行くからだろ」
なんだそれは。このガキんちょめ。
「だって、“リュドリック兄様”は乱暴なんですもの」
私が、ツンッとした態度で、掴まれている腕をチラリと見ると、リックは『ぐ…っ』と呻いて手の力を緩めてくれた。……何故、放さない?
「でも、ユールシアもいけないんだぞっ」
「……どうしてぇ?」
本気で分からず首を傾げると、リックは何故か怯んだように視線を逸らして、ぼそぼそと呟くように話し出す。
「お前、前より来なくなったじゃないか……」
「お祖父様やお祖母様とは、毎回会ってますよ?」
「そうじゃなくてっ、……お前、叔父上の手伝いで地方の視察に行っているんだろ? 危なくないのか?」
「……? 良く知ってるねぇ。うん、特に危なくないよ?」
悪魔的には問題ないですわ。それより手を放してよ。
「なんかなぁ……最近、変なことが多いんだよ。この前も、ある貴族の屋敷に猫が大量発生したり……」
「……へ、へぇ」
「それにまた行方不明になっている奴がいるらしい。それも貴族の子女に…」
「また……? シェリーは大丈夫かしら…」
「……おい」
ドンッ…と、私の暢気な口調が気に障ったのか、腕を掴まれたまま壁に押さえつけられる。……これが噂の壁ド…いや、それどころじゃなくて、リックも後数ヶ月で10歳になるので、身体も大きくて迫られると怖いんですけど……。
「……リック?」
「自分を心配しろっ、お前はこの国の【姫】なんだから、母上達が心配するだろっ」
「……は、はい…」
そんなに怒らなくてもいいじゃない……。でもそっか。家族が私なんかで悲しむのが嫌だったのね。
「お前は俺のっ、……その、あれだよ、……妹みたいなもんだからなっ」
「うん……」
私も家族に入れてくれるのかぁ。……ツンデレさんめ。