2-06 主人になりました(済)
ちょっと多めの六千文字。
この話は書いてて神経が摩耗したので一気に乗せます。
あの二度とやりたくないお誕生日会から数ヶ月が過ぎました。
ホントに勘弁してよ……次は絶対、辞退しますからっ。
まぁ、あの可愛らしいお姉様方に出逢えたのは良かったけどねぇ、うふふ。
でもやっぱり? あのお姉様方の暴挙が王家にまで伝わり、特にエレア様は大激怒されて、私が魔術学院に入学する前に、他国へ長期留学することになったそうです。
ま、いいけど。もう少し熟成させたほうが良さそうだし、楽しみはゆっくりじっくり待ちましょう。
出来れば私が在学中に帰ってきて欲しいわ。ああ言うある意味、貴族らしい貴族のお嬢様達は、とても貴重ですもの。
お父様には苦しそうな顔で謝られた。あの方達に複雑な愛を感じているのでしょう。
うっかり潰さないように色々気を付けないと……。
ところがですねぇ、お姉様方はやっかいな【置き土産】を残していったのですよ。
*
「ユールシア、話を聞いてくれるかな?」
「はぁい、お父さまぁ」
私が呼ばれて、とてとて走っていくと、お父様は私をお膝の上に乗せてゴロニャンさせながらお話ししてくれました。
「ヴェルセニア公爵家が、姉上の嫁いだ国に、何を輸出しているか分かるかな?」
「う~んと……蒸留酒と…鉄製品っ」
うちからはそれらを輸出して、農業大国シグレスからは加工した農作物や果実を輸入しているのです。
新鮮なお野菜とかは、魔術で凍らせないと無理だから高く付くのよねぇ。
シグレスから果実酒を輸入して、それを蒸留した物をまた輸出している。うちのお酒はブランド品なのですよ。
「そこでね、ユールシアが六歳になったら、生産現場の視察を手伝って欲しいんだ」
「……しさつ?」
お仕事ですっ。ついに穀潰しの純血種から脱却ですのよ。
……え? 六歳?
詳しい話を聞いてみますと、輸出品のすべてをトゥール領で賄っているのではなく、さらにお父様の派閥の貴族領や、郊外の街や村でも作っているらしい。
それを視察に行くのもお父様のお仕事なのだけど、王都でのお仕事もあるし、外交で他国にも行かないといけないので、なかなか地方を廻れない。
それって、私に会いに来る頻度が多すぎるからではないですよね……?
まぁそれは正当な理由だから仕方ないね。仕方がないね。
その他にも、どうして私が行かないといけないのかと言うと、私にどうしても来て欲しいと要望があったらしい。
え……? 悪魔として?
そんな訳はなく、【聖女】として有名な【姫様】に来て欲しいみたい。
わかりました、何を歌えばいいのですかっ? え…? アイドル巡業じゃないの? だったら何のために呼ばれているの?
「鉄鉱を扱う所だと、鉱山や鉄工所で酷い怪我をする人がいるらしいんだ。ユールシアさえ良かったら、数人でも癒してあげられるかな? ユールシアなら声を掛けるだけでも元気が出ると思うよ」
アイドル慰問のほうですか……。
そんな場所なら教会の司祭さんがいるでしょ? と思っていたんだけど、普通の司祭さんは、私ほどバカ魔力な神聖魔法は使えないみたい。
酷い火傷や落盤事故が起きると、生き残ってもまともな職に就けなくなる。だから、聖女と噂の私に怪我も心も癒してほしい……と。
なるほどねぇ……。
でも私、どの宗派からも聖女認定を受けてないんですけど?
「ユールシアはまだ小さいから、聖女認定はまだ保留なのかな? それにね、【聖女】という称号は、この聖王国内では特殊だから」
「そうなの?」
私、その恥ずかしい称号自体がいらないんですよ。
私が、ちまたで聖女と呼ばれながら、どこの宗派からも認定されないのは、まだ私が幼いので実力を計りかねているのが、表向きの理由。
裏の理由は、この国が【聖王国】であること。
無名のワインとブランド品のワインが同価値では無いように、聖王国内で認定される【聖王国の聖女】は特別な意味を持つみたい。
そのせいで数百年前には各宗派が聖女を乱立し、呆れた当時の王が【大悪魔】討伐を聖女達全員に依頼して、一人も帰ってこなかったと言う、おバカな話もある。
たぶんそれ、ほとんどはそのまんま逃げたんじゃないかな?
そんなアホ伝説のせいで、聖王国内での聖女認定は、かなりシビアなものになっているようです。おかげで大変助かっています。
「それと同じ理由で、もう一つ認定されにくい“称号”があるんだよ。ユールシアは分かるかな?」
「うーん……、まおー?」
「………さすがに聖王国から、魔王は生まれないよ」
失敗失敗。
これも一時期乱立されて、聖女達と一緒に動員されて帰ってこなかったらしいけど、何なんでしょ?
「きっと【聖女様】の隣に立ってくれる存在だから、考えてみるといいね」
お父様は、答えは教えてくれないらしい。
「そう言う訳で、もう少ししたらユールシア専属の侍女や護衛を付けるからね。みんな歳の近い子達だよ」
アイドルユニットでしたか。
そちらは良く分かる。ヴィオ達は元々お母様専属の侍女だし、サラちゃん達も普段は公爵家の騎士で、私がお出掛けの時だけ護衛騎士になる。
だから私が学院に通う時のことも考えると、私と歳の近い子を【従者】として使うのは良いことなのです。
でもねぇ……ヴィオ達が教えてくれたけど、その子達って、例の第二次悪魔召喚事件でお取り潰しになった元貴族家の子達で、しかもお姉様方に付くはずだったのに、留学のせいで内定取り消しになって、行くとこ無くなっちゃった子供達なんですよ。
お父様……お人好しですね。
でも、子供達に罪はありません。罪はないんですが……何でしょう、この押し付けられた感は……。
*
小難しい話は忘れて前向きに行きましょう。
本日は前々から気になっていた、この世界のモンスターを読書好きなメイドのミンに教えてもらおうかと思っています。
地方に巡業……じゃなくて視察に行くのなら、そう言った知識は必須でしょう。
吸血鬼はいるらしいけど、他には何がいるのかな?
ミンは彼女が持つ蔵書の中から【旅に役立つモンスター辞典】なる本を持ってきてくれました。なんかそれっぽいね。
「これはー?」
「それはウサギですね。弱いですがお肉は美味しいですー」
「こ、これはー?」
「狼ですね。旅人を見かけると寄ってきて、餌をあげると懐いてくれますー」
君の野生はどこ行った。
「……これは?」
「イノシシですね。少し強いですが、お肉はとても美味しいですー」
「………」
役に立つって、そっちですか。確かに“旅に役立って”ますけどーっ。
「ああ、危険なモンスターが知りたかったのですねー?」
「うん……」
驚いた顔をしないで。私だって予想外よ。
するとミンは【旅に危険なモンスター辞典】を持ってきて、私に説明してくれた。
良かった……。ちゃんと普通の本もあるじゃない。
「こちらは虎です。滅多に人前にはでませんがー、動きが速くて馬をやられる危険がありますー」
「まぁっ」
そんなのが森に出るのか、怖いね。
「こちらはサイです。旅人を見ると、角で突進してしますー」
「……ほほぉ」
「こちらはカバです。旅人を見ると、体当たりしてきますー」
「……へぇ」
「こちらはゾウです。旅人を見ると、集団で襲ってきますー」
「………」
どういうこと……?
モンスターが妙に生々しいんですが……。
しかもちょっと待って。旅人を襲うの? カバやサイが山道とかで襲ってくるの? それすっごい怖いよ? へたな悪魔より怖いよ?
ああ~…私が聞いたのはコレだけど、私が知りたいのはコレじゃない。
魔物って言えば良かったのかな……?
この世界には魔王が居るみたいだけど、魔王が竜の代わりにカバに乗って現れたら、私は指さして笑ってやる。
***
そんなお勉強をしているうちに、また数ヶ月経ちました。
すくすくと成長してますよっ。私の身体ってどうなってんでしょ?
そしてついに来ました、私の側近候補ちゃん達が。……ちゃんと厳選してくれているんですよね……?
「ユールシア、この子達だよ」
お父様が連れてきた四人の子供達は、私を見ると一瞬惚けていたけど、そんなに怯えないでくれた。
「僕は、ルトル元男爵家次男、ノアトスです。ユールシア様の執事見習いとなります」
ノアトス君、八歳。焦げ茶色の髪――ブルネットって言うのかな? 丁寧だけど、その灰色の瞳が妙に突き刺さる感じがする。
「私は、ノアトス兄さんの双子の妹で、ニネットです。えっとぉ…護衛見習いです?」
ニネットちゃん、八歳。なんか良く分かってない感じだけど、女性騎士見習いってことなのかな?
「セルダ元子爵家長女、クリスティナ。侍女見習いです」
クリスティナちゃん、六歳。生まれ年は私と同じなのにしっかりした話し方するね。久々に見ましたわ、金髪縦ロール。
「わたしはぁ、ロアン元男爵家三女、ファンティーヌでーす。クリスちゃんと同じで、侍女見習いでーす」
ファンティーヌちゃん六歳。銀髪碧眼、甘ったれた子供という印象しかない。
ノアトスとニネットが三つ上で、クリスティナとファンティーヌが同じ歳だね。
この子達は、第二次悪魔召喚事件でお取り潰しになった家の子だから、全員“元”貴族になる。
「うん、ユールシアです。みんなよろしくね」
「「はい」」「……はい」「よろしくー」
この四人が私の側近候補かぁ……。私、仲良くできるかしら?
*
新しくうちにきた四人。この子達は悪い子じゃない。仕事はする。公爵家にも私にも多分悪意はない。けして悪い子達じゃない。でも微妙ぉ……。
「ユールシアお嬢様、本日のご予定は午前中に礼儀作法の先生が来られます」
「うん」
ノアトス君、それで終わり? なんでジッと見てるのよ。やること無いの?
ガシャンッ!
「お嬢様っ、ごめんなさーい。割っちゃいましたーっ」
どじっ子ニネットちゃんが、また花瓶を割りました。腰に大きな木剣つけたまま動き回るからそうなるのよ。
「う、うん、わかった……」
ちなみにワザとじゃない。ただ注意力が無いんだよ、足りないんじゃなくて無いんですよ、この子。……これが護衛? マジですか?
「ニネット、早く片付けろ」
君が片付けなよ、ノアトス君。やること無いんでしょ?
「はーい、すぐ侍女を呼んで来まーす」
「妹がすみません、お嬢様。でも大丈夫です。公爵家の資産なら、こんな花瓶の一つや二つ、何の問題にもなりません」
……え? なに言ってるの、この子。
「そうそう、さっすが公爵家ですよねーっ。私、お嬢様に仕えられて良かったっ」
「……良かったわね。とりあえず片付けなさい。……二人で」
生まれて五年、初めてイラッとしたわ。
「クリス、お茶が欲しいです」
味は好きじゃないけど、私でも喉くらい渇きます。
「お嬢様、私はクリスティナです。あとお茶の好みを言ってください」
「適当にハーブティで……」
愛称で呼ぶのダメですか……? この子、歳の割にはきちんと仕事するんだけど……細かすぎなんですよ。繊細……じゃなくて神経質?
「そう言えば、ファンティーヌは?」
「存じません。私は適当にハーブティを煎れてまいります」
「……うん」
悪気はないのは知ってるよ? 完璧主義なんだよね? そうだと言って。
もう一人の六歳児メイドは、一日中、その姿を見かけない時もある。
「フェルぅ。ファンティーヌを見なかった?」
「あの子でしたら、午前中は花壇で穴を掘ってましたよ。……ユル様のご用事ではないのですか?」
「あ、ユールシア様っ、さっきは厨房でお菓子を貰ってましたけど……?」
「私は毛布を持ってどこかへ歩いているのを見ましたぁ」
「あの子、お昼に、真っ先に食事をしていましたけど、どうしてです?」
「えっと……ユル様のクレヨンと絵本を持っていましたけど、ユル様が使われたのですよね……?」
家政婦は見ていました。……何をやってるのよ、ファンティーヌちゃん。親戚の家で遊んでる子供かっ。マイペースだねぇ……。
それでも四人の中では、ファンティーヌが一番マシだったりする。
あの子だけが、私と会話が成立するからねっ。言わないと仕事もしないけど。
きっとみんなにも、良いところはいっぱいあるのですよ。
あの子達も大人になれば、落ち着いて立派な側近になってくれるでしょう。
……私の限界と、どちらが先かしら?
そして、私はもうすぐ六歳になります。
お父様のお仕事を手伝って、公爵家の娘として地方へ視察に行くのです。
……あの子達を連れて。
***
ある日、ヴァルン子爵家長女、セリの元に一通の招待状が届いた。
「こ、これ、」
セリは驚いて上げそうになった声を、自分の手で押さえる。
地方の貴族家出身で魔術学院の五年生になる彼女は、王都の学院には通わせて貰っているが、貴族と言っても小さな領地しかなく、王都に別宅がある訳でもないので学院の寮暮らしをしていた。
裕福な貴族家や大商人の子女達は、毎日のように茶会を開いているが、彼女がお呼ばれする事はほとんどなく、セリのような境遇の友人と、寮の部屋で茶会のまねごとをすることしか出来なかった。
話題にあがるのは、日常のこと。学院のこと。格好いい男の子のこと。稀に先輩のお姉様に誘われて参加することが出来た、憧れの【お茶会】のこと。
その中でもセリ達が特に憧れたのは、夜だけに行われる【月夜の茶会】であった。
それは突然届く“招待状”から始まる。
特に面識もない少女達に届く招待状は、オーベル伯爵令嬢に認められた者だけに届くと言われ、その【月夜の茶会】に参加した少女達は、うっとりとした面持ちでその茶会の素晴らしさを他の少女達に語るのだ。
若く美麗な執事達が付き添い、薔薇の咲き乱れる庭園で、驚くように美味な茶と菓子が振る舞われる。
その茶会の主である【白銀の姫】、ミレーヌ嬢の美しさに魅せられて。
だが【月夜の茶会】には誓約がある。
届いた“招待状”を誰にも見せてはいけないこと。
招待されたことを、けして誰にも話してはいけないこと。
夜に迎えの馬車が到着する時、他の誰にも見つかってはいけないこと。
もし、一つでも約束を破った場合は、迎えの馬車が到着することはなく、二度と招待状は届かないこと。
「…き、きちゃった…」
セリは自室の扉の下から見つけた“招待状”を抱え込むと、見たこともない大金を貰ったかのように怯えて、慌てて肌着の下に隠した。
「う~…誰かに話したい~……」
ベッドでゴロゴロ悶えても話す勇気はなく、つもりもなく、友人達が夕食の誘いに来ても、気分が悪いと嘘をついて部屋を出ることはなかった。
そしてその夜。
「……うわぁ」
子供の頃に夢見ていたような可愛らしい馬車に乗って、セリは見知らぬ庭園へと招かれた。
周囲を埋め尽くすような白い薔薇と、耳をくすぐるような優雅な音楽。
白いテーブルと白い椅子では、セリと同じ招待状を持った少女達が、若く美しい執事達にもてなされ、蕩けるような表情を浮かべていた。
そしてセリに気付いて緩やかに歩み寄る、黒と紫のドレスを纏う少女。
「ようこそいらっしゃいました、セリ様」
「は…はい」
月のように輝く銀色の髪。白さが際立つ透けるような肌。
そのあまりの美貌に見惚れて足が止まり……。
その妖しい紫色の瞳に見つめられて、セリの表情も他の少女と同じく、蕩けていく。
少女達は翌朝ベッドで目覚め、夢ではなく、茶会に参加した証の【一輪の白薔薇】を胸に抱えると、友人や家族に【月夜の茶会】に参加したことを伝え、その素晴らしさを夢見心地で語るのだった。
ただ一人戻ってこなかった、セリを除いて……。